プロローグ
━━ ゴロロロ
まじか、遠くで雷鳴ってないか。
プレッシャーが凄まじいな。
━━ ドクンッ、ドクンッ
心臓の鼓動がやけに響く。
まあ、これ見せられたら仕方ない。
なんなんだ、負のオーラってやつか。ビシビシ感じる。
━━ ゴロロロ、キュウン、キュウン
雷だよな? なんか他の音も混じってないか。
それよりこれ、廃墟か? 廃旅館って感じだな。
まあ、あとで聞けばわかるだろ。
めちゃくちゃでかい。本当にここか?
いや、標識に「赤島倉庫」って出てるし。よし、入るか。
━━ ビシッ、ビシッ
音はするが、びくともしない。
扉に触るとゾクゾクする。今時引き戸かよ。しかも薄汚れてる。
中も見えない。
「……どうしたの?」
「うわぁー」
心臓どころか、内臓がひっくり返りそうだ。
五十五で死ぬのは勘弁だ。
え、いきなり後ろにいたのかよ!?
━━ ガラガラ
「……どうぞ、和田さん? 僕、葉山……」
「あ、わ、和田です。どうも」
「……出歩くの嫌なんだけど、案内するね……」
いやいや、みんな出歩く時間だろ。
しかし、なんだこれ。完全にホラーじゃねえか。
いつの間にいたんだ。髪ボサボサ、目の下にクマ。
で、俺って僕っ子なのか? でも、歳行ってるよな?
「……絶対、僕の通るとこだけ通って…」
「ん?」
そのタイミングで左にいるって、いつ動いたんだよ。
こいつ、気配薄いくせに妙に動きが速いんだよな。
勢い余って直進しちまった。
━━ ズボッ、ガタガタ
痛え、なんだこれ。
五十超えたオッサンが床にハマるとか。
おいおい、ダンボールで目張りしてるのかよ。
色々ありすぎてわからんが、中もヤバすぎる。
電気は昔の裸電球、暗い。埃と蜘蛛の巣、空気が淀んでる。
これ、廃墟の肝試しだろ、絶対。
ほんとツイてない。
高速バス乗り継いで、定期船まで乗って、八時間だぞ。
定期船は一日二便とか言うし、どんよりオーラ出てたし。
ここらはみんなホラーなのか。
「……僕の後ろだけって言ったのに…僕だってね、怖いんだよ。ここ…」
いやいや、異様な素早さについていけるかよ。
てか、少し距離を取ろう。
「……」
はい、無言で指さすだけね。
入り口には、かまぼこ板みたいな標識。
なるほど、「事務室」か。
━━ 和田、回想する
「あー、ウザいんだよ」
どうしたらそこまで醜悪な顔になるんだ。
まあ、これでも整ってるって言う人もいるだろうが。
三十代前半くらいか。かなり苛ついてる。
「はあ、そう言われましても…」
はあ、こいつには何言っても無駄だ。
ウザいで片付ける。
「あのさ、手書きとかどんだけ古いんだよ」
こらこら、俺の資料投げるなよ。
これで次期社長だとさ。社長の器かねえ。
親の七光だろうな。
「そんなんだから、五十五にもなって独身なんだろ? 和田貴美雄“万年主任”」
作り直せよ、だってさ。
ニタニタしやがって、さっさと消えろ。
── 和田さん、またいびられてたな
── まあ、どっちもどっちだよな
── 昔はものすごく仕事できたって聞いたぞ?
ざわついてるな。まあ仕方ない。
昔はエースとか言われてた時もあったんだよ。はい。
ヨイショと座り直す。
どこまで書いてたっけ、続き続き。
ん? 普段鳴らない内線だ。
久しぶりすぎて音忘れてた。
(あー、和田くん。ちょっといいかね)
すぐに来い、とガチャ切りされた。
呼ばれたら仕方ない。行ってくるか。
「失礼します」
こいつ、そんな仕事しないのに、なんで個室で優遇されてんだ?
なんか書き物してるな。
薄くなった頭、バーコードかよ。
リーダー当てたら何が読み取れるんだ。三百九十八円でござーい。
「あー、和田君さ、君来月いっぱいで異動ね」
「え、突然ですね…」
「四月一日付けで、赤島倉庫ね」
は? それどこよ?
━━ てなわけで、ここがそこだ
思い出したらどっと疲れた。
と、入るか。
うお、中、広っ。学校の教室みたいだ。
ん? この丸っこい背中は誰だ?
何このジオラマ。
ジオラマって会社の机に置くものか?
ちょうど山間を抜けた鉄橋を電車が通過してる。
その電車をうっとり眺めてる奴がいる。
ちょっと気持ち悪いかもしれん。
「オタク、和田っち?」
━━ へ、和田っち?
和田っちなんて呼ばれたことない。
いやいや、オタクは君ね。
ぶっといフレームの眼鏡、すぐ鼻メガネだ。
買い替えろよ。
てかジオラマって、仕事しろよ!
「あ、和田です。よろしくお願いします」
「和田っち、ジオラマが羨ましい?」
「羨ましいっていうか、そんなの置いていいんですか?」
「ノンノン、小生、外山拓郎でやんす。タクちんと呼んで、敬語は要らないでやんす」
だいぶおかしなことになってるな。
「やることやってれば、何してもいいでやんすよ」
その横は、普通のお母さんみたいな人だ。
なんか知らんがサムズアップしてる。
「よろしくお願いします」
「…」
喋ろうぜ。
「タエ様は、ほとんど喋らないでやんす。あ、増山タエ様」
「タエちゃん、ね」
コミュ障か? 大丈夫かな。
タエちゃんだと、ラフふぎたか?
まあ、サムズアップしてるからいいか。
席空いてる席に座って……
「あー、そこ違うでやんす。そこは葉山殿が座るとこ。
我らスリーマウンテンツの席でやんす」
は? スリーマウンテンツって何だ。
「増山、外山、葉山、我らスリーマウンテンツでやんす」
なるほどな。心底どうでもいい。
タエちゃんのサムズアップ、うん、わかった“YES”だ。
「んじゃ、自分はどこにいればいいんだろ?」
「倉庫から机と椅子を運ぶでやんす。レディゴ」
おお、外山素早いな。見えなかったらもう出口にいるぞ。
葉山といい、ここの連中は素早さカンストか。
「約束して欲しいでやんす!」
「ん??」
歩きながらタクちんが身を乗り出してくる。
そんな寄るなよ。
「絶対に小生の後ろをついてくるでやんす。絶対にでやんす」
「あー、ダンボールにハマるんだろ? さっきハマった」
「そのダンボールのところ、実は小生が落ちたでやんす!
じゃあスピィィィダップ!」
逃げやがった。
「ちょ、置いてくなー」
他にもダンボールないだろうな。
もう一回ハマる自信あるぞ。
「あ、そうでやんす…」
「…!」
いきなり止まるなよ。タクちんの背中にヘッドバッド。
「あと、もう少し先が、ヤバ杉晋作!」
「何あるの? て、やんすどこ行った?」
「見ればわかるんです!」
まあな、この倉庫は普通じゃない。
なんか不気味だ。
おっと、いかん、ついて行かんとな。
いや、広い。廃旅館……いや、倉庫だ。
ん、なんだ。気のせいか、その辺だけ時空が歪んでないか?
黒い靄がグニャッとしてる。
標識には「歴代倉庫」とある。元の用途は不明だが、ここだけ空気が違う──住人たちも近寄らない場所だ。
待て、あれ……扉の隙間から光が漏れてる。
絶対ヤバいやつだ。
あの扉、触れたらアウトだろ。
「タクちん。で、あれは何なの?」
「さっき説明したでやんすよ」
おい、タクちん今目伏せたよな。
完全に動揺してる。
タクちんの足音がここだけ妙に吸い込まれた気がする。
「怪しいやつってことか?」
「そうでやんす、ヤバ杉晋作でやんす」
いちいちめんどくせえ。
「何がヤバいんだ?」
「変な音がして、そもそも扉が絶対開かないでやんす」
「どうやっても無理なのか?」
「無理でやんすね。葉山殿もタエ様もあそこは絶対避けるでやんす」
絶対関わったらヤバいってことか。
「……あのー」
── うはっ、このパターン何回目だ?
「葉山殿、珍しいでやんすね」
「…」
またか。気配でも消せるのかよ。
「ほんと、びっくり…」
「……ダメだよ。あそこ絶対ダメ」
葉山に遮られた。
何この人、超怖いんだけど。
しかも葉山、声が震えてるし目が血走ってたぞ。
「タクちん、今のなんなの?」
「葉山殿…まあ、いつものことで、ほとんど話もしないでやんす。
いつも部屋で籠城戦で、出てくることも普通無いでやんす」
「まあ、一応ここで働いてるんだから、ヒキニートではないのな」
「我々のミィッシッオゥンは掃除だ! 部屋数は三十六あるでやんすから!」
タクちん、微妙に歴代倉庫から話を逸らしてないか?
「で、なに、そこダメって、何があるんだ?」
「…正直、怖いでやんすよ。勝手に扉が動くし、誰も開けられないでやんす」
━━ キュウン、キュウン
え、何この音。UFOの音っぽくないか?
て、おいおい、いきなりダッシュやめてくれ。
タクちん、逃げたのか?
どこ入った?
あ、あそこか、歴代倉庫の二つ手前だ。
タクちんについていくしかない。
「アレを持って行くでやんす」
「え、まじか?」
「これ、戦前の木製机だ。重いぞ」
「せーの、でやんす!」
みんなで持ち上げて、事務室へ運び込んだ。
タエちゃんがいた。
「貸しな!」
まじか、喋れるんじゃん。
しかも片手で持ってないか?
タエちゃん、やばくないか。
すとんと机設置完了。あざす。
で、俺、着席。
対面にタエちゃん、右側にタクちん。
ほんとジオラマ好きだな。
「あのさ、ここの詳しい説明聞きたいんだけど」
「あ、これ読むでやんす」
なんだこれ。めっちゃボロボロだ。
タイトルは【赤嶋倉庫 従事者規則】ってある。
職員一覧の中に葉山室長ってあるぞ。
ここ管理者引き籠りかよ。
━━ 赤嶋倉庫 従事者規則 熟読後
なるほど、わかった。
今後のために大事なところを復習だ。
・各人が一日に一部屋ずつ清掃し、三十六部屋すべて実施すること
・清掃開始と終了の際、本人を含めた実施部屋の写真を撮ること
・週の終わりに写真を取りまとめて、秋田営業所へメール送付すること
この辺が一番重要だな。
あとは特にない。まあ、左遷の辞めさせるための嫌がらせな。
「タエ様のごはんは美味でやんすよ」
「まじか。それは楽しみ!?」
「ふふん」
タエちゃん、腕組みしてるのか。
いや、ここはサムズアップだろ?
「今日の掃除ってもう終わってるの?」
「お昼前には終わってるでやんす」
「あとは何するの?」
「もうノルマは終わったんで、好きにするでやんす」
なんかユルイんだな。
てか、俺はやってないけどな。
「和田っちは、明日から掃除するでやんす」
ど、読心術か?
「明日からでいいのか?」
「それでいいでやんす」
で、タエちゃんお約束のサムズアップだな。
「なら、案内してくれないかな。俺の荷物も届いてるよね? 整理もしたい」
「仕方ないでやんすなー」
━━ ここから一通り、設備関係含めタクちんのレクチャーを受ける
しっかし、自分の部屋やばい。
無理やり仕切られてる。
もとは事務室と同じ大きさの部屋を区切ったんだろうな。
荷物少なくてよかった。
整理もすぐ終わった。
たださ、これRPGの宿屋の部屋かよ。
ベッドと机とちょっとした棚だけ。
風呂とトイレは共同。
やっぱここ元々旅館だろ。
あー、あと本当に。
タエちゃんの包丁さばきは芸術だ。
やたらリズミカルだし。
で、タエちゃんの料理はめっちゃうまかった。
煮物と焼き魚って、自分では絶対用意しない飯だ。
うん。
はあ、疲れた。本当に。
あの「歴代倉庫」って何だろうな。
気になる。
今日は長かった──
明日から掃除もしないとな。
━━ こうして和田は寝落ちした。




