第250話:出口のない空の下で
【“あり得ない遺物”が示すもの】
風の都《エル=サリエ》の空は今日も高く澄み渡っていた。
だがその清らかさとは裏腹に、白翼亭の一室には深い悩みが満ちていた。
貴志、リオナ、ミオ。
三人は机を囲んで座っていたが、無言のまま、時間だけが過ぎていた。
部屋の隅で風がカーテンを揺らす。
その音が妙に重苦しく響くほど、三人の胸は沈んでいた。
「……結論として、だ」
貴志が口を開く声は低く、重い。
「ミオの両親を助けに行くには……俺たちが元の宙域に戻らなきゃならない。
けど、この世界には──宇宙に出る手段がどこにもない」
「……うん」
ミオが小さく頷く。
その瞳には、必死に押し殺した不安が滲んでいた。
リオナは唇を噛み、貴志を見つめる。
「……貴志さん。もし、本当に戻る方法がなかったら……どうしますか?」
その問いは、リオナ自身が最も恐れていたことだ。
目を反らすように見ていた未来。
貴志はすぐには答えられなかった。
空母セラフィムから飛びったあの日、磁気嵐がきっかけで彼女と二人だけで未知宙域に飛ばされ、この星に落ち、戻れ無いと思った時に感じた恐怖。
リオナが操縦桿を握り締め、なんとか機体を立て直し、震えながらも必死に自分を守ろうとしてくれた姿。
思い出すだけで胸が締まる。
「……それでも帰る方法を探すさ。ミオの家族を助けるためにもな」
「……っ、貴志さん……!」
リオナの胸に、微かな安堵と同じだけの悲しみが混じる。
その感情の揺れに、貴志の胸もざわついた。
この世界に閉じ込められたままの可能性。
その影が、三人の心に静かに忍び寄っていた。
【冒険者ギルドでの“ざわめき”】
三人は状況を打開するため、冒険者ギルドへ向かった。
ギルド内部はいつも通りの喧騒……のはずだったが、その日だけは違った。
ざわめきは異様に大きく、人々がひそひそと怯えたように話し合っている。
「なんか、変だね……」
ミオが肩をすくめる。
貴志も、リオナも、妙な緊張を感じ取っていた。
ギルドの奥の掲示板周辺には人だかりができている。
「新しいダンジョンが見つかったんだとよ」
「しかもよ、魔物がいねぇんだってさ」
「それよりだ……拾った“変なモン”がだな──」
その言葉を聞いた瞬間、貴志はリオナと顔を見合わせた。
“変なモン”
嫌な予感が胸の奥で静かに膨らむ。
「すみません、ちょっと見せてもらえますか?」
近くの冒険者に声をかけると、彼は面白そうに頷き、袋から取り出した。
ひやり。
黒い光沢のある板。
リオナが息を呑んだ。
ミオが怖がって貴志の袖を握る。
「──これって……俺達の時代の携帯端末にそっくりだよな」
貴志の声は震えた。
背中に冷たい汗が流れる。
リオナは唇を押さえ、目を見開く。
「ありえない……どうして……? ここは……全く別世界なのに……」
彼女の叫びは震えていた。
その震えは恐怖と、何かが崩れ落ちる予兆のようで。
「ひ、ひろった人、何か言ってませんでしたか……?」
ミオが冒険者に尋ねると、男は肩をすくめた。
「あぁ。ダンジョンの奥で光ってたらしい。
他にも変な金属片や、見たことのねぇ工具とか……まるで“この世の物じゃない”みてぇだってよ」
貴志とリオナは同時に息を呑んだ。
この世の物ではない──
この世界には存在しないはずの技術。
だが、この携帯端末はどう見ても自分達の時代のものだ。
「……貴志さん、これ……誰がここに落としていったんでしょう」
「少なくとも、この世界の住人じゃないな」
リオナの手が震えている。
ミオの顔は青ざめ、小さな肩が強張っていた。
「き……貴志さん……ダンジョンは暗いし……こわいよ……」
「俺も怖いさ、ミオ。でも──」
貴志は震える手でスマホを握りしめ、画面に映る“微かな電力反応”を見つめる。
陽光を反射したかのような一瞬の輝き。
その点滅が、どうしても視線を引きつける。
「……もしかしたら、帰り道に繋がるヒントかもしれない」
「……っ…!」
リオナの瞳が大きく揺れた。
帰り道。
アス、フィフ、セラ、仲間たち。
あの宙域への道。
「だから……行ってみよう。怖いけど……この手掛かりは逃せない」
ミオは唇をかみしめて、涙目で小さく頷く。
「……うん。お父さんお母さんを助けたいもん……こわいけど……がんばる……!」
リオナも、震える声を必死に押し出した。
「貴志さんが……一緒なら……私、行けます。
もう……怖い思いはしたくないけど……でも……逃げたくない……」
言い終えると彼女は貴志の腕にしがみつき、小さく震えた。
貴志は二人をそっと抱き寄せ、決意を固めた。
その時だった。
【ダンジョンから出て来た影】
──ギルドの天井が揺れた。
どんっ……!!
爆音のような衝撃が建物全体を震わせ、砂埃が舞い上がる。
「きゃっ!」
リオナが悲鳴をあげ、ミオが貴志の背に隠れる。
続いて、どこか金属が擦れるような不吉な音。
この世界の魔物では出ない音。
冒険者たちがざわめき、誰かが叫ぶ。
「おい……なんだ今のは……!」
「ダンジョンのほうで……何かが爆発したぞ……!」
貴志の鼓動が早まる。
額を冷たい汗が伝う。
「リオナ、ミオ……離れるな」
二人がぎゅっと貴志の両腕を掴む。
その瞬間──
ギルドの奥で、黒い影がゆっくりと姿を見せた。
人の形をしている。
しかし歩き方はぎこちなく、関節がわずかに“金属的”に軋んだ。
「な……あれ……人、なの……?」
ミオが震え声で呟いた。
リオナは、青ざめた顔で息を呑む。
「……違う……貴志さん……あれ………多分、アンドロイドだと思います……」
貴志は背筋が凍りついた。
──アンドロイド?
どうしてこんな世界に?
スマホ。
金属片。
未知のダンジョン。
そして今、この世界にはいないはずのアンドロイドとの遭遇。
もはや偶然ではない。
“何か”が起きている。
そしてそれはきっと──
自分たちの元いた宇宙と、この世界を繋ぐ何かだ。
「……行くぞ。あのダンジョンには、俺たちが知らなきゃならない“真実”がある」
そう告げた貴志の声は、恐怖を押し殺しながらも揺るがなかった。
リオナは貴志の手を握り返し、ミオも震えながら二人に続いた。
三人の冒険は、いよいよ未知の深淵へと足を踏み入れる。




