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番外編6 奴隷ヒロインについて

 では、いきなりだが質問だ。

 『テンプレ』異世界ファンタジーにおけるヒロインと言えばどんなキャラ?

 偶然出会った旅の魔法使い?

 王国のお姫様?

 森で暮らす人間嫌いのエルフ?

 いやいや……おそらく最も登場率が高いのは『奴隷』だろう。

 特に明確な目的を持たず、気ままな旅をする『テンプレ』主人公の相棒と言えば、ほぼ満場一致レベルで奴隷が出てくるんじゃないだろうか。

 悪質な奴隷商人から救出するなり、正攻法でお金を稼いで買うなり、出会い方は様々だが……大体がかわいい女の子で、更に言えば、奴隷の中でもひどい扱いを受けているようなキャラが大半だろう。

 それでは今回のテーマ、いってみよう。


 ――なんでヒロインが奴隷じゃなきゃダメなの?


 できれば今回の考察は、その16と19の話を読み返してもらった後に見てもらうことをオススメする。

 結構繋がりが多いのだ。





 さて、奴隷をヒロインにする場合だが、「書きやすさ」の観点では色々なメリットが見受けられる。

 まず、ヒロインが主人公に惚れる理由が作りやすい――いや、言い方を変えようか。

 「心理的に違和感なくチョロインを作り出せる」と言った方がこの考察向きだろう。

 奴隷ヒロインが主人公に好意を抱くきっかけ、これは9割方同じ展開だ。


 これまで牢屋の中でひどい生活を送っていたところから解放され、美味しい食事やきれいな服を買ってくれた。

 奴隷に対する差別意識が強い世の中なのに、主人公だけは自分をひとりの人間として扱ってくれた。

 こんなに優しい人を好きにならないわけがない!

 自分のような奴隷を大切にしてくれるこの人に恩返しがしたい!


 こんなところだろうか。

 この展開、その19で取り上げた『忠誠』『隷属』型の心理に簡単に持っていけるので、主人公にベタ惚れのヒロインを作るストーリーラインとしては1.2を争うほどに優秀な手法と言える(あくまで手軽さが、だが)。

 ここでポイントとなるのが、奴隷は他の人に比べて『幸福』の水準がものすごく低いということ。

 毎朝当たり前のように食べているパンに対して「こんなに美味しい食べ物をいただけるなんて……私は幸せ者です!」と反応してくるのがそうだ。

 つまり主人公からすれば、当たり前に手に入る物や当たり前に暮らしている環境(宿屋のベッドなど)で幸福を感じてくれるわけだから、好感度稼ぎがとにかく楽なのだ。

 極論を言えば、何をやっても本心から(、、、、)喜んでくれる。

 例えるならば……好きな子に対して必死にデートプランを考えなくとも、行き当たりばったりで適当にフラフラしているだけでも常に大喜びしてくれるようなものだ。

 これぞ、まさにチョロイン。

 その上、心理的にも矛盾が少ないからなかなかツッコミを入れられない、本考察最大の強敵である。

 特にストーリーラインに気を付けなくてもコロリと主人公に好意を表してくれるし、序盤の時点でラブラブイチャイチャもできるわけだから、こういった話を早く書きたい作者にとってはまさに救世主だろう。

 

 そして、あえて苦言を呈するが男とはバカな生き物なのだ。

 女の子の本心が何であれ、自分の行動によって相手を喜ばせることができれば「やった、俺のおかげでこの子が笑ってくれてる!」といったように強い満足感を得るのが男なのである(例外は……ないんじゃないのかなぁ)。

 あえてキツめの表現をするが、これは女性より男性に多い意識である『征服欲』というものだ。「守ってあげたい」願望でもある、いわゆる庇護欲(ひごよく)も根本は同じとされている。

 先の「やった、俺のおかげでこの子が笑ってくれてる!」という台詞も、掘り下げれば「この子、俺の思い通りになってくれるな。気分いいぜ~」という心理にもなり得るわけだ。

 ちなみに、女性はその逆の心理が反映されたりする。一応は『依存心』が該当する。

 ハーレム回で挙げた『シンデレラ・コンプレックス』などがそれで、「私を迎えに来て、ここから連れ出して~」というように、王子様に支配されたい(、、、、、、)意識が見え隠れしている(あくまで傾向で、誰しもそうというわけではない)。

 女性主導の物語において、いわゆる『逆ハーレム』ものがあまり多くない理由は、こういった男女の心理差による影響もあるのかと思う。

 最近流行りの壁ドンなんかは、男女それぞれの『征服欲』『依存心』を刺激した結果なのかもしれない。


 少し話が脱線したが、つまりはヒロインを奴隷にすると、主人公ないし作者や読者――作品に目を通す男性の『征服欲』を手っ取り早く満たせるということだ。

 純粋無垢で、主人公の言うことを何でも聞いてくれる理想のヒロインを自分の手で思い通りに育てていくという展開は、シチュエーションこそ違うが“源氏物語”を彷彿とさせる(相手は紫の君だったかと思う)。

 こう考えれば、チョロインとは長い歴史の流れの中で作られてきた、ある意味正統派ヒロインと言えなくもないのだろうか……と思ったが心理的な考察をほとんど殺してくる存在なのでやっぱり敵だ!!

 これからも本考察はチョロインと戦い続けるぞ!!





 では続いて、奴隷が登場するストーリーラインについて考えてみよう。

 特に目的もなく街に着いた主人公と奴隷ヒロインの出会いは、とにかく早い(、、、、、、)

 作品にもよるところだが、多くの『テンプレ』主人公は決まった根城を持たないその日暮らしの旅人だ。物語の序盤では、自分ひとりの食いぶちを稼ぐにも精いっぱいだろう。

 しかし、そんないかにも蓄えを持っていなさそうな主人公が、街に来て最初にすることは、


「よーし、それじゃあ奴隷を買いに市場に行こう! もちろん、ムサい男は嫌だからかわいい女の子ね!!」


 これだ。

 冒険者ギルドに通って安定した収入、あるいは十分な蓄えを得ようとするのではなく、まず奴隷だ(、、、、、)

 同じ日本人男子としては、煽り抜きで心底尊敬する。

 安定した衣食住よりも奴隷の女の子を優先するその根性(というより下心か)は、現代の草食系男子はちょっと見習った方がいいかもしれない。

 ……と、冗談はここまでにしてだ。

 現代日本に置き換えるなら、貯金もなく、生活水準がまるで安定していない日雇いのフリーターが、家出した女の子を拾って「一生俺が面倒見てやるからな」とアパートに住まわせるようなものだ。その上、アルバイトの内容は総じて身体を張った危険なお仕事ときたものだ。

 後先考えていないレベルの問題ではないんじゃなかろうか。

 と言ってもこれが、今にも殺されそうになっていた奴隷を助けてなし崩しに共同生活……といった、状況的に主人公が動かなければならない展開だったり、あるいは、


「あの奴隷の子に惚れちまったよ。これはもう、何が何でも俺が身請けしないといけないぞ!!」


 といった意識で、使命感なり一目惚れなり、感情的な行動によるものであればストーリー上は問題ないかと思う。

 つまり、主人公にその奴隷を身請けしなければならない(、、、、、、、、、)理由があるのであれば、どれほど生活水準が低かろうが将来性がなかろうが別にいいのだ。

 そこから先の生活苦も、後先考えず突っ走った結果としてひとつのストーリーになってくれることだろう。




 

 が、主人公が奴隷を無理して身請けする必要性がないのであれば?

 要するに、ただ欲しいから奴隷を買いました、という展開の場合だ。

 かわいい女の子と一夜を共にしたいなら、それこそ娼館があるんだからそっちに行けばいい。奴隷を買うよりもずっと格安で、かつ衣食住の世話なんてしなくていいのだから、そちらの方が極めて合理的だ。

 単純に戦うための(言い方はかなり悪いが)使い捨ての人員だとか、労働力として必要とした場合は、かよわい女の子など選択肢から真っ先に除外される(、、、、、、、、、)

 異世界の常識が「小さな女の子の方が強い」なのであればもう何も言わないが、戦闘人員を求めるならば、当然ながら戦闘経験のある屈強な戦士を選ぶだろう。習得したスキルに応じて選ぶこともあるだろうが、旅に連れ回す前提を考えれば、いかにも体力が無さそうな少女は不適切になる。

 つまり作中でどんな理由を述べたところで、99%方の『テンプレ』主人公は、愛玩用としての意図で奴隷を買っていることになる。戦闘技能などは副産物レベルだろう。


 異世界ファンタジーでよく見る奴隷市場として、愛玩用としての奴隷のニーズがあるのは確か。そこを否定したりストーリー上の問題とするつもりはない。

 もう一度前提をまとめるが、今問うているのは「現代日本人が」「町に来ていきなり」「特に必要性はないが」「愛玩用として」「女の子の奴隷を買う」といった展開だ。

 もうこの時点でロクでもない結論が見えてしまったが、この行動に至るまでの主人公の心の動きを掘り下げてみた。



1. 街に到着、さてまずは冒険者ギルドかな? ……あ、ここって奴隷市場があるんだ、まさに異世界って感じ!!

2. 奴隷……ほしいなぁ。本来なら強い男の戦士がいいんだろうけど、ここは男のロマンとして断固かわいい女の子だ!!

3. とりあえず市場に行ってみよう。あれ? あの端っこにいるぼろぼろの女の子が気になるな。

4. 市場の人が言うには、あの子は病気を持ってて今にも死にそうだからオススメしないみたい。でも、よく見たらかわいいしあの子にしよう! 病気はチートの魔法で治せるしね。

5. 厄介払いということもあって、すごく安く譲ってくれた。さぁ宿に行って、病気を治して元気になってもらおう!!

6. そこから先は……特に考えてないけど(、、、、、、、、、)、きっと大丈夫。こんなにかわいい子と一緒なら、きっと楽しい異世界ライフになるだろうな!!



 さて、いきなり奴隷を買う道を選ばせた『テンプレ』作者の皆さま。……お願いだからどうか、このような心理の流れになったことを否定してほしい(、、、、、、、)

 皆さんにそう仰っていただけるなら、この考察なんて必要ないぜと無事にお蔵入りにできるのだ。もうこの先の話を聞いても仕方がないからブラウザバックしてもらっても構わない。

「あーその通りだわ、こういう流れで奴隷買わせたわ」なんてご感想が出た作者さんは……続きをどうぞ。





 かなり強めの表現を使うが、つまりこの主人公は「かわいい女の子が欲しい」というかるーい理由で、無鉄砲無計画無予算の状態で人の命を背負った(、、、、、、、、)ということだ。

 異世界では奴隷の命は金で買える。

 家畜同然の存在なんだから、異世界の人々はお金さえあれば誰も気軽に奴隷を買うことができる。

 こういった常識が異世界に根付いているのだとしても、それは異世界の常識であって主人公の常識ではない。

 これもまた『倫理観』を問う話だ。


 この世界では人間が奴隷として、まるで家畜や道具のように扱われています。

 主人公「まぁ異世界ってそういうものだからね、仕方ない仕方ない」


 そして異世界の常識にあっさり染まって、人間を愛玩動物(ペット)感覚で購入する、と。

 これで主人公のプロフィールは普通の高校生(、、、、、、)だ。

 順応力が高いとかそういう問題じゃないんだぞ!!


 戦闘人員や労働力としての扱いであれば、然るべき報酬を与えさえすれば、主人と奴隷というよりは一種の雇用関係として捉えることができるので、(読み手の感性にもよるが)まだ問題にはなりづらい。お金を稼ぐために働く、ビジネスライクという至極当たり前の関係性になるわけだ。仮にそこから恋愛関係になって永久就職しようとも、それはそれでひとつの物語になる。

 この場合の奴隷市場とは、職を持てずに生活ができない人のために作られた、職業あっせん所のような解釈になるのだろうか。

 

 だが……『テンプレ』の奴隷ヒロインは、まずこれには該当していないだろう。

 お金を払えば生殺与奪のすべてを握ることができる、まさしく人身売買のそれのはずだ。

 かわいいから(または、かわいそうだから)という理由で購入して、自分の家に連れ帰って衣食住の世話をしてあげて好きになってもらい、そしてイチャイチャしてかわいがる。

 なんだろう……この文面だけ見れば、まるで犬猫を拾ってきた子供の行動に見えてしまう。





 ここまで書いておいて何なのだが、別に愛玩用として奴隷の女の子を買って、という展開自体を悪といいたいわけではない。

 女性読者を敵に回しそうな流れになってきたが……悪徳貴族に買われそうになっていた奴隷の子に一目惚れしたから力づくで奪い去り、「お前は俺のものだから黙ってついてこい」とはっきりと言い切るようなストーリーラインなどもあるわけで、個人的には好きな方だ。

 ただ……ここであえて問題視したいのは『奴隷ハーレム』だろうか。


 女の子にモテたい→かわいい奴隷が買える異世界にやってきた!→チートで簡単にお金を稼げるし、それでたくさん女の子を買ってウハウハだー!


 相当雑に書いてしまったが、こういったお話。

 大なり小なり男のロマンも含まれているわけだし、好きな人には大変申し訳ないのだが……私の意見としては「それでいいのか主人公」である。

 冒頭で述べたような奴隷ヒロインとは、とにかく誰でも落とせる(、、、、、、、)お手軽なチョロインとして君臨している。

 ヒロイン側に問題があるわけではない。

 問題があるのは主人公の方だ。


 一言で述べるのであれば……あなたは、奴隷からしか(、、、、、、)好きになってもらえないの?


 誰もお金さえ出せば自分のものにでき、自分にとって当たり前なレベルの環境でも幸福を感じてもらえて、ほとんど労力や心理的な葛藤を必要とせず好きになってもらえる。

 『奴隷ハーレム』というのは、つまるところこの繰り返しだけで事が運ぶ。

 主人公側の認識として「え、こんな程度のことで俺を好きになってくれるの?」といったように、恋愛的な超イージーモードになってしまうわけだ。

 これの何が問題って、主人公が何の魅力も持っていないとしてもハーレムが作れてしまう(、、、、、、)のが問題なのだ。

 あえて作品名は挙げないが、私が好きなハーレムものでは、命懸けでヒロインを助け出したり、協力して窮地を切り抜けたり、必死に大金を集めて身請けしたりと、主人公が様々な場面で様々な『個人特性』をヒロインに見せつけてきた結果としてハーレムが作られていた。

 主人公自身が意図したものかどうかはさておき、ハーレムを作れるだけの行動を示してきたということだ。

 しかして『奴隷ハーレム』では、主人公にそういった『個人特性』を要求する必要がない。

 単純な流れとして、


1. どこかの街に腰を落ち着ける

2. ギルドの仕事でお金を稼ぐ

3. 奴隷市場に言って奴隷を購入

4. 優しくして惚れられる

5. かわいがる

以下、2~5の繰り返し


 こういう形でハーレムを作ろうと思えば作れてしまう。

 キャバクラに通い詰める安月給のサラリーマンみたいに見えてしまったのは私だけだろうか。

 あまり『個人特性』を入れられない共感性特化の日本人男性が異世界でハーレムを作りたいなら、もはやチョロインか奴隷でしか作れないのか……なんてことを考えてしまった。

 ノクターン行きになるかもとビクつきながら述べると、こういったストーリーラインは、いわゆる18禁なえっちぃゲームで割と見られる流れでもあるのだ。

 普通(?)の日本人男性が、チート的な特殊な力を使って女の子をより取り見取り――なんて話である。

 ああいったお話は、キャラクター性だとかストーリーだとかを求めているわけではなく、オブラートに包むと男性読者のストレス解消、冒頭で述べた『征服欲』をてっとり早く満たすためのものだ。

 流石に王道ファンタジー活劇として描くような内容ではないだろう。

 むしろそういう(、、、、)話を書きたい場合であれば『奴隷ハーレム』は正解なのだろうが……なら最初から割り切ってノクターンで通した方が、読者ニーズとも合致して人気が出そうな気もするぞ。





 色々と散らかった考察になってしまったが、結論として述べると、奴隷は書きやすくて作りやすいヒロインということだ。

 しかし、主人公の魅力を引き出すことなく簡単に惚れてしまうというのは、おそらくは欠点になってしまうのだろう。

 恋愛というのは、物語において主人公とヒロインの『個人特性』をこれでもかと引き上げてくれる大事な要素だ。そこで主人公がまともに『個人特性』を提示できないまま惚れてしまうわけだから、チョロインという評価を下されてしまい互いの魅力を減殺してしまう結果となっている。

 主人公とて、お金で買ってちょっと優しくだけで惚れられるヒロイン達を侍らせて「こんなに女の子が寄ってくるなんて、モテる男は辛いぜ」と言ったところで空しいだけだろう。

 奴隷がヒロインでも、迫害されているのを助けて好きになってもらっても別にいいと思う。

 しかし、どうせ同じ好きになってもらうのならば、主人公のカッコよくて素敵なところを見てもらってからでも、きっと遅くはないだろう。

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