鉄槌
今日は婚礼の儀、ディアドラ家のマドレー王女を我が妻とし、名実ともにファランク王国の頂に君臨する記念すべき日だ。朝に弱いわしは相変わらずベッドの上に横たわり、毎朝起こしにやって来る従者を待った。いつもと変わらない朝のはずだった。しかし妙なことに城外が騒がしい。何かと思い、よくよく耳を傍立てて聞いてみると、それは砲音であることに気付く。
(こんな朝から祝砲を? 気の早いことだな……)
やけに耳障りなその音に若干の苛立ちを感じながらも、再び布団を被り、寝入ろうとしたその時、
「ヴァフォード様! 大変です!」
声の主はカムフィー大佐だ。わしは寝ぼけ眼をこすりつつ、重い身体を起こして大佐と面会する。そして彼を見て少し驚く。その顔はまるで死人のように青白くなっており、血の気が引いていた。なるほど、何かをやらかしたのだなと即座に理解する。恐らくは祝砲の誤射、といった類のことだろう。
「そんなに大声を上げて……一体どうしたと言うんだ……」
「しっ、失礼しました!」
「それにこんな朝早くから祝砲など……非常識だとは――」
わしが言葉を言い切らない内に、
「祝砲ではありません! 何物かがシガーラに向け、発砲している模様!」
その瞬間、近くで炸裂音が轟いた。
「どっ、どういうことだ……? 説明しろ!!」
「詳しいことは分かりませんが……」
「正体不明の砲撃、そしてそれに伴う南北門の炎上、使用不能になっています!」
敵の攻撃――予想だにしない展開に百戦錬磨のわしとて動揺を隠し切れないでいた。
「ぐぬぬ……こんな日にわしの邪魔立てをしおって……! 許さんっ!」
「カムフィー、出撃じゃ! 兵を用意しろっ!」
そう息巻くわしを大佐は制して言う。
「しかし……今は身の安全を図る方が先です! さあ、逃げましょう! 早く!」
ここは彼に従う他あるまい、そう思い、その後をついて行く。そして城内を駆け下りる中、ふとマドレー王女の安否が気になり、問い質す。
「王女は……? 王女は無事なのか……?」
「恐らくは! 警護の兵士に連れ添われ、脱出したと思われます!」
「それならいいんじゃ……それなら……」
わしは久方ぶりに走った。たびたび息切れを起こしながらも、従者に支えられ必死で走った。王女のことも心配だが、まずは生きてこの城を脱出し、態勢を整える必要がある。ああ神よ、真の国王となるこの日に何という試練を与え給うたのか、幾度となくそう神に問いかける。
しかしこの時、ヴァフォードはまだ何も知らなかった。一連の騒動、それは神の試練ではなく、怒れる人間の鉄槌だと――。とにもかくにも彼は生きるため、西門に向かってひたすら走り続けた。




