魔塔にて①
「お帰りティリーエ!」
「ティリーエさん、お疲れ様」
「久しぶりですね〜!」
侯爵家に戻って3日後、休暇明けのティリーエは、久々に魔塔に出勤した。
疲労を労われたり、西の街出身者からは母が助かったと喜んでるよ、ありがとうなどと声を掛けられ、照れくさい出勤となった。
今回の干ばつについては、魔塔の皆には詳しいことは知らされていないらしく、興味しんしんだ。
ティリーエは地図を広げながら説明を行った。
「・・・というわけで、卵の位置をずらして、塞いでいた河口への流れを復活させました。 帰り道で見つけた羽で、魔術師団員のコピルが翼を作ってくれて、私は帰り道は楽をさせて頂きました」
「へ〜! とうとうティリーエは空を飛んだんだね!
良いなぁ。 皆の憧れじゃない? 子供の頃に、誰しもが1度は空を飛ぶことを夢見るよね」
久々のファラは楽しそうだ。
「でも、怖くなかった?」
事務員の女の子に聞かれ、ティリーエは首を振った。
「一面、雪がキラキラしていて、すごく綺麗で…
しかも誰も踏んでないから、落ちてもふわふわだし、全然怖くなかったわ」
「「「いいな〜〜〜〜!!」」」
声を揃えて羨ましいやってみたいの大合唱だ。
ティリーエは皆にも可愛い菓子を土産に買っていたので、いそいそと箱を取り出し始めた。
すると、
「あ、ねえねえそういえば、遠征の隊長は、セリオン師団長だったんでしょ?」
黒目をきらきらさせながら、先程の女の子が聞いた。
「へ? あ、はい! そうでしたよ」
「今回、アイシャ副団長の復帰後初の遠征だったじゃないですか!」
「そう…?なんですね?」
「2人はどんな雰囲気でした?」
「どんな、といいますと… 多分普通でしたが」
「私のパパが言ってたんだけど、あの2人、そろそろ結婚するらしいよ!」
弾む声に、ティリーエの心臓がバチリと叩かれた。
「結婚、ですか」
「うん。アイシャ副団長の親は末っ子のアイシャ副団長をすごーく可愛がってるらしくて、セリオン師団長を相手と見定めてからは、押せ押せドンドンなのよ」
「へー、そうなの?」
ヤンも興味深そうに話に加わる。
「セリオン師団長って、女性嫌いで有名だったじゃない? 近寄っても塩対応だし。しかも怪我で片腕が動かなかったし。
だからあんまし誰も言い寄らなかったけど、侯爵家の一人息子だしお金持ちで、見た目はガチムチ系で魔力は強いし、物件としては良いもんね。何となく浮気とかしなさそうだし。
普通は伯爵家から侯爵家に婚約の打診なんて身分的にできないんだけど、あのことがあったし、怪我で傷物だったこともあって、伯爵家が強気に出てたのよね」
「ふーん。 あれは…仕方なかったと思うけど、セリオン師団長は突っぱねられないかなぁ」
「そ。 何だかんだ、師団長は情に厚いし優しいから。
あれをチラつかせて婚約を打診するなんて、やり手というか厚かましいというか…な親だけど、アイシャ副団長自体は人懐こくて悪い子じゃないから、縁談としては悪くないんじゃないかなって思うわ」
「だとさ。ティリーエは、どう思う?」
「えっ…? えと… 」
ニヤニヤしたファラに聞かれ、そもそも傷物とは失礼じゃないか、とか、さっきから話に出てくるあれとか、あのこととか、一体何の話なのかを尋ねたかったが、それは大きな咳払いで中断された。
「ウゥォッホン!!」
「「「ひゃっ!?」」」
「随分楽しそうな話だが、もう勤務時間は始まっているんだが?」
気づけば、始業を知らせるベルはとうに過ぎている。
「「「室長、すみません!!」」」
皆は慌てて持ち場に戻り、各々の作業を開始した。
ティリーエは、アステロス山脈で採ってきた珍しい植物やきのこについて室長に報告し、それらの名前や効能を調べることになった。
◇
王宮図書館の一角でティリーエが植物図鑑を探しながら、ふと窓の外を見ると、綺麗な水色のポニーテールが見えた。
彼女を目にしただけでテンションが下がるのに、横にセリオンの姿まで見えて、更に胸がもやもやした。
「あ…」
2人は何か親密そうに話していて、隣のセリオンは、優しい顔で頷いている。
途中少し困った顔をしたが、途中から笑顔に戻った。
何の話をしているのだろう。
もし2人が本当にくっついたら、私が侯爵家にいるのは邪魔なのではないかな、と思う。
ナーウィス伯爵家の恐ろしい人達は捕まり、もうティリーエに危害を加えるものはいない筈だ。
侯爵家の庇護下に居なければならないという訳ではない。
当初の目的は達成された。
「でも…」
出て行きたくない。
とぼとぼと窓から離れて席に戻った。
3メイドもノンナもビアードも、ティリーエは大好きなのだ。今暮らしている部屋の調度品は、期せずしてティリーエが作ったものだからティリーエの趣味だし気に入っている。
あの場所を誰かに譲るなんて、本当はしたくない。
何より、セリオンに優しくされるのは、自分だけだっ
「ティリーエ?」
考え事の途中で、ヤンに声を掛けられた。
「なかなか戻って来ないから探しに来たよ」
「あぁ、ごめん。全然気づかなかった。もう夕方だったのね。もう片付けなきゃ。教えてくれてありがとう」
そう言って、出していた資料を重ね、本を棚に戻し始める。
「なんだか、元気ない?」
朝よりも明らかにしおれた様子のティリーエの顔を、ヤンが覗き込んだ。
「いえ… 大丈夫。 まだ遠征の疲れがとれてないのかな。今は少し根を詰めすぎて疲れただけ」
「そう? 僕は、朝のセリオン師団長の話から、ティリーエの元気が無いと思うんだけど」
「えっ そんなことない! ないわ!」
「セリオン師団長、強いし格好いいし頼り甲斐があって、男の僕から見ても憧れるよ。 僕はまだ全然、誰の役にも立ててないから」
「そんなこと…」
「だけど、侯爵って高位貴族で、別世界の人なんだ。
僕ら平民は、一生懸命地道に進むしかないんだ。でも僕もティリーエもまだ若いから、これからもっと成長できるよ。一緒に頑張ろう。 今はティリーエに負けてる僕だけど、ティリーエに追いついて引っ張れるくらいに努力するよ。
僕が一人前の医術師になった時、ティリーエが薬師として側にいてくれたら、きっと最高の治療院をつくれると思う。
…侯爵家にいるより、やり甲斐や充実感があると思うんだ」
ヤンが珍しく真っ直ぐ目を見るので、ティリーエも目を逸らせず、揺れる瞳で見つめ返した。




