■第5話 「奪うから――学年一の美少女は、本気で恋を始めた」
――嫌な予感しかしない。
「神谷くん」
朝、教室に入った瞬間。
「おはよ」
もういる。
西宮七瀬。
しかも、俺の席の前。
「……なんでここにいるんだよ」
「待ってた」
「なんで」
「話したかったから」
にこっと笑う。
周囲がざわつく。
「またかよ……」
「神谷どうなってんだよ」
男子の視線が痛い。
「ほら、座って」
「ここ俺の席なんだけど」
「いいじゃん、一緒に座ろ?」
「よくない」
即答すると、七瀬はくすっと笑う。
「冷たいなあ」
――ほんとに距離が近い。
⸻
「伊織」
横から声。
「……蒼葵」
来た。
「朝から何してるの?」
「別に」
「別にじゃないでしょ」
明らかに不機嫌。
そして。
「ねえ、西宮さん」
「なに?」
「ちょっとやりすぎじゃない?」
「そう?」
七瀬は首を傾げる。
「普通だと思うけど」
「普通じゃない」
「でもさ」
さらっと言う。
「好きな人に近づくのって、普通じゃない?」
――空気が止まる。
「は?」
蒼葵が固まる。
「好き?」
周囲もざわつく。
「マジで言ってる?」
七瀬は、俺を見て、
「うん」
迷いなく言った。
「神谷くん、好きだよ」
――完全に爆発した。
「ええええ!?」
「ちょ、マジかよ!?」
教室が騒然。
和真が後ろで頭を抱えている。
「お前……やばすぎだろ……」
「俺が悪いのかよ!?」
⸻
「……ふざけないで」
蒼葵の声が低くなる。
「伊織は――」
「水瀬さん」
七瀬が遮る。
「もう分かってるでしょ?」
「……何を」
「あなたも好きなんでしょ、神谷くんのこと」
「……っ」
蒼葵が言葉を失う。
図星。
「でも」
七瀬は一歩前に出る。
「遠慮しないから」
はっきりと言い切る。
「私は奪う」
――宣戦布告。
⸻
その時。
「……うるさい」
静かな声。
全員が振り向く。
窓際。
白瀬舞衣。
ゆっくりと立ち上がる。
「授業前」
「……」
それだけなのに。
空気が一瞬で引き締まる。
七瀬も、蒼葵も、言葉を止める。
「……そうだね」
七瀬が先に引いた。
「続きはまた今度」
にこっと笑う。
けれどその目は――
完全に“本気”だった。
⸻
昼休み。
「ねえ神谷くん」
「……またか」
屋上。
連れてこられた。
「逃げないでよ」
「逃げたいわ」
「ひどいなあ」
笑いながら、距離を詰めてくる。
「さっきの、冗談じゃないから」
「……何が」
「好きってやつ」
真っ直ぐな目。
昨日とは違う。
完全に本気。
「なんで俺なんだよ」
「さあ?」
「は?」
「気づいたら、気になってた」
シンプルな答え。
でも――重い。
「で」
さらに近づく。
「どうする?」
「どうするって」
「付き合う?」
「は?」
「ダメ?」
距離、近すぎる。
「ダメに決まってるだろ」
「理由は?」
「……」
言えない。
“結婚してる”なんて。
「ほら」
七瀬が微笑む。
「理由ないでしょ?」
「……」
詰んでる。
⸻
その時。
「……何してるの」
また、この声。
振り向く。
そこには――
白瀬舞衣。
屋上の扉の前。
「白瀬さん?」
七瀬が振り返る。
「珍しいね、ここ来るなんて」
「……別に」
舞衣はゆっくり歩いてくる。
そして。
俺の隣で止まる。
「神谷くん」
「……なんだよ」
「次の授業、準備あるから」
「……ああ」
それだけ。
ただの“クラスメイトとしての会話”。
なのに。
距離が、近い。
微妙に。
ほんの少しだけ。
“近すぎる”。
「……ふーん」
七瀬がじっと見る。
「白瀬さんさ」
「何?」
「神谷くんのこと、どう思ってるの?」
――危険な質問。
「……別に」
即答。
完璧。
けれど。
「でもさ」
七瀬は笑う。
「さっきから、ちょっと距離近くない?」
「……気のせい」
「ほんと?」
一歩近づく。
「ねえ」
俺の腕を掴む。
「こういうの、どう思う?」
「ちょっ……!」
密着。
完全にアウト。
「……」
その瞬間。
空気が変わった。
横。
舞衣。
無表情。
でも。
分かる。
――怒ってる。
「……離して」
小さく呟く。
「え?」
「その手」
声は静か。
なのに、圧が強い。
「離して」
――怖い。
七瀬が一瞬だけ固まる。
でも。
「やだ」
笑う。
「なんで?」
挑発。
「私、好きだもん」
さらに腕を絡める。
「……っ」
その瞬間。
舞衣が、一歩前に出た。
「――ダメ」
その一言。
完全に“妻”の声だった。
――しまった。
そう思った瞬間。
「……え?」
七瀬が目を細める。
「今の、どういう意味?」
やばい。
やばいやばいやばい。
「……クラスメイトとして」
舞衣がすぐに言い直す。
「授業に遅れるから」
「ふーん」
七瀬はじっと見つめる。
数秒。
そして。
「……まあいいや」
手を離す。
「でもさ」
最後に一言。
「これ、面白くなりそうだね」
にやっと笑う。
⸻
その夜。
「……やりすぎ」
部屋に入るなり、舞衣が言った。
「誰がだよ」
「西宮七瀬」
「俺のせいじゃないだろ」
「でも」
近づいてくる。
「嫌」
「……は?」
「触られるの」
小さな声。
でも、はっきり。
「……」
「だって」
少しだけ視線を逸らして、
「私のだから」
――心臓に悪い。
「……それ反則だろ」
「何が」
「全部」
舞衣は少しだけ笑った。
⸻
学年一の美少女は、本気で奪いに来た。
幼馴染は、疑いを確信に変え始めている。
そして――
“妻”は、確実に独占欲を強めている。
⸻
俺の秘密の新婚生活は、
もう“普通”には戻れないところまで来ていた。
⸻
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