体育祭・昼(後編)
「……うん」
悩みも迷いも、消えはしない。夏穂と樹の言葉があっても、まだ。陽葵は引け目を感じている。それでも。
「アルトはどんどん強くなって、格好良くなって……私はなんだか、置いていかれちゃったような気がしてたの。でも、違ったんだね。どんなに遠くに行っていても、アルトは変わらないでいてくれた。……同じだけの感情が返せるかは分からない。でも、アルトが良いって言ってくれるなら。……許してくれるなら、これからも一緒にいたい」
大切な幼馴染の思いと、彼女自身の気持ち。同じものではないとしても、きっと通じ合えると信じて。彼女はそう言って、ぎこちなく笑った。そして自分の荷物から弁当を取り出して、夏穂と一緒に並んで歩く。暗い教室から、校庭の片隅へ。木々に隠れたその場所には、既に先客が居座っていた。
「ああ、来たか」
玲央が笑う。樹の姿はない。
「……なんでアンタが? アイツはどうしたのよ」
「奴なら信奉者に囲まれている。あれでは昼休みが終わるまで、自分の時間など取れぬだろう。まあ、俺の知ったことではないが」
彼は楽しそうにしながら言った。夏穂は彼を警戒しながら、離れた場所に腰を下ろす。
「……だってさ、陽葵。先にお弁当、食べておこうよ」
「……でも。いいのかな」
陽葵は戸惑い顔で、彼女の隣に座る。彼女はシレッとした様子で、弁当箱の包みを開けながら返した。
「いいんじゃない? アイツのことだから……」
「ごめん。少し遅れちゃったね」
「……ほら、もう来た。心配するだけ無駄よ、この男は」
彼女の言葉が終わる前に、息を切らした樹が校舎の裏から出てくる。その姿を見て、夏穂は半目になって付け加えた。陽葵は呆気に取られて、玲央は渋い表情を浮かべる。
「……思ったよりも早いな。あの女も、存外役に立たぬものだ」
その言葉に、樹は鋭い眼差しを向けた。
「……やっぱり。王女に手を貸していたのは、君だったんだね」
「勘違いするな。俺は助言も助力もしていない。あの女は、自身の力で貴様を見つけたに過ぎん。他人の力を借りるなど、弱者のすることだ。俺の趣味ではない」
玲央は彼の目を真っ直ぐに見返して、地を這うような声で告げた。樹はそんな彼を不審げに見つめたが、数分後に目線を外して、深いため息をつく
「……まあ、今はいいか。早くご飯を食べないと、昼休みが終わっちゃうし」
そこでようやく、止まっていた陽葵の時間も動き出す。彼女は自分の弁当箱を開けて、無言で食べ始めた。樹は迷いなく、彼女の隣に移動する。そして彼は、大切な少女に優しい眼差しを向けながら購買の袋を開けた。




