憲兵
「見えたぞ……!」
親方は絞り出すように声を上げる。目の前に広がるのどかな農耕集落、その光景は延べ五日に渡る苦難の旅路に終わりを告げた。ここは目的の場所、バーンスタインだ。
「今から長老に挨拶しに行く。お前らはここで待機していてくれ」
「ユウト、お前はついて来い」
そう言い残すと、口元を布で隠すようにして村の方へと走り出す。
(なぜ口元を隠しているのだろう……?)
その行動の意味は分からない。ただ何とはなしにオレも真似してみる。途中、数人の村人とすれ違ったが、目もくれずに集落を駆け抜ける。そしてある屋敷の前でようやく立ち止まった。敷地内には立派な白髭を蓄えた老人が庭いじりをしていた。
「長老!」
親方のその声に気付いた老人は怪訝そうな表情を浮かべながら、こちらへ近づいて来る。
「お前ら、怪しいな……憲兵に突き出すぞ!」
語気を荒げる老人を尻目に、親方は口元を晒した。
「長老……お久しぶりです!」
「ゴ、ゴスホークなのか……? お前はあの……ゴスホークなのか……?」
老人は飛び出しそうなほど目を大きく見開いて親方を見つめる。突然の来訪者に驚くあまり言葉を失ってしまったようで、束の間沈黙が流れる。
そしてふと我に返って、
「こっ、こうしてはおれん! 婆さんや、婆さんはおらんか!」
老人は大声を上げ、騒ぎ出した。これはマズいと思ったのか、親方は口に人差し指を当てる。
「詳しいことは中でお話します」
そう言って屋敷に足を踏み入れた。
「いやしかし、よく戻って来られたことよ」
感心したように言う老人を前に、親方は穏やかな顔つきをしていた。
「村は変わりませんか?」
「ああ、色々やり辛くはなっているがな。でも大丈夫じゃ」
渋い顔で吐き捨てるように言う。そしていくつかの世間話をした後、遂に話題はここに至った経緯について及んだ。
「王女様が誘拐されたじゃと!?」
「そうです。だからここを根拠地としてお救いしたい」
老人は難しい顔になる。何か言い出しにくいことがあるように口をもごつかせる。
「協力したいのは山々じゃが……その人数を匿うのはのお……」
「それは……憲兵……ですか」
「そうじゃ、南北分裂以降、この村は憲兵によって監視されておる。妙な動きをしようもんなら……」
親方はテーブルの一角を見つめて何も言わなくなった。この村を根拠地に出来なければ、オレたちは敵国内で流浪することになり、本懐を遂げることは限りなく難しくなる。いきなり正念場を迎えた。どうするのか、親方の出方を窺っていると、
「憲兵の人数はいかほどですか」
「十人くらいかの~、村の集会所に駐留しておる」
それを聞くと、親方の表情が和らいだ。
「それならば……私に策があります」
得意気にそう言うと、老人に何やら耳打ちをする。
「ではまた晩に」
親方がおもむろに立ち上がるのに合わせてオレもその場を去る。
そして屋敷の門を出たところで、
「策って何ですか?」
気になっていたことを切り出す。オレをわざわざ同伴させたのに、その策が共有されないことに違和感を覚えた。
「夜になったら分かるさ、それよりユウト、お前は村を回って縄紐を集めてくれ。十人分だ」
突然の要求にオレは戸惑った。
「はっ、はあ……」
「出来るだけ頑丈で長いやつを頼む。夕刻までには戻れよ、じゃあな!」
親方はそう言い残して足早に去って行った。
(縄紐……集めないといけないのか……)
その場に取り残されたオレは厄介事を押し付けられたような気分になった。だが四の五の言っても仕方はない。これも重要な仕事だ、そう心に言い聞かせると、近くの民家を訪ねて歩くのであった。




