【5】再会デート~ときめきの予感~
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約束の火曜日。
花梨は鏡の前で、何度目かわからない着替えを終えたところだった。
もともとファッションが好きでこだわりがある。あれこれ服装を悩むのはめずらしいことではない。
でも、今回ばかりは事情が違った。
トップ俳優と二人きりで食事。そんなシチュエーションは経験したことがないのだ。
女性っぽい服装?焼肉だから気合入れすぎ?何かあったときのために顔を隠したほうがいい?
あれこれ試してみたが、どうにもしっくりこない。
結局選んだのは、グレーのサマーニットに、ネイビーのワイドパンツ。トレンチコート。
いつものお出かけとさほど変わらない。
でも、なんだかんだで、これが一番いいじゃないか、と思った。背伸びしない、自分らしい服装。
靴だけは、いつもより高いヒールにすることにした。彼は背が高いから、気を遣わずヒールを履けるのがいいな、と思った。
さっと髪を巻き、メイクする。
現役モデル時代よりずいぶんシンプルになり、時間もかけなくなった。でもこれが今の私なのだ。
パーティーのときの、彼の姿を思い出す。
もともとの美しさに、さらに芸能人としてのオーラをまとい、人を惹きつける輝きを放っていた。
売れた俳優の中でもトップだけがまとう、特別な空気。
(やっぱり、住む世界は全然違うんだよね)
しかし、考えてもしょうがない。
花梨はサロンを後にし、店へ向かった。
◇
指定された焼肉店に、花梨は少し早めに着いた。
西麻布の裏路地にある隠れ家店。看板もないし、一見して飲食店とはわからないぐらいだ。
さらに、中はすべて完全個室。花梨の客からもたびたび名前を聞く、芸能人御用達のお店だ。
案内された個室の扉を開ける。
優哉は既に来ていた。
まさかもっと早く来ているとは思わず、花梨は驚く。
白いTシャツにゆったりしたカーディガン、ジーンズ、というラフな格好だが、どれもハイブランドのものであることはすぐにわかった。そして、服装を抜きにしても、彼の存在はやっぱり特別だった。彼がいるだけで、場の空気が華やいで見える。
「あ、花梨ちゃん」
彼はすばやく立ち上がり、向かいの椅子を引いてくれる。自然なエスコート。
「お疲れ様。急に誘っちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。優くんも忙しいのに」
「花梨ちゃんに会うためなら、時間は作るよ」
さらりと言ってのける彼に、心臓が跳ねる。
「先に来ててびっくりしちゃった…待った?」
「ううん、全然。楽しみでちょっと早く来ちゃっただけだし」
(本当に大人になったんだな…)
甘い言葉の連続に、どきどきしながらも花梨はどこか冷静にそう思った。5年前の彼なら、もう少し照れくさそうに言っていたはずだ。
今の彼は、自分の言葉が相手にどう響くかを知っている、大人の男の顔をしている。
スタッフがやってきて、飲み物をたずねる。
「花梨ちゃん、何か飲む? 」
「あ、私はいいわ。スパークリングウォーターか、ウーロン茶があれば」
「飲めないんだっけ?」
あいまいに花梨が微笑むと、優哉は勝手に納得したようだった。
「そっか、飲めないんだね。じゃあ僕も今日はソフトドリンクにしようかな」
「気にしないで飲んで」
「いや…僕もそんなにお酒好きなほうじゃなくて。子どもなの、味覚が」
彼はそう言って、オレンジジュースを注文した。
その無邪気さに笑うと同時に、少し混乱していた。夜な夜な飲み歩き、女の子を侍らせている―そんな噂と、目の前の彼の様子のギャップに。
◆
おすすめがあれば何でも、と言った花梨に、優哉は「オッケー」と適当に何品か注文してくれた。
やってきたお肉を「僕がやるよ」と手際よく肉を焼いて、一番いい焼き加減のものを花梨の皿に置いていく。
「花梨ちゃん、タンだよ。これ。好きでしょ?」
「……よく覚えてるね」
「言ったじゃん。俺、記憶力いいから」
そう言って悪戯っぽく笑う瞳は、あの「りんゆうカップル」として連載をしていた頃と変わらない。
二人はモデル時代の懐かしい話に花を咲かせた。
あの時の撮影が過酷だったこと、ファンイベントで驚いたこと。
そして話題は、今の彼の仕事へと移っていく。
最初の主演映画のオーディションでガチガチに緊張した話。演出に納得いかず、監督ととことん話し合ったこと。厳しいと有名な監督に、クランクアップのときにやっと褒められ、次の映画でも呼ばれたこと。
少し話しただけでも、彼がとにかく努力をして、実力を磨き、チャンスを手にしてきたことがよくわかった。
ふと彼はトングを置き、真剣な眼差しで私を見つめた。
「ここまで頑張れたのは、花梨ちゃんがあの時言ってくれたからだよ。『あなたはきっと、いいアクション俳優になれる』って」
「ずっと夢だって言ってたもんね。よかった。今は恋愛系が多いけど、アクションの仕事もそろそろ来るんじゃない?」
私が微笑むと、彼は一瞬、吸い込まれるように私の瞳を見つめた。強くまっすぐで、人を惹きつけて離さない魅力を孕んでいる。
「実は、その仕事が来たんだ」
「え?」
彼はある漫画の名前を告げた。知らない人はいないんじゃないかというレベルの超人気アクション少年漫画。周りが天才だらけの魔術界で、魔術を持たず、腕一本だけでのしあがっていく主人公の冒険譚だ。
映像化を望む声も多いが、どうも作者のこだわりが強く、なかなか実現できないという話を聞いたことがあった。
「それの…実写版の主演に内定した」
「えっ、そうなの?」
「うん、まだ超オフレコで、誰にも言っちゃいけないんだけど」
花梨ちゃんには言っちゃった、と舌を出す。
「撮影は来年からなんだけど、もう少ししたらアクションの稽古に入るんだ。今5月だから、半年以上かけて身体づくり。スタントやダブルを使わない、っていうのが条件の仕事だから、全部自分で演じないといけなくて」
「すごい…本当にすごいじゃん」
思わず箸を置いて、まじまじと彼を見る。
もうすでにすごいキャリアと人気だと思っていたが、さらに上を行くとは。
漫画の人気からして、超大作映画になるはずだ。
それの主演。予算だってとんでもないはず。
徹底的に情報統制して、ある時点から大々的に発表し、広告キャンペーンを打つだろう、ということは予想できる。
そんな秘密を…今、私に?
「あの、俺、口が軽いわけじゃないよ」
花梨の戸惑いを見抜いたかのように、彼は慌てて言う。
「本当に超オフレコだから、誰にも言ってないんだよ。花梨ちゃんだけ。初めて言った。」
「…どうして」
「…あの時…一緒にモデルやってたとき、アクション俳優になりたいって言っても、みんなあんまり真剣に聞いてくれなくてさ。ぶっちゃけ、おまえ顔だけじゃん、みたいな感じだった。
でもそのとき、花梨ちゃんだけはちゃんと聞いてくれた。覚えてない?『顔立ちもスタイルも二次元っぽさがあるから、漫画原作の仕事とかハマると思う』って言ってくれたんだよ」
「言った…かも」
「すごいうれしくて。絶対にそれ実現させたいって思って、演技レッスンもアクションの稽古もできるだけ通ってたんだけど…今回、作者の人じきじきに認めてもらえて、内定した」
彼は不意に私の手に自分の手を置いて握った。
暖かく、ちょっとごつごつした手。
「今回、偶然再会して、花梨ちゃんには言いたいって思った。花梨ちゃんのことは信頼できるし、お礼も言いたかったから。あの時はありがとう。本当に」
彼の体温が手の甲から伝わってくる。
「また会えてよかった」
私を信頼し、手を握り、まっすぐな瞳で二人きりの秘密を伝えてくる。
冷静に考えたらどうにかなりそうだった。
私はあふれそうになる気持ちを抑え込み、ただ微笑んでうなずいた。
◆
デザートのアイスを食べ終え、彼がふと時計を見る。
「まだ8時か…ねえ、もう一軒だけ、行かない?」
「えっ?」
「静かに話せるバーがあるんだ。バーっていっても、お酒飲まなくても大丈夫。フルーツを使ったノンアルコールカクテルなんかもあるし……もう少しだけ、話したいんだ」
正直、花梨はこういうシチュエーションは何度も経験していた。
でもどれも気が乗らない相手ばかりだったから、全部さっさと断っていた。
ちょっと面倒なときは申し訳ないが叔母を使ってブロックすればよかった。
でも、今は叔母はそばにいない。
―そして何よりも、「気が乗らない相手」じゃない。
「……少しだけなら」
「うれしい。タクシー呼ぶね」
彼は手早く会計を済ませ、タクシーを呼ぶ。
そこからバーにたどり着くまで、彼は全然しゃべらなかった。
空気が濃密になっている気がする。
熱い予感に、花梨は気づかない振りをした。
今日の夕方も更新します☆




