第30話 鳥の娘
どうやって香蓮と接触しようかと考えたあげく、結局、「キョンの具合が悪そうだから相談したい」と手紙を出すことにした。
ちなみにキョンはすこぶる元気だ。換羽期なのか毛づくろいするたびに羽根が落ちるけれど、それくらい鳥を飼っていればよく見かける光景だ。
嘘をつくのが心苦しいが、他に彼女へ接触する良い方法が思い浮かばなかったので背に腹は代えられない。
手紙を届けると、香蓮からはすぐによい返事が返ってきたので、早速杏梨と霜月をつれて香蓮の朱雀宮へと出向くことにした。
夏の暑さはすっかり影をひそめ、秋らしい爽やかな風が後宮の通路を通り抜けていく。
キョンは籠に入れず、今日は庸介の肩の上にのっけるだけにした。
朱雀宮に着いて女官の案内のもと庭へと足を踏み入れると、前に来たときと同じように木々にはたくさんの鳥たちが留まっていた。
キョンが『キョンキョン』と鳴けば、木々の鳥たちも『ピー!』『クルックゥ』『カー!』『キョン』など様々に鳴いて答えてくれる。なんともにぎやかだ。
その賑やかな庭の奥に、香蓮と女官たちが前回と同じように待っていた。
彼女たちの前まで来ると、キョンを肩に乗せたまま拱手で挨拶をする。
「香蓮様、おひさしぶりです。今日はキョンのためにありがとうございます」
にこやかに言葉をかけると、香蓮も拱手で返してくる。
「こんにちは、玉琳様。また、その子に会えて私も嬉しいです」
前回と比べて幾分香蓮の表情は柔らかく見えた。相変わらず表情は薄いのだが、庸介の肩にいるキョンに向けられた彼女の視線はとても優しい。
「具合が悪いということでしたけど、どうされたんですか?」
香蓮に問われ、庸介はキョンの前に右手を出す。手の上にぴょんと乗ってきたキョンを香連の前に差し出した。
「最近、あまりご飯を食べないんです。それに羽根も良く抜けるようになってしまって」
キョンは香蓮が差し出した右腕に乗りうつり、毛づくろいをはじめた。後ろ脚で首元を掻くたびに小さな羽根が落ちる。そんなキョンのことを香蓮はしげしげと見つめる。
「見た感じ、そんなに痩せてるようにはみえないです。おそらく換羽してるせいなのではないでしょうか。鳥はときどき羽根が抜け替わるんです。換羽には体力を使うから、ちょっと弱っちゃって食欲がなくなる子もいるけど、換羽が終われば元通りになると思います」
彼女の見立ては的確だった。鳥の飼い方についての本が身近な本屋に売ってるわけでもないこの時代に、ここまで的確に言い当てるのは純粋にすごいと思う。
(この子、ほんとうに鳥が好きで、いままでもたくさん世話してきたんだろうな)
キョンは香蓮の腕から飛び立つと、庭の木々の方へと飛んで行った。庭にいる鳥たちと鳴き声で呼び合っている。「おかえり」「ただいま」なんて言葉を交わしあっているのだろうか。
そんな鳥たちの様子を香蓮は嬉しそうに見上げていた。
しかし、
(あれ? 女官たちは相変わらず不機嫌そうだな)
香蓮の周りに控える五人の女官はみな、鳥たちが賑やかに呼び合うのを薄気味悪そうに眉をひそめていたのだ。
(そっか。女官たちは鳥が苦手なのか。まぁ、これだけたくさんいると不気味に思うかもしれないな)
ここの鳥たちは彼女を心配した故郷の家族が後宮に持たせたものか、それとも彼女が頑なに連れてきたがったのかはわからないが、鳥たちの存在は香蓮にとってとても大切なものであることはちがいない。
(それにしても、あの女官たち、ずっと香蓮のそばにいるよな)
まるで、香蓮が他所の姫に余計なことを言わないように監視しているかのようだ。
(それだけ、うっかり漏らされたりでもしたら困ることがあるってことなのかな。やっぱり、香蓮と二人だけで話す機会がほしいな。……どうやって二人だけになろう)
いまも香蓮の女官たちは、不躾でない程度にこちらに視線を光らせ、会話に耳を澄ませているようにも見えた。
香蓮も、ときどき女官たちの方をちらと伺う仕草をしている。彼女たちの力関係は、女官たちの方が上のようだ。
そんなことを考えながら女官たちの様子をうかがっていたら、キョンを見失ってしまった。
「あ、あれ? キョン、どこいったんだろう」
木々の間を同じようなサイズの黒い鳥たちが飛び交っているので、どれがキョンかわからない。
「あの子だったら、ほら、あそこ」
香蓮が一本の木を指さす。木が離れてよく見えないため、香蓮はたたたっと小走りで庭に設られている小さな池の淵まで行って再び指さした。
「え? どこだろう?」
庸介もすぐに彼女の隣へ行くが、
(このシチュエーション、つかえるんじゃ?)
なんて、ふと思い立つ。
二人はすぐ池の淵に立っていた。
(よし)
庸介はわざと足が滑ったふりをして池に落ちそうになる。
「うわっ」
落ちる寸前、偶然を装って咄嗟に香蓮の腕を掴んだ。
派手な音を立てて、二人はほとんど同時に池へと落ちてしまう。
「香蓮様っ!!」
「きゃーっ、玉琳様っ!!」
香蓮の女官たちと、杏梨が慌てた声をあげて池の淵まで駆け寄ってきた。
池は腰ほどの深さしかなかったが、倒れこむように池に落ちたため二人とも全身ずぶぬれだ。
「ごめんなさいっ、香蓮様っ。大丈夫ですか?」
庸介が心底申し訳なさそうに謝ると、頭に水草をくっつけたままの香蓮はちょっと泣きそうになりながらも気丈に小さく頷いた。
「は、はい。大丈夫……です……」
(ほんとに、ごめん)
うるうるしている瞳を見ると、小さい子を虐めてしまった気分になって心から申し訳なくなってくる。
「香蓮様、こちらにっ!!」
「……うん」
女官たちが池の淵から差し出す手に、香蓮は掴まった。
庸介も香蓮の頭についた水草を取ってあげると、女官たちが香蓮の腕を引っ張って池から引き揚げようとするのを、後ろから背中を押して助けてあげる。
香蓮を池から出したあと、庸介も自分で池から出ようとしたら霜月が手を差し出してくれたが、
「ありがとう。でも、私は大丈夫だから」
と、微笑み返すと、自分で淵に手をついて池からあがった。
ひらひらとした服は水を含んでぐっしょりとかなり重い。
「こちらへ!」
裾を絞っていたら、朱雀宮の女官に呼びかけられる。今まで頑なに閉じられていた屋敷の扉が開けられており、香蓮はもう屋敷の中に戻ったようだ。
庸介も入れてもらえるらしい。
いままで庸介を屋敷に入れないようにしていた節すらある朱雀宮の女官たちも、さすがに全身びしょぬれの姫をそのまま帰すわけにはいかないのだろう。
通されたのは、肘付き椅子が二脚と、その間に小テーブルが置かれているだけの殺風景な小部屋だった。
香蓮も庸介も、朱雀宮の女官に身体を拭くための大きな布をかけてもらう。椅子に座ったと同時に、女官たちが急いだ様子で二人の間に火鉢をもってきてくれた。
火鉢といっても、簡易的なものだ。
まだ寒い季節ではないから事前に用意などしていなかったのだろう。鉢の中には灰や木炭のかわりに、火の付いた焚き木がそのまま入れられていた。厨房の竈にあったものだろうか。
それでも暖を取れるのはありがたい。秋口とはいえ、水に濡れた身体は冷えてしまって体温が奪われていく。
すぐに着替えたいところだが、小柄で細身な香蓮に服を借りるわけにもいかない。この朱雀宮に玉琳が着れるようなサイズでなおかつ身分の高い人向けの服など置いてないだろう。
「いま、玉琳様のお召し物を持ってまいります」
杏梨はすぐに屋敷を出ていこうとした。白虎宮まで走って着替えを取りに行くつもりらしい。
「あ、ちょっと待って」
庸介は杏梨を手招きする。不思議そうな顔をして戻ってきた杏梨に、顔を近づけてこっそり耳打ちした。
「ゆっくりでいいから」
「は、はい?」
杏梨は目を白黒させたが、朱雀宮の女官たちも近くにいるこの場で詳しく説明にするわけにもいかないので、「ね。お願い」とだけ伝え、にこっと微笑むことで誤魔化した。杏梨はまだ怪訝そうにしていたが、拱手すると部屋から走って出ていく。
庸介の隣では、女官数人がかいがいしく香蓮の髪を拭いたり、服を脱がせて着替えさせたりしていた。香蓮は着せ替え人形のようになされるがままだ。
彼女が一通り着替え終わるのを見届けてから、
(よし。そろそろ頃合いかな)
庸介はおもむろに立ち上がった。そして、努めて不機嫌そうな声を上げる。
「ねぇ。あなたたち、なぜまだここにいるんですの?」
香蓮の髪を梳いたり化粧などをさせていた女官たちが手を止めて、びくりと庸介に視線を向けた。
庸介はさらに、機嫌悪そうに顔を歪める。
「私がまだこんな姿でいるのに、なんて気が利かない人たちなのかしら。私に乱れた姿を他宮の者たちにさらしつづけろっていうの?」
玲蘭の口調を真似して、厭味ったらしく言ってみた。
女官たちは自分たちより遥かに高位の『玉琳姫』に明らかな不満をぶつけられて怯えた目をしている。
彼女たちは、少し離れたところで場を監視するように立っていた白髪の女官に助けを求める視線を向けた。
あの女官がこの中で一番立場が上なのだろう。
香蓮はというと、突然怒り出した庸介に驚いておろおろとするばかり。
一方、庸介の後ろに控える霜月は無言のまま動じた様子もない。杏梨と違って、彼女はこういうとき余計な口を挟んでこないので助かる。
白髪の女官は上品な動作で庸介の前まで歩いてくると、頭を低く下げて拱手した。
「失礼いたしました、玉琳様。それでしたら、玉琳様のお召し物が届くまで、女官の服でしたらお貸しできますが」
庸介は怒ったふりをし、あっちにいけとばかりに手で払う。
「そんなもの、私が着れると思う? 馬鹿にしないで! 香蓮様はいいとして、あなたたち下賤の者たちはここから出て行ってくださらない? 不愉快なの」
有無を言わさぬ強い口調で、彼女たちに出て行くよう命じた。この部屋の中にいる人間で玉琳と対等なのは香蓮だけだ。本来ならこの屋敷の主人である香蓮が場を取りなすなどしなければならないのだが、香蓮は表情をこわばらせたまま固まってしまってそれどころではない。
白髪の女官は、一瞬、香蓮のことを鋭い視線で見たものの、「わかりました」とだけ言うと庸介と香蓮に向けて恭しく拱手し部屋を去って行った。他の女官たちも、白髪の女官についていく。
部屋から朱雀宮の女官たちが出て行ったあと、庸介は霜月に命じた。
「部屋の外で、誰も入ってこないように見張っててくれないかな」
霜月は、「御意」と拱手すると部屋を出ていき扉を閉める。
これで、部屋には庸介と香蓮の二人きりだ。
庸介は緊張を解くようにふぅと小さく息をつくと、椅子にどかっと腰を下ろして肩にかけていた布でごしごしと乱暴に頭を拭いた。
庸介の態度の変化に呆気に取られている香蓮へ、にっと笑いかける。
「これで邪魔者はいなくなったな。ようやく二人っきりで話せるようになりましたね、香蓮様」




