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くじびき勇者さま  作者: 清水文化
5番札 誰が守り神よ!?
25/25

第5巻:第5章 戦争なんて大嫌い

 南アルテースで暫定(ざんてい)(きゅう)(せん)(きょう)(てい)(むす)ばれてから、更に(よっ)()の時が流れていた。

 今は12月の(なか)ば。(てい)()サクラスの背後にある(あお)(さん)(みゃく)(ふもと)まで(ゆき)()(しょう)し、今では白い山脈になっている。

 サクラスの(まち)は、どこも色とりどりの(かざ)り物で(はな)やかになっていた。1年でもっとも華やかな祭──(とう)()(まつり)まで、あと10日を切ったからだ。レンガ造りで落ち着いた街並みも、この時ばかりは派手(はで)に飾りつけられている。

 そんな街並みを通ってきたクラウが、手に紙切れを持って(せい)サクラス教会にある(しゅう)(はい)()(せつ)へ入っていった。

「あ、クラウ。良いとこに来たわね」

 建物に入ってきたクラウに、レジーナが手を振って声をかけてきた。そのレジーナに軽く手を振り返したクラウが、

「レジーナちゃん。どうしたのですか?」

 と尋ねながら、コートを()ぎつつ近づいていく。

「実はね。今朝(けさ)、メイベルから大荷物が(とど)いたのよ。それも木箱が5つも!」

 クラウに広げた手を向けたレジーナが、()(がお)で良いことを(つた)えた。

「木箱が5つ……ですか? 中身は?」

「ほとんどが設計(せっけい)()とか()(じゅつ)()(りょう)よ。メイベルらしいわ。それで今パセラに、設計図なんかを帝国(ていこく)()(けん)にいるアウル博士に(とど)けてもらってるの」

 レジーナがカウンターに(ひじ)()いて、にかっと白い歯を見せる。そして、

「それと、ちょっと早いけど、クラウに冬至祭のカードよ。メイベルと勇者くんから」

 と言って、クラウに2枚のカードを(わた)してきた。

「おおおおお〜っ☆ メイベルちゃんから、(ぼく)に冬至祭カードですか♡」

 カードを受け取ったクラウが手早く差出人(さしだしにん)を見て、メイベルのカードの方を高く(かか)げた。そのカードには青い服を着た魔法使いの老人(ろうじん)(えが)かれている。その絵を見ていたクラウが、

「僕に会えなくて(さみ)しい(むね)の内を、長々とつづってませんかねぇ♡」

 などと1人で盛り上がってから、くるっとカードを裏返した。そこに書かれてたのは、

「あ……。『(しも)じいさんに食べられないでね♡』だけ……ですか。これだけ?」

 短い一言(ひとこと)だった。

 ちなみにカードに描かれている青い服の老魔法使いは霜じいさんといい、「良い子にはご(ほう)()をあげよう。でも、悪い子は食べちゃうぞ」が決め言葉の祭の主役だ。この霜じいさんには炭ばあさんという黒服を着た魔法使いの連れ合いがいて、こちらは「良い子にはご(ほう)()をあげるよ。でも、悪い子には炭しかあげない」が決まり(もん)()である。

 そして、その炭ばあさんの絵のカードは、レジーナに送られていた。

「ところでクラウ。何を持ってきたの?」

 カードを渡したレジーナが、そこで初めてクラウの持ってきた物に気づいた。

「あ、そうそう。これは街で(くば)られてた、インペリアル新聞の号外(ごうがい)ですよ」

 カードをポケットに入れたクラウが、代わりに持ってきた号外をカウンターに広げる。

「見てください。『(きゅう)(せい)勇者(ゆうしゃ)聖女(せいじょ)。今度は南アルテースの内戦(ないせん)を止める』と書かれてるんですよ」

「えっと、『さる12月9日午後2時頃。南アルテース第2の都市ラクスにおいて、(れき)()(てき)調(ちょう)印式(いんしき)(おこな)われた。この調印はラクスと南アルテース最大の都市サンスタグの暫定的(ざんていてき)(きゅう)(せん)(きょう)(てい)であるが、翌日(よくじつ)までにメルキアとセリアなど27の都市と地域が協定に(くわ)わることを(ひょう)(めい)。後日、調印式が(おこな)われる予定で、調印後は(たが)いにこの冬はすべての(あらそ)いが停止することになる。今後は話し合いによる()平交(へいこう)(しょう)が進められるであろう。これにより数世紀にわたって続いていた南アルテースの内戦が(しゅう)(けつ)すると期待される。なお、この協定への道筋(みちすじ)を作ったのは、絶望(ぜつぼう)(びょう)から世界を(すく)った救世の……勇者と聖女……と、2人の友人であるマウンテン・ドラゴンである』……だってぇ!? なによ、これ??」

 号外に目を通したレジーナが、あまりにも(とっ)()な話に裏返った声を出した。

「あの2人、いったい、何をしちゃったわけ?」

「たったこれだけの記事では、何があったのかさっぱり……」

 2人がカウンターを(はさ)んで、()(たい)()み込めずに混乱(こんらん)している。

 そこに、

「ただいま(もど)りましたぁ」

 と言って、コート姿にマフラーをしたパセラが集配施設に入ってきた。そのパセラも、

「ああ、クラウさんも来てたのですかぁ。大変ですよぉ。街で帝国タイムスが号外を(くば)ってまして、それでメイベルたちが……」

 と、街でもらってきた号外を見せてきた。

「帝国タイムスも号外を出したのですか?」

「あれぇ!? クラウさんも持ってきてたのですか? そちらはインペリアルですぅ」

 パセラがカウンターに置かれた号外に目を落とした。そして、

「なんでもメイベルが、とんでもない防壁構造(ぼうへきこうぞう)新兵(しんへい)()を発明したらしいんです。それで勝てないと()んだサンスタグが休戦協定を申し入れてきて……」

 と内容を話しながら、その横に自分の持ってきた号外を並べる。

「パセラ。新兵器と防壁……何? それって何なの?」

「さあ、そこまでは書いてませんけど……。あぁ、そちらは協定の中身が(くわ)しいですぅ」

 2つの号外は同じ休戦協定を伝えていたが、伝える断片(だんぺん)()(みょう)(こと)なっていた。

 しばらくの間、3人は2つの号外を読み(くら)べている。だが、

「でも、メイベル、今もラクスにいるみたいですぅ」

 パセラが、一番気になることを読み取った。それは何よりもメイベルの居場所だ。

 それに(ほほ)()みながらふうっと(いき)()らしたレジーナが、

「ところでパセラ。メイベルからの久しぶりの荷物を受け取って、アウル(はか)()(おお)(よろこ)びしてなかった?」

 と、別の話題を振ってきた。

「あ、そうそう。アウル博士、喜ぶは喜んでたんですけど、それよりも()(けん)(じゅう)大騒(おおさわ)ぎになってました。メイベルの設計図と報告書のことで専門家たちが集められて……」

「専門家? 何かすごい設計図だったの?」

「それが……ですね……」

 そこまで言いかけたところで、パセラが思い出したように首に巻きつけていたマフラーを取り、羽織(はお)っていたコートを()いだ。そしてコートのポケットに手を入れ、中から紙の封筒(ふうとう)を出してくる。

「メイベルからの手紙が、設計図の中に(まぎ)れてました。それで、この手紙に、どんな設計図を送ってきたかが、いろいろ書かれてたんですぅ」

 そう言いながら、パセラがニコニコと(ほほ)()みながら封筒(ふうとう)から便箋(びんせん)を出して広げた。その手紙を横から(のぞ)き込むクラウが、

「ゔ……。やっぱりシルヴ文字ですか。僕には読めません……」

 と(こぼ)して、残念(ざんねん)そうに(かた)を落としている。

 そんなクラウの反応にくすっと(ほほ)()んだパセラが、

「それでは手紙を読みますね」

 と言って、軽くコホンと咳払(せきばら)いした。

「『パセラ。元気にしてる? かなりのご無沙汰(ぶさた)になってゴメンね。わたしの今いる場所は南アルテースのラクスって街よ。これを書いている今日は11月15日だけど、これがパセラの()(もと)(とど)くのは、いつぐらいになるかしらね。たぶん1か月はかかるかしら。その頃には、もしかしたらラクスから別の場所へ移ってるかもしれないわね。

 それはそうと、ラクスに来て(おどろ)いたわ。この街は先端(せんたん)()(じゅつ)(ほう)()よ。そちらでも(どう)(りょく)(せん)のことぐらいは知ってるでしょうけど、それを動かすエンジンや(ねん)(りょう)はここラクスで作ってるものなの。あのエンジンのうち(じょう)()エンジンを発明したのが市長さんでね、その市長さんと話をしてて、蒸気エンジンで陸上を走れる機械を作れないか、一緒に研究することになったの。サクラスには(すい)(りょく)列車(れっしゃ)が走ってるけど、ラクスには鉄道(てつどう)という概念(がいねん)がなかったのね。だから、2つの技術を合わせたら、きっと走れる機械が作れると思うわ。

 他にもラクスにはたくさんの素晴(すば)らしい技術があるの。火を使わずに水車でお風呂を()かす技術とか、水車で冷暖房(れいだんぼう)する技術、それから空を飛ぶ技術もいろいろあるのよ』」

「水車でお風呂を()かす技術に、空を飛ぶ技術!? そんなことが可能なのですか??」

 手紙を聞いていたクラウが、いきなりそんな声を上げた。それで読み上げを(ちゅう)(だん)されたパセラが、(かた)をすくめて苦笑する。

「クラウは(だま)ってて。パセラ、続きを読んで」

 レジーナが不愉(ふゆ)(かい)そうな声で、(じゃ)()をしたクラウをたしなめた。それにクラウが手の()(ぐさ)だけで「ゴメン」と伝えてくる。

「え〜と……。『だけど何よりもエンジンの技術がすごいわ。サクラスのモーター技術といい勝負だと思うの。

 それでラクスで見た技術を、寝る間も()しんで設計図や報告書にまとめておいたわ。

 ホントはラクスに着いたのが11月(みっ)()だから、パセラにはもっと早く手紙を書こうと思ってたんだけどね。せっかくだから設計図と報告書も一緒になんて思ってたら、10日以上もかかっちゃった。てへっ、ゴメンね。ということで一緒に送った設計図と報告書は、技研にいるアウル博士のところに』……」

「ったくぅ……。こっちが心配してるのに、メイベルはよろしくやってたわけね」

 今度はレジーナがぼやいて、パセラの読み上げを止めてしまった。それで2人から視線を向けられたレジーナがら、口を押さえて2人に手で「ゴメン」と(あい)()する。

「え〜、『アウル博士のところに送っておいてね。これは報告書にも書いたけど、ラクスの機械や金属(きんぞく)()(こう)の技術は、サクラスをはるかに(りょう)()してるわ。でも、電気や()(きん)の技術はサクラスより(おく)れてるみたいなの。だから、両方の進んだ技術を融合(ゆうごう)できたら、世の中が今以上に発展できると思うわ。わたしとしては、できればその最先端で技術に触れていたいけどね』と……。ここまでが本文ですぅ」

 そこまで読んだパセラが、乾いたくちびるを舌で軽くなめた。そして読み終えた便箋(びんせん)を後ろに回し、最後の1枚を上にする。

「で、『追伸(ついしん)。これを書いてる(みっ)()前の11月12日。ラクスにサンスタグが()めてきたの。蒸気ジェットで水上を時速60km(キロ)以上で走る強襲(きょうしゅう)揚陸艇(ようりくてい)とか、空に浮かぶ(ねっ)()(きゅう)と空を(すべ)るように飛ぶグライダーの空中戦とか。とんでもないものを見ちゃったわ。それでラクスの街に()(がい)が出て、わたしも死にそうな目に()ったけど、取り()えず無事に生き残れたわ。それで今、どうやったら次の攻撃をしのげるか、街の土木係(スパイク)の人たちと検討(けんとう)(ちゅう)なの。新しい防壁(ぼうへき)構造(こうぞう)とか、その建設工(けんせつこう)()に使う()(ぼく)()(かい)をいくつも発明してるから、これらの設計図はまた次の機会に送るわね。

 追伸その2。これを書いてる今、熱気球を(なら)べて蒸気エンジンに風車(ふうしゃ)をつけたら空飛ぶ船ができないか、ふと思いついちゃった。これも形になったら送るわ。

 ということで、またね。11月15日、メイベル・ヴァイス』と、以上ですぅ」

「メイベル。本当に楽しそうね」

 レジーナがカウンターに頬杖(ほおづえ)()いて、不機(ふき)(げん)そうな表情をしていた。

 ずっと心配してたのに、当の本人は能天(のうてん)()に最新の技術に()せられてウカレている。そう思うと、やり場のない(いか)りが()き上がってきたようだ。

「メイベルちゃん。死にそうな目って……」

 (たい)(しょう)(てき)にクラウは文中の一言に、ますますメイベルへの心配を強めたようだ。



 さて、その頃、ラクスにいるメイベルは、

「あ〜、良いお湯じゃ。身体(からだ)(しん)まで(あたた)まるのう」

「そうねぇ。このお風呂にいる時間だけが、ゆっくり休める時間だわ」

 人の姿になったフェレラと一緒に、大きな()(ぶね)()かっていた。

「メイベルは(いそが)しいようじゃからのう」

「そうなのよねぇ。聖女だからって、休戦が決まってからあちこちの会合(かいごう)やお祭りに引っ張りまわされて、なかなか自分の時間が持てないのよ。市長さんと一緒に蒸気エンジンで動く鉄道機関車、設計したかったんだけどなぁ」

 フェレラの横に並んで、メイベルが(はな)のあたりまでぶくぶくとお湯に(しず)んでいく。そんなメイベルを(はな)れたところから見ているジェニフィが、

「それは聖女さまが、何世紀も続いた内戦を止めた功労者(こうろうしゃ)だからですわ」

 と笑顔で言ってきた。お風呂にはもう1人、時計を持ったキャロルも入っている。

「功労者!? わたしが何をしたの?」

「サンスタグの最新兵器を、あっさりと()(りょく)()した大発明じゃないの? 防壁だけだった街の守りが、聖女さまの発明でかなり強化されたじゃない。それにグライダーを空高くまで飛ばす新しい()ち出し方。あれで一気に戦局が変わったもんね。ラクスの守り神よ」

 ちょっと不貞(ふて)(くさ)れるメイベルに、キャロルが時計を見ながらそんなことを言ってきた。その言葉に続くように、

「でも、やはり一番の理由は、聖女さまがフェレラさんと(した)しかったからと思いますわ。フェレラさんも聖女さまがこのラクスにいなかったら、あまり頻繁(ひんぱん)にはいらっしゃらないでしょう。となればサンスタグとの戦いの時、フェレラさんがドラゴンの姿に戻ることも、それを見てサンスタグから休戦の申し出がくることもなかったと思いますの」

 と、ジェニフィが付け加えてくる。

「だったら、フェレラも功労者(こうろうしゃ)じゃないの。フェレラも式典に引っ張り出そうよぉ」

「わらわも出ておるではないか。晩餐(ばんさん)の時だけじゃが」

「そうね。お食事目当てだけど……」

 メイベルがフェレラの(うで)を引っ張って、(うら)めしそうな顔をする。

「それに内戦を止めた功労者(こうろうしゃ)と言われても、休戦はこの冬だけの暫定(ざんてい)でしょ」

「あ、それは建前(たてまえ)じゃないかな」

 ぼやくメイベルに、キャロルがそんなことを言ってきた。

「戦争が続いて(よろこ)ぶのは、一部の戦争バカな軍人(ぐんじん)()(ぞく)と、武器(ぶき)(しょう)(にん)ぐらいよ。他のみんなは、いい加減に戦争をやめる口実(こうじつ)()しかったと思うのよね。でもほら、お祖父(じい)ちゃんが言ってたんだけどさ。最初にちゃんとした理由もなく休戦を言い出したら、あとで南アルテース内での立場が弱くなるそうなの。それで誰も言い出せなかったらしいわ」

 そこまで言って、キャロルが(おお)袈裟(げさ)(かた)をすくめてみせる。そして持っていた時計を湯船の外に置いて、

「それに休戦協定と言ってもさ。表向きはあくまでもラクスとサンスタグの間だけの協定だよ。サンスタグはドラゴン教の国だから、マウンテン・ドラゴンが(あらわ)れたラクスと戦うことはできないでしょ。だから、ラクスに休戦を申し出るのは当然……というか、サンスタグはドラゴン教にとって聖地だし、(ちゅう)(かく)となる聖スタグ教会があるから、立場上、ラクスと戦わないことを公言する必要があったらしいのよ。

 それで他の国はあくまで休戦協定への参加ではなく、ソルティス教の国は南方教会の中心──聖ラクス教会と歩調を合わせる、ドラゴン教の国は聖スタグ教会と歩調を合わせるって口実で、今回の調印を進めてるそうなの。ちょっとした政治的な駆け引きみたいね。

 ま、あたしには政治なんかわからないから、今のはお祖父(じい)ちゃんの受け売りだけどさ」

 と解説(かいせつ)してきた。

「うぇ〜。裏ではそんな政治のやり取りがあるの? そんなのは政治家だけでやってよ」

「うふふ。でも、ラクスで式典がある以上、聖女さまが出席されるのは義務(ぎむ)ですわ」

 不愉快そうな顔でお湯に沈んでいくメイベルに、ジェニフィが笑顔でそう言ってきた。

 そのジェニフィに、しばらく不機嫌そうな視線を送っていたメイベルが、

「それにしても、フェレラが『一緒にお風呂に入ろう』なんて言ってくるとは思わなかったわ。ドラゴンにもお風呂に入る(しゅう)(かん)はあるの?」

 と話題を変えてきた。その質問にフェレラが、

「温泉に入ることはあるが、人間のようにお湯を()かしてまで入る習慣はないぞ」

 と、(かた)までお湯に()かりながら答える。

「ところで、どうして急に一緒にお風呂なんて言い出したの? 人間のお風呂の入り方を観察(かんさつ)したいの?」

「ふむ。そういう人間観察をしたい気持ちもあるのじゃが……」

 そこまで言いかけたところで、フェレラがメイベルに顔を向けた。

「実はそれよりも人間観察をしていて、どうしてもわからないところがあってのう。それをメイベルに見せてもらえないかと思ったのじゃ」

「わからないこと?」

 フェレラの言葉に、メイベルが軽く首を(かし)げる。そのメイベルをジッと見ながら、

「わらわはこうやって人間の姿に変身しておるが、やるならばできるだけ人間に似せたいのじゃ。しかし、どうも細かいところがわからなくてのう」

 とフェレラが切り出してきた。

「細かいところって……?」

「服に(かく)れてるところじゃ。じゃから、服を()ぐお風呂で……」

「ちょ、ちょ、ちょ……。ちょっと待ってよ!!」

 (あわ)てて手で身体(からだ)(かく)したメイベルが、フェレラから離れていく。少し離れたところでは、ジェニフィも同じように手で身体(からだ)を隠そうとしていた。ただキャロルだけは堂々(どうどう)としながら、湯船の外に置いた時計に手を伸ばして時間を確かめている。

「メイベル。何を慌ててるのじゃ?」

「あのね、フェレラ。世の中には、あまり他人(ひと)に見せるものじゃないものが……ね」

 顔を真っ赤にしたメイベルが、口ごもりながらフェレラに泣きそうな声で文句を言う。

 そのメイベルに代わるように、キャロルが、

「それでフェレラさんは、いったい何が見たいの?」

 と尋ねた。

「ヘソじゃ」

「…………へっ!?」

 フェレラの答えに、メイベルが間抜けな顔で固まった。そのメイベルと顔色が入れ替わるように、ジェニフィの顔が真っ赤に変わっていく。

「ヘソはわらわたちドラゴンにはないからのう。どんな形なのかさっぱり想像(そうぞう)できなくて、困っていたのじゃ」

「あ、そうなの……」

 身体(からだ)を隠してたメイベルの手が、(あき)れて(だつ)(りょく)したのかぶらんと下がった。

 そのメイベルの前で、フェレラがざばんと湯船から立ち上がった。そのフェレラのお(なか)は、物の見事に真っ平らだ。それをジッと見ているメイベルとジェニフィに、

「そろそろ式典の時間だから、お湯から上がりましょ」

 と言って、キャロルが時計を見せてきた。


「ったく、フェレラには(おどろ)かされたわね」

 お風呂から上がったメイベルたちは、赤い(じゅう)(たん)()かれた(ごう)()(ろう)()を歩いていた。

 メイベルの服は、(ひだり)(かた)右脇腹(みぎわきばら)()(あと)の残る聖女服だ。

 そのメイベルが廊下の(かど)()がったところで、

「おお、聖女さまがいらっしゃったぞ!」

「守護聖者さま、バンザ〜イ!! ラクスの守り神、バンザ〜イ!!」

 メイベルの姿を見つけた人たちの間から、拍手(はくしゅ)万歳(ばんざい)の声が聞こえてきた。そんな中、

「おい、メイベル。時間ギリギリに来るなんて、聖女としての自覚が()りないぞ」

 と文句を言ってきたのはナバルだ。それに続いて、

「まあ、主役というものは、最後にゆっくりと登場するものですよ」

 と、ブルーノが()めた口調で言ってくる。

 ブルーノは()(げき)()とはいえ、ドラゴン教の一派をまとめる宗教的指導者だ。そのためメイベルと同様、出席が義務(ぎむ)づけられている1人である。

 このブルーノとナバルが並んでいる姿は、ほんの少し前なら考えられない光景だ。

「まさか、あなたと同じ式典に出ることがあるとは思わなかったわ」

「その言葉は、そのままお返ししますよ」

 メイベルの一言に、ブルーノが不敵な笑みを浮かべながらメガネの位置を正す。

 その2人が大きく開けられた入り口から、式典の会場へと入っていった。

 会場は天井が高く、広い部屋だった。天井からはシャンデリアが下がり、その光が部屋の隅々(すみずみ)まで()らしている。そのシャンデリアは、かつてたくさんのロウソクを()せる(しょく)(だい)だったようだ。今は中央でアーク(とう)(かがや)き、かつてロウソクを立てていた部分に置かれた多角形のガラスが光を乱反射(らんはんしゃ)させている。

 その部屋には丸テーブルがいくつも用意されている。式典のあとに開かれる、晩餐用(ばんさんよう)のテーブルだ。そして部屋に作られた(だん)の上には長テーブルが置かれ、そこに7人の政治家たちが(すわ)っていた。そのうち1番右に座っているのはラクスのフランク市長だ。それに対して1番左の席にはサンスタグの市長代理が座っている。

「あれ? 今日の調印は、4つの都市だったんじゃ……」

「先ほど、レイムの市長が到着されました。なので、今日は5つですよ」

 メイベルの疑問に、ブルーノが歩きながら答えた。

「それじゃ、昨日(きのう)までに調印したのは38の都市と地域だから、これで43になるのね」

 サクラスには27の都市が調印の意思を(ひょう)(めい)したと伝えられていたが、すでにラクスでは調印が済み、更に調印に参加する都市と地域が増えていた。その数は今日の式典が終われば43。南アルテースには60を超える都市と地域があるので、その7割前後が調印を済ませたことになる。

「どうしたの? 暗い顔をしてるけど……」

 ふとメイベルが、横を歩くブルーノの表情が(くも)っていることに気づいた。それで尋ねられたブルーノが、

「わたしの生まれ故郷が、まだ協定参加の意思をハッキリしてないんですよ。カルシボという炭鉱(たんこう)銅鉱山(どうこうざん)の小さな町ですけどね」

 と、気になっていることを話してきた。

「調印を取り仕切ってるのが、ソルティス教の中核教会を持つラクスだものね。それだからドラゴン教の人の中には調印に来たくない人がいるんじゃ……」

「それも考えられるのですけどね。意思を(あらわ)してない都市の中には、ソルティス教の都市もあるのですよ」

 そこまで話したブルーノが、不意に足を止めた。それに気づいたメイベルが、数歩先で立ち止まって後ろを振り向く。そのメイベルにブルーノが小声で、

「先ほど政治家たちが話してたのを耳にしたのですが、どうやら意思を表してないのは、どれも南アルテースの北西にある超多雨地域(プルリ・プルヴィア)の都市ばかりなんですよ。しかも、そこのどことも連絡(れんらく)が取れないようで……」

「何かあるのかしら?」

「さあ? まさかとは思いますけど、(たが)いの戦争に(いそが)しくて、こちらの呼びかけに気づいてませんかねぇ」

 (おお)袈裟(げさ)(かた)を上下させたブルーノが、(ふたた)(あゆ)み始める。その言葉にメイベルが、

「ったくぅ……。これだから戦争なんて大嫌いだわ」

 と零して部屋の前まで歩いていった。

 それを待っていたように、(だん)(じょう)にいた政治家たちが立ち上がって一礼してくる。

 これより今日の調印式の始まりだ。



 その頃、南アルテースの北西にある超多雨地域(プルリ・プルヴィア)では、

「さあ、この降伏書(こうふくしょ)に調印してもらおうか……」

 (だい)規模(きぼ)な軍隊に()み込まれて、次々と併合(へいごう)されていた。

 今、降伏を(せま)られている都市でも外敵(がいてき)(ふせ)(かべ)(くず)され、街の一部が()けて廃虚(はいきょ)と化している。そんな光景を背景に建てられた仮設テントでは、その都市の市長が(だん)(ちょう)の思いで降伏文書に署名(しょめい)調(ちょう)(いん)させられていた。

「ビーズマス(きょう)。これで18個目の都市を(せん)(りょう)しましたぞ」

「くっくっくっ。この調子で南アルテースを一気に併合して、帝国一大きな国になってやろうじゃないか。それで、このわたしを()(くだ)したヤツらを見返してやる」

 調印を離れた場所で見ていたビーズマス卿が、不気味(ぶきみ)な笑いを浮かべている。

「さあ、これから更に東へ向かうぞ。(こう)()(ごう)なことに、この先にあるラクスには、()(にく)らしい(じゅう)(しゃ)()(むすめ)がいるそうだ。よい機会だからわたしが直々(じきじき)に出向いて、小娘の(いき)()を止めてくれるわっ! ぶわぁ〜っはっはっはっはっ……」

 どこか(きょう)()()びたビーズマス(きょう)が、軍司令に命じてバカ笑いを始めた。


 しかし、ラクスを(はじ)め南アルテースの人たちはそんなことも知らず、数世紀ぶりに(おとず)れた平和をお祭り気分で(きょう)(じゅ)していた。

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