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22.タウのバースデー(前編)

 重要人物のバースデー。町は浮かれ騒ぎだった。何でもデカく作る外国からおさがりで貰ったメリーゴーラウンドが今夜、こちらではそのままラウンジに使われて盛況を施している。ダイアモンド型に裁断した布を吊り下げたアーチが壁から壁を賑やかす。暗闇を切り裂いて発射したレーザーが衝突、服や肌の上を這い回る格子状の影に、サバンナのライオンが鉄檻でヨロっと目を回している。南極産のペンギンは小さく器用な、スペースを占領しないタップダンスが聴衆に認められ早くも鉄檻を脱している。社会に溶け込んでいる。サイとゾウは何かしら大変な凶暴を働くものだと決めつけられ、みんなから警戒されていたが、実際にはそこかしこを飛び交う苛烈なレーザー光線に、故郷の太陽を重ねて見ているだけだった。光はどこであろうと一直線、父親のように力強く、母親のように見据えている。郷愁の思いは光あるところ全てに襲い掛かった。この場を単調なダンスミュージックが扇動していた。お決まりのシャウトでヒート・ウェーブの副操縦士を担うディスクジョッキー「ブラァド・フラァゥド! ブラァァド!」、商業主義に吸収されたボーカルなんて退屈な役割はこんな風に捨て去ってしまえという良い手本だ。彼は自らの思想価値を高める皮肉を体現するためだけに声楽科に潜り込んだ、音楽大学の現役学生だった。主催者曰く、『音楽は若者のものだ!』彼は会場にキャンパスの仲間を連れて、1時間後のDJ交替についても仲間と打ち合わせ済みである。人混みからアメンボのようにジャンプして顔を覗かせた4人の仲間と目が合う。「ブラァァド!」カウンター席でオモチャのように光る酒が密会。液体中に気泡や混合物が立ち昇る。二人の紳士は、これから初めてタバコ(ほんとにただのタバコ??)を吸おうという田舎娘に迫っていた。寸分の狂いなく同時に差し出されるジッポ、ジッポ。彼女の顔を温かく照らし出す。その光景は懐かしの誕生日ケーキと似ている。彼女はそんな譫妄と2つの炎を一斉に吹き消した! 一目散に逃げ出した!

 その去り際、彼女は誰かと肩をぶつけて相手のことを倒してしまった。

「ご、ごめんなさい!」と謝りはするが、足は止めずに慌ただしく出口へと向かって行った。

 脚が多い床の上に倒れたまま残されたその人物とは、暗くて姿はよく見えないが……この反応の無さはきっとタウに違いない! タウはゆっくり立ち上がると、その身を民衆の隙間に滑り込ませながら単独で、一番明るい場所を目指していた。しかしここではあらゆる方角に強烈なライトが仕込まれ、さらには常時スイッチされるため、タウはしばらく海流に弄ばれるように光を追い続けるはめになった。

 学生DJが徐々にサウンドを窄めた。一旦、他の全ての催しも取り止め。なぜならこれからメインステージで本日の主役が挨拶を執り行うからだ。ストリート上がりのニワトリのような太っちょが出現した。照明を集め、視線が集まる。

 「あーあー、チェックチェック……いやあ、こんだけ向けられるとライトって熱いもんだね。個室サウナでもつくろうかな、なんてな」ジャブにも満たないジョークから話は始まった。「今日はみなさんお集り頂き! 誠に! ありがとね」

 聴衆から歓声と指笛、「ありがとー! ビハインドメーヤー!」

 その熱心な声に手を振り返すビハインドメーヤー。「オーケーオーケー、ありがとな……まあ、話長いのもあれなんで手短にね。あそこの、なんかメーリーゴーラウンド? もう楽しんでくれてる人もいっぱいいるね。あれは3か月くらい前に海の向こうで遊園地が一つ廃園になるって話を聞いてて、そこから買い取ったものなんだ。捨てるのも難しいっていうんで破格でね。でも輸送やら改修やらしたら結局高く付いた。本来なら田舎に家が建てられたんだよ。まあ、今時別荘ってのも古臭いがね」

「ビハインドメーヤー! アンタいったいいくつ家建てるつもりだよ!」

「いやいや、別荘はこれから高騰する所に2つだけ。どちらかと言えば投資は小さな事業に分散させる方が……おっと、仕事の話はいいんだ! 説明したいのはあのメリーゴーラウンドの機能についてだ。あれは本来備わっている遊具としての回転に加えて内部的に、あの土台の下で別の回転が同時に進行している。長針と短針のようなものだね。片方が一周するたびにもう片方が微々たる進捗を辿るようにね……実はすでに、あのメリーゴーラウンドは少しだけ浮き上がっているんだ」

 会場をどよめきが包んだ。好奇心旺盛な者はすでにメリーゴーラウンドへ走りだしていた。先行隊の現場報告によると、「ほんとだ! 段差ができてる!」

「ああ、良かった。無事動きだしているようだね。予定では今夜0時ちょうどに、ここの屋根も開け放って、この町で一番高い所からの眺めを楽しめるはずだよ。説明は以上。今日は僕の誕生日を楽しんでいってくれ」

 ビハインドメーヤーは最後、「ミュージック!」と指令を出してからステージ上を去った。DJがボリュームの摘まみを持ち上げ、楽曲をフェイドインさせる。聴衆はメリーゴーラウンドに関するアナウンスの狂喜をダンスへ発散させた。

 ビハインドメーヤーが出番の間、各所のスイッチング作業は安定期に入り、タウはそのおかげで約束の場所へと到着することができた。フロアの隅っこの回転チェアにはとっくにリープスが着いており、リープスは揉みくちゃにされた後のタウの姿を見つけると一言、「おせーぞ!」とだけ言って手招きした。

「うん」

 タウであってもこの近距離で人を見失うことはなかった。リープスのすぐ側に吸い込まれた。

「タウ、今日は浮かれるんじゃないぞ。オレたちは仕事でいるんだからな」

「うん」

「お前がいないときに決まったことだが、オレたちの担当はさっき紹介のあったメリーゴーラウンドとその周辺ということになった。時間が経って高所になった際には十分気を付けるように、だそうだ。特にメーヤー氏には敵も多いんだと。質問はないな?」

「うん」

「いいぞタウ。その意気だ。何でも頷いとけ。それとお前の分、これ付けとけ」

 そう言うと、リープスはタウに向かってガードの印、腕章を投げつけた。腕章は勢いよくタウの胸板にせき止められ、そのままタウの両手の中に落ち込んだ。タウはそれにいそいそと腕を通した。

 そのとき、リープスのトランシーバーが信号を受け取った。

「こちらリープス、オーバー」

 向こうからは甲高い子ヤギの鳴き声。

『メェー!』

 彼は会場外の警備を担当する、立派に正義の子ヤギだった。


──

 パーティーの外は対照的に静まり返っていた。ダンスミュージックの低いキックだけが寂しく漏れ聞こえている。

 会場へと繋がる建物裏の通気口には怪しい人影が、尋常でないサイズのプラスチック樽を担ぎ、コソコソと作業に取り組んでいる。

 この件とは一切無関係な車が表通りを通りかかった。そのとき現場に差し込んだヘッドライトは事の全容を明らかにし──男が担いで来た樽には『!!毒物注意!!』の貼り紙──、すぐに走り去っていった。

「へへへ、これで会場の奴らはメーヤーもろとも……」

 男は呟きながら毒物入りの樽に吸引機を接続、持ち上げ、通気口へと差し込んだ。

「メメェー!」

「だ、誰だ!」

 突然した動物の鳴き声に、男はそれが人でなくても気を奪われてしまう。さらに鳴き声は凄まじい速度で彼の元に接近してきた。

「メェーメメェー!」

 しかしその正体が取るに足らない子ヤギだと分かると、怪しい男は視線を引き戻し、吸引機のスイッチに手を伸ばそうとした。

 不審者から無視を食らった子ヤギは特異な鳴き声を天空に向けて発した。

「メメメ・メメメ・メェー!!」

「メェー」「メメェー」「メェ!」

 小さな鳴き声は増殖し、やがて地面を揺らすほどの足音へと変わった。

 男は嫌な予感から手を止め、定められし運命から空を仰ぎ見た。彼が最後に目にしたものは、この町のどのビルよりも高い雄山羊の姿と、視界いっぱいに迫りくる無数の蹄だった。

──


『メェー!』

「報告ご苦労。引き続きよろしく頼む。オーバー」

『メェー! ……わあ、ヤギがいっぱい! かわい……』

「むむ、誰の声だ」

『……ふふ、みんなどうしたの……メェー!』

「そうかパーティーからの帰りか。みんなで送って差しあげなさい。オーバー」

『メェー! ……え、ちょっと、わあ……』

 子ヤギたちはモノクロのフサフサ、マーブル柄オープンカーに変身し、閑散とした道路へと乗り出した。リープスのトランシーバーからガソリン車の音が轟く『**ブルゥン!** メメェー! **ブルルゥン!**』ここからは少し遠い所に住むその娘も、パーティー帰りとしては似つかわしくないほどはしゃいでいる。持ってきていた紳士タバコに子ヤギの尻尾で火を点ける。『……メェっちゃ飛ばせー!……』

 リープスはトランシーバーを片付けた。

「タウ、お待たせ」

「うん」

「行こうか」

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