体育祭・夕(前編)
そんな、穏やかな昼食の風景。それを木々の裏から見て、姫依は唇を噛んだ。
(……ああ、やはり。貴方はここに居たのですね)
ゆっくりと、足を踏み出す。姿を現した彼女を見て、夏穂は陽葵を庇うように腕を伸ばした。陽葵は息を詰めて、玲央は面白そうに笑う。そして樹は無表情になった。
「楽しそうですね。私も、混ぜていただけますか?」
姫依は彼らの視線を受け止めて、穏やかに微笑む。その言葉に。陽葵が何かを言う前に、夏穂と樹が同時に返した。
「ダメ」
「悪いけど、どこか別の場所に行ってくれるかな? ……君がどうしてもここがいいと言うのなら、僕らの方が移動するけど」
「まあ」
姫依は口元に手を当てて、陽葵の方を見る。
「随分と、嫌われてしまったものですね。……ねえ、佐藤陽葵さん?」
「……っ、なんですか?」
声をかけられた瞬間に、陽葵は飛び上がりそうになった。そんな彼女を見て、姫依は笑みを深める。
「貴女はもう、ダンスのお相手は決められた? プログラムの最後に、書いてあったでしょう。希望制のはずだけど……」
「僕は陽葵の名前を書いて出したよ」
樹がキッパリとした口調で話に割り込む。彼は彼女を見据えて告げた。
「希望が一致すれば、そちらが優先される。でしょ?」
「ええ、勿論」
姫依はその鋭い視線にも怯まずに続ける。
「でも、佐藤さんが樹様を指名しなければ、私たちの条件は同じになりますわ。そうしたら、後は先生の判断に任せることになる。……ねえ、佐藤さん。貴女には、私の言いたいことが分かるでしょう?」
陽葵が無言で頷く。その硬い表情を見て、彼女は満足そうにした。
「それならいいわ。……私を失望させないでね?」
そんな言葉を残して、彼女は身を翻して去っていく。その姿が完全に見えなくなった後に、夏穂は苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「陽葵。あんな女に、気を遣うことなんてないよ」
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。樹は食べ終わった後のゴミを纏めて立ち上がった。
「……そうだね。結局は君の意志次第だけど」
彼は陽葵の目を真正面から見つめて、確かな自信に裏打ちされた笑顔で言った。
「もし君が僕を選んでくれるのなら、僕は絶対に、誰にも文句を言わせないようにする。約束するよ」
その目に。陽葵は一瞬、引き込まれる。夏穂はそれを見て不機嫌そうに顔を背けたが、玲央はニヤリと笑って話に入ってきた。
「貴様らの事情はどうでもいいが、そこの娘が誰を選ぶのかは興味がある。……そうだな。俺も丁度、希望を出すのを忘れていたし……その娘の名を書くとしよう」




