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第8話 初遭遇

 左腕と右足首が治るまで、二か月ほどかかった。


 庸介はひたすら寝台で過ごして、その間、徐々に栄養価の高い食べ物を食べられるようにしていった。はじめは一匙ずつ胃の調子を見ながら食べていき、ちょっとでも身体の異変があれば休んでを繰り返し、二か月後には一般的な女性の食事量まで回復させることができた。食事内容も、他の正妃候補の姫たちと同じようなものが食べられるようになったいた。


 いや、正確には栄養バランスを考えた食材で作るように庸介が厨房長に細かく指示を出したことで、ほかの姫たちよりも遥かに健康的な内容にすらなっている。


 米は五分づきの玄米ご飯。それに肉や魚、卵をメインに、野菜や果物も充分にとれるようにしたのだ。


 そのため、寝台から降りられるようになったころには、身体のふらつきもほとんどなくなり、肌艶や血色も良くなっていた。


 ついでに、寝台で寝ているだけなのは暇なので、杏梨と霜月に頼んで後宮の図書館からこの国の歴史や、国際情勢、地理、文化、経済などに関する本を持ってこさせて読みふけることもした。


 正直、文字が漢字だったのは助かった。話し言葉は理解できているので、それと漢字の知識を当てはめると、よほど学術的な内容でもないかぎり問題なく読み進めることができたのもありがたかった。


 専門用語は宮の女官たちに聞いて教えてもらうようにしたが、霜月がことのほか博識だったので助かった。


 そうやってひたすら寝台の上で養生し、少し体力があれば本を読み進めて気が付けば二か月が過ぎ去っていたのだ。そのころには痛めていた左手と右足首も完全に治っていた。


(この国の名前は鳳。大陸の東方地域では一番でかい国だ。周りには交易路など要所を多く持つ騎馬民族の攣鞮をはじめ、いくつかの小国が取り囲んでいる。まぁ、つまり龍明は大国の皇太子ってわけなんだよな。やっぱり相当偉いやつだったんだな)


 杏梨に着替えを手伝ってもらいながら、庸介はそんなことを考える。

 皇太子とはつまり、皇位継承権第一位の人間、実質的な次期皇帝だ。

 はじめから偉そうなやつだなと思っていたけど、想像以上だった。


 となると、その正妃になるということは次期皇帝の妃、国母ともいうべき存在になることに等しい。そのため政敵の妨害や権力争いなど繰り広げられていることだろう。この後宮内にいるという他の三人の正妃候補もいろいろなものを抱えて正妃の座を狙い続けているにちがいない。


(正直、すっごく面倒くさい……)


 考えるだけでうんざりしてくる。


(俺はただ、平穏に暮らしていたいだけなんだ。どうせ仕事するなら軍事関係の方がずっといいのに。なんで正妃争いなんかに巻き込まれなきゃならないんだよ)


 とは思うものの、玉琳の身体を借りている身としては龍明との約束に従ってとりあえず正妃の座を獲得しないことには平穏な暮らしすらままならないのだ。


(一生監禁されるとか、死んでも嫌だしな)


 とりあえず、できるところまでやってみるしかない。


 鏡台の前に座らされて、良く磨きこまれた金属鏡に映し出されている可憐な少女を眺める。庸介が眉を寄せると、鏡の中の可憐な少女もきゅっと眉を寄せた。いまだに違和感が甚だしいが、まぎれもなく自分の姿だ。


 薄桃色のさんと呼ばれるひらひらした上着と、薄紫色のくんと呼ばれるた胸から下に付けダボッとした長い袴が可憐さを余計引き立たせている気がする。


「ねぇ、杏梨。そろそろ屋敷の外を散歩してみたいんだけど、いいかしら」


 龍明メモに書かれていた玉琳口調も、かなり板についてきたとは思う。段々、女性の生活に馴染んでいるのがちょっと悔しい。


 そんな庸介の心の葛藤も知らず、鏡台の前で玉琳の長く艶やかな髪を櫛で梳かしていた杏梨はパッと顔を輝かせた。


「お散歩ですか! もちろんですっ。いま、霜月も呼んできますね!」


 杏梨は慣れた手つきで玉琳の髪をまとめて可愛らしい髪飾りで飾り付けると、櫛をもったままパタパタと部屋の外に駆けていった。すぐに霜月を連れて戻ってくる。


 肩から帔帛ひはくという長く薄い布をかけてもらい、日よけの傘を持つ霜月と案内役の杏梨を連れて敷地の外へはじめて出てみた。

 外といっても、後宮の中であることには変わりない。


 玉琳の屋敷のある一角は、白虎宮と呼ばれている。白塗りの白虎門を出ても、景色はあまりかわらない。相変わらず壁と外回廊で囲まれた空間が続いており、視界はとても狭い。


 後宮には、ほかに三人の正妃候補が住む、朱雀宮、玄武宮、青龍宮があるという。


(この視界の狭さは、防衛上の理由からだろうな。まるで壁と回廊でつくられた迷路みたいだ。これだと歩兵も騎馬も迂回しながらでないと、あそこには到達しない)


 視線をあげれば、遠くに唯一そびえる背の高い大屋根が目に入る。

 あれは、鳳凰殿と呼ばれ、皇帝たちが執務を行う政治の中枢だ。

 首都である長京はこの鳳凰城を北端とし、その南側に碁盤の目のようにして都が作られている計画都市だ。それだけでも皇帝の権力の強さと資金力の半端なさをひしひしと感じる。


 鳳凰城の中央に鳳凰殿があり、その南側が外朝と呼ばれる行政機関が集中する政治家や役人が多数行き交うエリアとなっている。

 北側は内朝と呼ばれ、皇族たちが住まう区域と皇帝の妃や皇太子の正妃候補たちが住む後宮がある。


 城のどこから侵入しても、あの鳳凰殿にたどり着くためにはくねくねと込み入った回廊や壁、執務区域や住居区域からなる建物群を超えていかなければならない構造だ。本で見た城内部の地図と実際に目に見えている鳳凰殿の位置から大体の距離感と広さを確認する。


 元軍人のさがなのか、不測の事態が起きた時のために、自分が今いる位置を把握しておかないとなんだか落ち着かないのだ。


(よし、城内の構図はだいたい頭に入ったな。それにしても、防衛上よくできているつくりだよな。後宮すら防衛上の障害のひとつに数えられているわけだ。ここを攻め落とすのは厄介だろうな。俺だったら絶対やりたくない)


 ゆっくりと回廊を歩きながらそんなことを考えている間も、杏梨は目につく建物のことを教えてくれたり、咲いている花の名前を楽しそうに教えてくれたりしている。よくしゃべる子だが、この無邪気な明るさが庸介は嫌いではなかった。


 庸介自身はぼろが出ないようあまりしゃべらないようにしているため、勝手にしゃべって場をもたせてくれる杏梨の存在はありがたくもあった。


「ほら、玉琳さま。あそこを抜けると、月光苑です」


 杏梨が指さす門をくぐると、開けた場所に出た。真ん中に大きな池があり、朱色の弓状な橋がかかっている。池の端には休憩するための亭と呼ばれる東屋も建っていた。美しい中華風庭苑となっていた。


 つい池の周囲をジョギングするのによさそうだななどと思ってしまうが、当然、走っている者など一人もいなかった。


 それどころか、ほんの10分ほどゆっくり歩いただけなのにもう身体に疲労が溜まりだしているのを感じていた。身体が重だるい。


 そんな玉琳の体調の変化を敏感に察知したのか、傘をさして日陰をつくってくれている霜月がすぐに声をかけてくれる。


「玉琳さま。そろそろ戻りましょうか」


 庸介は少し考えて頷く。


(もう少し周囲を見ておきたかったけど、いまはこれくらいが限界か。また熱出してぶっ倒れても嫌だしな)


「うん。そうね、そうしましょうかしら」


 小さく笑みを浮かべて応えたところで、前を歩いていた杏梨が小さく声をあげた。


「あっ……」


 杏梨の視線の先に目を向けると、十人ほどの集団がこちらに向かって池の傍を歩てくるのが見えた。


 女官たちを引き連れるようにして真ん中を歩くのは、ひと際美しい純白のさんに目の覚めるような美しく青いくん、それに銀色に輝く帔帛ひはくを身に纏う長身の女性で、一目で高位の女性だとわかった。


 おそらく正妃候補のだれかだ。





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