因縁の対決
陽葵が悩みを抱えて家に帰った頃。樹は軒谷町1丁目の路地裏に来ていた。錆びたシャッターの前に立って仲間たちと話していた玲央が、足音を聞いてそちらを見る。
「……貴様は……。どういうつもりで、ここに来た?」
「どうって……君たちとの決着をつけに来たんだよ。僕が君たちに勝たないと、陽葵が安心して暮らせないからね」
樹はそう言って、聖人のような笑みを浮かべた。玲央が舎弟たちと共に彼を取り囲む。
「貴様は、負けた時のことを考えていないのか?」
「うん。だって僕、負けないからね」
笑みを深めて、彼が告げる。彼の背後を取った舎弟の1人が、無言で彼に殴りかかった。彼は振り向かずにその手を掴んで、そのまま不良を投げ飛ばした。地面に叩きつけられて呻き声を上げた不良を見下ろして、彼は低い声を出した。
「ほらね? 全員でかかってきてくれて良いよ。僕は夕ごはんの時間までに、家に帰らなきゃならないし」
「……随分と、余裕があるな」
玲央が渋い顔をする。彼は樹を見据えて、周囲にいる舎弟たちに指示を出した。
「やるぞ、お前たち。この男に、身の程を思い知らせてやる」
その言葉に呼応して、不良たちが一斉に動きだす。樹は自分に向かってきた不良の胸ぐらをつかんで投げ、後ろから来た別の不良に当てた。そしてすかさず、横から襲いかかってきた不良を蹴り飛ばす。その身のこなしを見た不良の1人が、焦った様子で口を開いた。
「玲央、コイツ剣が無くても強いよ?! どうしよう!」
前世からの部下である少年の問いかけに、玲央は歯噛みする。目の前にいる男は以前と同じように、涼しい顔で立っていた。
「……やはり、我は貴様には勝てぬというのか」
苦々しそうに呟く宿敵を見て、樹は困ったような笑みを浮かべた。足元に倒れた不良たちが、苦しげな声を上げている。
「……ゴメンね。僕は別に、君のことが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、大好きなあの子を傷つけたくないだけ。彼女は僕の、宝物だから」
その言葉と共に、樹は自分のスマホを取り出す。彼の視線が不良たちから逸れた瞬間に、玲央は目にも止まらぬ勢いで踏み込んで、彼の首筋に手刀を入れようとした。樹は右手でスマホを操作しながら、画面を見たまま左手を後ろに回して玲央の手首を掴む。そして柔らかな笑顔で言葉を続けた。
「でもまあ、君がこういう事をするのなら、僕が気にする必要も無いかな。じゃあね、グラントリー。陽葵に手を出したら許さないから」
その言葉に玲央が舌打ちして、掴まれた手を振り払う。樹はスマホをボケットにしまって、彼らに背を向けた。その姿が見えなくなるまで、玲央は悔しげに唇を噛みながら、彼の背中を睨み続けた。