【10】「親友」の忠告 side:花梨
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花梨が買い物を終え、サロンに戻ってきてほどなくして、リアがやってきた。
今日は完全にオフだと言っていた。ジーンズにロックTシャツ、すっぴんというラフすぎる恰好だったが、どう見ても一般人には見えない。
花梨でも見上げるほどの長身に、いっそ不健康だとも思えるほどの細身。前回会ったときは腰まである黒髪だったが、今回は金髪のベリーショートになっていた。
「久しぶり、急でごめん」
「大丈夫。今日予約なかったし」
「明日急に撮影入っちゃったからメンテしないとやばいと思って」
「そうなんだ。どうぞ」
施術の部屋に案内するとき、リアは花梨の全身を不思議そうに眺めた。
「今日ワンピースなんだ」
「あ、うん。今日出かけてて。まだ着替えてなくてごめん」
「珍しいね」
「…そう?」
(…優くんも同じこと言ってたな)
ランチであえて華やかな恰好してみるのはどうかな、と思って久しぶりに引っ張り出してきたワンピースだった。
いつものパンツスタイルもいいけど、そういう服もすごく似合ってていいね、かわいい、と彼は褒めてくれて、正直…嬉しかった。
リアはまだ花梨のことを見つめている。
「…どうした?」
感情が乗らないように気を付けながら、何でもないふうに聞く。
リアは「何でもないけど」と施術室に入っていった。
◇
リアと花梨は、お互い10代のときに知り合った。まだ経験の浅いモデル同士。外国の血を引くエキゾチックな容姿が共通していて、ペアで撮影される機会がけっこうあったのだ。
見た目に共通点はあれど、当時から性格は真逆と言っていいほどだった。自分でしっかり考えて理解した上で表現する内向的な花梨と、感覚的に即興で表現する外交的なリア。だけど不思議とウマが合い、気づけば仕事仲間を超えて親友になっていた。
リアは恵まれた容姿を武器に、ショーモデルとしても着実にキャリアを重ねていった。長身痩躯に、アンニュイなまなざし、退廃的な雰囲気は唯一無二のもので、海外のファッションブランドからお呼びがかかることも多い。海外エージェントと契約し、今は年間半分以上は海外で仕事をしている。
日本に帰ってくると必ず花梨に連絡を来るのだが、今回会うのは半年以上ぶりだった。
世界中のファッションショー、雑誌や広告の撮影…ここ最近の仕事について、リアは施術を受けながら淡々と話した。とあるハイブランドのアンバサダーにも起用され、またすぐ海外に戻るという。
「さすがにタフなリアでも、ちょっと疲労がたまってる感じするよ」
身体のチェックをしながら、花梨は言った。
「だろうね。日本にいる間はさすがに休むわ。めちゃくちゃ遊んでやろうと思ってたけど」
「うん、やめたほうがいいよ。ちゃんと寝な」
「日本で狙ってるヤツいてさ、そいつからパーティーの誘いも来てたんだけど」
「だめだめ。リア遊び出したら朝まで止まんないでしょ」
「撮影ある日でもね」リアは笑った。
「ていうか、狙ってるヤツって何?彼氏いるでしょ」
「彼氏?そんなのとっくに別れたよ。今は彼女いるけど」
花梨はおおげさにため息をついて見せた。「前会ったときは、付き合ったばっかりって言ってたのに」
「もう半年以上前じゃん。過去すぎる。そのあと何人と付き合ったかわかんない」
リアはいわゆるパーティー・ガールだった。奔放で、自分の欲に素直。恋愛体質で、男女問わずそういう関係になってしまう。そういったライフスタイルがまた、彼女の独特の雰囲気と魅力を作り出していた。
「あらそう。で、その彼女とやらはうまくいってるの?」
「付き合ったの最近だけどすぐ別れるかも。彼女ニューヨークだし」
「ニューヨークで知り合ったの?あなたさっき、仕事でちょっとだけニューヨークいたって言ってなかった?」
「ちょっとっていっても、3週間いたんだよ。彼女ぐらいできるっしょ」
「3週間で、知り合って、彼女になるの?」
「そんなもんっしょ」
「私がわかるわけないでしょ」
リアは、花梨に恋愛経験がないということを知っている唯一の友達だった。だから彼女の前では「高嶺の花」として演技する必要もない。気楽でよかった。
しかし、内心ではちょっとショックだった。
(3週間あれば、知り合って付き合うこともできるのに…)
優哉とは再会して1か月近く経つ。何回か会っている。でも…
「ねえ、今日予約ないって言ったよね?このあと時間ない?」
リアから話しかけられ、思考が引き戻される。
「このあと?いや、別に大丈夫だけど…」
「ちょっと遊びに行かない?」
「遊び?さっき休みなって言ったでしょ。飲むのもダメだよ」
「大丈夫。いい店があるの。会員制で、フルーツのノンアルコールカクテルがうまいとこ」
「ああ、西麻布の?」
「え、知ってんの?」
しまった。
と思ったがもう遅い。
「…うん、一回行ったことがあって…」
「誰と?」
鋭い質問が飛んでくる。
「ああ…ここに来てくれてるお客さんだったかな…」
「嘘っしょ」
施術台から起き上がり、片膝を立ててリアはこちらをにらむ。簡素な施術着を着ているだけだが、まるでそれが着崩した衣装かのようにさまになっている。さすが世界的モデル、と頭の隅で花梨は感心した。
「あそこ、めちゃくちゃ会員絞ってて、審査厳しいの。超有名か、超遊んでるかどっちかじゃないと無理。ここに来るの、若い女の子とか女優が多いじゃん。会員になれる子いないよ」
「あなただって若い女の子じゃない」
「私は特別。超有名で超遊んでんだから」
確かにその通りだった。
「男でしょ」
ずばり言われて、もう花梨はとっさに否定もできなかった。
「誰?」
ちょっと考えて、花梨は腹をくくった。
リアは遊び人だが、花梨とリアの二人の関係性においては信頼できる。いたずらに花梨のことを言ったりはしないだろう。
どちらかというと、いつもリアは花梨のことを守ってくれている側なのだ。まあ、それは独占欲からくるものなのだが。
「…優くん」
「え?」
「西原…優哉」
「は?ユーヤ?」
リアはさすがに驚いた顔をした。「むかーし、一緒に仕事してただけでしょ?なんで今?」
「ちょっと…再会して」
「ええ…ユーヤなんだ…よりによって…」
金髪の髪をかきあげながら、リアはつぶやいた。「なんで…」
「何で…?優くんってそんなに」
「もしかして今日も会ってた?」
「…うん、ちょっと昼に…」
「やめな」
重く真剣な声色に、花梨は少し慄きながらリアを見る。
リアの瞳は真剣そのものだった。
「ユーヤはやめな」
「いや、でも…」
「優しいっしょ、ユーヤ」
心が騒ぐ。言われたくないことを、言われるかも、という嫌な予感。
花梨はあいまいにうなずいた。
「それ、誰にでもだから」
予想していたことではあるが、人から言われるとやはりずしりと来る。
思わず目を伏せた。
「ぶっちゃけ、ユーヤとは何回も飲みとかパーティーで一緒になってるからわかる。あいつは優しいよ。誰にでも。だから女にもモテまくってる」
リアは施術台から降り、花梨の肩に手を置いた。
「ユーヤに今彼女いるかどうか聞いた?」
首を振る。
「あんたに彼氏いるかどうか聞いてきた?」
もう一度、首を振る。
「そういうことだから。優しいだけなんだよあいつは」
「リアは…?」
「え?」
「リアは、優くんと何かあった?」
一瞬の間のあと、リアは弾けたように笑った。「あるわけないじゃん。私のタイプ知ってるっしょ。ユーヤも私のことタイプじゃない。飲みで一緒になっただけ。ちょっと話すぐらいで終わり」
確かにそうだ。リアは、男性ならイケメン俳優というよりバンドマンや芸術家のようなワイルドな感じがタイプ。女性なら…
「あんな遊び人でいいんだったら、私でもいいじゃん」
リアは花梨の顎を優しく掴んで持ち上げ、目をのぞきこんできた。そして妖艶に微笑む。野生動物のような鋭さとしなやかさをたたえて、ゆっくりと囁く。
「だめ?」
一瞬はっとするが、花梨は彼女を押しのけた。実は慣れている。彼女のいつもの手なのだ。
「だめ!」
「まだだめかあ」
リアは笑って少し離れた。
そう、花梨とリアは親友だが、リアのほうはそれだけではない。
「でも、本当に言ってるから。ユーヤはやめたほうがいい」
また真剣な目になって、リアは言う。
「昔一緒に仕事してた相手だし、思い出もあるんだろうけど。でもユーヤは超人気の俳優になって、変わっちゃったんだよ。もう、あんたの手に負える男じゃない」
彼女の力強い言葉ひとつひとつが、花梨に刺さる。
重くなった心が、じわじわと沈んでいくように、気分が暗くなっていった。
<つづく>




