魔法陣の設置場所③
静まり返った部屋に、王様の低い声が響いた。
「誰の意見も有用性が高い。提案者は己の知識や時間で調べた情報から真に提案をしている。どの案も国民にとって喜ばしい結果になるだろう。ただ、魔法陣は3つだ。全てを採択するわけにはいかない。
どれかの案に絞る必要がある。
私はこの件の最終決定権を、王太子シェーンに委譲したいと思う。
シェーンは次期王として、国の未来に最も良いと思う案を採択せよ。
また、何人たりとも、王太子の選んだ結果に意を唱えることはならん。これは国王たる私の意思も同じだからだ。
良いな」
「はいっ!」
「はっ!」
「畏まりました」
こうして、第2回魔法陣会議は幕を閉じた。
あとは野となれ山となれ、で、肩の荷が下りたティリーエは、帰りの馬車の中で知らずのうちに鼻歌を歌っていた。
「フン フン フ〜ン♪ フフフフフ〜ン♪」
「今回の遠征は大変だったな。かなり負担をかけたし、申し訳ないことをしたと思っている」
「フン♪フ… え?
全然ですよ!私こそ、足を引っ張ってしまい、不甲斐ないばかりです」
「遠征の間中、表情が優れなかったし、その… 怒っているのではないかと思っていてな。 あまり声をかけられなかったのだ」
「あぁ…。それは遠征がきつかったとか嫌だったとかではありません。 自分の情けなさに苛々してしまって…
自分の感情もコントロールできないなんて、やはり情けないですね」
「そうだったのか。 それならば、情けないなどということは無い。ティリーエは立派に役目を果たし、今日の会議での討議も筋が通って立派だった。
私の方こそ、たいした役に立てなかった」
「いえ、セリオン様は湖の給水が素晴らしかったですし、いて下さるだけで皆様が安心して隊を連ねられるのです。魔術師団員の方も、兵士の方も、セリオン様に信頼を置かれていましたよ」
何でも力任せに解決する野蛮な奴だと、兵士を見下す魔術師団員だけでは、今回の巨大な卵を動かせなかった。
身体を鍛えず魔法に頼り切りのナヨナヨした弱男と、魔術師を見下す兵士だけでは、今回の湖の水を埋められなかった。
魔術師と兵士は真逆の存在なのだが、身体を鍛えて力仕事ができる上に強力な魔法が使えるセリオンは、両職から支持されているのだ。
遠征でも小さな小競り合いはあったが、大きな揉め事にならなかったのは、セリオンが将だったからに他ならない。
「そんなことはない。頼りない団長さ。
だが、ティリーエが手を治してくれたから、できることや使える魔法が増えて本当に助かっている」
「そんな、私はただ…」
馬車は久々に2人の笑い声に包まれ、御者が馬を操る音さえ軽快に、屋敷へと向かっていった。
◇
「只今戻った」
「お久しぶりです! 無事に帰って参りました!」
途中の宿で一泊し、2人は翌日の昼過ぎにヴェッセル侯爵家に到着した。
2週間くらいしか離れてないのに、皆に随分会ってない気がする。
「ベラさん、ネネさん、アナベルさん!!」
3メイドを見つけ、駆け寄ってハグをする。
途中で買ったお土産品などを一人ひとり渡しては、感激して大喜びしている。
兄妹のいないティリーエにとっては、3メイドは姉のようなものなのだ。もはや家族と言って良いくらい打ち解けている。
初めてこのお屋敷に来たあのぼろぼろな頃から今までも、態度を変えずに優しくしてくれる、大切な姉様達なのだ。
リボンやガラスのアクセサリーやハンドクリームなどを賑やかに広げている。
そんな、キャアキャァと無事の帰還を喜ぶ4人を、ビアードとノンナは、複雑な表情で見つめていた。
「? どうかしたのか?」
脱いだ上着をビアードに渡しながら、セリオンは妙な温度差を感じて声を掛ける。
「後でお話しましょう」
いつもはサンタクロースみたいに穏やかなビアードが、明らかに表情を強張らせているのを見て、セリオンも何らかの異常事態を感じて頷いた。
その夜。
3メイドもティリーエも眠りについた夜更けに、執務室にはセリオン、ノンナ、ビアードが揃っていた。
「こちらを」
ビアードが、開封したひとつの封書をセリオンに渡す。
セリオン不在時には、至急性の判断のために手紙を開封する許可をビアードに与えている。
もし一大事の内容であれば、遠征先に伝令を飛ばすこともある。
今回は遠征中に伝令は来なかったから、至急性はそこまで高いものではなかったのだろう。
セリオンは封書を手に取る。
質の良い紙に金糸銀糸が織り込まれ、押し花まで施された華やかな手紙だ。
「誰からだ?」
ビアードは口を開かない。死人の目をしている。
封筒を裏返して差出人を確認し、眉を寄せた。
「イーデン伯爵家からか…」
中から便箋を取り出し、ざっと目を通す。
家名を見た時から予想はしていたが、やはり思った通りの内容だった。
読み終わり、目を閉じる。
「何と書かれていたのですか…?」
これまで黙っていたノンナが、不安そうに尋ねる。
ビアードは、手紙の内容をノンナには伝えていない。ただ、手紙を使者から受け取ったノンナは、差出人の家名を目にしていた。
イーデン伯爵家からセリオンへの用事など、ひとつしかない。
だからセリオンが戻るまでずっと心配をしていた。
イーデン伯爵家は、アイシャの家だ。
手紙の内容はいつもと同じだが、いつもより差し迫る言葉を選び、催促の意図が完全に出ている文面になっている。
「″娘は健康を取り戻し、仕事に戻れるまでになりました。侯爵様のために健気に頑張る娘を、早く迎えに来て下さい。今でもまだ時々傷が痛むようです。侯爵様が側にいて下されば、その痛みも少しずつ薄れていくことでしょう。
風の噂で、侯爵様が家に変わった野の蝶を入れられたと聞きました。蝶は気まぐれに花の周りを飛び回るもの。
蕾が蕾である時間は短いのです。今春には娘が大輪の花を咲かせられるよう、親としては切に願っております″
と、書かれている」
「つまり、早く嫁に貰いに来いという内容ですね」
「そのようだ」
「ティリーエ様のことが耳に入ったのですね」
「多分な」
「蝶などと表してありますが、要は虫だと言ってますね」
「はあ…」
セリオンは、最近で1番長いため息をついた。




