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くじびき勇者さま  作者: 清水文化
3番札 誰が聖女よ!?
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13/25

第3巻:第3章 とにかく話し合いましょう

 ナバルとメイベルが竜(りゅう)の山(さん)脈(みゃく)を登(のぼ)り始めた日の昼過ぎ、

「勇者(ゆうしゃ)がついに竜の山脈に着いたらしいぞ」

 帝(てい)都(と)には、早くもその報(しら)せが届(とど)いていた。

 それを聞いた貴(き)族(ぞく)議(ぎ)員(いん)たちが、議事(ぎじ)堂(どう)にある大きな部屋に集まっている。そこは帝国(ていこく)内の3大貴族の1人──ビーズマス卿(きょう)に与えられた議員控(ひか)え室だ。

「早すぎるぞ。何かの間違いではないのか?」

「そうだ。そんなに早く到(とう)着(ちゃく)されては、こちらの計画が台無しではないか」

 議員の中には勇者が竜の山脈に着くのを、忌(い)ま忌(い)ましく思う者がいるようだ。

「いや、間違いではない」

「どういうことだ? くじびきで次に向かう教会を決めながら進んでいるのだぞ。そんなに早く着くはずがないではないか」

「そんなことを言われても、理由など知らん。しかも第5次調(ちょう)査(さ)隊(たい)も明日(あす)にはヴァレーに着くという話だぞ」

「明日(あす)には、だと!? 帝都を発(た)ってから、まだ6日ではないか。ケオシィから10日かかるはずではなかったのか?」

「10日というのは陸(りく)路(ろ)の話だ。5次隊は運河を使ってるらしいぞ」

「人数が少ないから、狭(せま)い運河を使えるというわけか」

「陸路で10日かかる道のりを3日とはな。便利な時代になったものだ」

「それで、調査隊がヴァレーに着くのは、明日(あす)の何時頃かわかるか?」

「正確な時間はわからん。だが、現地時間の昼過ぎには着くと思うのだが……」

「昼過ぎか。思った以上に早いな……」

 議員たちの間で激(はげ)しく情報交換が行(おこな)われている。

 その話を、先ほどから部屋の主であるビーズマス卿が黙(だま)って聞いていた。テーブルに両(りょう)肘(ひじ)を突き、組んだ指の上にあごを載(の)せる恰好(かっこう)で静かに目を閉じている。

 そのビーズマス卿が静かに目を開け、

「5次隊がいつ着こうと構わぬではないか」

 と、落ち着いた口調で言ってきた。

「我が西アルテース軍がヴァレーに到着するのは、たしか明日(あす)の朝であったな。作戦に変更はない。予定通りに決行だ」

「ちょっと待ってください、公王さま」

 ビーズマス卿の言葉に、若い議員が立ち上がって待ったをかけてきた。

「それでは勇者と5次隊を巻き込むかもしれませんよ」

「気にするな。勇者と従者はたった2人。5次隊もたかだか24人ではないか。何かあっても些(さ)細(さい)な犠(ぎ)牲(せい)だ。運がなかったにすぎん」

 若い議員の心配に、ビーズマス卿が非情なことを言ってくる。

 次に立ち上がった初老(しょろう)の議員が、

「公王さま。拙者(せっしゃ)は人(じん)竜(りゅう)戦争(せんそう)の再現(さいげん)を恐れておるのですが……」

 と、別の心配事を口にしてきた。だが、

「人竜戦争だと? おぬしはそのような昔話を信じておるのか?」

 ビーズマス卿には耳を傾ける気もないようだ。

「50万の軍隊に、対ドラゴン砲を20台も持たせているのだぞ。それでどうすればドラゴンに負けるというのだ?」

「いや、しかし……」

 ビーズマス卿は圧倒的(あっとうてき)な数の軍隊を送り込んだことで、すでに勝ったつもりでいた。そんなビーズマス卿の楽観(らっかん)ぶりに、初老の議員が困惑(こんわく)している。その気持ちに追い打ちをかけるように、

「まあ、もしも人竜戦争の再現となったら、昔話にあるように南へ逃げれば良いではないか。ドラゴンは南へは追ってこられんのだろう」

 と、ビーズマス卿が無責任なことを言った。その言葉に、

「いや、それは……」

「それは何かが違うような……」

 部屋に集まった貴族議員たちが、口々に戸惑いの声を漏(も)らした。



 さて、その頃、救(きゅう)世(せい)の勇者(ゆうしゃ)と従(じゅう)者(しゃ)に選ばれた2人は、

「ふにゅぅ〜。あ、ダメ。その本、まだ読み終わってないわ……」

 草むらの中で、今もまだ爆睡(ばくすい)し続けていた。

 ナバルは相変わらず荷物を背負(せお)ったまま、斜面(しゃめん)の下へ向けて『大』の字だ。そのナバルを枕(まくら)にして、メイベルもすやすやと寝ている。

「本は煮込(にこ)む前に、たっぷり読み込まないと、味が染(し)み込まないのよぉ〜」

 いったいどんな夢を見てるのだろうか。メイベルが寝(ね)言(ごと)を漏(も)しながら、ごろんと寝返りを打った。仰(あお)向(む)けになったメイベルの髪(かみ)が広がり、ナバルの鼻と口を掩(おお)ってくる。

「うおっぷ……。んん……」

 髪の毛に呼(こ)吸(きゅう)を邪魔されたナバルが、それで目を覚(さ)ました。うっすらと目を開け、焦(しょう)点(てん)の定(さだ)まらない目で空を見上げている。

「えっと、俺は何してるんだっけ……?」

 軽く頭を振って、ナバルが顔にかかっていた髪の毛を振り落とした。

 そのナバルはまだ寝足りないのだろうか。頭が働かないまま、また目がとろ〜んと閉じかけていく。

「本は返してもらうわぁ。えっとぉ、どこまで読んだっけぇ〜……」

 そのナバルの左腕を摑(つか)んで、メイベルが抱(だ)きかかえるように持った。それから手相でも見るようにナバルの手を持ち、なにやらページをめくるような素振(そぶ)りをしている。

 だが、ふいにメイベルの手がナバルの腕を握(にぎ)ったままパタンと落ちた。そのナバルの手にメイベルが頬(ほお)ずりしながら、

「ああ〜、もう! お鍋(なべ)に入れたからぁ、本が茹(ゆ)だっちゃったじゃないのぉ〜」

 寝言で誰かに文句を言っている。

 そのメイベルの頭が、急に大きく動いた。それがナバルのあごをゴツンと突き上げる。

「うっ☆ いってぇ〜……」

 不意打(ふいう)ちを喰らったナバルの頭が、それで正常に働き出す。

「……なんだ!? ここは草むらか?」

 意識を取り戻したナバルが、さっそく状況(じょうきょう)の把(は)握(あく)を始めた。次に空を見て、

「今、何時ぐらいだろ。まだ空は青いよな……」

 だいたいの時間を読み取ろうとした。

 空は真昼ほど青くない。やや白みかけている。これはだいぶ日が傾いた証拠だ。

 といっても、まだまだ日没まで時間はありそうではあるが……。

「いったぁ〜。な〜によ〜……」

 ナバルに頭突きを喰らわせたメイベルも、ようやく目を覚ましたようだ。まだナバルに乗ったままだが、身体(からだ)を丸め、右手で頭の打ったところを押さえている。

 そのメイベルがナバルの腕を左脇に挟(はさ)んだまま、むっくりと起き上がった。そして周りをきょろきょろと見まわしながら、

「あっれぇ〜!? 古文書のポトフ、コンソメ味、黒歴史仕立ては……どこぉ〜?」

 まだ寝ボケたことを言っている。

「おはよ。ぐっすり寝られたか?」

「ああ、ナバルさん。おっはよぉ〜……。むにゃむにゃ……」

 声をかけてきたナバルに、メイベルが反射(はんしゃ)だけで答えた。そして振り返ろうとしたメイベルの身体(からだ)が、脇(わき)に抱(かか)えていたものに突っかかって動きが止まる。

「はやや……。なんだろぉ?」

 メイベルが寝ボケたまま、突っかかったものに視線を落とした。

 何かを小(こ)脇(わき)に挟(はさ)んで、大事そうに握(にぎ)っていた。メイベルの寝ボケた脳はたっぷりと10秒かけて、それが何であるのか答えを導(みちび)き出した。

「うひゃぁぁぁぁぁ〜っ!!」

 答えが出た途(と)端(たん)、メイベルが悲(ひ)鳴(めい)を上げて抱(かか)えていたものを放り出した。そして、

「あ、にゃ、ナバルしゃ、はひゃ、て、つて、ぐわぁ!」

 慌(あわ)ててナバルの上から飛び降りて、草むらに座り込んだまま宇宙語を話し始める。

 そんなメイベルの前で大きく伸びをするナバルが、

「う〜ん。よく寝たな」

 と言ってきた。それからリュックサックの肩紐(かたひも)から腕を抜いて身体(からだ)から離し、

「でも暗くなる前に、今日のホントの野(や)営(えい)地(ち)を決めないとな……」

 などと言いながら身体(からだ)の向きを変えて、斜面の下を前に見ながら立ち上がった。

 そのナバルが、まだ眠っている筋肉を起こすためにストレッチ体操(たいそう)を始めた。そして身体(からだ)を大きく動かして、

「よし。筋肉痛(きんにくつう)はなくなったみたいだぞ」

 身体(からだ)の調子を冷静に確かめた。

 そんなナバルの様子を、メイベルが黙(だま)って座ったまま見上げている。

「メイベルさん。まだ、寝てるのか?」

「お、起きてるわよ」

 思わず声をかけられたメイベルが、上ずった声で返事をした。そして立ち上がると、

「えっと、荷物でなくしたものはないかしらねぇ」

 とわざとらしく呟(つぶや)きながら、自分の荷物を拾い上げていく。

「毛布はある。テントもある。剣もちゃんとある。リュックサックは紐がほどけてないから、中身は無事だろうな」

 ナバルも簡単に荷物を確認した。そのナバルが、

「メイベルさん。本と杖が落ちてるぞ」

 と言って、散乱したメイベルの荷物を拾って手渡す。

「ありがとう。これでわたしの方も、なくした物はないみたいよ」

 荷物を背負(せお)って、メイベルが準備の完了を教えた。

「今は午後の3時を、ちょっと過ぎたってところか……」

 立ち上がったナバルが、日の位置からだいたいの時間を割り出した。

「6時間も寝ちゃったのね。徹(てつ)夜(や)なんてするものじゃないわ」

 先に山道(やまみち)に戻ったメイベルが、そう零(こぼ)しながらナバルが出てくるのを待つ。

「これから山を登れるのは、せいぜい3時間か。どこまで登れるかな?」

「3時間も歩けば、頂上(ちょうじょう)まで着くんじゃないかしら。このあたりは竜の山脈の中でも比(ひ)較的(かくてき)なだらかだし、上の方では岩がゴツゴツしてるけど、それほど高い山はないみたいだし。なによりもヴァレーの町との標(ひょう)高(こう)差(さ)が1,200mもないし……」

 山道を進みながら、メイベルが山の上の方に目を向けた。

 竜の山脈は2,000m級の低い山脈である。そのふもとにあるヴァレーの町は、標高約800mの高原にある町だ。その先にあるグレーシィ地方も、標高500m以上の大地の上にある。

「あの岩場に入るあたりが、マウンテン・ドラゴンの土地の入り口かしら?」

 山を見上げるメイベルの目に、どこかから山に戻ってきたドラゴンの姿が飛び込んできた。ドラゴンの飛んでいく先は、岩肌(いわはだ)がむき出しになった場所だ。山は上3分の1ほどが岩場になっている。

「あっちで、何かあるのかな?」

 同じように山を見上げたナバルの目に、岩場から飛び立っていく3体のドラゴンの姿が飛び込んできた。その3体のドラゴンが向かう先は南東の方角。先ほど、岩場に戻ってきたドラゴンが飛んできた方角だ。

「さあ、何かしらね?」

 しばらく飛んでいくドラゴンたちを見送ったメイベルが、視線を山道に戻した。その間にナバルが先に進んで待っている。そのナバルに続いて、メイベルも山道を登っていった。


「そんなに登った気がしないな……」

 ほんの小一時間登ったところで、2人は岩場の入り口にたどり着いた。

 このあたりまで来ると草の背は低くなり、岩の間に小さな草むらを作る程度である。

 振り返ってふもとを見下ろすと、ヴァレーの町は見えない。途中に小さな小山があるため、それに隠(かく)されているのだ。

 一面に広がる麦(むぎ)畑(ばたけ)や水田(すいでん)の中に、ヴァレーに向かう道がまっすぐに延(の)びている。右に延びているのは馬(ば)車道(しゃみち)で、その周りは麦畑だ。今は春(はる)小(こ)麦(むぎ)の刈(か)り取り時期が近いために黄(こ)金色(がねいろ)に輝(かがや)いている。反対に左には運河が延び、その周りは水田だ。こちらはまだ一面の緑で、収(しゅう)穫(かく)までまだ時間があることを教えてくれる。

「ここから先は、ドラゴンの土地かしら?」

「そうかもしれないな」

 ナバルがメイベルの考えを肯定(こうてい)した。

 ここから先の岩場には、無数の大岩が地面から突き出ている。そこに道らしきものが見えないところから、岩場には人が立ち入らないことを物語っている。

 その一方で、岩場と並行するように横道が作られていた。

 ふもとではすっかりなくなっていた木立ちが、このあたりには残っている。横道は左右にある木立ちの中へ続いているのだ。そのうち右側の木立ちへ入っていく小(こ)路(みち)の手前に、小さな展望(てんぼう)小屋(ごや)が作られていた。その展望小屋に近づくと、小山に隠(かく)れていたヴァレーの町が見えてきた。展望小屋からは斜面に建てられた教会の時(と)計塔(けいとう)が見えている。

 どうやら町の人は山菜取りやハイキングで、このあたりまでは来るらしい。

 しかも展望小屋の横には簡単(かんたん)な煮炊(にた)きができるように、石で囲(かこ)ったかまどまである。

「このあたりは山菜(さんさい)が豊(ほう)富(ふ)にあるのね。お昼食べてないから、お腹(なか)が空(す)いてきたわ」

 メイベルが展望小屋の周りで山菜採(と)りを始めた。

 この山で山菜が豊富なのは事実だ。だが、そのほとんどは町の人が頻繁(ひんぱん)に採りに来るため採り尽くされている。それでも植物に詳(くわ)しいメイベルの目には、町の人たちが山菜とは思わない山草まで食べられるものと映(うつ)っているため、ホントに豊富に感じるのだ。もちろん宮(きゅう)廷(てい)料(りょう)理(り)人(にん)であるだけに、珍(めずら)しい食材であろうと調理の仕方は十分に心(こころ)得(え)ている。

「おい、メイベルさん。こっちに来てくれ!」

 メイベルが山菜を採っている間、ナバルは展望小屋から下界を見下ろしていた。そのナバルが何かを見つけたらしく、それを指差してメイベルに見せようとする。

「ナバルさん。こんなに採れたわ。これなら1週間ぐらい山(やま)籠(ご)もりできるわよ」

「すごいな。それ、全部喰えるのか?」

 メイベルが抱えてきた山菜を見て、ナバルが目を丸くした。だが、

「そんなことより、あれを見てくれ」

 と言って、メイベルに南東に見えるものを示した。

 ナバルが指差しているのは、ヴァレーからケオシィ方面へまっすぐに延びる街道(かいどう)だ。

「なによ、あれ!?」

 顔を向けたメイベルが、すぐにナバルの示すものを見つけた。

 街道の左側にある草原が荒(あ)れていた。そこにはいくつもの窪(くぼ)地(ち)が作られ、土を掘(ほ)り返したように所々(ところどころ)で地面が露(ろ)出(しゅつ)している。しかも、その周りには何か小さく黒いものが無数に散乱(さんらん)してるのだ。

「遠すぎて、肉眼(にくがん)ではよく見えないわね」

 メイベルが抱(かか)えてきた山菜を展望小屋の床(ゆか)に置き、続いて背負(せお)っていた荷物も床に置いた。それからリュックサックの紐(ひも)をほどいて、中から小物を引っ張り出してくる。

「メイベルさん。それは?」

「オペラグラスよ。ホントは双眼(そうがん)鏡(きょう)か何か持ってきてれば良かったんだけど……」

 メイベルが出してきたのは、折り畳(たた)み式のオペラグラスだった。それでしばらく荒(あ)れた場所を見たメイベルが、

「はい、ナバルさんも見る? わたしは、もういいわ」

 少し蒼(あお)褪(ざ)めた顔で、ナバルにオペラグラスを渡す。

「うわっ。デカく見えるぞ。すごいな、これ」

「5倍までしか大きく見えないけどね。……あれ、調(ちょう)査(さ)隊(たい)の残骸(ざんがい)……よね?」

 便利な道具にはしゃぐナバルとは対(たい)照(しょう)的(てき)に、メイベルの気持ちは沈んでいた。

 土を掘り返したような場所の周りに散乱していたのは、馬車と思われるものの残骸だった。馬車と感じたのは、車輪のようなものが残っていたからだ。黒く見えたのは、火に焼(や)かれて炭(たん)化(か)していたからである。

「あれは戦場の跡(あと)かな?」

「さあ? わたしは戦場のことは知らないから、何とも言えないわ」

 メイベルが小屋におかれていた長イスに腰かけて、ふうっと大きな溜(た)め息(いき)を吐(つ)いた。

「ナバルさん。わたしたち、いつの間にか目的地に着いたは良いけど、考えてみればまだ何も解決(かいけつ)策(さく)がないのよね。デスペランの流行をどうやって防(ふせ)ぐかも、ドラゴン教(きょう)徒(と)のテロをどうやってやめさせるのかも……」

 メイベルが憂(うれ)いのある表情で空を見上げた。

 無事に目的地にたどり着いた。旅の間に知らなかった知識に数多く触(ふ)れられた。それで気持ちが昂(たか)ぶっていたおかげで、メイベルは肝心(かんじん)なことを完全に忘れていたのだ。

 だが、戦いらしきものの残骸(ざんがい)を見たことで、忘れていた現実に引き戻された。

 調査隊には数千人規模(きぼ)の軍隊(ぐんたい)が伴(ともな)っていた。だが、マウンテン・ドラゴンは、それを物ともせず殲滅(せんめつ)してしまう。これから、そんな相手と対面しなければならないのだ。

 それなのに、まだ何をすれば良いのか、何1つわかっていない。

 メイベルが膝(ひざ)に肘(ひじ)を突き、組んだ指に額(ひたい)を載(の)せて静かに目を閉じた。

「1つだけ確実なのは、ドラゴンが話し合いを求めていること。もしもドラゴンと仲直りできれば……。あ、そうか……。ドラゴンと帝国が和平を結(むす)んだら。それができたらドラゴン教徒たちはテロを仕掛けられないわ。ドラゴンと和平を結んだ相手を傷(きず)つけるのは、ドラゴン教徒たちの神であるドラゴンの考えに反するものね」

 1つの解決策らしいものが、メイベルの頭の中で導(みちび)かれた。その名案に目を開けたメイベルが、背(せ)筋(すじ)を伸ばして軽く上を向く。

「あ、でも、ドラゴンとの和平なんて、どうすればいいのかしら? わたしたちに権限(けんげん)はないわよね。話し合いのお膳(ぜん)立(だ)てを作ればいいのかなあ……」

 一(いっ)瞬(しゅん)のひらめきだったが、それには大きな課題があった。それをどうすれば良いかで、またメイベルが目を閉じ、首を右に傾けて思考をめぐらせる。

「それよりももっと大切なのは、デスペランよねぇ。ヴァレーではけっこう咳(せき)してた人が多かったから、かなり広まってるんだわ。草むらに倒れてたネコ。あれも気になるわ。あの症状(しょうじょう)が人で起こるのも時間の問題かもしれないし……」

「メイベルさん。考えるのはあとだ」

 唐突(とうとつ)にナバルが、メイベルの考えをさえぎってきた。

「えっ!? 何?」

 目を開けたメイベルが、ナバルに顔を向けた。

 ナバルは岩場に顔を向けている。その視線を追ったメイベルの目が、

「ドラゴン教徒!?」

 岩陰(いわかげ)から出てくる異様な雰(ふん)囲気(いき)の男たちを捉(とら)えた。

「町の人……じゃねえよなぁ……」

 ナバルが腰(こし)の剣(けん)を摑(つか)んで身(み)構(がま)えた。

 男たちの数は14人。いずれも手に剣(けん)や銃(じゅう)などの武器(ぶき)を持っている。

「何度か見た顔がいるな」

 ナバルの目が、ヒゲ面(づら)の男に向かった。帝都のテロ事件とオーマンドの事件で、2度も手合わせした第6隊長だ。その隣(となり)には四角い顔の第3隊長もいる。

「さっぱり来ないと思ったら、こんなところで休んでたのか」

 ヒゲ面(づら)の第6隊長が、冷(さ)めた口調で声をかけてきた。すでに腰にある剣を左手の親指(おやゆび)で浮かせ、いつでも抜(ぬ)き放(はな)てるように用意している。

「やあ、また会ったね。ちょっと顔見知りになったよしみで、今日はこのまま何も言わずに山を下りてくれないかのう? そうしたら、手(て)荒(あら)な真似(まね)をせずに済(す)むんだけどさ」

 次に気さくそうに言ってきたのは、四角い顔の第3隊長だ。

 笑顔の第3隊長と激(はげ)しい形(ぎょう)相(そう)で睨(にら)む第6隊長。なんとも形容(けいよう)しがたい雰囲気である。

「断(ことわ)ると言ったら?」

「これまで何人もの部下を倒された怨(うら)みを、この場で晴らさせてもらう」

 ナバルの問い返しに、ヒゲ面の第6隊長が剣を抜き放った。

 その動きに倣(なら)うように、後ろにいる部下たちもいっせいに武器を構える。

「あのさ。ここは穏便(おんびん)に話し合いで済ませられないかな?」

「山を下りてくれ。要求はそれだけだ」

 メイベルの提案(ていあん)に、第3隊長が短く答えた。

「これって、交(こう)渉(しょう)決裂(けつれつ)かな?」

 魔法の杖(つえ)を構えるメイベルが、困った声でナバルに尋ねた。それにナバルが、

「その前に交渉もしてねえだろ」

 とツッコんでくる。

「聖なる光の盾よ(エ・シルト・ルミナス)!」

 最初に動いたのはメイベルだった。魔法で生み出したのは強い光を放つ魔法の盾(たて)。防御(ぼうぎょ)と目くらましを兼ねた魔法である。

「メイベルさん、走るぞ!」

 ナバルがメイベルの腕を引いて駆け出した。そのまま目くらましに遭(あ)って動けないドラゴン教徒たちの間を縫(ぬ)って、岩場へと走っていく。

「に、荷物が……」

「放(ほう)っておけ!」

 荷物を気にかけるメイベルを強引(ごういん)に抱(だ)き寄せ、ナバルが岩陰(いわかげ)に身を隠(かく)した。

「これからどうするの?」

「考えてない」

 メイベルの問いかけに、ナバルが無責任な答えを返してくる。そのナバルは、

「このあたりは狭(せま)いな。剣を振りまわすには、ちょっと厄介(やっかい)かもしれん」

 と言いながら、岩場の地形把(は)握(あく)に努(つと)めていた。戦う場所を頭に叩(たた)き込み、少しでも戦いを有利にしようとしているのだ。

「メイベル、離れろ!」

 頭上から靴(くつ)のかすれるカサッという音が聞こえたと同時に、ナバルは岩陰(いわかげ)からメイベルを突き飛ばした。その2人のいた場所に、上から網(あみ)が落ちてくる。

「投(と)網(あみ)だと?」

 それは相手をからめ捕(と)るための投網だった。その網に向かってメイベルが、

「電撃よ(ブリッツァ)!」

 と魔法を放った。

「うわぁぁぁ……」

 網を伝(つた)った高電圧が、投げたドラゴン教徒を襲(おそ)った。身体(からだ)から白い煙を出すドラゴン教徒が、そのまま岩の下にドスンと落ちる。

「さすがに、狭(せま)い場所での斬(き)り合いは厄介(やっかい)だな……」

 ナバルは迫(せま)ってきた剣士との戦いになっていた。その剣士が、

「くっ、岩が……」

 振り下ろそうとした剣を岩に引っかけてしまった。その一瞬を狙(ねら)い、ナバルが剣を突き立てて前に踏み込む。

「ぎゃあああ〜……」

 胸(むね)を突かれた剣士が悲(ひ)鳴(めい)を上げた。そこに向かって銃を持つドラゴン教徒が、バンバンと弾(たま)を撃(う)ってきた。

「おいおい、味方でもお構いなしかよ」

 ナバルは剣士を盾(たて)にして、岩陰へ飛び込んだ。背中に無数の銃弾を浴びた剣士は、すでに絶命(ぜつめい)している。

「ちぃっ。ちょこまかと……」

 銃士たちが岩の後ろへまわり込み、ナバルに弾を浴びせようとしてきた。だが、それを読んでいたように、ナバルはその前に別の岩陰に隠れていたのだ。

 岩陰から出てくる者を、銃士たちはナバルと見做(みな)して手当たり次第に撃っている。異教の勇者さえ倒せるならば味方の被害など気にしないとでもいうような戦い方だ。

 そのため、ドラゴン教徒たちの間に無用な負(ふ)傷(しょう)者(しゃ)が出ている。

「お〜い。どこ撃ってんだよ?」

 岩陰から顔を出したナバルが、銃を持つドラゴン教徒たちを挑(ちょう)発(はつ)した。

「このやろう!」

 振り返ったドラゴン教徒が、ナバルに向かって銃を撃った。その横では一発撃った銃士が、手早く銃口から次の弾を詰め込んでいる。

「へたくそ!」

 なおも挑発しながら、ナバルが別の岩陰へ隠れた。

「突風よ(ラファール)!」

 メイベルが迫(せま)ってくるドラゴン教徒たちに向かって、風の魔法を放った。それが岩場の狭(せま)い空間に押し込められて、強い噴(ふん)流(りゅう)を生み出している。

「うがっ」

 強(きょう)烈(れつ)な風に飛ばされたドラゴン教徒が、背中を岩に叩(たた)きつけられた。別のドラゴン教徒は後頭部を打ちつけ、そのまま意識を失って倒れている。

「メイベル! 風の魔法は使うな」

「え!? 何で?」

 次の魔法を放とうとしたメイベルに、ナバルから奇(き)妙(みょう)な注文が入った。その意図がわからず、メイベルが一瞬動きを止める。

「きゃあ〜っ!!」

 その一瞬を突いて、頭上から落ちてきた投網がメイベルをからめ捕(と)った。だが、

「すまん。気をそらせちまったな」

 すぐにナバルが助けに入った。投網につながる縄(なわ)を断(た)ち切ったため、メイベルはそのまま吊(つ)り上げられずに済んだ。

 だが、それで動きの止まったメイベルを狙って、2挺(ちょう)の銃が火を放った。

「ひゃあ!」

 激しい号砲(ごうほう)に驚(おどろ)いたメイベルが、思わずその場にしゃがみ込んでいた。

「ちっ! この銃は、こんな至(し)近距(きんきょ)離(り)からでも当たらねえのかよ」

 銃を撃った2人のドラゴン教徒は、どちらもメイベルから6〜7mしか離れていない。それなのに、1発がスカートに穴を空(あ)けた程度だ。メイベルにケガはない。

「しまっ……」

 銃を撃った直後の無(む)防(ぼう)備(び)になる瞬(しゅん)間(かん)を狙(ねら)って、ナバルが2人に斬(き)り込んできた。咄(とっ)嗟(さ)に1人は斜面を転がって逃げていく。だが、もう1人は逃げる際に肩を岩にぶつけた。それで跳ね返った男の背中を、ナバルが袈裟斬(けさぎ)りにする。

「メイベル。何してるんだ?」

「網が邪魔っけで、取れないのよ!」

 戻ってきたナバルが、メイベルを小(こ)脇(わき)に抱(かか)えてその場から離れた。そのメイベルはからみついてくる網に少してこずってるようである。

 と、その時、

「銃を撃つな! 同士討(う)ちになるぞ!」

 第6隊長が大声で攻撃を止めてきた。

 岩場に黒い煙(けむり)が立ち籠(こも)り、視界が悪くなってきたのだ。

「こんな狭(せま)い場所なのに、銃をバカの1つ覚えで撃ちまくるからだ」

「ナバルさん。これがあるから、風の魔法を止めたのね」

 黒い煙の原因は、銃に使われた黒(こく)色(しょく)火(か)薬(やく)だった。しかも刺(し)激(げき)の強い硫黄(いおう)臭(しゅう)とアンモニア臭(しゅう)があるため、涙(なみだ)が出てきて戦うどころではないらしい。

 その間にナバルはメイベルを抱えたまま、一気に尾根(おね)伝(づた)いの斜面を駆け上がった。そして斜面の上にある岩陰(いわかげ)に駆け込み、そこで身を潜(ひそ)めて気配を殺す。

「今、網(あみ)を取ってやる。勝手に動くと、余計からまるぞ」

 メイベルを膝(ひざ)の上に座らせる恰好(かっこう)で、ナバルがからまっている網をはずし始めた。

 この投網にはいくつもの錘(おもり)のついた紐(ひも)がぶら下がり、それらが互(たが)いにからまり合って、捕まえた者の動きを封(ふう)じるようにできている。

「ありがとう、ナバルさん。助かったわ」

 ようやく網から解放されたメイベルが、ナバルにお礼を言いながら膝(ひざ)から降りた。

 ナバルは取った網が、これからの戦いの邪魔にならないようにと岩の下に捨てた。そしてゆっくりと立ち上がって、

「さて、これからどうするか……」

 岩の陰からそうっと顔を出してあたりの様子を窺(うかが)おうとする。そのナバルに、

「ところでナバルさん。さっき、わたしのことを『メイベル』って呼び捨てたでしょ」

 と、メイベルが瞳(ひとみ)を輝(かがや)かせながら尋ねてきた。

「なんだよ、急に……。この状況下で、いちいち『さん』付けで呼んでられねえだろ」

「え〜!? そういう理由なの?」

 ナバルの答えに、メイベルが唇(くちびる)をとがらせた。

「わかったよ。これからはちゃんと『さん』を忘れないように……」

「そうじゃなくて」

 いつもの朴念仁(ぼくねんじん)ぶりを発(はっ)揮(き)するナバルの肩に、メイベルが思わず手を置いた。

「もう2か月も一緒に旅をしてきたじゃない。で、いつまでもお互いに『さん』を付けて他(た)人(にん)行(ぎょう)儀(ぎ)に呼び合うのもどうかなぁ〜と思うんだけど……」

「おい、それはこういう時に考える話か?」

 メイベルの意見に、ナバルが呆(あき)れた声でツッコんだ。だがメイベルは、

「わたしもつい『さん』を付けて呼んじゃうけど、やっぱり、そろそろ付けなくても良い頃合いだと思うのよ。だけど問題なのは、そのきっかけが……」

 と力説して、持っている魔法の杖(つえ)をギュッと握(にぎ)る。

 そのメイベルの額(ひたい)に、ナバルが握(にぎ)りこぶしをコツンと当てた。

「呼び方なんて、ただの慣れだろ。お互い好きなように呼べばいいし、それで相手の気に障(さわ)るようなら変えれば済むことだ。メイベルは変なところにこだわるんだな」

「……好きなようにって……」

 ナバルの顔を見上げて、メイベルが額(ひたい)の叩(たた)かれたところを手で押さえる。

「メイベルが『さん』付けで呼ばれるのを嫌(きら)ってるとは思わなかったな。まあ、これからは『さん』を付けないように努力しよう」

「わかってない。この人、まったくわかってない……」

 ナバルの筋金(すじがね)入(い)りのわからず屋ぶりに、メイベルが怒(いか)らせた肩を震(ふる)わせている。

「見つけたぞ! そこにある岩の後ろだ」

 そんなやり取りをしてる間に、2人はドラゴン教徒たちに見つかってしまった。

 見つけたのは第3隊長だった。といっても彼は山(さん)頂(ちょう)へ向かう坂を登る途中だったため、2人の隠れる岩から200m以上は離れている。

「こんどこそ逃(の)がすものか!」

 居場(いば)所(しょ)を聞いたヒゲ面(づら)の第6隊長が、一気に斜面を駆(か)け上がってきた。

 ドラゴン教徒たちのいる下の岩場から、2人のいるところまで30mだ。

「メイベル。応戦するぞ!」

「わかったわ、ナバル」

 岩の陰(かげ)から飛び出した2人が、それぞれ持っている剣(けん)と杖(つえ)を構(かま)えた。第6隊長の向かう先へ跳び出したのはナバルだ。

 それとは反対側に飛び出したメイベルには、ドラゴン教徒たちの銃口が向いていた。

「いたたた……た?」

 メイベルの身体(からだ)に、何発もの鉛(なまり)玉(だま)が撃(う)ち込まれてきた。ところが、

「あ〜、びっくりしたわ」

 メイベルに当たった弾(たま)は、すべて服に跳ね返されて、ポトポトと落ちていった。

 戦いに使われた銃は、あまり性能が良くない。30m以上の距離に加えて上を狙(ねら)っているため、メイベルに当たる頃には服すら撃ち抜けないほど威(い)力(りょく)が落ちていたのだ。

 銃は離れた場所からも狙える便利な飛び道具である。しかし標的から十数mまで近づかなくては、ほとんど効果を期待できないのだ。

「雷よ暴れろ(フルメ・ヴィオラプタ)!!」

 仕返しとばかりに、メイベルが魔法を放(はな)った。杖から生み出された小さな黒雲(くろくも)が、斜面を滑(すべ)るようにドラゴン教徒たちに迫(せま)っていく。そして爆発(ばくはつ)するように無数の雷(かみなり)を撒(ま)き散らし、ドラゴン教徒たちを一気にしびれさせた。

 一方で、ナバルに迫ってきた第6隊長の方は、

「灼熱たれ(レ・カロル)!」

 斬(き)り込む直前に剣に魔法をかけ、刀身(とうしん)を一気に白熱(はくねつ)させていた。ナバルの剣を熱で熔(と)かし斬(き)るつもりだ。

「このぉ、バカの1つ覚えが……」

 白熱した剣を、ナバルが持っていた剣で受け止めた。

 2人の身体(からだ)が入れ替わり、ナバルは第6隊長に有利な高い場所を取られた。

「なんだ!? なかなか熔(と)けねえじゃねーか」

 第6隊長が体重も加え、ナバルの剣に力を加えてくる。その力に、ナバルの剣はしっかりと持ち堪(こた)えていた。

「この剣、どうなってやがんだ?」

「それはチタンの剣だからよ。鋼(はがね)の剣より、ずっと熱に強いの。熔(と)かすつもりなら、あと140度は熱くしないとムダよ!」

 下のドラゴン教徒たちを魔法で麻痺(まひ)させたメイベルが、今度は第6隊長の側面に向かって杖を構えていた。

「140度!? こっちが先に熔けるのか……」

 このままでは分(ぶ)が悪いと悟(さと)った第6隊長が、飛び退(の)いてナバルから離れる。

 そこにすかさずメイベルが、

「冷却せよ(レ・フリーザ)!」

 と、白熱する剣に魔法を仕掛けた。

「げげっ!! やりやがったな!」

 第6隊長の剣がジュジュッと音を立てた。その剣が真っ白な水(すい)蒸(じょう)気(き)に包(つつ)まれ、更に表面が凍(こお)りついて白い霜(しも)に覆(おお)われていく。

 それに驚く第6隊長に向かって、ナバルが坂を駆け上がって斬り込んでいった。

「おりゃぁ〜!」

「くっ! やっぱり、こうなるか……」

 第6隊長の剣が根(ね)本(もと)から4分の1のところでポッキリと折れた。それで武器を失った第6隊長が、ナバルとすれ違うように斜面を駆け下って逃げていく。

 その第6隊長が部下たちのところまで戻って、またナバルたちに振り返った。

「ったく、冷やすなら赤くなってる間だけにしろよな。黒くなっても冷やし続けたら、硬(かた)くはなるが折れやすくなるじゃねえか」

 第6隊長がぼやきながら、持っていた剣を捨てた。そして麻痺(まひ)して動けなくなっている部下の手から、代わりになる剣を取り上げる。

「メイベル。最高の援(えん)護(ご)だったな」

「どういたしまして」

 斜面の上では、ナバルがメイベルに背中を預(あずけ)けてきた。

 下に第6隊長の部隊。そちらはメイベルの魔法で大半が戦力にならないが、山頂側の側面には第3隊長の部隊が無(む)傷(きず)でいるのだ。しかも50mのあたりまで近づいてきている。このままでは挟(はさ)み打ちされてしまう。

 と、その時、

『やかましいぞ。おまえら、我々の土地で何をしてるのだ』

 と言って、1体のドラゴンが岩場に舞い降りてきた。

 体長は10mぐらい。口には鋭(するど)い牙(きば)があり、太く大きな足と背中に生える大きな翼(つばさ)が印象的なマウンテン・ドラゴンだ。そのドラゴンが先ほどまでナバルとメイベルの隠れていた岩に着地し、太い足の指でしっかりと岩を摑(つか)んでいる。

『我々を挑(ちょう)発(はつ)しに来たのか? ならば受けて立つぞ』

 更に3体のドラゴンが、ドラゴン教徒たちのいる岩場に下り立った。

 1体は体長12mあり、残り2体は体長7〜8mと小振(こぶ)りだ。そして、

『この山はわしらの大切な住(す)み処(か)である。それをどのような了(りょう)見(けん)で荒(あ)らしに来たのだ?』

 最後に降りてきたドラゴンは体長15m。他のドラゴンたちに比べて、圧倒的(あっとうてき)な大きさを誇(ほこ)っている。

「も、申し訳ございません。わたくしたちには、けして荒(あ)らすような意図はなく……」

 第6隊長が持っていた剣を前に置き、一番大きなドラゴンに向かってひれ伏した。

 周りに転(ころ)がっているドラゴン教徒たちも、動ける者はその場で起き上がって平伏(へいふく)している。これは第3隊長の部隊も同じだ。

「ドラゴンさま方にご迷惑(めいわく)をおかけしましたことを、心よりお詫(わ)び申します」

 平身低頭(へいしんていとう)する第6隊長が、ドラゴン教徒たちを代表して非礼を詫(わ)びる。

 だが、最後に来たドラゴンの関心は、斜面の途中で立ち尽くしているナバルとメイベルに向かっていた。2人のいる場所は、ちょうどドラゴンの目の高さだ。

『おう、これはナバルとメイベルではないか。ついに西の山にたどり着いたのか』

「カ、カームさん!?」

 声をかけられたメイベルが、驚(おどろ)きで目を丸くした。

 2人に声をかけてきたのは旅の途中、奇(き)岩(がん)の高地で出会ったマウンテン・ドラゴン──カーム・コップだった。

『この人間は、長(ちょう)老(ろう)のお知り合いですか?』

『うむ。死(し)に神咳(がみぜき)の調査を命じられ、旅を続けている若者たちである。わしとは以前、マルル山のふもとで出会ったのだ』

 最初に来たドラゴンの質問に、カームが目を細めながら答えた。そんな話をするカームを、ドラゴン教徒たちが困惑(こんわく)した顔で見上げている。

『ああ、この前からお爺上(じじうえ)が「来たら客人として迎(むか)える」と仰(おっしゃ)ってた人間であるか』

『本当に来るとは、思わなかったわ』

 ドラゴン教徒のいる岩場に立つ2体の小振りなドラゴンが、口々にそんなことを言う。

 この2体のドラゴンは他の3体と比べて身体(からだ)が小さだけではなく、翼(つばさ)の膜(まく)の赤みが強い。しかも首に飾(かざ)りをつけてオシャレしてるところから、どうやら女性であるようだ。

「お、畏(おそ)れながらドラゴンさま。この2人は、ドラゴンさまの客人になるのですか?」

 第6隊長がナバルとメイベルを指差して、気になることを尋ねてきた。

『そのつもりである』

「そ、そんな、バカなことが……」

 カームの答えは、第6隊長には信じられないことだった。

 それも当然。ドラゴン教徒にとって神と崇(あが)めるマウンテン・ドラゴンの長老が、よりによって仇(きゅう)敵(てき)である異教の勇者を客人として迎(むか)えると言うのだ。これには第6隊長に限らず、他のドラゴン教徒たちも同じように戸(と)惑(まど)っている。

『おぬしらが、何に難(なん)渋(じゅう)しておるのか。だいたいの察(さっ)しはつく。しかし、この2人は人間の代表としてここに来たのだ。客人として迎えることに、何も問題はない』

「人間の代表じゃないっす。そいつらは……」

 カームの言葉に、ドラゴン教徒の若者が異論を挟(はさ)んできた。

『では、反対するおぬしらには、人間の代表たる資格を有しておるか? 資格があるとすれば、それは何人(なんにん)の人間を代表するのであるか?』

「それは……」

 カームからの問い返しに、若者は返す言葉がなかった。

『この2人を代表とすることに反対する者はあろう。だが、王国(おうこく)連合(れんごう)帝国(ていこく)の代表として来たのは紛(まぎ)れもない事実である。暴(ぼう)力(りょく)でしか己(おの)が主(しゅ)義(ぎ)を主(しゅ)張(ちょう)できぬ者に、わしらドラゴンは貸す耳を持たぬ。早々(そうそう)に立ち去るが良い』

「それでは我々の……」

 そこまで言い返したところで、第6隊長が頭を地に着けたまま言葉を飲み込んだ。

 周りでは部下のドラゴン教徒たちが、気(け)怠(だる)そうに立ち上がろうとしている。そんな中でも、第6隊長だけはドラゴンに向かって頭を下げたままだった。

「第6隊長。今日のところは退(ひ)こうじゃないか」

 四角い顔の第3隊長が、第6隊長に歩み寄って肩に手を置く。

 頭を上げた第6隊長は顔を真っ赤にして悔(くや)し泣(な)きしていた。これまで追ってきた敵(てき)の勇者が手の届く場所にいる。それなのに見逃さなければならない悔しさにはらわたが煮(に)え立っているのだ。

 それでも渋々(しぶしぶ)ではあるが、ドラゴン教徒たちが帰り支(じ)度(たく)を始めた。倒された仲間たちを抱(かか)えて、重い足取りで山を下りていく。その姿を見送るカームが、

『ふぅ〜。無事に帰ってくれたか』

 なんとも大きな仕(し)種(ぐさ)で、安(あん)堵(ど)の息を吐(つ)いた。

『さて、次はおぬしらであるな』

 そう言って、カームの視線がナバルとメイベルに移った。

 2人は斜面の上、カームの目と同じ高さの場所から動いていなかった。

『よく西の山まで来られた。わしは2人を客人として迎(むか)えよう』

「あ、はい。ありがとうございます。……というか、お邪魔します?」

 声をかけてくるカームに、メイベルが慌(あわ)てて頭を下げた。

 隣にいるナバルは剣を抜いたままだったことに気づいて、すぐに腰(こし)に下げた鞘(さや)に納(おさ)める。

『しかし心苦しいお願いをせねばならぬ。わしは客人として2人を迎える。じゃが、わしらの群(むれ)の中に、人間を迎え入れることに懸(け)念(ねん)を示す者がおるのだ。そこで申し訳ないが、わしの説得(せっとく)が済むまで、しばらく待ってもらえぬかのう』

「つまり、ここで待てということか?」

『ここでなくとも構わぬ。この岩場より先には、しばらく立ち入らんで欲しいのだ』

 ナバルの確認(かくにん)に、カームが困った顔で答えてきた。

『長老の権限(けんげん)で、2人を招(まね)き入れることは簡単(かんたん)である。しかし、わしとしては、そのような強(きょう)行策(こうさく)は使いたくないのでのう』

「なるほど。ドラゴンの社会では、あくまでも話し合いが基本なのね」

『ほう。たしかおぬしがメイベルであったな。わしらドラゴンのことを、多少調べてきたようであるな』

 メイベルの言葉に、カームが目を細めて感心したように微(ほほ)笑(え)んでいる。

「わかりました。カームさんの説得が済むまで、わたしたちは待たせていただきます」

『うむ。せっかく遠(えん)路(ろ)はるばる来られた客人にすまぬことである』

「いえいえ、こちらとしても来たは良いけど、まだ何をするべきか決まってなくて。考える時間ができたから願(ねが)ったり叶(かな)ったりというか……」

『……おい』

 メイベルの余計な一言に、カームが呆(あき)れた声でツッコんできた。そのカームが、

『それで、おぬしの調べておる死(し)に神咳(がみぜき)について、どこまでわかっておるのだ?』

 と、冷静な口調で尋ねてくる。

「それが、まったくわからないんです」

『わからぬと?』

 メイベルの答えに、カームが訝(いぶか)しそうに目を動かした。

「ふもとのヴァレーの町ではデスペラン……、カームさんたちは死に神咳って呼んでるんですよね、それの初(しょ)期(き)症状(しょうじょう)が出てる人を大勢見かけました。瀕(ひん)死(し)のネコも見かけました。ですから事態は、かなり切迫(せっぱく)してると思うんです。だけど、何と言えばいいのかしら……」

 そこまで話したところで、メイベルが困った顔で首筋(くびすじ)に手を当てる。

「その症状が死に神咳なのかというと、何かが違うんじゃないかって思うんです。これはわたしの勘(かん)で、ハッキリした根拠(こんきょ)があるわけではないんですけど……」

『それはまた頼(たよ)りない話であるな。まあ、お互(たが)いに機(き)は熟(じゅく)しておらぬのであろう』

 そう零(こぼ)したカームが、苦笑したまま空を見上げて嘆息(たんそく)した。

 その時、山から風が吹き下りてきた。といっても風は弱く、土ぼこりを舞い上げるほどの強さはない。その直後、

『げほっ、げほほっ……』

『くしゅん。は、は、は、は〜っくちゅ☆』

『ふぇ、ふぇ、ふぇ……、ふぇ〜っくしょいこのやろー!』

 いきなり3体のドラゴンが、ほとんど同時にくしゃみをした。

『目が痛いわぁ〜』

 くしゃみをした女性ドラゴンの目は、真っ赤に充(じゅう)血(けつ)していた。

『たまらねぇなあ』

 洟水(はなみず)を垂(た)らしたドラゴンが、近くにある小川へ飛んでいって、そこで顔を洗っている。

「何、今の!? まるでデスペランの初期症状じゃないの?」

 ドラゴンたちに起こったできごとを見たメイベルが、大きな声でカームに尋ねた。

『ただの風邪(かぜ)である。このところ流行(はや)っておるのだ』

「風邪(かぜ)って、どう見てもデスペラン……。ううん、死に神咳の症状よ、それ!」

『いや、死に神咳とはまるで別物である』

 メイベルの言葉を、カームが断言(だんげん)するように否定してきた。

『メイベル。おぬしの申す死に神咳の症状とは、人における症状ではないか? 前に奇岩の岩場で会った時、おぬしから死に神咳に初期症状があると聞いたのでのう。それでわしも興(きょう)味(み)を抱(いだ)いて古い記録を調べてみたのだ』

『わらわのお爺上(じじうえ)は歴史学と社会学の学者なのじゃ』

 カームの後ろから、女性ドラゴンがそんな一言を加えてきた。どうやらカームの孫(まご)娘(むすめ)であるらしい。

『記録には洟水(はなみず)や目の充血のような記(き)述(じゅつ)は残されておらぬ。その代わり、舌(した)に紫(むらさき)色(いろ)の斑点(はんてん)があるという記述が出てきた。これがドラゴンにおける死に神咳の初期症状ではないか。わしはかように考えておる』

『んべーっ。斑点はあるか?』

『ないわよ。べぇ〜☆』

 語るカームの後ろで、ドラゴンたちが互いに舌を出して見せ合っていた。

「やっぱり、デスペランじゃないのかしらねぇ〜」

 ドラゴンたちを見ながら、メイベルがこれをどう考えればいいのか悩(なや)んでいる。

『それでは、わしは反対派の説得に戻る。ここで失礼させてもらうぞ』

 そう断(ことわ)ったカームが、そのまま翼(ちばさ)を広げて飛び去っていった。あとに続くように、

『わらわも戻らせてもらうぞ』

『長老が帰ったのなら、俺たちも残る意味ねーし』

『それじゃ、またね(丶丶丶)』

 他のドラゴンたちも、2人に手を振って山へ戻っていく。そして岩場には、ナバルとメイベルの2人だけが残されることになった。

「メイベル。俺たちはどうする? 町に戻って、明日(あした)また出直すか?」

「そうねぇ……」

 ナバルに意見を求められたメイベルが、どうしようかと考えた。だが、すぐに、

「じゃあ、下の展望台(てんぼうだい)に置いてきた荷物を取ってきて、今日はここで野(の)宿(じゅく)しましょう」

 と結論を出した。その理由は、

「もう日が暮れるから、山を下りるのは危ないわよ、きっと」

 という状況(じょうきょう)からだった。


「ん〜、いい匂(にお)いだな」

 香(こお)ばしい匂いに誘(さそ)われて、ナバルが調理するメイベルに近づいてきた。メイベルは今、焚(た)き火で炒(いた)め物をしているのだ。その2人の頭上では強い魔法の光が輝(かがや)いている。メイベルが明かり取りのために作った魔法の灯火(ともしび)だ。

「山菜を炒(いた)めてるの。つまんでみる? 美味(おい)しいわよ」

「あ、これは美味(うま)いな……」

 大きめの葉っぱをつまんだナバルが、もう一口食べたそうな顔でフライパンを見ている。

「メイベルがいると食事に不自由しなくて済むから大助かりだな。教会で渡された3日分の携帯(けいたい)食(しょく)はどうする?」

「ビン詰(づ)めと粉物(こなもの)は使えるけど、堅(かた)焼(や)きのビスケットは扱(あつか)いに困るわねぇ」

 葉っぱをもう1枚失敬(しっけい)しようとしたナバルの手を、メイベルがペチッと叩(たた)いた。

「あのビスケットは堅(かた)くて食べづらいし、食べてお腹(おな)を壊(こわ)す人がいるものねぇ。だから、あまり使いたくないわ」

 そう言ったメイベルが、炒(いた)めた山菜を大きなお皿に盛りつけた。そしてフライパンの中を軽く布(ふ)巾(きん)で拭(ふ)いてから薄く油を敷(し)き、ビン詰めの中身を炒(いた)め始める。ビンの中身は蒸(む)し鳥(どり)のオイル漬(づ)けだ。

「ビン詰めは味が滲(し)みてて美味(おい)しいんだけど、容(い)れ物が重いのが難点(なんてん)よね」

 漬(つ)け汁(じる)だけが残ったガラスビンを持って、メイベルがビン詰めの問題点を挙(あ)げた。

「ガラスの代わりにブリキ缶に詰めたものもあるらしいけど、そっちはナイフで缶をこじ開けるのが大変らしいわ。携帯(けいたい)できる保(ほ)存(ぞん)食(しょく)というのも、いろいろと難(むずか)しいみたいね」

 それから残った汁を小(こ)麦(むぎ)粉(こ)の入ったボウルに入れ、そこに更に水を加えて手早くかき混ぜる。そして、その中に炒(いた)めた鳥肉(とりにく)をすべて混ぜ込んだ。

「鳥肉入りのパイか?」

「そうよ。少し手間を省(はぶ)いてるけどね」

 フライパンにボウルの中身を少し入れ、それを広げながら焼いていく。小麦の焼(や)けた時の香(こお)ばしい匂(にお)いがあたりに広がり、それに反応したのかメイベルの背後からグゥゥ〜っとお腹(はら)の鳴(な)る音が聞こえてきた。

「ナバルぅ。もう少し待ってね♡」

「え!? 今の、俺じゃねえぞ」

 甘えた声を出すメイベルの言葉を、ナバルが否定してきた。そのナバルの頭上から、

『今のわしだ。すまねえだの』

 という声が聞こえてきた。

「ド、ドラゴン?」

『こっそり覗(のぞ)くつもりだっただが、匂(にお)いに負けちまっただの』

 やって来たのは体長5mほどのマウンテン・ドラゴンだった。その後ろにも、

『わあ〜。人間が料理してるぅ〜☆』

『わらわも、また来てしまった。お邪魔するぞ』

『子供だけで行かせるわけにはいかんからな。俺は引率(いんそつ)で来たんだぞ。引率で』

 数体のドラゴンが来ている。中にはカームの孫(まご)娘(むすめ)など、日中に会ったドラゴンもいた。

『いい匂(にお)いだの。人間の食べ物って、どんな味がするだの?』

 物(もの)欲(ほ)しそうにしてるのは、一番小さなドラゴンだった。来てるドラゴンの中で、一番幼(おさな)いのだろう。とはいえ体長は5m。人と比べれば、はるかに巨大である。

「えっと……。食べてみます?」

 フライパンの中身を十文字に切ったメイベルが、それをすくってお皿に移した。

『それでは、ありがたくいただくだの』

 子供ドラゴンが、パイを器用につまんで口に放り込む。直後、

『お、お、お、美味(おい)しいだのぉ〜〜〜〜〜っ!!』

 子供ドラゴンが頬(ほお)を押さえて、瞳(ひとみ)をキラキラと輝(かがや)かせた。

『わらわにも1つよこすのじゃ』

『ふむ。少々味つけが濃いな』

 焼き立ての鳥肉のパイが、あっという間にドラゴンたちのお腹(なか)に入ってしまった。

『こっちにも何かあるだの。うわぁ〜、こっちも美味(おい)しいだの!』

『本当じゃ。人間とは、このような美味(おい)しいものを食しておるのか』

『俺たちの群(む)れの中に、まともな料理のできるヤツがいないだけだ。あ、美味(うま)いな』

「あ〜、わたしたちの夕食が……」

 お皿に山(やま)盛(も)りされた山菜炒めも、ドラゴンたちの巨大な身体(からだ)にはおつまみ程度だった。メイベルの作った料理が、次々にドラゴンたちのお腹(なか)に消えていく。

 その光景(こうけい)を、メイベルが悲(かな)しそうな目で見ていた。

「こういうものもあるが、食べてみるか?」

 メイベルとは対(たい)照(しょう)的(てき)に、ナバルは別の食べ物をドラゴンたちに振る舞おうとしている。メイベルが扱(あつか)いに困っていた堅(かた)焼(や)きのビスケットだ。

『これは歯(は)応(ご)えがあって、いい感じだの』

『うむ。これは噛(か)み応えがあって、なかなかの珍味だ』

『これいい! 美味(おい)しい!! もっと欲しいわぁ☆』

 ドラゴンたちの味(み)覚(かく)や食(しょっ)感(かん)には、堅焼きビスケットは絶品(ぜっぴん)であったらしい。

「もっとと言われても、俺の分はもうないぞ」

 3日分あったナバルの堅焼きビスケットは、あっという間になくなっていた。それで、

「メイベル。おまえの分もご馳(ち)走(そう)しちゃっていいか?」

 と確認してくる。もっとも、すでにナバルはメイベルの荷物を開けていたのだが……。

「全部食べてもらってもいいわ。もう好きにして……」

 ボウルに残っていた材料で、メイベルはパイを焼(や)いていた。だが、それまで一番小さなドラゴンに食べられていたのだ。それで完全に夕食を奪(うば)われたメイベルが、

「今晩(こんばん)は食事しないで寝ることにするわ」

 と、すっかり食事をあきらめている。

「メイベル。食事の材料なら、また採(と)ってくればいいじゃないか。いっぱいあるんだろ」

「それはそうだけど……」

 ナバルの言葉に、メイベルは反論する気も起きなくなっていた。

 この調子だと、また作ってもドラゴンたちに食べられそうと感じていたのだ。

『これはすまぬことをした。これは、そちたちの夕食であったのじゃな』

 カームの孫(まご)娘(むすめ)が、これは悪いことをしたと感じて肩を狭(せば)めている。その孫娘が、

『それでは夕食を食べてしまったお詫(わ)びに、今度はわらわたちがドラゴンの調理を振る舞うとしよう。人間の口に合うかは保(ほ)証(しょう)できぬが、それもまた一(いっ)興(きょう)じゃ』

 と言ってきた。

『それなら、鍋(なべ)パーティしようぜ。鍋(なべ)パーティ♪』

 話を聞いていた別のドラゴンが、そんなことを提案(ていあん)してきた。

『人間と一緒にお食事? それも面白そうね』

 女性ドラゴンが、すぐさまその提案に乗った。

『そうと決まれば、わらわは材料を取ってくるぞ。パゲトンちゃん、手伝うのじゃ!』

『任せるだの』

 カームの孫娘と小さなドラゴンが山へ帰っていく。それで残ったドラゴンが、

『それじゃ、俺は鍋でも作りながら待ってるか』

 と零(こぼ)しながら、手ごろな大岩をひょいと拾い上げた。

「作る?」

 ドラゴンの気になる言葉に、メイベルが首をかしげる。そのメイベルの前でドラゴンが魔法を使って大岩を空中に浮かせ、それをコマのように回転させた。

「ええええ〜っ!?」

 直後、目の前で繰(く)り広げられた光景に、メイベルが大声を上げた。

 ドラゴンが口から火を吐(は)いて、回転する岩に浴(あ)びせた。それで赤化した岩が熔(と)けて柔(やわら)らかくなり、遠心力で引き伸ばされていく。その大岩は重力と遠心力の作用で、伏(ふ)せたお皿のような形になっていた。

『あとは形を整(ととの)えて……』

 そう言うと、ドラゴンが岩を拾って焼けた大岩を左右から挟(はさ)んだ。

 ろくろ細(ざい)工(く)とは上下反対だが、大皿の形が縁(ふち)の丸まった大鍋(おおなべ)の形へと変わっていく。

 そして、岩の鍋が冷えたところで、

『まあ、こんなもんだろ』

 ドラゴンが鍋のでき具合を確かめ、それを裏返してトンと地面に置いた。

 大きさは幅3m、高さはメイベルの胸の高さだ。もっとも、鍋を作ったドラゴンの体長は12mはあるから、それほど大きい鍋には見えない。

「き、器用……ですね」

『俺の仕事は、道(どう)具(ぐ)作りの職(しょく)人(にん)だから当然だ』

 メイベルにそう答えたドラゴンが、次にお碗(わん)などの食器類も作り始めた。その間に、

『ただいま戻ったぞ。材料をいっぱい持ってきたのじゃ』

『おいおい。おまえたちだけで楽しむなんて、ずるいじゃないか』

『あたしたちも仲間に入れて〜!』

 食材を取りに行ったカームの孫娘が、数体の仲間を連れて戻ってきた。

 メイベルとナバルの周りで、8体のドラゴンが鍋を囲んでいる。いずれもドラゴンとしては小振りだが、体長は7m以上。なんとも豪快(ごうかい)な光景である。

『それでは、鍋を始めるぞ』

 カームの孫娘が場を仕切りながら調理を始めた。手始めに苔(こけ)を鍋の底へ敷(し)き詰(つ)め、その上に千切(ちぎ)った野(や)草(そう)を盛りつけていく。それから岩塩(がんえん)を砕(くだ)いて簡単な味つけをしたあと、最後に小川から汲(く)んできた水を流し込んで材料を浸(ひた)した。

「あのぅ、火はどうするのですか?」

 鍋を覗(のぞ)き込んでいたメイベルが、下ごしらえするカームの孫娘に尋ねた。これからこの鍋をどうやって煮立(にた)てるのか。それが気になるのだ。

『それなら、そちの後ろで準備しておるぞ』

 カームの孫娘が香(こう)味野(みや)草(そう)を細かく刻(きざ)みながら、そう答えてきた。それで後ろを振り返ったメイベルの目に飛び込んできたのは、

『このぐらい焼けば十分かの?』

『まだ赤いだけじゃないか。黄色くなるまでガンバレ』

 空中に浮かべた直径1mほどの岩を3つ、ドラゴンたちが火で炙(あぶ)って熱しているところだった。

「これって、まさか……」

 加熱されて輝(かがや)いている岩を見て、メイベルはこれから何をしようとしてるのか悟(さと)った。

 そのメイベルに、

『そこにおると危ないぞ。鍋から離れるのじゃ』

 と言って、カームの孫娘が手に載(の)せる。彼女の大きさはメイベルの5倍ぐらい。その手は香(こう)味野(みや)草(そう)を千切(ちぎ)っていたため、シソとハッカがまざったような香りがしていた。

「あ、ありがとう。えっと……」

『フェレラじゃ』

 お礼を言って顔を見上げるメイベルに、カームの孫娘が名乗った。そのフェレラが、

『それでは入れるのじゃ』

 と、調理の開始を合図する。

『わかった。お湯跳(ゆは)ねに気をつけろよ』

 鍋に真っ赤に熱せられた3つの岩が同時に放り込まれた。

 直後、鍋の水が小さな水(すい)蒸(じょう)気(き)爆発(ばくはつ)を伴(ともな)いながら一気に沸騰(ふっとう)した。グツグツと泡(あわ)立(だ)つ鍋から、山菜の芳(ほう)醇(じゅん)な香りが漂(ただよ)ってくる。

「これは豪快(ごうかい)な料理だわ」

 メイベルはフェレラの手から飛び降りると、鍋に近づいていった。鍋に入れられた岩はまだ熱を持っているらしく、その周りでは今も激しく沸騰が続いている。

『そろそろ煮(に)えた頃合いじゃな。それでは、みなで食べるのじゃ』

 そう言うフェレラの手には、お碗(わん)と箸(はし)が握(にぎ)られていた。その箸を器用に使って、フェレラがメイベルとナバルの食器に火の通った山菜を取り分けてくれる。

「そんな2本の棒(ぼう)で、器用に挟(はさ)めますね」

『2本の……? ああ、お箸(はし)のことか? 人間はお箸を使わぬのか?』

 箸を器用に動かしながらフェレラが尋ねてきた。それに、

「それ、お箸というのですか。わたしは初めて見ました」

 と答えながら、メイベルがどうやって動かしてるのか興(きょう)味(み)深(ぶか)そうに見ている。そんなメイベルが使っている食器は、スプーンとフォークだった。

『ところで、お味はいかがじゃ?』

 フェレラがメイベルの顔をジッと見詰めて、感想を尋ねてきた。

「これは素(そ)朴(ぼく)な味だけど、けっこう美味(おい)しいわ。でも、この草はダメみたい」

 そう言いながら、メイベルが口に合わなかった山菜を取り分けて別のお皿に移した。

『おや。シャーマはお気に召(め)さぬようじゃな』

「これ、言われてみればシャーマですね。球(きゅう)根(こん)と果(か)肉(にく)のところは美味(おい)しいのに」

『人間は球根と果肉を食べるのか!? あそこは食べるところではないぞ』

 メイベルの答えに、フェレラが驚(おどろ)きの声を上げる。

『シャーマの一番美味(おい)しいところは花びらじゃ。花びらは生(なま)でも美味(おい)しくいただけるぞ。葉っぱと茎(くき)も生(なま)で食べられるが、ここは茹(ゆ)でるともっと美味(おい)しいのじゃ』

 そう言いながら、フェレラがメイベルが取り分けたシャーマをつまんで、パクッと口に放り込んだ。

『人間はもったいないことをするのじゃな。あ、わらわたちは人間が食べる球根と果肉を捨てておるからのう。お互いさま……なのか?』

 フェレラが箸を咥(くわ)えたまま、何やら考え事を始めている。

 その頃、鍋の前では一番小さなドラゴンが、

『ラピパラ。シャーマばかり食べるのはダメなのだの。他の草も食べるだの。プリフラ。早くバーナ菜を取らないと、茹(ゆ)だってしまうだの。ガンビバ。お碗に取った草を戻してはいけないだの!』

 と、すっかり鍋(なべ)奉(ぶ)行(ぎょう)していた。その隣ではナバルが、

「この苔(こけ)が一番腹に溜(た)まるなぁ〜」

 と言いながら、苔のコリコリとした食感を楽しんでいた。


 そんな鍋(なべ)パーティもいつの間にか終わっていた。

 頭上で光っていた魔法の明かりは消え、今、あたりを照(て)らしているのは焚(た)き火の光だ。

 その焚き火の周りを囲むようにして、ドラゴンたちが身を丸めて寝ている。

 ナバルは一番小さなドラゴンにもたれ、腕を組む恰好(かっこう)で寝ている。メイベルも仲良くなったフェレラの身体(からだ)にもたれて、持ってきた古(こ)文書(もんじょ)を読んでいた。フェレラは人間であれば、メイベルと同じぐらいの年頃(としごろ)らしい。

 そのフェレラの身体(からだ)は、本を読むメイベルにとって上手(うま)い具合に反射材(はんしゃざい)になっていた。焚き火の明かりがフェレラの身体(からだ)を照らし、その照り返しのおかげで、背中を預(あず)けた恰好(かっこう)のままでも本が読めているのだ。そこに、

『さっぱり帰ってこぬと思ったら、やはりここで寝てしまったのであるか』

 と言いながら、カームがやって来た。

「あ、カームさん。いらっしゃい」

『ふむ、見まわりに来たのである。起きておるのは、メイベル1人のようであるな』

 岩場に下り立ったカームが、そう言いながら周りを見まわす。

「みなさん。お鍋を食べたら、急に眠(ねむ)ってしまって……」

『それは当然である。わしらは人間とは違い、体内で熱を作り出せぬ。それゆえ日が沈むと長く活動できず、寝るようにできておるのだ』

 そう言いながら、カームが焚(た)き火に近づいていく。

『若者たちとは仲良くできたようであるな』

「はい。楽しくおしゃべりできました」

『そうであるか。それを聞いて安心したぞ』

 カームも焚き火の前で身体(からだ)を丸め、メイベルに優しそうな目を向けてくる。

『人間を客として迎えることに反対してた者たちであるが、若者たちがメイベルたちと鍋パーティをすると聞いて考えを改(あらた)めたようだ。取り敢(あ)えず2人を迎え、話を聞いてみたいと言うことである。明日(あす)にも登ってきても構わぬぞ』

「そうですか。それは説得してくださって、ありがとうございます」

 身体(からだ)を起こして、メイベルがそうカームにお礼を述べる。

「でも、死に神咳について、まだ何も手がかりがありません。山を登って、そこで何か見つかれば良いのですが……」

『ふむ。それは困りものであるな』

 メイベルの言葉に、カームがそんな言葉を返してくる。そのカームの目が、メイベルの手にある古(こ)文書(もんじょ)に向かった。

『ところで、おぬし。何を熱心(ねっしん)に読んでおるのだ?』

「これは、シャーマについて書かれた古文書です。昔、人とドラゴンが仲良くしていた頃に書かれたもので、シャーマは人とドラゴンにとって共(きょう)存(ぞん)の象徴(しょうちょう)だったそうです」

『ほう。それはなにゆえであるか?』

「人はシャーマの花(はな)や茎(くき)、葉っぱを食べることができません。でも、この部分はドラゴンにとってご馳(ち)走(そう)です。反対にドラゴンの食べない球(きゅう)根(こん)と果(か)肉(にく)は、人にとっては美味(おい)しく食べられる部分です」

『それは面白い話であるな。互(たが)いに食べるところが異(こと)なるのであるか。まさしく共存の象徴である』

 メイベルの話に興味を感じたのか、カームが身体(からだ)を起こして顔を近づけてくる。

『他には、どのようなことが書かれてるのであるか?』

「気になるのは、黄色いシャーマについて……」

『黄色!? 黄色いシャーマと申したか?』

 メイベルの言葉をさえぎって、カームが険(けわ)しい表情で問い返してきた。

『それには、どのようなことが書かれておるのか?』

「すみません。その部分はまだ読みかけで……」

 解説を求められたメイベルが、そう言ってまだ読み終えてないことを断(ことわ)る。

「あ、でも、黄色いシャーマは何かの突然変(とつぜんへん)異(い)で、人にとっても、ドラゴンにとっても毒草(どくそう)になるそうですよ。食べると人間の場合は下痢(げり)、発熱(はつねつ)、悪(お)寒(かん)などの症状(しょうじょう)があって……」

『黄色いシャーマ。う〜む……』

 カームがまた丸まって、何か考え事をしながら唸(うな)っている。

「何か心当たりがあるのですか?」

『ある。あることはあるが……』

 そこまで言って、カームが黙(だま)ってしまった。

 そのカームの横顔を、メイベルも静かに見詰めている。だが、

『メイベルよ。その話は、明朝(みょうちょう)にでも聞こう。わしにも眠(ねむ)りの時が来たようだ』

 カームが大きなあくびをして、静かに目を閉じてしまった。

「何かしらねぇ? 気になるわ……」

 眠りに入ったカームを見ながら、メイベルが少し何だろうかと考える。

 だが、考えても答えは出ないと判断(はんだん)すると、焚(た)き火に薪(たきぎ)になる木の枝をくべ、また古文書を読み進めていくのだった。



「ん……。あれ!? もう朝……?」

 うっすらと開けたメイベルの目に、朝の日の光が飛び込んできた。

 東に広がる平原から太陽が昇(のぼ)っている。すでに空は一面の青空だ。

「メイベル。おはようさん。遅いから先に食べてるぞ」

 先に起きたナバルは、朝食を摂(と)っているところだった。といっても携帯(けいたい)食(しょく)のビン詰(づ)めと、粉(こな)にお湯を注(そそ)いで溶いた簡単なスープである。

 焚(た)き火の上には小さな金物の台が置かれ、そこでポットが沸(わ)いていた。

「おはよう、ナバル。すぐに食事を作……」

 目をこすりながら起きたメイベルの身体(からだ)から、ぱさっと毛布が落ちた。

「あ、この毛布……」

「秋分が近いから朝は冷え込むだろ。だから、かけといた」

「あ、それはありがとう……。ナバル……」

 お礼を言ったメイベルが、思わず毛布でにやついた口許(くちもと)を隠(かく)している。

『おはようじゃ、メイベル。よく眠れたかのう?』

「あっ、おはよう、フェレラ」

 フェレラに声をかけられたメイベルが、慌(あわ)てて身体(からだ)を起こした。フェレラに背中を預けたままだったのに気づいたのだ。

「さて、簡単に食事の用意をしましょう。フェレラたちも食べる?」

 起き上がったメイベルが、さっそく調理の準備を始めた。それを見るフェレラが、

『メイベル。昨日(きのう)、食べたばかりではないか。まだ食べるのか?』

 などと不思議(ふしぎ)そうな顔で尋ねてくる。

「昨日(きのう)食べたばかりって……。朝、昼、晩、1日に3回は食べるけど……」

『何っ!? 人間とは、そんなに食べてばかりおるのか?』

 フェレラがメイベルの答えに驚いた。そのフェレラも身体(からだ)を起こして、太陽に向かって手を大きく広げる。

 周りを見まわせば、起きているドラゴンたちも同じ恰好(かっこう)で太陽を見ている。

 ただカームだけが、今も身体(からだ)を丸めて眠っていた。

「そんなにって……。じゃあドラゴンは1回食べたら、次はいつ食事するの?」

『そうじゃのう。魔法を使わなければ……じゃが、次の食事は半月後じゃ』

「半月!? そんなに食べないで、お腹(なか)空(す)かないの?」

『腹(はら)など空(す)かぬから食べぬのじゃ。2か月ぐらいなら食べなくても平気じゃ』

「うっわぁ〜。人間がそんなに食べなかったら、飢(う)えて死んじゃうわね」

 そう言いながら、メイベルは太陽に向かって手を広げているドラゴンたちを、珍しそうに見上げていた。

「ところで、フェレラ。みんなで何をしてるの? 何かの儀(ぎ)式(しき)かしら?」

『何って、日光浴(にっこうよく)に決まっておろう。温かくて気持ち良いぞ』

「日光浴?」

 メイベルがドラゴンたちを見上げて「何のために?」という顔をしている。それに、

『ん……。ドラゴンは人間と違って、身体(からだ)の中で熱を作らぬ。それゆえ、太陽で身体(からだ)を温めて、体温を上げるのである』

 と答えてきたのは、まだ身体(からだ)を丸めているカームだった。

『ドラゴンは身体(からだ)の中で体温を作らぬ。それゆえ、わしのような巨体(きょたい)であっても、1年に食べる量は人間の5倍から6倍で済むのだ。その代わり、太陽の光で体温を調(ちょう)節(せつ)せねばならぬがのう』

 そう教えてくれたカームが、大きなあくびをした。そして、

『ドラゴンの年寄りは、身体(からだ)が大きいゆえに朝に弱いのである。若者は朝が早くて、うらやましいのう』

 と零(こぼ)すと、またムニャムニャと言いながら目を閉じてしまった。そんなカームに、

「それ、人間とは反対ですね。人間はお年寄りの方が朝が早いですよ」

 と微(ほほ)笑(え)みながら言葉をかけたメイベルが、朝食を作り始める。

「なあ、メイベル。ドラゴンは、どうして歳(とし)を取ると朝に弱くなるんだ?」

「理由は簡単よ。身体(からだ)が大きいから、その分、太陽を浴(あ)びても温まるまでに時間がかかるんでしょう」

 水で溶(と)いた小麦粉をフライパンで焼きながら、メイベルが簡単に解説する。

「あ、そういえば昨日(きのう)の夜、カームさんだけ他のドラゴンたちが寝てる時にも起きてたわ。身体(からだ)が大きい分保温が利(き)いたから、夜更(よふ)かしできたのかしらね?」

 メイベルが作ったのは、簡単な無(む)醱酵(はっこう)パンだった。その焼き立てのパンを、さっそくナバルが千切って口に運んでいる。

 メイベルは作るのはパンだけにして、あとはナバルと同じように携帯(けいたい)食(しょく)で済ませることにしたようだ。布(ふ)巾(きん)でフライパンとボウル、ヘラを手入れして片づけると、ナバルの横に腰かけてビン詰めのフタを開けた。そして、その中身を無(む)醱酵(はっこう)パンで包(つつ)むようにして食事を始める。

『おう、そうだ、メイベルよ』

 そこにまた目を開けたカームが声をかけてきた。

『昨晩(さくばん)は黄色いシャーマの話が途中であったな。あれから何かわかったことはあったかのう?』

 カームはまだ眠そうにしている。それでも黄色いシャーマのことが気になるようだ。

「古(こ)文書(もんじょ)に詳(くわ)しく書かれてました。黄色いシャーマは毒草(どくそう)で、人間が食べると下痢(げり)、発熱(はつねつ)、悪(お)寒(かん)などの症状(しょうじょう)があって、量が多いと意(い)識(しき)障(しょう)害(がい)を起こすそうです。ドラゴンにも下痢(げり)と意(い)識(しき)障(しょう)害(がい)の症状(しょうじょう)が出るそうです」

『ふむ。まあ、その前に不味(まず)くて喰(く)えたものではないがのう』

 ゆっくりと身体(からだ)を起こしたカームが、他のドラゴンたちと同じ恰好(かっこう)で日光浴を始める。

「それで、もっと気掛(きが)かりなことですけど、花(か)粉(ふん)にも微(び)量(りょう)の毒があるそうです」

『花粉にも毒であるか? それはどのような症状を起こすのであるか?』

「大量に吸(す)うと激(はげ)しい炎(えん)症(しょう)を起こして、全身がただれるようなことが書かれてました。その前に花粉で洟水(はなみず)やくしゃみが止まらない症状(しょうじょう)が出るとか、発(はつ)病(びょう)する人には元々病気になりやすい傾向があるとか……。これを今の医(い)学(がく)知(ち)識(しき)で解(かい)釈(しゃく)すると、花粉アレルギーになりやすい体質の人がいて、その人が花粉を大量に吸うとアナフィラキシーショックを起こして死ぬかもしれないという意味でしょうかねぇ。それとも毒(どく)素(そ)のせいなのか……」

 求めに応じて古文書の内容を話したメイベルが、またビン詰めをパンで巻き始めた。

『花粉毒であるか。う〜む……』

 やはり昨晩(さくばん)と同様、カームは黄色いシャーマに心当たりがあるようだ。

 そんなカームを見上げながら、メイベルはビン詰めを巻いたパンを口に運ぶ。

「ん!? 何があった?」

 その時、ナバルが山の上から何体ものドラゴンが編隊(へんたい)を作って、いっせいに南東の空へ飛び立っていく光景を見つけた。そのうちの1体が編隊から離れて、ナバルたちに向かって急降下してくる。

『長老。こちらにいらっしゃいましたか!』

 急降下してきたドラゴンが、そう言って近くに舞い降りてきた。

『何かあったのであるか?』

『また人間たちが軍隊を送ってきました。それも、これまでの10倍。いや、20倍の規模はありそうです』

 カームの質問に、報告に来たドラゴンが淡々(たんたん)とした口調で状況(じょうきょう)を伝えてくる。

『こちらからは先に手を出すでないぞ』

『それは重々承(じゅうじゅうしょう)知(ち)して……』

 報告に来たドラゴンがそう言いかけた時、遠くからド〜ンという号砲(ごうほう)が聞こえてきた。

「まさか第5次調(ちょう)査(さ)隊(たい)じゃ……?」

 メイベルが手近にあった高台へ駆け登り、音の出(で)処(どころ)を求めた。

 その場所はすぐにわかった。ドラゴンたちの飛んでいった方向だ。ここからでは丘に隠れて見えないが、丘の向こう側から黒い煙(けむり)が昇(のぼ)っている。それを見たカームが、

『どうやら人間たちに話し合う気はないようであるな』

 と零(こぼ)した。

『緊(きん)急出(きゅうしゅつ)動(どう)である。身体(からだ)が温まってない者は、ただちに魔法で温めよ!』

 岩場にいるドラゴンたちに向かって、カームが出撃命令を下した。

 カームからすごい熱気が伝わってきた。魔法で巨体(きょたい)を温めているのだ。

 そのカームを置いて、他のドラゴンたちが次々に飛び立っていく。そして、

『ナバルとメイベルよ。すまぬが、2人はこの場から動かないでくれぬか。それからパゲトン。おぬしはまだ幼(おさな)い、よってこの場での留守(るす)番(ばん)を申しつける。2人を頼むぞ』

 と言い残して、カームも岩場から飛び立っていった。

『行ってらっしゃいだの』

 小さなドラゴンが手を振って、カームたちを見送っている。

「ちょっと待ってよ!」

 高台にいたメイベルが、待ったをかけながら駆け降りてきた。だが、すでにカームは天高く飛んでいったあとだ。

 その間も丘の向こうから、ドンドンと大砲の音が聞こえてくる。その方向を悲しそうに見詰めて、

「このバカ! 何てことをしてくれるのよ!!」

 メイベルが軍隊に向かって悪態(あくたい)を吐(つ)いた。

 昨晩(さくばん)、ドラゴンたちと打ち解(と)けて仲良くなった。それで山に調査に入ることを認められたのに、それが水泡(すいほう)に帰したかもしれない。

 そんな努力を無にするバカ者たちを、メイベルは赦(ゆる)せない気持ちになっていた。

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