灰色の世界
王女マドレ―が王宮を去ってまる二日が過ぎた。空はとっくに泣き止んでいるのに、オレの心は分厚い雲に覆われたまま、依然としてぐずついていた。何をしていても彼女のことが頭から離れない。それはなぜだろう、深く考える間もなく答えは明白だった。
オレは恐らく彼女のことを好きだったのだ。
彼女と接する機会は数える程度だったが、その一つ一つの出来事を通して、確実にオレを魅了していった。そしていなくなって初めてそれに気付いた。楽しかったはずの日々が今となってはオレを苦しめる。忘れようとしても忘れられない。どうすればいいのか、身の処し方を見つけられないでいた。
その姿を見かねた親方はオレに告げる。
「ユウト、街までお使いを頼んでいいか?」
そう言って用件を書いた紙とお金を手渡した。
「気を付けて行くんだぞ! おい、デッドリー! デッドリーはいないか!」
周りに彼の姿はない。代わりに青髪のモライザが答える。
「兄貴なら砲術の勉強に……」
「またか! 仕事中に行くなとあれほど言ったのに……」
親方は呆れたようにため息をつく。そしてモライザに向かって言う。
「お前、ユウトについて行け!」
「へーい」
オレはモライザと二人、街に行くことになった。王宮の門をくぐると麓の街までは一本道、螺旋状に展開している下り坂をひらすら下る。その間もなんだか上の空で、気を遣って話しかけてくれるモライザにも気のない返事を繰り返していた。
そして街に至る直前、道端で所在なさげに立ち尽くしている馬とその近くに突っ伏して倒れている人を見つけた。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄って声を掛ける。やがてその姿を間近で捉えると、事態の深刻さを悟った。その男は全身傷だらけで、今にも息絶えそうな状況だったからだ。だがそれだけではない。更に驚くべきことはその着衣、その制服は親衛隊のモノであった。
「モライザ、誰か呼んで来い!」
王宮の方を指し示して、モライザを走らせた。
「しっかりしろっ! 何があった?」
「おう……じょ……さ……ら……」
瀕死の親衛隊員は必死に何かを伝えようとしている。気付けば辺りは血だまりになっており、事態は一刻を争う様相を呈してきた。
(マズいな……このままでは……)
「何だって? 聞こえないぞ!」
すると男は息を大きく整え、最期の力を振り絞るように言葉を放った。
「王女様が……さらわれた……」
そう言い切ると、男は事切れてしまった。
オレはその言葉の意味を何度も咀嚼する。だが理解するまでには至らない。
その現実を信じられない、いや信じたくなかったのだ。
さっきまで晴れていた空には陰りが見え、周囲ではカラスがやかましく喚き散らす。
オレは灰色の世界に包まれた――。




