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23.タウのバースデー(後編)

 パーティー会場において彼らがガードであるという認識はその腕章だけが頼りだ。周囲から目立つために治安維持のブルーカラーを纏おうものなら客の興ざめは必至。警察やそれに準ずる業種の恰好は権威的過ぎる。権威有り余って、数の暴力に押しつぶされる可能性すらあり得る。パーティー会場であの色を纏う行為はどう転んだとしても災厄を呼び込む。私服ガードのタウとリープスは混雑の波に従いながら進み、やっと担当現場まで辿り着くことができた。メリーゴーラウンドのラウンジ周辺は今夜一番の目玉ということもあり、酒を飲む人、飲めない人、飲まない人で溢れかえっていた。

 治安維持の観点からまず2人の目についたのはとある紳士のペアだった。一人や少ない人数で訪れている若い女性に声を掛けては、何か怪しげなタバコを勧めていた。

「ちょっと私こんなの吸わないよ」

 有無を言わせず近寄るジッポ、ジッポ。温かな光に吸い寄せられる。

 その間にリープスが割って入り、腕章が付いた方の腕で紳士たちを制する。

「すみませんね。ここ別にタバコはいいんだけど、強要は見過ごせない」

 紳士2人は大人しくジッポを引っ込め、彼女の指からタバコを回収した。影に隠れているタウの腕章も認め、それからリープスの顔をじっと睨みつける。

「そうだなあ、確かあのカーテンの向こうでそういうことに乗り気っていう子がいたんだ。君たちはそっちへ行ってくれたまえよ」

 紳士たちはお互い顔を見合わせ、さっそくと紹介を受けた方角へ足を動かした。

 タウとリープスもその場を離れる。

「カーテンの向こうには一体何が居るんだろうな」

「うん」

「それはだな、タウ。さっきのトランシーバーのやり取り、聞いてたろ。外では子ヤギたちが警備を担当している」

「うん」

「あの子ヤギたちの母親がいるのさ」

 リープスはそう言って壁に背中をもたれた。

「母親であり父親。デカい角があるんだ。でもやっぱり子供を産むという特徴が強すぎてほとんどの人は母親として認識している。研究によればすでに二千年は生きているらしい。その母ヤギの誕生は、当時この辺りで栄えた大ヤギ崇拝の宗教国家誕生と一致している。しかしそれより前の記録は一文たりとも残されていない。あの母ヤギはある時突然に現れ、それから今までずっと存在を認められているんだ。代わりに扱われ方の変動が酷いなんてものじゃない。かつて国を挙げての崇拝対象だったのが今では成金パーティーに設けられた見世物だよ。許されるのかねえ」

「うん」

「そう、緩やかに変えていけばなんだって許されるんだ。さっきの奴らはそれを学んでおく必要があったんだ」

 リープスが導いたカーテンの向こうから彼らが出て来る様子はまだまだなかった。

「人に千年かけてタバコを強要する方法を勉強して来るよ。支配者層の孫の孫のような目になって出て来るよ」

「うん」

「ねえタウ、全部冗談だよ」

「うん」

「うそうそ、全部本当だよ」

「うん」

「それにしても結構高くなってきたな。そろそろ乗り込んどくか」

 時刻は11時。メリーゴーラウンドは解放されたドーム屋根を突き抜け、空に飛び出そうという頃だった。タウとリープスは土台の目立たない位置にくり抜かれた、『STAFF ONLY』の扉を通り、とにかくたくさん刻まれた階段を上り……きった! さっきとは別素材で背も低いスタッフ扉をくぐると、メリーゴーラウンド・ラウンジの木製支柱からバーテンの働くお尻の前に出ることができた。バーテンが混合する酒を選ぶため、その振り返りざまに目が合う。「わあ!」「いやーすみません」

 ここにもDJブースが、少し規模を小さくして用意されていた。プレイヤーに就いているのはパーティーの始まりと同じ近所の音大生ディスクジョッキーだった。「ブラァァド!」曲に合わせてダンスやジャンプをしている人数はスペースの問題でさすがに減り、しかし聴衆の勢い自体はさきほどを凌ぐ部分があった。なぜならメリーゴーラウンドは高度を増し、怖いものは怖いのだ。髭を蓄えた若者文化の権威曰く、彼らは怖いから騒ぐのだ。その中には若者とは呼べないような者(たとえばビハインドメーヤーその人!)も混じってはいたが、空に浮かぶメリーゴーラウンドの上で若さを決めるものが何なのかは誰にも分からない。誰にとってもちょっと怖いのが楽しいのだ。

「平和そのものって感じだな」

「うん」

 リープスが掴んだ状況の通り、ここにはあらゆる危険が、不慮の事故以外まるで存在していないかのようで、あやうく考慮からも抜け落ちてしまいそうになる。徐々に遠く離れていくこの町の夜景に全てが持っていかれそうになる。「タウ、落ちるぞ」「……うん」

 何事もなく0時に到達。メリーゴーラウンドは既定の頂点位置で停止した。ビハインドメーヤーが特製のグラスに注がれたメーヤースペシャルを高く掲げ、音頭を取った。

「0時だ! ここがてっぺんだ! 乾杯!」

 一斉に様々なグラスが中心へ向けて掲げられる様は壮観だった。タウとリープスは相変わらず監視しているだけ。どこにも動きは見当たらない。これだけ何も起こらないと心にもないこと、何か起こって欲しいと密かに願ってしまう。願いを追従する子供心が、何が起こるかは見てからのお楽しみという状況を作るため、しばらくそっぽを向いていようとリープスから提案をした。

「うん」

 2人して腰を下ろし、柵の隙間から足を外に出してぶらぶらさせた。

 現時点で一番の高所から見下ろした町はその端から端までを視界に収めることができた。大小様々な建物と交通網から発される光が内から町の輪郭を形成して、その光点の集まりを薄暗い河川が一太刀、さらに深い色を返す北方の海へと抜ける。町は海岸線を境に広大な闇によって抑え込まれ、一層輝いて見える。

 町の東では高架橋がその上で起きた事故渋滞を支え、その軒下に住まう者たちの慎ましやかな生活を守っている。苛立つドライバーたちの怨念がタバコの煙となって窓から立ち昇り、月の下でSOSを描く。それを眠れない子供たちが見つけて後部座席で笑う。握っているハンドルに爪を立てる父親に早く寝ろとどやされる。高架橋の下でネズミとホームレスが安眠に入り、シンクロする夢の力で現実の時間をせっせと次へ動かす。高架橋での事態はしばらく動きそうにない。

「きれいだな」

「うん」

 気持ちいい風が2人の髪を撫でた。

 背後からいくつもの悲鳴が聞こえた。「キャー!」「ワー!」「ダレカー!」

「タウ、やばいぞ」

「うん」

 2人は柵から足を抜いて急いで立ち上がり、騒ぎのあった現場へと駆け付けた。ビハインドメーヤーが亡くなっていた。後頭部を一発で打ち抜く、刺客ながら美しい手際だった。

「ああ、ダメだ。犯人はきっと伊賀の忍者に違いない。あまりにも綺麗だ。オレたちでどうこうできる相手じゃないよ」

「うん」

「でもこのまま放っておけばオレたちの責任になるんだ……最初から無茶だったってのに」

「うん」

「まったくおかしな仕事だよな。割に合わない仕事だ」

「うん」

「タウ、逃げよう」

 リープスは頷こうとしたタウの腕を思い切り引いて、困惑する群衆に体当たりしながら進み、上って来た従業員用階段ではなく落ちたら危ない安全柵を跳び越えた。落下。下から凄まじい風を受け、浮遊しているかのような錯覚を覚えた。リープスのよく通る声が、「タウー! 絶対離すなよー!」タウの肯定は上空に吸い込まれた。

「メェー!」

 **ブルゥン!**

 そこを通りがかった子ヤギのオープンカーに2人は助けられた。車に屋根が付いていなかったことによって助けられた。

「ラッキー!」

「うん」

「メメェー!」

 **ブルルゥン!**

 **シュタタタタ……**

「ニンニンニン……」

「うわあ! 犯人の伊賀の忍者だ! 追いかけろ!」

「メェー!」

 後日、容疑者として忍者を捕縛した2人は地元警察から表彰された。一番の活躍を示した子ヤギたちはというと、ギリギリまで自分たちも表彰されたいと数に物を言わせて暴れ回っていたが、結局は母ヤギの元で留守番をさせられていた。リープスによれば、事件の登場人物を最小限に絞るのも市民の務め、なのだそうだ。実際、昨晩のパーティー会場で、あれだけの海外産の動物が集められていたことや、非合法の薬物が取り交わされていた可能性があったことはできる限り隠蔽しなければならない。ビハインドメーヤー氏は敵の多い人物だった。

「雇用主が亡くなってもガードとしての仕事を果たした」

「うん」

「僕たちがしたのはそれだけのことです」

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