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彼女の思い出(13)

 もしわたしが同じ境遇だったら、気が狂ってしまうだろう。恵まれている…………とまでは言えないが、自分の境遇はまだマシであると認識させられた。

「鼈宮谷さん。アンタは鼈宮谷澪さんって言うのね?」

「…………はい、そうですよ」

「アンタの名前、覚えておくね。いつかここを離れても、アンタと再会したときに思い出せるように、記憶に刻み込んでおくよ」

「…………ボクがボクであると認識してくれる人が現れて、正直うれしいですよ」

 そこで会話が終わった。


 それ以降は特に目立った出来事はなく、いつもどおり…………鼈宮谷さんはほぼ無口の生活を続けていた。

 わたしから話しかけない限り、彼女から話しかけてくることはまずない。会話には応えてくれるが、自分から話しかけるほどの用はないということなのだろうか。

「おはよう、陽莉。医師から言われたわよ、退院の目処がついたって」

 いつもどおり、母が見舞いにやってきてくれた。

「澪ちゃんもおはよう。はい、お見舞いのお花。よかったら飾っておいてね」

「…………ありがとうございます。うれしいです…………」

 普段はほとんど感情が見えない彼女だが、他の人になにかをされると屈託のない笑顔を見せる。それだけ他人に施されるという経験が少ないのだろうか。

「食べ物をあげようと思ったんだけど。食事制限とかあったら大変だろうから食べ物以外にしたのよ」

 わたしも鼈宮谷さんも、食事制限があるとは聞いていない。彼女はわたしと同じメニューのご飯を食べているし、わたしに制限はかかっていない。特段の制限はないはずだ。

 ま、食べ物を持ち込まれても食べるのが大変だからいいか。見るだけでも楽しめる花のほうがいい。

「退院できるの?」

「ええ。病状が以前より良くなってきたって。世界一のお医者さんに聞いた治療方針で、成果が出てきたみたいね」

「…………」

 母の表情は明るかったが、わたしの感情は複雑だった。退院したら、もう鼈宮谷さんとは会えなくなるのだろうか。鼈宮谷さんはこのまま、入院し続けるのだろうか。

 もしそうなら、わたしは…………鼈宮谷さんをひとり残して、この場を去ることになる。鼈宮谷さんはそれでもいいと言うんだろうけど…………わたしが我慢できない。

「それでいいの?」

「…………え?」

「わたしが退院したら、鼈宮谷さんはまたひとりぼっちになっちゃうんだよ? 誰も見舞いに来ない孤独の中に追いやられていいの?」

「……………………」


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