バーキング公爵一家の夏休み
マスケード子爵家のダリーとデリー兄弟は、平民の子供グループの預かりの身になった。
平民を馬鹿にする彼らの精神を鍛え直せとお祖父様が命令されたのだ。
子供グループの今の序列1位は、かけっことチャンバラが得意なアンダルシアである。
そして2位が肉屋の息子ベン。3位がよろず屋の息子のサードだった。
トーマスは4位で、弟のラグナスは3才なので客分扱い。
ダリーはその下の11位。デリーは12位からのスタートになった。
デリーは生まれつきのスキルで〈火花の剣〉を持っていたが、兄のダリーはスキルを持っていないらしい。
とりあえずダリーに(瞬間移動〉スキルを覚えさせようと、トーマスは教会の尖塔から下に飛び降りたらどうだろう?と連れて上がったのだが、ダリーに「無理!無理!無理!」と泣きながら拒否されてしまった。
そこで、厩に連れて行って〈緑の宝〉のスキルを覚えさせようと、馬糞に素手で○○するよういったのだが、「こっちの方がもっと無理!!」と言って、泣きながら逃げて行ったのである。
こうして、ダリーはスキル無しの人生を選んだのだった。
「トーマス、ちょっと良いか?」
トーマスは、サードとベンに話があると呼び出された。
「俺とベンは、今年9才なんだ。ここらの子供は10才になったら、どっかの見習いになって仕事を覚えなきゃならない。
だから、次のこのグループのリーダーになってもらえないか?」
「それは嬉しいんだけど、僕達兄妹はこの夏しかここにいられないんだ。
夏が終わったら家に帰らなければならない。すまないが、リーダーは無理だ」
「そうか帰るのか。トーマスなら皆の目標になる良いリーダーになると思ってたんだがな」
「残る者の目標…」
「わかった!それなら僕達で〈名誉の木〉のアンナの枝を攻略しようよ!
もし僕達がアンナの枝に登れたら、その枝を攻略するのを皆の目標にすれば良い!」
「えっ、アンナの枝は20年以上登った者がいないんだぞ!」
「だから挑戦してみようよ!僕らの置き土産に」
アンナの枝のアンナは、母上の侍女のアンナなのか?その疑問は、アンナによってあっさり認められた。
「まだあの枝の名前は変わってなかったんですか?それなら私ですね。25年前の話ですが」
やっぱりアンナだったか…
「じゃあ、アンナの枝の攻略法教えてよ!僕はあの枝の上に立ちたいんだ!」
「良いですけど私の指導は厳しいですよ?」
「うん、良いよ!僕頑張るよ!」
こうして、アンナの枝を攻略する特訓が始まった。
アドレイ公爵邸の庭木で逆上がりの練習と、腕の筋力を付ける練習。それに脚の筋力を鍛えるランニングだ。
毎日朝晩、欠かさずトレーニングした。
アンナは見本を見せようとしたのだが、「妊婦さんが逆上がりしちゃダメ!」と母上が飛んで来て止めた。
そうして、明日はリンドル国に帰るという日、僕達は〈名誉の木〉の前に集まった。
他のグループの子供達も久しぶりの挑戦者の登場にたくさん集まって来た。
まず、サードが挑戦した。
上手く登っていたが、上から5番目の枝から上に行けなかった。
次にベンが挑戦した。
ベンは、アンナの枝の下の枝まで進んだが、アンナの枝までは間が空いている。
10メートルの高さでジャンプするのは無理だと判断して降りてきた。
最後は僕だ。
アンナは「絶対に下を見るな」と言った。
僕は、下を見ないように確実に枝に捕まるように慎重に登って行った。
ベンが諦めた枝まで来た。
下を見てはいけない。上だけを見るのだ!
僕は、目測を測ってアンナの枝に飛び付いた。
「坊っちゃん、腕は伸ばさないで曲げてください。
それからお腹を枝から離さないように足を上げるのです。そしてクルッと回れば成功ですよ!」
と言うアンナの教えを守り逆上がりをした。
クルッと回った僕はアンナの枝に到達した。
そのまま慎重に幹につかまると、アンナの枝に足を乗せたのだ。
「うわ〜!!成功だー!!アンナの枝まで登ったぞー!!」
木の下に集まった子供達は大騒ぎである。
「トーマス坊っちゃま!おめでとうございま〜す!」
アンナの声がする。アンナも駆けつけてくれたようだ。
僕は初めて下を見た。
思ったより高くなくて、思ったより葉っぱで下はよく見えないけど、〈名誉の木〉の最も高い枝に立てた達成感で、とっても幸せな気持ちになれた。
下に降りると、皆にもみくちゃにされた。
「トーマスの枝だ!これからはあの枝はトーマスの枝って呼ぶぞ!
良いか、お前ら!これからは、あのトーマスの枝を自分の名前に換えるのを目標に頑張れ!
俺達がいなくなってもあのトーマスを乗り越えてやるって思って頑張るんだぞ!」
「はいっ!!」
そうして、夜暗くなるまで遊んだ僕達は、「またな」「元気でな」「また遊びに来いよ」と
別れを惜しみつつ家に帰って行った。
晩餐は、お祖父様もデリーやダリー兄弟も一緒にとった。
「アドレイ領の夏休みは楽しかったか?」とのお祖父様の問いに、兄妹は「楽しかったです!」と声を揃えた。
その後、僕は父上と話をした。
「アンダルシアもラグナスも新しいスキルを覚えたのに、僕だけ新しいスキルを覚えなかったのです。それだけが残念でした」と言うと、父上は、
「トーマスは兄妹の面倒をよく見て、平民の子供達も守ってくれた。君は充分成長したよ。
あんまり早く成長するから、私はもっとゆっくりでも良いと焦ったくらいだよ」
と頭を撫でてくれた。
「おやすみなさい」と部屋を出たトーマスと入れ替わりに母のシアルーンが入ってきた。
「トーマスは、自分はスキルが増えて無いと思っているようですね」
「そうなんだよ、〈移動の極意〉のスキルは、自分一人だけが瞬間移動するスキルじゃないか?
やれお昼ご飯だ、お昼寝だとアンダルシアやラグナスを連れて毎回瞬間移動で帰って来るスキルは何なんだって話だよね?
アンダルシアの〈聖剣召喚〉もあれリンドル国王の父と君の父上にバレたら国同士の取り合いになるよ。あ〜頭が痛い…」
兄妹の危機にスキルをポンポン生やして、秘密にしなければならない事をどんどん増やして来る子供達に、両親は頭を抱えたのであった。
こうしてバーキング公爵一家の夏休みは終わった。
たくさんの思い出とたくさんの秘密と共に…
名誉の木は知っている、
夏の暑くなる朝、父親と娘が川の水を汲んで木に水をやってくれるのを。
名誉の木は知っている。
自分が〈名誉の木〉と呼ばれて、最上段の枝は登った者の名前が冠される事を。
名誉の木は知っている。
祖父と孫が、父と子が、自分は何番目の枝まで行けたのだと楽しそうに話しているのを。
だから名誉の木は思うのだ。
自分は、世代を超えて公平な木でなければならないと。
成長を止め、雷が落ちたら傷ついた所を修復し、
嵐で枝が落ちたら、同じ所に同じ形の枝を生やす。
どれだけ年月が経っても同じ姿で。
公平に挑戦者を迎える為に…。
だからスキル〈状態保存〉に今日も大量の魔力を流すのだ。
これでバーキング一家の夏休みは完結です。
「公爵令嬢ですが、婚約者ではない男性ど音楽室に閉じ込められました」の最後に出てくる、トーマス、アンダルシア、ラグナスの3人の兄妹の活躍を見ていただきたくて書きました。
思った以上に動いてくれて書いていて楽しかったです。皆さんに楽しんで頂けたら光栄です。
最後まで読んで頂きありがとうございました!