悪巧み
玲央は特に人間に興味は持たなかった。王女を拐った事にも意味はなく、その実力を知らしめるのに丁度よいと思ったからだ。人となった今でも、その感覚は変わっていない。故に姫依からの提案を受けても、彼は感情のない瞳でその言葉を繰り返しただけだった。
「俺に協力しろというのか。貴様があの男を手に入れるために」
「はい。悪い話ではないでしょう? あなたもあの人には、思うところがあるはずです。力ずくで彼の女を奪えば、少しは気が晴れるのではありませんか?」
放課後の教室で、姫依は彼と向かい合っている。彼女は彼の顔を知らない。魔王と王女だった頃に、玲央は何度か水晶玉の向こうにいる彼女を見たことがあるが、それは一方的な観察に過ぎなかった。にも関わらず、ここまで言い切ることができるのは、何かを察しているからか……。
(まあ、どうでもいいことか)
玲央は貼り付けたような笑みを浮かべて、彼女に相対する。その提案は興味深いものだったが、今の彼には響かない。
「1つ、良いことを教えてやろう。俺は力であの女を手に入れる気はない。力なら簡単に屈服させられることは分かっている。……だが、それでは面白くないだろう? あの女が本心から俺を求めるようにならなければ意味はない」
「……あら」
少し残念そうに、姫依はゆっくりと息を吐く。
「……そうですか。でも、ええ。私としても、彼女をどうしても、不幸にしたいわけではありません。最後にあの方が、私の隣りにいてくださればいいだけのこと。彼女はあなたに差し上げます。好きになさってくださいな」
まるで、物でも扱っているかのような言い草に。玲央は何も言わなかった。王女にとって大切なのは勇者だけで、他の人間は全て石ころのようにしか見えていないのだろう。
(……まあ、ある意味では人間らしいが)
その精神を批判できるほど、彼は高潔な人間ではない。何しろ、元は魔王だった者だ。笑いながら去っていく女が何を考えていようとも、彼はそれに口を出す気は無かった。
「ディートリンデ」
「はい、ここに。どのようなご用でしょうか、魔王様」
「念のために、あの女の跡を付けておけ」
「……分かりました。あなた様が望むのであれば、そのように」
ただし。彼には彼の、やりたいことがある。そのために、姫依の行動を見張っておく必要があると考えて。彼は前世から変わらずに仕えている部下を呼び出して、小さな声で指示を出した。部下がそれに答えて教室から出ていく。
(……さて。これで邪魔は入らないと思いたいが……)
彼は1人、残された室内でそんなことを考えていた。




