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プロローグ!?

 俺の部屋は、ひとことで言えば終わっていた。


 床には丸めたティッシュとコンビニ袋が点々と転がり、椅子の背もたれには脱ぎっぱなしのパーカーが半分だけ引っかかっている。勉強机の上では、教科書よりも漫画とカードゲームのストレージが堂々と領土を広げていて、その中心に置かれたスマホだけが、やけに真面目な顔でアニメを流し続けていた。


 画面に映っているのは、『学園ラブコメに青春はいらない!!』という、タイトルの時点で全力で青春を意識しているラブコメアニメである。


『その全部をひっくるめて、俺は君が好きなんだ』


『う、うん。私も……そんなあなたが好きです』


 夕焼けの教室。窓際の席。カーテンの揺れる音。誰もいない放課後に、主人公とヒロインだけが向かい合っている。


 ずるい。


 これはずるい。


 こっちは薄暗い部屋で、毛玉のついたスウェットを着て、炭酸の抜けたジュースを飲みながら見ているというのに、画面の向こうだけ世界の彩度が高すぎる。青春という概念が、俺の部屋の空気清浄機では処理できない濃度で流れ込んでくる。


「……」


 俺はスマホを握る手に力を込めた。


 そして二期最終回のエンディングが流れ始めた瞬間、胸の奥で限界まで膨らんでいた感情が一気に破裂した。


「ぐああああああああっ! なんだこのアニメはぁぁ!? 良すぎる! 良すぎるけど……胸きゅん要素が強すぎて心臓が持たねぇ!!」


 ベッドの上でのたうち回った拍子に、足元にあった漫画の山が崩れた。数冊が床に落ち、表紙のヒロインたちがこちらを責めるように見上げてくる。


 悪いのは俺じゃない。悪いのは供給過多な青春である。


 俺の名前は高原清太(たかはら・せいた)


 明後日、晴れて高校生になる男だ。


 ついでに言うなら、中学二年の途中から三年の後半まで、ほとんど学校に行けなかった男でもある。


 世間的に見れば、引きこもりという言葉が一番わかりやすいのだろう。けれど、俺の中ではその四文字だけで片づけられるほど単純な時間ではなかった。


 制服に袖を通すだけで胃が重くなった朝。玄関まで行っても靴を履けず、自分の部屋に戻った日。階段の下で母親の足音が止まるたび、心臓が嫌な跳ね方をしたこと。どれも過ぎたことのはずなのに、ふとした瞬間、まだ体のどこかに残っている。


 それでも日が経つにつれて、人間は慣れてしまう。


 昼間の住宅街は思ったより静かで、カーテンを閉めていれば外の時間から切り離された気分になれた。サブスクのアニメ一覧をスクロールし、ラブコメを見て、ダークファンタジーを見て、カードゲームの動画を眺める。現実の学校生活がうまくいかないなら、せめて画面の中の青春くらいは見ていたかった。


「あー、終わっちゃった。次はなんのアニメ見ようかな」


 独り言は、誰にも届かないから安心できる。


 スマホの画面を親指で滑らせる。候補に並ぶのは、だいたいラブコメかダークファンタジーだった。胸を締めつけられるような甘酸っぱさか、現実よりもよほどわかりやすく世界が壊れていく物語。そのどちらかを選んでいるあたり、俺の精神状態はわりと単純なのかもしれない。


 明後日から高校生活が始まる。


 普通の人間なら、新しい制服、新しい教室、新しいクラスメイトに不安と期待を抱くのだろう。部活は何に入ろうかとか、隣の席のやつが話しやすいといいなとか、もしかしたら運命の出会いがあるかもしれないとか。


 俺の場合、その中で一番大きいのは不安だった。


 中学でついた泥は、制服を替えたくらいで落ちるものではない。時間が経てば忘れられる、なんて綺麗事を信じられるほど、俺は楽観的な人間ではなくなっていた。


「清太! そろそろご飯よ!」


 階下から母親の声がした。


 俺はスマホを伏せ、崩れた漫画を軽く足で寄せてから立ち上がった。ドアノブに手をかけたところで、画面の中の主人公の台詞がまだ耳に残っていることに気づく。


 その全部をひっくるめて好きだなんて、現実で言える人間がいたら、たぶんそいつは相当強い。


 少なくとも俺には無理だ。


 俺は自分の全部を、まだ自分で受け入れられていない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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