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第7話 栄養が足りねえ!

(まずい……聞き方が悪かったか。頭がおかしくなったとでも思われたかな)


 二人は目の前の玉琳にまさか別人の魂が入っているなんて考えてもいないだろう。変なことをしたら単純に玉琳がおかしくなったと思われかねない。それ以上何か言うと墓穴を掘りそうだったので黙っていると、杏梨が酷く心配した様子で教えてくれた。


「玉琳様はいつも消化に良いお粥に、卵汁などをお召し上がりになっていましたよ。でもすぐお腹いっぱいとおっしゃって、お椀一杯も食べられないことも多かったです。今日は完食されるなんて、体調がとてもよろしいんですね! 私も嬉しいです!」


 杏梨は胸の前で手を合わせて、顔を綻ばせた。


(そうか、この病人食のようなのをずっと食べていたわけだ。しかもそれすら完食も難しかったと……そりゃ、虚弱になるわ)


 たしかにお椀一杯の粥を食べただけで、もう満腹感がある。なんなら、少し胃がもたれる感じすら覚えていた。玉琳の身体にとっては、この程度の量も食べ過ぎということなのだろう。


(小食が続いたせいで、胃が小さくなってるんだろうな)


 このままの食事を続けたら、これ以上体力が回復しそうにない。一生、この寝台からまともに出られないんじゃないかと怖くなる。それだけは絶対に嫌だった。


(なんとしても、この玉琳の虚弱体質を直さないとな。不自由で仕方ない。そのためにはまずは食事を変えることだよな)


 庸介は二人に、おそるおそる尋ねてみる。


「あの……食事の内容って変えることできるのかな」


 これには、霜月が応えてくれた。


「それは厨房長に伝えれば可能ですが、どんな献立がよろしいですか?」


 どんな献立がいいかと返されても、この世界の料理のことは皆目分からない。なんと伝えればいいのだろう。料理法そのものよりも、もっと栄養価の高い素材にしてほしいのだが、どう言えばいいのか。そもそもこの世界に、元の世界と同じような食材は存在するのだろうか。米と卵があることは分かったが、それ以外の食材についてはさっぱりだ。即答できずにいると、霜月がさらに言葉をつづけた。


「それでしたら、厨房長を呼んでまいりましょう」

「できるんだ! ありがとう! それがいい!」

 

 つい嬉しくて大きな声が出てしまう。大きいと言っても、元の自分からすると普段の声とさほど変わらない程度の声量なのだが、それでも二人にはまた驚いたような顔をされてしまって、庸介はしゅんとなる。玉琳のフリをするのは、思っていた以上に難しそうだ。






 厨房長を部屋に呼んで相談した結果、玉琳の体調に合わせて少しずつ精のつくものを出してもらえることになった。はじめは、卵粥からはじめて、ササミや魚などもチャレンジすることにしたのだ。いずれは豚肉や牛肉も食べられるようになりたい。玉琳の故郷では羊肉が主流だったようで同郷出身の厨房長は羊肉料理が得意だと言っていた。それもおいおいお願いしたい。身体づくりには良質なたんぱく質が欠かせない。


 ほかにも充分にビタミンとミネラルを取れるように、野菜や果物も積極的に使ってもらうようにした。幸い、ここでは庸介が想像するような食材は大抵手に入れることができるようだった。


 厨房長はこの屋敷に専属に仕えている年配の女性料理人だった。なんでも、玉琳が後宮にやってきたときに故郷から連れてきた使用人の一人らしい。

 彼女は庸介の提案を聞いたとき、とても驚いた顔をしたあと、次の瞬間、はらはらと涙をこぼして泣き始めた。


 焦る庸介だったが、彼女は嬉しくて涙が出てしまうのだと語る。どんどん食が細くなり、食べられないものが増える一方でついには粥と卵汁くらいしか口に入れられなくなっていた玉琳のことをとても心配していたのだという。だから、


「玉琳様が食への意欲を取り戻してくださったのが、嬉しくてたまらないのです」


と、白髪の料理長は顔をくしゃくしゃにして涙を零した。


(そうか……。玉琳だって、この屋敷に来た当初はここまで虚弱ではなかったんだろうな。だからこそ、どんどん弱くなっていく玉琳のことをこの屋敷の女官たちはずっと心配しながら見守ってきたんだろう)


 この屋敷には、玉琳の無念の気持ちがそこかしこにわだかまっているようだ。

 もっと元気になりたい。もっと健康になりたい。もっと龍明と……。


 そんな無念が積もり積もってついに命の灯が消えてしまったとき、何かの力となって庸介の魂を引き寄せ取り込んだのだろうか。


 玉琳という女性の身体を間借りしているにもかかわらず、庸介自身は玉琳と直接接することができない。話すことも、動いている姿をみることもできない。


 間接的に、龍明の言葉や、龍明のメモ、それに女官たちの態度から察することしかできないのだ。


 そこから透けて見えるのは、彼女がどれだけ周囲から愛されて大切にされていたのかということだった。


 しかも彼女はそれをただ無邪気に受け入れるだけのお姫様ではなかったのかもしれない。

 目の前で涙をこぼす料理長の嬉しそうな顔だったり、玉琳が息を吹き返したと知ったときの龍明の喜びようだったり……そういう、大切な人たちに報いたいと思っていたんじゃないだろうか。


(だから、俺がここにいるのかもな。玉琳の代わりに、玉琳の願いを叶えるために)


 それは、ただ玉琳のフリをしているだけではダメなのだ。

 健康になる。そして、


『私に健康な身体があれば、貴方のそばにずっといられたのに。なぜ私の身体はこんなにも病弱なのでしょう。お命を狙われることの多い貴方のことが、心配でなりません。本当は貴方を守ってさしあげたかった。そんな力がほしかった』


 死の淵で願っていた彼女の強い想いが脳内に蘇る。

 皇太子ともなれば、敵も多いだろう。その敵どもから、龍明を守ることこそが玉琳の一番の願いだったのかもしれない。だとしたら、元軍人である庸介は適任なのだろう。


(それなら、その願いを叶えてやろうじゃないかよ。俺だって、なんか目標があった方が生きる張り合いができるしな)


 それに龍明にはいろいろと助けてもらっているうえ、もし彼が暗殺でもされて彼の庇護がなくなれば、どうやってこの玉琳の身体のまま生きていけばいいのかすらわからない。


 玉琳の願いは、庸介自身の願い。二人の運命は一蓮托生なのだ。


「もう泣かないで。私、これからもっと元気になるつもりだから」


 料理長を安心させようとそう声をかけたが、料理長はますます声をあげて泣くのだった。




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