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くじびき勇者さま  作者: 清水文化
3番札 誰が聖女よ!?
14/20

第3巻:第4章 ここが病気の生まれる地

 運河を通る船を()せて、山を登っていく昇降施設(インクライン)。そこを今、()(しゃ)を載せた()物船(もつせん)が移動してるところだった。その貨物船に乗るパセラが、

「ひゃあ〜。船が山を登ってますよぉ〜」

 と興奮(こうふん)しながら、馬車から顔を出してどんどん変わる()(しき)に目を丸くしていた。

 パセラのいる水槽(すいそう)では、3隻の貨物船と2(そう)平底舟(ゴンドラ)が運ばれている。そのうち2隻の貨物船には、第5次調(ちょう)()(たい)の馬車が2台ずつと()兵隊(へいたい)の馬が4頭ずつ載せられていた。

「友人Aくん。さっきからはしゃぎすぎですよ。馬がきみの声に(おどろ)いて(あば)れそうです。少し(ひか)えてくれませんか」

「あ、すみません。気をつけますぅ」

 クラウに注意されたパセラが、肩を(せば)めて頭を何度も下げて(あやま)る。

「パセラも落ち着きがないわね」

 そこにレジーナが、手に地図を持って馬車に戻ってきた。レジーナは同じ貨物船に載っているもう1つの馬車から戻ってきたのだ。その馬車は、この第5次調査隊の指揮(しき)(まか)された、クリプトン(きょう)の乗る馬車である。

「おや、レジーナちゃん。クリプトン卿のところで、何を話されてたのですか?」

「今日のこれからの(けい)()について進言してたのよ」

 レジーナが馬車のステップに足をかけたまま、クラウの質問に答えてきた。

「これからの経路って、このままヴァレーまで運河で行くのでは?」

「それでも昼過ぎには着くんだけどね」

 そう答えかけたレジーナがステップから足を下ろして、

「この昇降施設(インクライン)を出て次のプラトーから陸路に切り替えれば、1時間で着けそうなのよ」

 と言いながら、クラウに地図を広げて向ける。

「1時間ですか?」

「そうよ。運河は等高線(とうこうせん)沿()ってしか造れないでしょう。それでヴァレーまで山や丘を()けるように続いてるから、この昇降施設(インクライン)を抜けてもまだ12kmあるのよ。しかも、その間にもう2回(せき)で山を登るから、ヴァレーまで5時間はかかるの。でも、プラトーで陸路に切り替えれば、ヴァレーの町まで7kmよ。それなら1時間とかからないわ」

「なるほど。それでは、あのあたりにヴァレーの町が……」

 地図を見たクラウが、そう言って山に目を向けた。

 クラウたちから見てこれから進む運河は左の方向へ()びている。それが山の斜面(しゃめん)沿()って、うねるように続いていたのだ。ようやくまっすぐになるのは、高原の上まで登り、ヴァレーの町に近づいてからである。

 それに対して街道は多少の()(ふく)があっても()(しょう)はない。そのため多少曲がりくねりながらも、ヴァレーまでほぼまっすぐに延びていた。

「それで、クリプトン卿は何と?」

「そんなに急ぐことはないだろうだって。前の教会でメイベルからの報告書(ほうこくしょ)(うつ)しを受け取ったでしょう。それを読み込む時間が欲しいらしいわ。おじさまらしいお答えよ」

 地図を折りたたみながら、レジーナが肩をすくめた。

 その時、水槽(すいそう)を載せたケーブルカーの動きが止まった。と同時に水槽(すいそう)に水が流し込まれ、船の()れが大きくなる。そんな揺れの中でも船の甲板(デッキ)に出て立っている2人に、

「クラウさん、レジーナぁ。あそこから黒い(けむり)が上がってますよぉ」

 と、パセラが馬車から顔を出して教えてきた。

「黒い煙? 火事かしら?」

「あれは火事とは違いますよ。()(やく)爆発(ばくはつ)させたような煙ですね」

 キノコ型の小さな煙が、ゆっくりと空へ上がっていく。爆風(ばくふう)によって生み出された煙によく見られる形だ。

「レジーナちゃん。さっきの地図を見せてくれないか」

 レジーナが乗り込もうとしていた馬車とは別の馬車から、たっぷり(ふと)った男が顔を出してきた。第5次調査隊を指揮するクリプトン卿だ。そのクリプトン卿の求めに、

「おじさま。どうぞ、ご(らん)ください」

 と言って、駆け寄ったレジーナが窓から地図を差し入れる。

「おじさま。どうなさったのです?」

「やはりそうだ。あの方向には町はないから、あそこで戦いが起きてるかもしれんな」

 レジーナの問いかけには答えず、クリプトン卿が広げた地図に目を落としていた。

「レジーナちゃん。()(きゅう)ヴァレーに向けて(はと)を飛ばしてくれ。伝聞(でんぶん)は『南で戦いあり。確認のため(とう)(ちゃく)が遅れる』と」

「わかりましたわ」

 クリプトン卿の指示を受けて、レジーナが自分の乗っていた馬車に戻った。その馬車の後ろには鳥カゴが取りつけられ、そこに数羽の伝書鳩(でんしょばと)が入れられている。

 さっそく小さな紙に通信文(つうしんぶん)を書き、それを丸めて小さな通信管(つうしんかん)に入れた。そして、それをカゴから出した鳩の足に取りつけ、そのまま大空に(はな)した。

 飛び立った伝書鳩は船の上で円を(えが)くように飛んだ。何度も円を描きながら、これから飛んでいく方向を探しているのだろう。そして急に円運動をやめると、そのままヴァレーの町のある方向へ、まっすぐに飛び去っていった。

「クリプトン卿。偵察(ていさつ)に出ましょうか?」

「クラウくん。(たい)(ちょう)(みずか)ら、偵察に出る気かね?」

 偵察を申し出たクラウに、クリプトン卿が逆に問い返してきた。

 その間に水槽(すいそう)への(ちゅう)(すい)が終わり、水門がゆっくりと開き始めていた。水門の先ではこれからこの水槽(すいそう)で山を下る船たちが、(ぎょう)()よく左側に並んでいる。

「クラウくん。それよりもきみには、(きん)(きゅう)(じょう)(りく)場所を見つけてもらいたい」

 そう言ったクリプトン卿が、ゆっくりと馬車から降りて船の上に出てきた。そして広げた地図をクラウに渡して、

「よいか。せっかく山を登ったところだが、我々はこれから山を一気に駆け下るぞ。山の下に街道が通っておるだろう。そこを使えば、あの煙の場所へ早く向かえるはずだ。そのための馬車の通れそうな斜面を見つけてもらうぞ」

 と、これからの方針を伝える。そして船の後ろの方へ進んでいくと、

「船長。緊急事態で、我々は上陸が必要になった。これより騎兵隊長が上陸地点を指示するので、船を適当な場所で岸に近づけてもらいたい」

 貨物船の船長にも、緊急の指示を伝えた。

「クリプトン卿。緊急上陸ですか?」

 もう1隻の貨物船に載っている馬車から、確認の質問が来た。そちらの貨物船に載っている馬車は、学者を乗せた馬車と造営隊(ぞうえいたい)の荷馬車である。

「そうだ。これより我々は……」

 そう答えかけたところで、クリプトン卿が言葉を止めた。クリプトン卿が顔を向けたのは、馬車の中に見える2人の老学者の姿だ。

「ご老体(ろうたい)たちにこれ以上のご()(たん)をかけるわけにはいかんな」

 クリプトン卿が小さな声で(つぶや)き、軽く嘆息(たんそく)する。

「これより調査隊を別行動させる。こちらの船は緊急上陸して陸路を行く。そちらはそのまま運河を使ってくれ。のちほどヴァレーで会おう」

「わかりました。どうぞ、お気をつけて」

 その言葉を(あい)()にするように、学者を乗せた貨物船が動き始めた。そのあとに続くように、一緒に水槽(すいそう)で運ばれてきた平底舟(ゴンドラ)も水門から出ていく。

「これでは上陸できませんねぇ」

 船上で馬に乗ったクラウが、高い場所から上陸地点を探していた。

 昇降施設(インクライン)を出た運河は、そのまま尾根(おね)の上を通っている。しばらくは山の上に造られた水路の上を移動だ。左右どちらにも馬車の上陸できる場所がない。

 やがて運河は尾根の左右に分かれていく。ヴァレーへ向かう船は、この分かれ道で左側の運河を進む。

 しかし、その直後に木立ちに入ってしまったため、上陸はできても馬車が進めるような道はない。そのため馬車が上陸できたのは、昇降施設(インクライン)から最初の運河駅のあるプラトーの手前だ。そこから()ね橋のある道を使い、一行は煙の立つ場所へ向かうのだった。


 さて、その頃、ヴァレーの町では、

「それで(じゃ)(きょう)勇者(ゆうしゃ)()()らしたのですか?」

「申し訳ありません。しかも、ドラゴンさまたちと仲良く(なべ)パーティなんかやって……」

 ナバルたちを追ってきたブルーノが、先行していた第6隊長たちから信じがたい話を聞かされていた。その話というのは、

「鍋パーティ……ですか? 神聖(しんせい)(おか)すべからざるドラゴンさまたちと……」

 ドラゴン教徒にとって神であるマウンテン・ドラゴンたちが、よりによって異教の勇者たちと鍋パーティをしていたというものだった。

「う〜ん、第6隊長。(つか)れて悪い夢でも見ましたか?」

 事実を認めたくないブルーノが、()(けん)にしわを寄せて容認(ようにん)できる理由を()(さく)している。

「アサッシニオさま。信じたくない気持ちはお察ししますが……」

「そのあとはドラゴンさまたちと雑魚寝(ざこね)してたっすよ」

「ざ、雑魚寝……ですって!?」

 ブルーノがめまいを起こした。信じていたものが足許(あしもと)から(くず)れ、まるで心が宙ぶらりんになったような感覚を味わっている。

「何かの見間(みま)(ちが)いを、(たが)いの勘違(かんちが)いで真実と見誤ることもあります」

 頭の中で苦しい言い訳を探しながら、ブルーノは心の平穏(へいおん)(たも)とうとしていた。

 その時、

「ん!? ドラゴンさまたちが……」

 ヴァレーにいるブルーノたちの上を、何体ものドラゴンが通りすぎていった。

「何事ですかのう?」

 そう(こぼ)したのは、四角い顔の第3隊長だ。直後、

「大砲……ですか?」

 丘の(りょう)(せん)(かく)れた向こうから、空へ黒い(けむり)(おび)が伸びていった。

 それを()けるように、編隊(へんたい)を組んでいたドラゴンたちが散開(さんかい)する。

 そして、ドラゴンたちが口から()いた炎で地上を攻撃し始めると、黒い煙の数が次々に増えていった。



 少し時間を戻して、戦いの起きた現場である。そこでは、

「ヴァレーの町に向かって、鶴翼陣形(かくよくじんけい)を取れ!」

 西アルテースから来た総勢(そうぜい)50万人の軍隊が、横に大きく広がりながら(りゅう)(さん)(みゃく)(せま)っていた。

 軍の大勢を()めるのは、長槍(ながやり)(たて)を持った(じゅう)(そう)()(へい)だった。その歩兵たちが部隊ごとに長槍(ながやり)をハリネズミのように外へ向けた(みっ)(しゅう)隊形(じんけい)で進んでいる。

 その後方を進むのは、(じゅう)を持つ(じゅう)()兵隊(へいたい)と、(ゆみ)を持つ(きゅう)兵隊(へいたい)だ。更に後方には()兵隊(へいたい)()導隊(どうたい)(ひか)え、その後ろで砲身(ほうしん)の長い大きな大砲(たいほう)が組み立てられている。

 そして後方にある小高い丘の上では、全軍を指揮(しき)する(しょう)(ぐん)(じん)を取っていた。

「対ドラゴン砲の(じゅん)()(ととの)っておるか?」

「1号砲、2号砲は完成しております。3号砲から5号砲は部品の(とう)(ちゃく)(おく)れたため、完成まで今しばらく時間が……」

「完成を急がせろ。偵察(ていさつ)にきたドラゴンが戻ってくるぞ。6号砲から8号砲の設置は前方の丘とする。歩兵隊が通過したのち、ただちに作業にかかれ」

「は、ただちに指示を伝えます」

 つい先ほど2体のドラゴンが上空を飛び、山へ戻っていったばかりだ。それでドラゴンに見つかったと知った軍は、ただちに戦闘(せんとう)態勢(たいせい)に入り、山への進軍を始めたのである。

 全軍を指揮するテント張りの本陣(ほんじん)から、周囲に無数の電線(でんせん)が延びていた。そこから通話機を通じて各部隊と連絡(れんらく)を取っているのだ。もっとも、交換(こうかん)()のようなものはないのだろう。通話機は1対1でつながり、本陣には連絡先と同じ数だけ通話機が置かれている。そこには何人もの(じょう)(ほう)参謀(さんぼう)たちが集まり、情報収集と将軍の命令を伝える役目を(にな)っていた。

「先ほどのドラゴンが偵察であったとして、また戻ってくるまでに、どれほどの(ゆう)()があると思うか?」

「山まで戻るのですから、往復(おうふく)に20分はかかるかと……」

 将軍の質問に、作戦参謀が(しん)(ちょう)に答えた。作戦参謀が念頭(ねんとう)に置いたのは、飛行()(じゅつ)の使える偵察兵が、飛行兵のみを連れて戻ってくる場合だ。だが、

「将軍! 山よりドラゴンの()れが(せま)ってきます」

 ドラゴンたちの動きは、作戦参謀の想像を()える早さだった。

「ぬう、早いな。1号砲、2号砲、発砲(はっぽう)準備急げ!」

 ただちに将軍から、発砲準備を()げる命令が(くだ)る。

 砲身の長い大砲が向きを変えながら砲口(ほうこう)を上に向けていく。その大砲では砲兵たちが、回転レバーを3人がかりでまわしていた。

 その軍隊に迫るドラゴンの側でも、

『おいおい、何が今までの10倍から20倍だ。軽く50倍はおるではないか?』

 まずは相手を知るために、数の()(あく)から始めていた。

 出てきたドラゴンたちは、()れの中の若い男のドラゴンたちだ。それを(ひき)いているのは、体長12mはある(わか)(がしら)である。

『まずは代表者に、この軍の意味を問いたださねばならぬ。さて、どこにいるか……』

 若頭が全体を見まわしながら、それらしい存在を探す。だが、

『む、いかん! 散開(さんかい)せよ!!』

 砲身の長い大砲が自分たちに向けられていると気づいた若頭が、仲間たちに散るように指示を出した。その直後、大砲から黒い(けむり)()き出され、それが長い尾を引きながらドラゴンたちのいた場所を突き抜けていく。

『おい、いきなり()ってきたぞ』

『あの(つつ)の正面へは行くでない! 横にまわり込むのだ』

 左右に分かれていくドラゴンたちに、2発目の砲弾(ほうだん)が撃ち込まれてきた。

 対ドラゴン砲と呼ばれる大砲は、空を飛ぶドラゴンを撃ち落とすために作られた対空(たいくう)(ほう)のようなものだ。

『若頭、どうする? 話し合いを呼びかけるか?』

『人間たちに話し合う意思はないであろう。仕方ない。みなの者、反撃(はんげき)開始せよ!』

 仲間からの確認に、若頭が抗戦(こうせん)開始を決めた。

 最初に(ねら)われたのは、対ドラゴン砲だ。ドラゴンの口から、大きな(ほのお)(たま)()き出される。強く(かがや)く球で、表面から炎の小さな柱がぽんぽんと()き出している。小さな太陽という感じの球だ。噴き出している炎の柱は、球に引きつける重力がないため、戻ってこないプロミネンスというところだろう。

 その球が熱で大砲を()かしながら地上へ落ちていく。そして大音(だいおん)(きょう)をとどろかせて、周りにあるものをことごとく吹き飛ばした。

「なんだ、今の光は!?」

 後方の陣地にいて(なん)(のが)れた将軍が、一瞬のできごとに何が起こったのか理解できないでいた。

 草原に大きな(くぼ)()ができている。その場所にあった対ドラゴン砲は、跡形(あとかた)もなく消えていた。周りを見まわしても残骸(ざんがい)らしきものがない。それどころか周りにいた軍隊まで、消えてなくなっていたのだ。

「あの鉄くずは、まさか……」

 爆心から300m離れた場所に、()けて(かたまり)になった物体が(ころ)がっていた。将軍がそれを対ドラゴン砲の残骸であると気づくまで、それほどの時間はかからない。しかし、その事実を認めるまでには多少の時間がかかった。

「将軍! 第3師団全滅(ぜんめつ)です」

「5番砲大破。第7師団との連絡が途絶(とだ)えました」

 その間にもドラゴンたちの放つ光の球が、いくつも地上に落とされていた。

 すでに組み立てられた対ドラゴン砲はすべて破壊されている。そのため西アルテース軍は、空にいるドラゴンたちに対抗できる武器を失っていたのだ。

 その対ドラゴン砲であっても、それほどドラゴンにとって(きょう)()ではない。連射(れんしゃ)能力がないため、空を(かけ)るドラゴンには(めっ)()なことでは当たらないからだ。

 となれば、撃ったあとは完全な()(ぼう)()(じょう)(たい)となり、一方的に攻撃される存在である。

「将軍! 空から(おそ)ってくる(てき)を、どう攻撃すれば良いのですか? 指示をください」

 西アルテース軍の進撃は、歩兵だけで爆撃(ばくげき)()に立ち向かうようなものだった。何も反撃できないまま一方的に甚大(じんだい)()(がい)をこうむっている。

「こちら()導隊(どうたい)。飛行隊が接近(せっきん)(こころ)みてますが、風に吹き飛ばされて近づけません」

 数少ない航空兵力も、ドラゴンの巨体が起こす(らん)()(りゅう)()まれて、思うように飛べないようだ。1人、また1人と失速(しっそく)して落ちている。

「これがドラゴンの強さなのか?」

 将軍は、いまだ目の前の光景を信じられないでいた。

 50万もの大軍勢(だいぐんぜい)に対し、ドラゴンはわずか60体ほど。数の上では圧倒的(あっとうてき)に有利である。だが、戦闘開始からわずか10分足らずで、50万いた大軍勢のうち4割を失っていたのだ。それなのにドラゴンの側に被害はない。戦史に残るような大敗北である。

 ところが、

「将軍。ドラゴンの攻撃が止まったようです」

 参謀(さんぼう)がドラゴンたちの動きが変わったことに気づいた。光の球による攻撃が止まり、ただ上空を旋回(せんかい)するだけになったからだ。

 その理由は──

『魔力切れだ。これ以上、()(えん)()けぬ』

『わしもだ。さすがに今回は数が多すぎるぞ』

 ドラゴンたちの魔力が切れ、光の球を生み出せなくなっていたからだ。

 1体が放てる光の球は、1日に1発か2発。魔力のあるドラゴンでもせいぜい3発だ。その弾数(たまかず)では全滅(ぜんめつ)させられないほど、今回の軍は大きな規模(きぼ)だった。

『仕方ない。次の攻撃に移るぞ。みなの者、一度山へ引き()げるのだ!』

 若頭の呼びかけに応じて、ドラゴンたちがいっせいにその場から離れていった。

「おおっ!! ドラゴンたちが帰っていくぞ!」

 その様子を見ていた将軍が、これは(こう)()(おとず)れたと(さっ)()する。ただちに技術参謀の用意した大型(おおがた)拡声(かくせい)()を使い、

「動ける者に()ぐ。よくぞドラゴンの攻撃に持ち(こた)えた。攻撃に(つか)れたドラゴンどもは、()(じろ)に戻った。疲れが取れるまで(ろう)(じょう)すると思われる。だが、やつらに休む間を与えるな。今度はこちらが攻め込む番だ!」

 と、全軍を鼓舞(こぶ)する演説(えんぜつ)(はな)った。

 その言葉は電線を通じて離れた場所にいる部隊へも届いている。それで勇気づけられた西アルテース軍は、将軍が最後に放った「全軍、突撃せよ!」の言葉に(とき)の声を上げ、ドラゴンたちの帰っていった山へ突撃を始めるのだった。


『どうしたのであるか?』

 遅れて飛び立ったカームの前に、先に攻撃したドラゴンたちが戻ってきた。

『魔力切れである。今回の人間の数は多い。ゆえに次の攻撃に移るのだ』

 (たが)いに空中で止まり、(わか)(がしら)が見てきたことを伝えてきた。

『どれほどの規模(きぼ)であるか?』

『ざっと見たところ、30万から60万と思う。これまでの50倍と思うが良かろう』

『ふむ。それは大規模であるな』

 若頭の答えに、カームが(きび)しい表情を浮かべる。

『どうにか代表者と、話し合いはできぬかのう?』

『それは(むずか)しいのではないか。今日も近づく前に仕掛けて来おったぞ』

『うむ。では、今度はわしが話し合いを申し入れてみよう。それがダメであれば、次の攻撃は致し方なしである』

 そう方針を決めたカームが、後ろを振り返った。そこにいるのは、一緒に岩場からきた若いドラゴンたちだ。

『おぬしたちは若頭と行動を共にせよ。話し合いはわしが(おこな)う』

『お爺上(じじうえ)。わらわもご一緒するぞ!』

 フェレラがカームの同行者に立候(りっこう)()した。

『人間の真っただ中へ入るのだ。危険があるやもしれぬぞ』

『それは(しょう)()しておる。じゃが、お爺上を1人で行かせるのは心配じゃ』

 (まご)(むすめ)の身を案じるカームに、フェレラも心配そうに答えてきた。

『良かろう。フェレラ、くれぐれも無茶をするでないぞ』

『わかっておる。気をつけるぞ』

 そう言うと、カームとフェレラが地上へ降りていった。

『こちらは次の準備である。長老たちの(こう)(しょう)が失敗であれば、ただちに攻撃である』

 残ったドラゴンたちは、若頭の指示で山へ引き返していく。

 その下では突撃命令を受けた西アルテース軍が、隊列をなして山に(せま)っていた。


『お爺上。代表となる方は、どのあたりにおるのじゃろうか?』

『う〜む。とんと見当がつかぬのう。もっと後ろにおるのかのう?』

 低めの高度を取りながら、カームとフェレラが軍の(そう)()令官(れいかん)を探していた。

 横に広がる最前列(さいぜんれつ)陣形(じんけい)から少し後方の上を、右側から左へ向かって飛んでいる。下を進むのは最前列を進む(じゅう)(そう)()(へい)の部隊ではなく、(じゅう)()(へい)(きゅう)(へい)の部隊だ。その銃歩兵と弓兵たちが、迫ってきたカームとフェレラを(じゅう)(ゆみ)(ねら)っている。だが、2体の飛ぶ高さは銃も弓も(とど)かないギリギリの低さだ。しかも(たま)は2体の後方に飛んでいる。

『お爺上(じじうえ)。あの方ではないのか? かなり大きな身体(からだ)じゃ』

『フェレラよ。人間は(とし)を取ると小さくなるのだ。代表となる者は身体(からだ)の大きさでは見つからぬぞ』

 ドラゴンは人とは違い、一生の間身体(からだ)が大きくなり続ける。フェレラはそのドラゴンの感覚で、体格の大きな者を探していたようだ。

『ひょっとして、あそこにおるのではないか?』

 カームが地上に張り巡らされた無数の電線に気づいた。それが1か所に集まる場所がある。そこに当たりをつけたカームが向きを変え、速度を落としつつ舞い降りようとする。

「将軍。巨大なドラゴンが来ます!」

 ドラゴンの(らい)(しゅう)に、西アルテース軍の本陣がパニックに(おちい)った。将軍たちを差し置いて、本陣(ほんじん)のテントから情報参謀(さんぼう)たちが逃げ出していく。

『この中に代表者はおるか? おったら対談を申し込むものである』

 地上5mのところで()(ゆう)するカームが、本陣に向かって話し合いを求めた。そのカームが近くに手近な荷馬車を見つけ、そこを足場に舞い降りようとする。

『おおっと、これはすまぬ!』

 荷馬車はカームの重さに()えられなかった。バギッと()壊音(かいおん)(ひび)かせて(つぶ)されてしまったのだ。その馬車の車輪が、(むな)しく(ころ)がりながら本陣のテントに入っていく。直後、

「た〜す〜け〜て〜く〜れ〜!」

 代表者である将軍が、恐怖で逃げ出してしまった。その後ろを「置いてかないで」とばかりに作戦参謀も逃げていく。無様な将軍たちである。

 その逃げ出した相手が軍の代表者だったとは気づかないカームは、

『ここには代表者はおらぬのかのう?』

 テントの屋根を持ち上げ、中を(のぞ)いていた。

 本陣にはいくつもの折り(たた)み式の長テーブルが並べられ、そこに通話機が並んでいる。そして中央に置かれたテーブルには地図が広げられ、ここが間違いなく作戦本部であることを物語っていた。

『ふむ。これは困ったものであるな』

 屋根を戻し、顔を上げたカームが周囲に目を(くば)った。

 本陣は見晴らしの良い小高い丘を陣取っていた。ここは草原全体を見渡せ、軍の行動を一望(いちぼう)できる最適(さいてき)な場所だ。

 その丘の上にいるカームを、何千、何万という数の兵たちが取り囲んでいた。丘の上にいることも手伝って、兵たちにはカームの姿が実際以上に大きく感じるのだろう。銃の弾どころか、弓矢すら届かないほど離れている者がほとんどだ。

 だが、中には勇敢(ゆうかん)な者たちがいて、カームの至近距離まで近づいてきている。

『おぬし。代表の者と(はら)()って話し合いたいのだ。どこにいるか教えてくれぬか』

 カームが近づいてきた兵たちに声をかけた。だが、その兵たちはカームの言葉に耳を貸さず、弓を()り、(やり)(とう)じてきたのだ。

『これは(たま)らぬのう』

 カームにとって、たまたま当たった角度が(さいわ)いしたのだろうか。弓と槍はドラゴンの厚くて(かた)い皮に(はじ)かれた。それでも角度によっては(あぶ)なかったと感じたカームは、すぐさま空へ戻っていく。

『お爺上。話し合いはどうじゃった?』

『どうやら無理そうである。客人には悪いが、火の()がかかる前に対処せねばなるまい』

 空で待っていたフェレラに、カームが困った顔で答えた。

『お爺上。みなが山から戻ってくるぞ』

 フェレラが山から戻ってくる仲間たちを見つけた。ドラゴンたちは山の上から水平飛行してきている。そのため地上から1,200m以上の高さを飛んでいた。

(ちょう)(ろう)であるわしの責任で、これより反撃を命じる』

 そう言うと、カームが大きく息を吸った。そして遠くまで響く重低音の声で、

(こう)(しょう)決裂(けつれつ)(かっ)()殲滅(せんめつ)せよ!!』

 と(さけ)んだ。

 その声は人間の耳には()こえない、(ちょう)(てい)(しゅう)()の声だ。だが、それは人間にとって恐怖を感じる13Hz付近の音だった。

 超低周波を()びた兵たちは、身の毛もよだつ恐怖を味わっていた。思わずその場に座り込む者。居すくんで立ち止まってしまう者。武器を放り捨てて逃げ出す者。兵たちの間に様々な反応が見られる。これをドラゴンの気にやられたと感じる兵もいただろう。

 その兵たちに向かって、戻ってきたドラゴンたちが急降下を始めた。

 ドラゴンたちは大きな(ふくろ)や、目の細かな(あみ)をぶら下げていた。それで運んでいるのは、岩や小石などだ。

投石(とうせき)開始せよ!』

 (わか)(がしら)(あい)()と共にドラゴンたちが(つばさ)を閉じて急降下を始めた。降下中、袋を持つ者は口を大きく開け、網を持つ者は(ひも)をしっかり(にぎ)っている。

 先頭を行く若頭が、ふいに翼を広げて身体(からだ)を起こした。その若頭の持つ袋から、無数の(じゃ)()が飛び出していく。他のドラゴンたちも次々に身体(からだ)を起こしながら、袋や網で持ってきた岩や小石を次々に空中から放り出した。

 (はな)たれた岩や小石が空中で広がり、西アルテース軍に降り注いだ。

 1,200mの高さから落とされた岩や小石は、空気の抵抗(ていこう)があるとはいえ時速にして500km近い速さで落ちてくる。それはまるで空から()(じゅう)掃射(そうしゃ)を浴びたようなものだ。しかも(なな)め上から降ってきたため、()ね返った小石や(くだ)け散った岩の()(へん)が後方にいる部隊にも降り(そそ)いでいる。

 その攻撃がどれほどの被害を与えたのか、それはすぐにはわからなかった。岩や小石の降り注いだ地上には(つち)(けむり)が広がり、戦果を確認できないからだ。

『ぬ、撃ち()らしたか』

 (つち)(けむり)の中から、長槍(ながやり)でハリネズミのような(みっ)(しゅう)陣形(じんけい)で進む2つの(じゅう)(そう)()(へい)の部隊が出てきた。先頭を進んでいたおかげで、岩が頭上を通ったために被害をまぬかれたようだ。

 他にも空にいた魔導部隊の一部が被害を受けずに残っている。

 その残った部隊の前に、若頭がゆっくりと舞い降りた。

『おぬしら。後ろを見てみよ。それでもまだ戦う気でおるのか?』

「ド、ドラゴンがしゃべった!?」

 歩兵たちが最初に驚いたのは、ドラゴンが話しかけてきたことだった。だがすぐに、

「うわっ。なんだよ、あれ!?」

「まさか……、俺たち以外全滅(ぜんめつ)したのか?」

 周りに目を向けた者が、(せん)(きょう)を見て愕然(がくぜん)としていた。

 戦場を(おお)っていた土煙が晴れ、そこには凄惨(せいさん)な光景が広がっていたのだ。

 西アルテース軍は、すでに壊滅(かいめつ)していた。飛び散る破片の中、幸運に(めぐ)まれて生き()びた者もいる。しかし、そのような者はかぞえるほどしかいなかった。

 たちまち戦意を失った者たちが武器を捨てて逃げ出した。山の側にドラゴンが降り立ったため、逃げるのは山とは反対の方向。来た道をそのまま逃げ帰るのである。

『毎度のことながら、あまり気持ちの良いものではないのう』

 戦いが終わったと感じた若頭が、天を(あお)いで()(いき)()く。ところが、

『お爺上。北から何かが来るぞ』

 離れた場所に降り立ったフェレラが、北からこちらに向かってくるものを見つけた。

 この草原の少し東側を街道が通っている。だが、その何かは街道を進むのではなく、草原の中を帝国(ていこく)()空色(そらいろ)(はた)をはためかせながら、こちらに向かって疾走(しっそう)してくるのだ。

『もう次の軍が来たのか?』

 すっかり()心暗(しんあん)()になっている若頭が、うんざりした顔でフェレラの指す方角を向く。

 だが、やってきたのはわずか2台の馬車と4()()(へい)だ。それを見たカームが、

『おやおや。これまでとは違う者たちであるな』

 と、いつもとは(こと)なる編成に何があるのだろうと首をかしげている。


 さて、その(せま)ってくる編成というのは、

「戦いは、終わったみたいですよぉ」

「友人Aくん。(あぶ)ないですから、馬車から身体(からだ)を出すのはおやめなさい!」

 2手に分かれた第5次調(ちょう)()(たい)のうち、運河から上陸した分隊(ぶんたい)だった。

 馬車は()(めん)の悪い草原を()ねながら疾走(しっそう)している。その馬車の窓枠(まどわく)(つか)まって、パセラが上半身を出していた。その横を白馬に乗って並走(へいそう)するクラウが、パセラが何かの(はず)みで落ちないようにと、片手を出していつでも受け止められる用意をしている。

「パセラ。あんた、よく立ってられるわね!」

 馬車の中ではレジーナが、腕で頭をかばっていた。馬車が(はず)むたびに身体(からだ)が浮かび、(てん)(じょう)に頭をぶつけそうなのだ。

 同じ馬車にはパセラとレジーナの他に2人の(しゅう)道女(どうじょ)が乗っている。

「神さま、変な死に方だけはイヤです……」

 恐怖で変な(いの)りを(ささ)げてるのは、青い正修道服を着た()(りょう)(がかり)の女性だ。その(となり)には(おさな)い顔をした(きゅう)廷聖(ていせい)()(たい)の見習い修道女が、クッションを頭に()せて身体(からだ)を丸めている。

「ねえ、この先に集まってるのぉ、ドラゴンじゃないですかぁ?」

「ドラゴン。本当に?」

 パセラの言葉に、レジーナが反対側の窓から顔を出した。

「うわぁ〜、本当に大きいわね。(はじ)めて見たわ……」

「ドラゴンがいるの!? お、終わったわ、わたしの人生……」

 医療係の正修道女が(なみだ)()放心(ほうしん)した。そこにもう1台の馬車に乗るクリプトン(きょう)が、

「ドラゴンたちの前まで進んで()めよ!」

 と命じてきた。その言葉に、正修道女の(ほお)がピクピクと引き()っている。

 やがてドラゴンに近づいたところで馬車は速度を落とし、軽くドラゴンたちに横を向けるような位置関係で()まった。

「さて、降りるぞ」

 クリプトン卿が巨体(きょたい)を起こして、馬車から降りようとする。ところが先に降りてステップなどを準備するはずの(しつ)()()(じょ)は、今の恐怖に失神(しっしん)寸前(すんぜん)放心(ほうしん)(じょう)(たい)だった。

 そんな執事と侍女に()(くば)せしたクリプトン卿が、自分で巨体を揺すりながら、ゆっくりと長い(つつ)を手に持って馬車から降りていく。

「これはすさまじい有り様ではないか」

 馬車から降りたクリプトン卿は、最初にドラゴンたちの後ろに目を向けた。そこに広がっている光景は、凄惨(せいさん)な戦いの爪痕(つめあと)だ。

 隣に停まった馬車からもパセラが降りて、戦いの(さん)(じょう)に顔をしかめている。

「クリプトンおじさま。降りて大丈夫なのですか?」

「メイベルくんの報告書によれば、ドラゴンはこちらが手を出さねば何もせぬそうだ」

 レジーナの質問に、クリプトン卿がそう答えた。それでレジーナも、恐る恐るながらもパセラに続いて馬車から降りる。

 そのレジーナに目を配っていたクリプトン卿が馭者(ぎょしゃ)に近づき、

(せい)(しょく)()をこちらに」

 と、馬車に(かか)げていた(はた)を求めた。そこに白馬に乗ったままクラウが近づき、

「クリプトン卿。僕が()(しゅ)(つと)めましょう」

 と(はた)()り役を申し出る。

「では、任せよう。(まい)るぞ」

 馬から降りたクラウが、クリプトン卿の右後ろに立った。そのクラウを引き連れて、クリプトン卿がドラゴンたちの前まで進んでいく。

 そしてドラゴンたちを見上げたクリプトン卿が、

「我は帝国(ていこく)より(えき)病調(びょうちょう)()(まか)された調査隊の(だい)(ひょう)兼全権大(けんぜんけんたい)使()である。疫病調査に先立ち、是非(ぜひ)とも()(くん)らと会談(かいだん)の席を(もう)けたい。この申し入れを(ねが)い入れてもらえないだろうか」

 よく通る声で、話し合いを申し入れた。

『あの方、人間の代表者のようじゃ。でも、お爺上(じじうえ)。先ほど、人間の代表は大きいとは限らぬと申しておったではないか。じゃが、あの方は……』

『うむ。なかなか大きいのう。横に……』

 フェレラの言葉に、カームが苦笑いしながら前に出ようとする。その前に、

『話し合い!? 人間が我々と話し合いだと?』

 と、若頭が()散臭(さんくさ)そうな顔でクリプトン卿に答えた。若頭は西アルテース軍との戦いがあったばかりのため、人間に良い感情を持っていないのだ。

「おお、本当に言葉がしゃべれるのか……」

 (おどろ)いたクリプトン卿が、思わず半歩身を引いていた。報告書にはドラゴンは言葉を話して文字も使うとある。だが、それにはどこか半信半(はんしんはん)()だったのだ。

『まあ、待つのだ。真意はともかく、ようやく人間が話し合いを求めてきたのだ。この機会をふいにするのは(おろ)か者のすることである』

 若頭を制したカームが、クリプトン卿の前へ歩み出てきた。そして、

『帝国の大使よ。わしが西の山の長老である』

 と、代表者としてクリプトン卿と対面する。

『まず、話し合いの前に2点、問いたださねばならぬ。(はじ)めに、おぬしが全権大使というのであれば、その(あかし)を立ててもらおう。それと話し合いの前に大軍で()めてくる(こう)()は、はなはだ(れい)()に失すると思うのであるが、この(りょう)(けん)を説明願おう』

「全権大使の(あかし)は、この(しょ)(じょう)にある。ご(らん)いただこう」

 そう言って、クリプトン卿が持ってきた(つつ)のフタを開けた。そして、中から丸められた紙を出し、それを広げてカームに見せる。そこには全権大使を示す文が記され、(きょう)(こう)(いん)()されていた。だが、

『そのような文字を見せられても、わしらには読めぬ』

 と言って、カームが(あかし)が立たないことを言った。

『では、この大軍の意味は何であるか?』

「それは……。すまぬが拙者(せっしゃ)は何も知らされておらん。ゆえに何も答えられない」

『ふむ。それでは話にならんのう』

 回答に困るクリプトン卿を見て、カームが()(いき)()いた。これでは話し合いができるわけがない。

『ところで後ろの者よ。先ほどから、おぬしの持つ青い(はた)が気になっておる。それは何のつもりであるか?』

「えっ!? この旗ですか?」

 思いがけずカームに尋ねられたクラウが、面喰らった顔をする。

「青い旗は友好(ゆうこう)(あかし)ですけど、ご存じありませんでした?」

『人間の約束事(やくそくごと)など知らぬ。わしらにとって青い旗は「中身がない」の意味である』

 クラウの説明を、カームがバッサリと切り捨てた。

 王国連合帝国周辺では青い旗は友好を示すものとして、外交の際には使節が(かか)げる決まりがある。だが、風習が違えば当然のように意味も変わるのだ。人間の持つ常識すべてがドラゴンに通用するとは限らない。この場合、話し合いに青い旗を掲げられたら、ドラゴンたちにとっては中身のない話し合いという意味になりそうだ。

『さて、どうしたものかのう?』

 旗を丸めているクラウを見ながら、カームは対応に困った。(しん)()のほどはわからない。だが、話し合いを求める相手を、無下(むげ)に追い返すわけにはいかない。そこにフェレラが、

『お爺上。メイベルを間に立てるのはいかがじゃ?』

 と助言してくる。

「メイベルちゃん!? そのメイベルちゃんというのは、メイベル・ヴァイスですか?」

 フェレラの言葉にクラウの耳がピクンと反応した。

『その通りである。おぬしらも知っているのであるか?』

「知ってるも何も、メイベルちゃんは僕の……」

「関係者です!」

 カームの問いに答えようとしたクラウの言葉に、レジーナが言葉を(かさ)ねてきた。

『ふむ。顔見知りであれば立会人(たちあいにん)として申し分ない。確認のために名前を聞いておこう』

「あたしはレジーナ・テルルよ。それと、メイベルの大親友がここにいるわ」

「あ、パセラ・アヴィシスですぅ」

 いきなり前に押し出されたパセラが、丸い目でカームを見上げながら名乗る。

「僕はロード・クラウ・アスピス・リ・フローレス・ド・アキロキャバス・ユー……」

『長い名前は(おぼ)えられぬ』

 ついでに名乗ろうとしたクラウの言葉を、カームがあっさりとさえぎった。それで最後まで名前を言えなかったクラウが、その場でしゃがみ込んでイジケている。

『帝国の大使よ。おぬしはメイベルと面識(めんしき)はあるか?』

 確認のために、カームがクリプトン卿にも尋ねた。

「もちろんある。彼女は(きゅう)(てい)(りょう)()(にん)だ。宮廷で何度も会っている。まあ、(われ)にとっては料理人の1人であり、あちらにとっては()(ぞく)の1人であろうが……」

『つまり(たが)いに顔を知ってるだけ……であるか。おぬし、(かく)し事が苦手のようだのう』

 クリプトン卿の答えに、カームが静かに目を閉じて口許(くちもと)(ゆる)ませる。

『わしは西の山の長老、カーム・コップである。本当の名前は人間に聞き取れる音ではない。ゆえに人間風の名前を名乗ることを(ゆる)されよ』

「我が名はバロン・メルクリオ・パライナ・ド・クリプトン・アイルアルテースだ。(ちぢ)めてマーク・クリプトンと呼んでくれて構わない」

『では、マーク・クリプトンよ。ここで待っておるがよい。立会人(たちあいにん)としてメイベルを連れてくるとしよう』

 互いに名乗り合ったのち、カームが(つばさ)を広げて飛び立っていった。そのカームと一緒に、フェレラも西にある山へ飛んでいく。

「あのぅ、クリプトンおじさま」

 飛んでいくドラゴンを見送りながら、レジーナがクリプトン卿に声をかけてきた。

「こういう場合はメイベルではなくて、勇者(ゆうしゃ)の方が立会人になるのではありませんの?」

「おおっ!? 言われてみれば、(きゅう)(せい)勇者(ゆうしゃ)を忘れていたのう」

 レジーナの一言を聞いたクリプトン卿が、ぽんと手を打った。

「ところで、勇者は何という名前だったかのう?」

「えっ!? さあ……、あたしの記憶には……」

 ()(びん)な勇者であった。

「クリプトンさま。お茶を()れましたぁ。どうぞ」

 そこにパセラがお茶を運んできた。

「おお、これはすまぬのう」

 お皿を持ち、クリプトン卿が立ったままカップを口に運ぶ。それを見たレジーナが、

「あたし、テーブルの用意をするわ」

 と言って、クリプトン卿の乗っていた馬車へ駆けていった。

「ところで、これは馬車に積んでいたカップか? あれだけ馬車が(あば)れたのに、よく割れなかったものだのう」

 紅茶を半分飲んだクリプトン卿が、そう言ってカップを見まわした。

「これは(とう)磁器(じき)ではなく(じゅ)()(せい)ですから、多少()(あら)(あつか)っても大丈夫なんですぅ」

「樹脂? 陶磁器ではないのか? 言われてみると、いつものカップとは違うのう……」

 言われて初めて気づいたのか、クリプトン卿がカップの(ふち)をお皿で(たた)いてみた。陶磁器のチンと鳴る甲高(かんだか)い音ではなく、カチッという(にぶ)い音が返ってくる。

『人間はこんなものを飲んでいるのか』

『う〜む。これは不思議な味だのう』

 クリプトン卿から離れた場所では、ドラゴンたちもお茶を飲んでいた。大きなドラゴンが左手にお皿を持ち、右手の指で器用に取っ手をつまんで口に運んでいる。その姿は、なんともひょうきんな感じだ。

「きみ。ドラゴンたちにもお茶を振る舞ったのかね?」

「ええ。(きょう)()津々(しんしん)に飲まれてますよぉ」

 クリプトン卿の質問に、パセラがにっこりと(ほほ)()みながら答えた。

 その笑顔を見たクリプトン卿が、

「これはまた、()(きょう)のある見習い修道女(シスター)がいたものだ」

 と、パセラの(きも)()わり具合に(あき)れている。そのパセラは、

「この黄色いお花、()(れい)ですぅ」

 近くに咲いている花を見つけて、すっかり見とれていた。


 さて、その頃、山で待っているメイベルとナバルは、

「終わった……のかな?」

「う〜ん。だと思うが……」

 まったく状況(じょうきょう)がわからず、不安な気持ちの中にいた。

 メイベルの持ってきたオペラグラスは、今、ナバルが使っている。その代わりメイベルは小さなドラゴンの手に乗って、少しでも遠くを見渡そうとしている。

「第5次調査隊に、ヴァレーからの情報が伝わらなかったのかしら? 大砲を撃つ前に、まず話し合えって……」

「だろうなぁ。でなきゃ、闇雲(やみくも)()ったりしないだろ」

 メイベルの言葉に、ナバルがオペラグラスを(のぞ)きながら答える。その時、

『あ、長老が帰ってくるだの』

 小さなドラゴンが、戻ってくる2体のドラゴンを見つけた。

「パゲトンちゃん。どこ?」

『そこだの。こっちに向かってるだの』

 小さなドラゴンが指を差して、場所を教えようとする。

 示す先に小さな鳥のようなものが見えた。それが急速に大きくなり、メイベルたちの前に姿を(あらわ)す。ふもとから戻ってきたカームとフェレラの姿だ。その2体が、

『メイベル。それとナバルよ。すまぬが、2人には立会人(たちあいにん)となってもらうぞ』

『下に大使と名乗る人間が来てるのじゃ。それでメイベルを間に立てたいのじゃ』

 と言いながら、近くの岩場に降り立った。

「大使? それは……」

『マーク・クリプトンと名乗っておった。おぬしに心当たりはあるか?』

「クリプトン(きょう)!? あの……お(おな)の大きな……」

 メイベルが思わずお腹の周りで大きな円を描いた。それを見たカームが、

『ふむ、間違いない。たしかに大きかったぞ、横に』

 と答えてくる。

「それでしたら、帝国議会の執政幹(しっせいかん)()です。それも(しゅう)(しん)の……」

『ほう。であれば、全権大使というのも間違いはなさそうであるな』

 メイベルの言葉に、カームが納得(なっとく)できたようだ。

『それとパセラとレジーナという者が一緒におったが、心当たりはあるか?』

「パセラとレジーナも来てるの!?」

 メイベルが小さなドラゴンの指につかまって、前に身を乗り出した。

 そのメイベルを、小さなドラゴンが身体(からだ)を前に倒して地面に下ろす。そして今度は、

『間違いなく顔見知りであるな。では、2人には立会人として同行願いたい』

 と言って、カームが身体(からだ)を前に倒して手に乗るように(うなが)してくる。

「わかったわ」

 真剣(しんけん)な顔つきになったメイベルが、自分からカームの手に乗ろうとする。そこに、

「メイベル。荷物は持っていった方がいいぞ。あとでここに戻れる()(しょう)はないからな」

 ナバルがそう言って、メイベルを呼び止めてきた。朝食の途中で事件が起こったため、荷物は何もまとめられてなかったのだ。

「毛布と雨具は俺が(あずか)かるから、急げよ」

「ありがと、ナバル」

 ナバルがメイベルの毛布まで自分の荷物として背負(せお)った。そのナバルにお礼を言ったメイベルが、散らかっていた食器類を手早くまとめる。汚れ物は魔法でさっと洗い落とす手早さだ。

 そして、すべての準備を終えると、

「お待たせ! さあ、行きましょう」

 と言って戻ってきた。

 先に準備を終えたナバルは、すでにカームの手に乗って空で待っている。

 そして、メイベルはフェレラの手に乗って、ふもとへと降りていくのだった。


 その2人を待つ草原では、

「天よ、(あわ)れなる者たちに、(あす)らかなる世界へ(みちび)く光を、どうか()らしたまえ♪

 恐れもなく、苦しみもなく、悲しみもない世界へ、彼らを(いざな)いたまえ♪

 彼らの(たましい)(しゅく)(ふく)を与えたまえ♪ 慈悲(じひ)栄光(えいこう)を与えたまえ♪」

 (きゅう)廷聖(ていせい)()(たい)の少女が(せん)(じょう)(あと)に向かい、()き通った声で鎮魂歌(レクイエム)(ささ)げていた。

 その後ろではドラゴンたちが、

()(れい)な歌だのう』

『しかし、悲しい(ひび)きだ』

 などと言いながら、少女の歌声に耳を傾けている。

 戦場跡にはヴァレー教会の人たちが駆けつけてきていた。少女の歌を聴きながら、司教が戦死者たちを(とむら)っている。修道会の人たちは、生存者探しと手当てに奔走(ほんそう)していた。その救助活動に混じって手当てを指示してるのは、調査隊に同行する()(りょう)(がかり)の正修道女だ。

 そしてクリプトン卿は、草むらに座って熱心に書類を読み返している。

 そこに、

『みなの者、待たせたのう』

『2人を連れてきたぞ』

 山から戻ったカームとフェレラが、そう言って馬車の近くに舞い降りてきた。その2体の手から、ナバルとメイベルが地面に降りる。

「メイベルぅ!」

「パセラ!! 2か月ぶりよね。ホントに来てたのね」

 駆け寄ってくるパセラを待ちながら、メイベルがその場で荷物を下ろした。そのメイベルにパセラが(なみだ)を浮かべて()きつき、再会を(よろこ)んでいる。そこに、

「おお、(いと)しの我が君、メイベルちゃぁ〜ん。遠く離れた地で再会できるなんて、これはソルティスの神がお(ぜん)()てさせたもうたもの。この出会いは、まさしく運命です!」

 と言いながら、クラウが近づいてきた。そのクラウに顔を向けたメイベルが、半歩下がって口を半分開けている。それでもお構いなしに、

「このロード・クラウ・アスピス・リ・フローレス・ド・アキロキャバス・ユーベラス。この運命を神聖(しんせい)なものと受け止め、君に永遠(えいえん)の愛を……」

 と愛を語り始めたクラウの後頭(こうとう)()に、

「メイベルが(あき)れてるだろ!」

「この色ボケ男、場所を考えなさい!! ()謹慎(きんしん)じゃないの!」

 ナバルとレジーナのゲンコツが、見事なほど同時に炸裂(さくれつ)した。

「メイベルよ。再会を喜ぶのはあとにしてもらうぞ」

 そう言いながら近づいてきたのはクリプトン卿だった。メイベルにこれから始まる話し合いの立ち合いを求めたのだ。続いてカームも、

『さて、何から話すのが良いかのう?』

 と考えながら、クリプトン卿と向き合うように立つ。

「それならば、こちらから切り出しても構わぬか?」

『よかろう』

 そう言うとカームは話をしっかり聴こうと、身体(からだ)を前に倒してきた。そのカームに身体(からだ)を向けたまま、クリプトン卿がその場で(りょう)(ひざ)を突いた。

「ここにメイベルが帝都へ送った報告書がある。メイベルが旅の間に調べ上げた、人間とドラゴンに関する歴史の報告書だ」

 クリプトン卿が持っていた書類をカームに見せ、そのように切り出してくる。

「この報告書を読みながら、我は考えてみた。人間には誤解から相手を恐れ、対話の道を(とざ)す悪いクセがある。有りもしない()害妄想(がいもうそう)(いだ)き、それによる無意味な戦争を数知れず繰り返してきた。これは否定できない歴史上の事実だ。人間同士でも対話が(むずか)しいのであるから、種族(しゅぞく)(ちが)うドラゴンが相手であれば、なおのこと対話が(とお)退()いてしまう。これは人間の持つ悪い(ごう)ではないかと思う。

 ところが、メイベルの報告書によれば、ドラゴンはいつまでも対話の窓口を開けて待っていてくれたとあるではないか。となれば一方的な誤解からドラゴンを恐れ、対話の道があることに気づかず、意味もなく迷惑(めいわく)をかけたのは我々人間の方である。

 このことを帝国から全権を任されている者として、ドラゴンたちに人間を代表して、これまでの非礼を()びたい。まことに申し訳なく思う」

 そう言うと、クリプトン卿がカームに向かって深々と頭を下げた。

『ふむ。では、これでようやく話し合いができるのであるな』

「もちろん、人間の側にも話し合いの窓口を作る。それによって(たが)いの誤解を()き、共存できることが(のぞ)ましい。それを実現することこそ、()政者(せいしゃ)(せき)()だと感じている」

 カームの確認に、クリプトン卿が頭を戻して答えた。

「しかし、()ずかしいお願いをせねばならん。人間は約束を()わしても、守ることのできない者がいる。決まり事があっても、それを故意(こい)に無視する者がいる。

 先ほど貴君らと戦った者たちがそうだ。あれは帝国の軍ではない。生存者の証言から、西アルテースという国が独自の判断(はんだん)で送り込んできた軍のようである。

 帝国はソルティス教の名の(もと)に集まっておるが、80以上ある王国はそれぞれ自治権を持っておる。それゆえ、時に帝国の決定とは異なる行動をすることがある。今回の場合、帝国は5回目の調査隊を派遣するにあたり、これまでのように軍隊を(ともな)った調査隊ではなく、軍の代わりに全権大使たる(われ)が同行することになった。であるが、軍隊を伴わないことに不安を持つ者がいたのは事実だ。それゆえの独断(どくだん)専行(せんこう)であったと思う」

『ふむ……』

 クリプトン卿の話を、カームはどう解釈するべきか迷っていた。

『話し合いはする。だが、約束しても()(しょう)できない。そう申しておるのか?』

 カームの言葉にしなかった疑問を、若頭が口に出した。その疑問にクリプトン卿が、

「そう受け取られてしまうと、返す言葉がないのう……」

 と(こぼ)しながら、答えに(きゅう)している。

『まあ、待つのだ。ここは……』

 カームが若頭の前に出て、話し合いに戻そうとする。ところが、

「あ〜っ、パセラ!! その花に(さわ)っちゃダメ!」

 突然、対談(たいだん)をさえぎるように、メイベルが大きな声を出した。その理由は、

「え!? どうしたのですかぁ?」

 草原に咲いている花を()み集めているパセラだった。

「この花、()(れい)ですよぉ」

 パセラが集めていたのは、黄色いシャーマだった。それを両手いっぱいに()み、(かか)えるように持っていたのだ。

「バカ! この花は()(けん)なのよ。()てなさい!」

 (あわ)ててパセラへ駆け寄ったメイベルが、シャーマを(うば)い取って風下へ(ほう)()てた。それを見たカームが話し合いをやめ、

『む、そう言えば、メイベルよ。黄色いシャーマの話が途中であったな』

 と言いながらメイベルに(あゆ)み寄っていく。

『黄色いシャーマが突然変(とつぜんへん)()とか、()粉毒(ふんどく)()くようなことを言っておったが……』

()文書(もんじょ)によれば、ある条件さえそろえば、どこでも発生する突然変異だそうです。そして花粉が広い範囲に病気をばらまくと書かれています。その病気が花粉症によるものか、それとも花粉に含まれる毒によるものかまでは書かれてませんけど」

 メイベルが説明しながら、荷物を置いてある場所まで戻ってきた。そして荷物の中から古文書を引き出してパラパラと広げる。

「それで黄色い花を咲かせる条件ですが、古文書には(しょう)酸塩(さんえん)が原因と書かれています。少し(きたな)い話ですけど、昔は(こえ)だめの周りでよく見られたため、(ふん)尿(にょう)で黄色く()まった毒草という俗説(ぞくせつ)があったそうです。そこからこの古文書を書いた研究者は、()(じょう)(ふく)まれる(しょう)(せき)(のう)()を調べました。そして、その濃度が突然変異の原因と確認したようです。まあ、突然変異は(しょう)(せき)に限らず、(しょう)酸塩(さんえん)であればどれでも原因になるようですけど……」

 そう話したメイベルが顔を上げ、目を草原に向ける。

「ところでカームさん。この草原で、わたしたち人間の軍と何回戦いましたか?」

『戦った回数であるか? 今日を入れて5回である』

「でしょうね。たぶん、この草原に黄色いシャーマが咲いているのは、その時に()き散らされた火薬が原因ではないかと思います。黒色火薬は(しょう)(せき)主成分(しゅせいぶん)ですから」

『ふむ。(しょう)(せき)とか(しょう)酸塩(さんえん)とかいうものが原因であるか。しかしのう……』

 カームはメイベルの話を理解できないでいた。(しょう)酸塩(さんえん)がどのようなものか、まったく知らないからだ。それを説明するはずのメイベルの方は、

「あ、でも(しょう)酸塩(さんえん)が原因としたら、農地の周りでも発生してていいような……」

 どうやら別のことが気がかりになって、説明がお留守(るす)になっていた。

『メイベルよ。なぜ農地を気にするのであるか?』

(しょう)酸塩(さんえん)は火薬の原料になりますけど、どちらかというと()(りょう)として使われる方が多いんですよ」

 カームの疑問に、メイベルが草原の先に見える農地を見ながら答えた。

『肥料……であるか?』

「ちょっと考えすぎね。黄色いシャーマを発生させるには、バカみたいなほど大量の肥料を()かないといけないもの。そこまでする人は……」

『しておる……』

 メイベルの言葉に、カームが(ふる)える声を(かさ)ねてきた。

『メイベルよ。シャーマに大量の肥料を与えたら、黄色くなるのであるか?』

「えっ!? それは、なるんじゃないかしら?」

 いきなり振られた質問に、メイベルが面喰らった顔で答える。

『あたり一面に黄色いシャーマが咲いたら、どんなことになるであろうか?』

「それは、大量の花粉が風に乗って広が……。まさか……」

 答えかけたメイベルが、顔を山に向けた。

 空は青く()み渡っていた。その下に白っぽい岩肌(いわはだ)を見せる山が(つら)なっている。

 その連なる山の間に、やや黄色みがかった(かすみ)のようなものが見える。

『メイベルよ。わしの手に乗れ。急ぐぞ!』

「わかったわ」

 魔法の(つえ)と古文書を持ったメイベルが、カームの手に飛び乗った。そして、

『大使の者よ。(きん)(きゅう)()(たい)ゆえ、わしは今すぐ山に戻る。話の続きは、山の上で(おこな)おう。ヴァレーの町からなら、人間の足で3時間もあれば上に着く。待っておるぞ!』

 と言い残すと、カームはメイベルを連れて山へ飛び立っていった。

「え? なにが……」

 事態を()み込めなかったクリプトン卿が、飛び去ったドラゴンを見送っている。

 その後ろでは、

『おまえは俺が運んでやる』

「すまない!」

 (けん)を手にしたナバルが、自分を手に乗せたドラゴンにお礼を言った。

 そして、その場にいたドラゴンたちはいっせいに山へと帰っていく。

「待ってると言われても……。あの山に登るのか? この足で……」

 クリプトン卿が困った顔で山を見上げた。そのクリプトン卿の背中を押すレジーナが、

「クリプトンおじさま。運動する良い機会ですわ。さあ、あたしたちも急ぎましょう」

 と言いながら馬車へ向かう。山の入り口までは馬車を使うつもりなのだ。

 そのあとをナバルとメイベルの荷物を拾ってきたパセラが、それらを重そうに(かか)えながらついてきている。


「いったい何が起きてるのですか?」

 この様子をクリプトン卿以上に困惑(こんわく)した(おも)()ちで見ている者がいた。ドラゴン教アサッシニオ派を(ひきい)いるブルーノだ。

 ブルーノは草原まで来たものの、そこにはドラゴンたちが集まっていたため(おそ)れ多くて近づけなかった。それで離れた場所にある草むらに(かく)れていたために、会話が耳に届いてなかったのだ。しかも、

「大ドラゴンさまが()(むすめ)を連れて聖地に戻られたということは……」

 神であるドラゴンが異教の修道女を連れて聖地である山へ戻っていったのだ。目の前で()り広げられる状況が信じられず、心の中は激しく動転している。

「アサッシニオさま。どうしますか?」

「ここは天罰(てんばつ)(かく)()してでも、追って確かめるべきでしょう」

 第6隊長の質問に、ブルーノが表情をゆがめて決断した。その顔は真剣な表情で、山の一点を(ぎょう)()している。

 その横を、背後から来た白馬が駆け抜けていった。その馬に乗る者が、

「メイベルちゃ〜ん。待ってくださぁ〜い!」

 と、大きな声で呼びかけている。更に、

「こらぁ〜、クラウ! 隊長が(しょく)()(しょう)()してどうすんのよ!?」

 窓から顔を出して文句を言うレジーナを乗せた馬車も通りすぎていった。

「アサッシニオさま。今のは……?」

「行きますよ。(おく)れを取るんじゃありません」

 出後れたブルーノが、慌ててヴァレーの町の方へ駆け出していった。

 ブルーノの後ろを20人もの集団が追いかけていく。

 そして草原には、今も鎮魂歌(レクイエム)(ささ)げる少女や、死者を(とむら)う司教、生存者の救出を続ける正修道女とヴァレー教会の人たち、それと今も気を失ったままの(しつ)()()(じょ)を乗せた馬車が残されることとなった。


「うわぁ〜……。何よ、これは……」

 カームの手に乗って山へ向かったメイベルは、空から高原を見下ろしていた。

 高原には一面に白と黄色の花が咲き(みだ)れている。白い場所と黄色い場所が、複雑に入り()じった()(みょう)な図形を(えが)いていた。しかも、高原の背後には大きな海が広がっている。

 そんな幻想的(げんそうてき)な風景を、メイベルは空から見ているのだ。

「カームさん。ここはいったい?」

『わしらのシャーマ畑である。シャーマはわしらの大事な食料の1つであるからのう』

 一面のシャーマ畑を横切りながら、カームがそう説明する。

「ここで、いつからシャーマを?」

栽培(さいばい)を始めたのは、5年前からである。それまでは高原に自生するシャーマだけで十分であった。だが、()れが大きくなったゆえ、ここで裁培を始めたのだ』

「それで、黄色いシャーマはいつから?」

昨年(さくねん)からである。1年目の(しゅう)(かく)は良かった。だが、2年目、3年目と育ちが悪くなったのだ。それで昨年から()(りょう)を使うことにしたのである』

「えっと……、どうツッコんで良いか……」

 メイベルの頭の中で、すべての理由が1つになった。

 昨年からといえば、ちょうどふもとのヴァレーの町でデスペランらしき病気の報告があった頃だ。ここで生まれた黄色いシャーマの花粉が、風に乗って遠くまで運ばれていく。それによって生まれた症状がデスペランと似ていたため騒ぎになったのだ。

 病気が放射状に広がったのも、風に乗っていたためだ。これが運河や街道に沿って感染(かんせん)が広がるデスペランと違うところである。

 メイベルたちが喰い止めるべき病気は、初めからデスペランではなかったのだ。

「カームさん。肥料の加減を知らなくて、たくさん使えば良いなんて思ってませんでしたか?」

『うむ。そんなこともあったかのう……』

 メイベルから視線をそらして、カームが体格の割に小さな手の指であごを()いている。

「それから、連作(れんさく)(しょう)(がい)ってご存じですか?」

『れんさ……。なんであるか?』

 カームが困った顔でメイベルに尋ねてくる。その反応に、メイベルは「やっぱり」と思った。

「まだ(くわ)しい()(くつ)はわかってませんけど、毎年1つの場所で同じ作物を作り続けると、育ちが悪くなるんです。それを連作障害といいます。なので、1つの作物を育てたら翌年(よくねん)は別の作物を育てて、そのまた翌年は畑を休ませて、大地が作物を育てる力を取り戻すようにするんです。これが水耕(すいこう)栽培(さいばい)なら、連作障害はないんですけど……」

『う〜むむむ。そのような知恵(ちえ)があったとは……』

 カームが畑の上を旋回(せんかい)しながら、自分たちの無知を(うな)った。

「でも、この知恵は、ドラゴンから学んだはずですけど」

『元はそうかもしれぬ。だが、わしらは2度の()神咳(がみぜき)で多くの仲間を失い、古くから受け()がれた知恵が途絶(とだ)えておるからのう。これからはわしらが学ぶ番かもしれぬ』

 そう言うと、カームは高原を見渡せる場所に降り立った。そこは高原の東側。振り返れば眼下にヴァレーの町や、先ほどまでいた草原が見える場所である。

『さて、これからどうするか……』

「黄色いシャーマを焼き払いましょう。そうすれば肥料に使った(しょう)酸塩(さんえん)も一緒に焼けるんじゃないかしら」

 カームの手から降りたメイベルが魔法の杖を構えた。そして、

灼熱の炎よ(クレマリィ・フレーマ)!」

 と(とな)えて、手近にある黄色いシャーマに火を(はな)った。

『長老。これはいったい……?』

 遅れて戻ってきたドラゴンが、カームに何が始まったのかを尋ねる。

『わしらも黄色いシャーマを一掃(いっそう)する。みなの者、手分けして焼き払うのだ』

『え? 焼き払えと言われても……』

 カームの指示に、ドラゴンたちが戸惑った。

『我々は先ほどの戦いで魔力を使い切り、まだ炎すら()けませんが……』

『とゆーか、無理して炎出したら、体力切れで倒れちゃうし……』

『う〜む。それもそうであるな』

 ドラゴンたちの言葉に、今度はカームが困った。

「メイベル。黄色い花を焼くことだけを考えればいいんだな?」

「そうよ。ガンバってね」

 ナバルが火のついた草を持って、別の場所へ火を広げている。それを見たカームが、

『わしらも地道に手伝おうではないか』

 と言って(つばさ)を広げた。カームは翼で風を起こし、火を広げると同時に空気を送ることを始めたのだ。

 やがて他のドラゴンたちもカームを真似(まね)て、炎に風を送り始めた。


 それから1時間と少しあと、炎は高原の2割にまで広がっていた。

 2割とはいえ、高原の広さを考えると炎は()まれそうなほど大きい。

 そんな炎の()(さか)る高原に、白馬に乗ったままクラウが登ってきた。

「これはいったい……」

 到着したクラウが巨大な炎に()らされた。白い馬が炎に()まって真っ赤に見える。

 その馬は炎に(おび)えていた。このままでは危ないと察知したクラウが、馬から降りて炎の見えない場所へと連れていく。

「メイベルちゃん。これはいったい……?」

 再び高原に戻ったクラウが、メイベルを見つけて駆けていった。

「ああ、ちょうど良かったわ。クラウさんも黄色い花を焼くの手伝ってよ」

「手伝ってって……。何があったのですか?」

「病気の原因よ。この黄色い花が病気の原因だったの。炎よ(フレーマ)!」

 まだ燃え広がってない場所に火を放ちながら、メイベルが事情を説明する。

「病気の原因って、この黄色い花が……ですか?」

 メイベルの説明が、クラウにはすぐに理解できなかった。目の前にある黄色い花は、これまでに見たこともないほど()(れい)で大きな花を咲かせている。それが病気の原因と言われても、花には鵜呑(うの)みにできないほどの()(りょく)があった。

 だが、メイベルは炎の魔法でその草花を焼いている。ドラゴンの中にも炎を吐いて草花を焼き払っている者がいたのだ。それを見たクラウが、

「よくわかりませんけど、やることはわかりました。灼熱の炎よ(クレマリィ・フレーマ)!」

 と言って、伸ばした手の先に大きな炎を生み出す。そして、それを(はな)とうとした時、

「何をしてるのですか、あなたは!?」

 と(さけ)んで、クラウを制してきた者がいた。

「ここはドラゴンさまの聖地です。そこに火を放つなど、なんと(おそ)れ多いことを……」

 止めようとしたのはブルーノだった。飛行術を使って、クラウを追いかけてきたのだろう。彼の後ろには山を駆け上がってきた第6隊長他数名が、大汗をかいたまま突っ伏している。

「メイベルちゃん。あれ、誰です?」

 生み出した炎を引っ込めたクラウが、メイベルに小声で尋ねた。それにメイベルが、

「わたしたちを追いかけてきたテロリストでしょ。炎よ(フレーマ)!」

 チラッとブルーノを一瞥(いちべつ)して、野焼きを続けていく。

()(むすめ)! やめろと言ってるのです」

 ブルーノが(こし)にある(けん)に手をかけ、抜き(はな)とうとする。だが、そこでブルーノの動きが止まった。ブルーノたちにとってはここが聖地であるため、()(やみ)に剣を抜くことをためらったのだ。

 そんなブルーノの前を、

『ガオ〜だの。燃やすだの』

 小さいドラゴンが楽しそうに炎を吐きながら通り過ぎていった。そのドラゴンの通った草地が、炎を上げて燃えている。それを見たブルーノの(ほお)がひくついた。続いて、

『おや、メイベル。お疲れか? 少し休んだ方が良いぞ』

 口から火を吐くフェレラが、メイベルに(した)しそうに話しかけてくる。

「大丈夫よ、フェレラ。まだまだ燃やせるわ」

『そうか。では、お(たが)いガンバるのじゃ』

 そう言って、フェレラも黄色い花を燃やしながら、ブルーノの前を通り過ぎていった。

「今のはいったい……」

 ブルーノの信仰(しんこう)に、ピシッと()(れつ)が入った。

 神のはずのドラゴンが、自分たちドラゴン教徒ではなく異教の修道女と(した)しげに話をした。それはブルーノにとって、宗教的な敗北感というか、(くつ)(じょく)というか。信仰(しんこう)が揺らぐほどの大きなショックだった。しかも、

『おお、シャーマが美味(おい)しく焼けてるだの』

(くき)のところがよく焼けてるのじゃ。まことに美味(びみ)じゃ』

「土の中で()らされて、(きゅう)(こん)がうまい具合に焼けてるわ。クラウさんも食べてみる?」

「これは不思議な食感ですね。味もクセになりそうですよ」

 仲良く掘った草を食べている。その事実は否定しようにも否定できない事実だ。

 ブルーノはあまりにも(きょう)(れつ)な精神ショックを受けてしまい、その場に座り込んでいた。

 その後ろにいるドラゴン教徒たちも、信じられない光景に茫然(ぼうぜん)としていた。


 さて、その頃、山を登っているクリプトン(きょう)の方はどうなってるかというと、

「レ、レジーナちゃん。もうダメだ……」

 (ゆる)やかな山道から岩場に入り、よろよろした足取りで坂を登っているところだった。

「おじさま。さっき休んだばかりですわ。ですから(つね)()ごろ、ダイエットしてくださいと言ってましたのに」

拙者(せっしゃ)()(きゅう)するだけで(ふと)体質(たいしつ)なのだ」

「ならば、息を止めてください」

 クリプトン卿が(よわ)()()くたびに、腕を引くレジーナが()(ごと)()びせてくる。レジーナは泣き言を(ゆる)してくれないのだ。

「ふぅ〜、これは(たま)らん」

「あああ〜、後ろに下がらないでくださぁ〜い」

 一緒に山を登るパセラは、必死にクリプトン卿の背中を押していた。そのパセラはクリプトン卿が立ち止まるたびに、押し(つぶ)されそうな不安に(おそ)われている。


 そんなクリプトン卿が高原に到着したのは、太陽が真南を通りすぎたよりもあと。山登りを始めてから4時間半も()ったあとだった。

「うわぁ〜。山火事ですぅ」

 (つか)れ果てたクリプトン卿を草むらに転がして、パセラが高原を(おお)う炎に目を向けた。

 この頃にはもう高原は、すべてが焼き払われていた。ドラゴンたちの体力が戻って炎を()けるようになったため、一気に作業が進んだのである。

 まだ燃えているのは一部にすぎない。8割方の高原はすでに(ちん)()し、燃え残った白い花と燃えて炭化した場所が白黒模様を作っている。

「パセラ。あんた……、よくピンピンして……いられるわね……」

 レジーナはクリプトン卿の横で突っ伏していた。

 クリプトン卿に至っては空を見上げたまま、息も()()えで声も出ないようだ。

 それなのに一緒に登ってきた中でただ1人だけ立っているパセラに、レジーナは意味もなく(いか)りを感じていた。

 そこにドラゴンたちが大きな(うつわ)を持ってやって来た。その(うつわ)がクリプトン卿の近くに置かれる。そしてその(うつわ)の周りに、先に来ていたメイベル、ナバル、クラウらが座る。

「ん……。この(にお)いは……?」

 ドラゴンの持ってきたものの(にお)いに(さそ)われて、クリプトン卿が身体(からだ)を起こした。

「クリプトンさま。お昼になるものを用意しました。どうぞお()し上がりください」

「メイベル。これは(いも)(りょう)()か?」

「いえ、これはこの高原で()れるシャーマという作物の、(きゅう)(こん)()し焼きにしたものです」

 そう答えたメイベルが、皮をむいた球根をクリプトン卿に渡した。

「この湯気(ゆげ)の具合が食欲をそそるのう。(にお)いも、うむ、これはなかなか香り高い……」

 クリプトン卿がまず目と鼻でシャーマを味わった。そして大きな口で(ほお)()ると、

「おおっ、これはまたシャキッとしたあととろける、なんと不思議な食感だ。味も淡泊(たんぱく)ながらほんのり(あま)()(しお)()があって……。これは……うぐっ、なんというか……」

 いきなりガツガツと食べ始めた。さっそく()みつきになったようだ。

「クリプトンおじさま。(ふと)りますわよ!」

拙者(せっしゃ)は気にせん!」

「気にしてください」

 食べすぎを心配するレジーナと、クリプトン卿が不毛な言い合いをする。そこに、

「こちらはシャーマの果肉の部分です。(あま)()っぱいので、デザートに最適(さいてき)ですよ」

 とメイベルが解説すると、すぐさまクリプトン卿が手を伸ばし、

「おお、これもまた美味(おい)しいではないか。いかん、涙が出てきたぞ」

 あまりの美味(おい)しさに涙を流して感動した。

「クリプトンおじさまったら……」

 レジーナがクリプトン卿の食欲に(あき)れ果て、(ひたい)に手を当てて天を(あお)いでる。そこに、

『大使の者よ。この山で()れたシャーマは味わっていただけたかのう?』

 と言って、カームが声をかけてきた。

「うむ。堪能(たんのう)した。これは素晴(すば)らしいご()(そう)だ」

 クリプトン卿が(じょう)()(げん)な声で、出された食べ物を(さん)()する。

『満足いただけたなら、それは結構(けっこう)なことである。だが、ここで言わねばならん。今出した食べ物が、おぬしら人間に迷惑(めいわく)をかけたのだ。わしらは満足な裁培(さいばい)知恵(ちえ)を持たなかった。そのため、間違って毒のある花を咲かせてしまった。まことにすまなかった』

「ん!? どういうことだ?」

 突然の告白に、クリプトン卿が話の意味を理解できないでいた。そこでメイベルが、

「今回のデスペランと思われた(りゅう)(こう)(びょう)の原因は、今、クリプトンさまが()し上がっているシャーマが原因でした。カームさんたちが裁培のやり方を間違えたために、この高原一面に毒の花が咲いてしまったんです。その毒が風に乗って広い範囲に()き散らされたのが、今回の騒動のすべてです」

 と説明し直した。

「毒の花だと? これには……」

「ご安心ください。お出ししたものには毒はありません。シャーマは育て方さえ間違えなければ、とても美味(おい)しい作物です」

「なるほど。そうなのか……」

 手に(にぎ)っていたシャーマの果肉に目を落として、クリプトン卿が何かを考えている。

「メイベル。その毒の花は、今、どうなっておるのだ?」

「それでしたら、あちらをご(らん)ください。すべて焼き払ってます。たぶん、もう今回のような大発生はないと思います」

「そうか。それはデスペランの調査を終えたという解釈で良いのか?」

「はい。毒の花がなくなりましたので、もう病気が広がることはありません」

 クリプトン卿の確認に、メイベルが落ち着いた口調で断言(だんげん)する。

「それで、メイベルたちにはもう1つの使命があるだろう。テロ事件はどうする?」

「あ、それももう解決できたと思います」

 そう答えたメイベルが、離れた場所に目を向けた。そこでは今もブルーノたちが、茫然(ぼうぜん)とした顔で座り込んでいたのだ。

「わたしたち人間と、カームさんたちドラゴンが仲良くなれば、あの人たちは何もできません。ドラゴン教徒にとってドラゴンは神さまですから、ドラゴンと友好関係のある相手を攻撃できないはずですよね?」

「おお、言われてみればその通りだ」

 メイベルの考えを聞いたクリプトン卿が、納得(なっとく)したとばかりに(ひざ)を強く(たた)いた。

「しかし、友好を結ぶには、まずは話し合いだ。少なくとも伝説では1,000年近く前に交流を()ったのであるから、まずは互いを知ることから始めねばならん」

 肩に力を込めて語ったクリプトン卿が、顔を上げてカームの顔を見た。

「ドラゴンの長老よ。たしかカーム・コップさんだったな。今回の訪問(ほうもん)の目的は(えき)病調(びょうちょう)()であるため、話し合う準備は何も(ととの)っておらん。準備といえるのは、メイベルの用意した報告書ぐらいだ。そこで我は一度帝都に戻り、(あらた)めて正式な友好使節として(うかが)いたいと思うが、いかがだろうか?」

『うむ。それも良かろう』

 クリプトン卿の提案(ていあん)を、カームが(そく)()に受け()れた。

『わしらの間には1,000年もの断絶(だんぜつ)があったのだ、その長さに比べれば、待つなど(ぞう)()ないこと。()いては(こと)()(そん)じるのだ。じっくりと納得(なっとく)いくまで話し合おうではないか』

「では、必ず戻ってくる。その時は土産(みやげ)を忘れぬようにせねばならんな」

『うむ。待っておるぞ』

 立ち上がったクリプトン卿が、カームの指をつかむ恰好(かっこう)握手(あくしゅ)()わした。

 今回は正式な友好関係を(むす)ばないが、それでも話し合いの約束は結んだ。十分な成果である。そして、そのあとは再びシャーマを囲んで、()(わい)ない(だん)(しょう)が始まるのだった。



「じゃあ、元気でね〜!」

 すべての問題が解決(かいけつ)し、メイベルたちはふもとの町に戻ってきた。今いるのはヴァレー教会の前。ドラゴンたちに運ばれて、一気に山から下りてきた。

 ただしクラウだけは乗ってきた馬がドラゴンに(おび)えたため、1人だけ別行動である。

 その運んでくれたドラゴンたちは今、手を振りながら山へ帰っていくところだ。そのドラゴンたちに、メイベルが大きく両手を振って見送っている。

「おい、()(むすめ)

 そのメイベルに、ブルーノが声をかけてきた。ブルーノたちドラゴン教徒も、メイベルたちと一緒に運ばれてきたのだ。そのため(おそ)れ多さのあまり、腰を抜かしている者もいる。

「何? まだわたしたちを追いまわす気なの?」

 手を下ろしたメイベルが、振り返ってブルーノに聞き返した。その隣ではナバルが、ブルーノの不測の行動を警戒している。だがブルーノは、

「もう、そんなことをしませんよ。それこそ我々の信仰(しんこう)に反します」

 と、不愉(ふゆ)(かい)そうな顔で何もしないと言ってきた。

「それにしても神がもっとも気に入った相手が()(きょう)(しゅう)道女(どうじょ)とは、(しゃく)(さわ)りますね。物事をくじで決めるソルティス教は好きになれませんから」

「あら、それは気が合うわね。わたしもソルティス教は大嫌いよ。修道女なんてやってるけど、くじでムリヤリさせられてるだけだもの」

 ブルーノの(にく)まれ口に、メイベルが軽口で答えた。

「まあ、今回の功績(こうせき)(たて)にして、修道院からおさらばしたいわね。それで学者か料理人になるの。できれば博物学者になって、世界中を旅したいわ」

「学者か料理人って……。はは……。あはははは……」

 メイベルの言葉に、ブルーノが大笑いを始めた。

「くっくっくっ。あなたを小娘と呼んで悪かったですね。あなたは大物ですよ。宗教(しゅうきょう)を超えた聖女(せいじょ)たる(うつわ)の持ち主です」

 (ひたい)に手を当てて可笑(おか)しそうに笑いながら、ブルーノがそんなことを言ってきた。そして、ひとしきり笑うと、

「もう、我々がここにいる理由はありませんね。これにて(いさぎよ)く消えますよ。それでは」

 ブルーノは背中を向けると、手を振りながら教会前の坂を下りていった。こちらも間違いなく一件落着である。

「ふぅ〜。いろいろあったけど、これで(きゅう)(せい)の旅は終わったわね」

 メイベルが大きく伸びをしながら、顔を隣にいるナバルに向ける。そこに、

「救世の旅ねぇ。こら、勇者(ゆうしゃ)くん。あんた、この旅でどんな活躍(かつやく)をしたのかなぁ?」

 と(こぼ)したレジーナが、いきなりナバルを(ひじ)小突(こづ)いてきた。そして前かがみの姿勢でナバルを(にら)みながら、

「あんたが勇者のはずなのに、問題を解決したのはみんなメイベルじゃないの。これって、どーいうことなの?」

 と()いてきたのだ。横に立つパセラが「それはメイベルだからですよぉ」と言ってるが、レジーナはその意見を無視している。

「まあまあ、レジーナ。ナバルはちゃんとくじで選ばれた勇者よ。私は従者として、問題が解決できるようにやってきたの。それだけじゃないの」

 メイベルがナバルの腕に()きついて(べん)()を始めた。

「くじで決められた勇者と言ってもねぇ……」

 身体(からだ)を起こしたレジーナが、大げさに肩をすくめて嘆息(たんそく)する。

「メイベル。あんたは修道会の一員だから、従者のくじだけで勇者のくじを引いてないでしょ。それは勇者くん、あんたも同じ。あんたは勇者のくじだけで、従者のくじを引いてないものね。だから神さまは仕方なく、2人に逆の当たりくじを引かせたんだと思うわ。本当の勇者はメイベルで、勇者くんは()(えい)の従者だったのよ」

「レジーナ。それは(きょっ)(かい)しすぎよ」

 メイベルがレジーナの考えを否定しようとする。ところが、

「ああ、なるほど。俺はメイベルの護衛だったのか」

 ナバルの方は(みょう)に納得しているようだ。

「言われてみれば、それらしいことしかやってなかった気がするなぁ」

「ちょっとぉ。ナバルも少しは否定しなさいよ……」

 ナバルの言葉に、メイベルが(あき)れた声でツッコミを入れる。そこにパセラが、

「2人とも勇者ではいけないのでしょうか?」

 という意見を持ち出してきた。だが、その考えには誰も耳を貸してなかった。

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