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模型から始まる転移  作者: 昆布


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第249話:新たな転移者との邂逅

【深夜の邂逅】

 ──パチン。


 魔導灯ランプに火を灯した瞬間、それまで闇に溶けていた“影”が、まるで退路を失った小動物のように震えた。

 薄い腕、細い脚。頭部らしい丸み。

 そして、手に持つ四角い光源──携帯端末の淡い白光だけが、暗闇の中で孤独に浮かんでいる。


「……子供、だな」


 貴志は、喉の奥で言葉を転がしながら告げた。

 しかし、それが恐怖を抱いた自分自身に言い聞かせるための言葉だったことを、リオナは敏感に察していた。


「……ちょっと待って……貴志さん、動かないで」


 リオナは息を呑み、一歩前へ。

 その眉の緊張の角度は、戦闘機の操縦桿を握る時よりもずっと鋭かった。


 子供は、怯え、震えていた。

 肩が小刻みに揺れ、張りつめた糸のような呼吸が、暗がりにかすかに響く。


「こ、怖がらせてるかも……」

「むしろ俺が怖い……いや、怖くないけど……少しだけな……」


「言ってること矛盾してるよ。ほら、優しく……ね?」


 リオナに肩を押され、貴志は一歩、影──いや子供へ近づく。

 しかし、その子供は後ずさりしながら震える声を漏らした。


「──に、逃げて……。

 来る……来る、から……!」


 貴志とリオナは思わず目を合わせる。


 来る?

 誰が、何が?


 白翼亭は古い宿だが、幽霊騒ぎがあるような場所ではない…はずだった。

 しかし、異世界の宿、異宙域から転送された二人。

 すべての常識はすでに通じない。


「大丈夫だ。俺たちは敵じゃない」

 貴志はゆっくり膝をつき、目線を子供と合わせる。


 貴志は喉の奥でつぶやきながら、子供をもう一度見つめた。

 怯えた顔。涙に濡れた頬。

 服は見慣れぬ宇宙服の簡易版で、胸元には小さな刺繍がある。


 ──《AER-Liner 08便》


 明らかに、この世界〈エル=サリエ〉のものではない。


 黒髪は乱れ、服は薄い宇宙服。

 目は涙で濡れながらも必死に光を探している。


「……名前は?」

 貴志が静かに問いかける。


「……ミ……ミオ……」


 細い声だった。

 リオナは胸が締めつけられ、咄嗟にミオの肩に上着を掛けてやる。


「寒かったよね……ごめんね、怖かったよね」

「……う、うん……」


 ミオが頷くたび、小さな肩が震える。

 リオナはそっと抱き寄せたい衝動を必死に抑えた。

 ──いま不用意に触れたら、ミオはきっともっと怯える。

 そう思ったからだ。


 貴志はミオの手元にある“白い光点”──携帯端末に目を向ける。


「それ……さっき光ってたやつか」

「……うん。これ、ぼくの……通信端末……」


 ミオは両手で端末を抱え、震えながらタッチした。


 ──ピッ。


 画面が明るみを増し、映像が走る。


 ノイズ混じりの映像。

 悲鳴。

 警報。

 揺れる船内。


「これ……旅客船の中か」

「うん……パパとママと一緒に乗ってて……

 でも……“来た”んだ……海賊……っ」


 ミオの声が震え、涙が再び溢れる。

 リオナがそっと手を添える。


「無理に話さなくていいのよ」

「……でも……話す……。

 話したら……パパとママ、見つかる……?」


 その目は泣き腫れていて、それでも希望を求めていた。


「絶対に、探す。お前を一人にはしない」

 貴志はそう断言した。


 その言葉に、リオナは“ああ、この男は…”と胸の奥が熱くなるのを感じた。

 ──いつだって、人を見捨てない。

 自分がどんな状況でも。


【ミオが語る“裂けた瞬間”】

「……海賊が来て……

 ぼく、泣いちゃって……

 そしたら……船の壁が“開いて”……

 光があって……吸い込まれて……」


 ミオの言葉に、貴志とリオナの背筋がぞくりと冷えた。


「“開いた”?」

「それ……空間断裂……じゃないよね、貴志さん」

「分からない。でも……似てる。

 俺たちが転送された現象に」


 リオナの胸がどんどん冷えていく。

 ──ということは、ミオも何か“同じ現象”に巻き込まれた?


 その時、ミオが端末を差し出した。


「……見て……。

 これ……ぼくが逃げてる時の……」


 貴志は端末を受け取り、再生する。


 画面が揺れ、子供の目線の高さで走る映像。

 壁が赤い警告灯に染まり、海賊の叫び声が聞こえる。

 そして──画面の端に“黒い影”。


「これ……」

 リオナが息を呑む。

 長い腕。

 細い足。

 フラフラ揺れながら迫ってくる影。


 ミオがリオナの腕にしがみつく。


「こ、これ……追いかけてきたの……!!」


「落ち着け……」

 貴志は背中にミオの震えを感じつつ、影の動きを注視する。


「……ただの人影……じゃないな」

「うん……。だって……腕が……普通じゃない……」


 ミオの声は震えていた。


【映っていた“懐かしすぎる光景”】

 そして映像が切り替わった。


「……あれ?」

 ミオは自分でも気づいていないようだった。


 貴志とリオナは、画面を見た瞬間、息を呑んだ。


 ──ナーヤの街並み。

 ──キャスが、ステラが、レミアが船の前で笑っている。


「……っ……!?」

 貴志は端末を落としそうになるほど衝撃を受けた。


 これは──


 自分たちがいた“元の宙域”だ。


「キャス……!?

 ステラ……レミアまで……なんで……!」


 リオナは唇を押さえながら呟く。


「これ……ミオの旅客船が記録した映像よね?

 でも、どうしてキャス達が……」


 ミオが答える。


「ぼく……惑星ナーヤに住んでたから……

 たまたま撮ってたの……」


「ナーヤに……住んで?」


 貴志の心臓は荒れた鼓動を打つ。


「キャスのこと知ってるか?」

「うん……。

 惑星ナーヤで一番えらい人……って、みんな言ってた」


「…………え?」


 貴志とリオナが固まる。


──一番偉い?


「ちょ、ちょっと待って!

 キャスが“偉い”?

 キャスが?

 あのドジっ娘の?」

 リオナが混乱しながら貴志を見る。


「……絶対違う……絶対に違う……!」

 貴志の思考がぐるぐると乱れる。


 だがミオは真剣だ。


「ほんとだよ……。

 みんな“キャス様”って呼んでた……。

 でも……ぼくはよく分からなくて……

 いつもお姉ちゃんみたいで、やさしい人だと思ってた」


 貴志は胃の奥がズキリと痛んだ。


 キャスが偉い?

 キャスが“様”付け?


 信じられるはずがなかった。

 だが──映像の中のキャスは、明らかに“自信を持った顔”で笑っている。


「……ありえねぇ……」

「でも映像には……本物のキャスがいる……」


 リオナはそっと貴志の手を握った。

 その手は震えていた。


「貴志さん……これ……ただの偶然じゃないよね……?」


 貴志はゆっくりと、ミオに目を向ける。


「ミオ……いつ、どこで、この映像を撮った?」

「……えっと……

 出発する一週間前……

 惑星ナーヤの北港で……」


 貴志とリオナの鼓動が止まる。


──北港。

──出発一週間前。


 それは、

「自分たちが“消える直前の世界の時間”」

と一致する。


 貴志は息を飲んだ。


「ミオ……

 お前……“俺たちがいた宙域”から来たんだ」


 ミオは涙を拭いながら頷いた。


「うん……。

 ぼくの、うち……惑星ナーヤ……。

 その……パパが……言ってたの……

 “ナーヤは今、すごく平和なんだ!”って……

 “キャス様が、守ってくれてる”って……」


 貴志の脳裏に、キャスの泣き顔、笑顔、慌てた姿が交互に浮かぶ。


 あのキャスが──

 ナーヤ守護者?


 ありえない。

 だが映像は嘘をつかない。

 ミオの話も嘘ではない。


 そして──


 ミオの端末に映る“影”が、再び画面にノイズを走らせた。


 ──キィィィ……


「ひっ……!!」

「落ち着け、ミオ!」

「キシ……! 影、動いた……!」


 ミオの指が震える。


「これ……ぼくを追いかけた影……

 まだ……船の中にいる……

 パパとママのところに……いる……かも……!」


 貴志とリオナの背筋を、冷たい恐怖が這い上がる。


 ミオは両手で端末を抱きしめ、涙をこぼしながら叫んだ。


「パパとママを助けて……!!

 あれが来る前に……助けて……!!」


 その叫びは、白翼亭の静かな夜に鋭く響いた。


 貴志は拳を強く握りしめた。

 リオナは息を震わせながら貴志の横顔を見る。


 そして──


「ミオ。必ず助ける。俺とリオナが」


 そう言い切った時、

白翼亭の外で“風でもないのに”窓がガタリと揺れた。


 まるで、

“影”がこの世界にも入ってきたかのように……。

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