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「一体どこから攻撃されている!」
「わかりません! おそらくかなり離れた場所だと思われます!」
「魔導補助術式の防御魔法があるだろうが!」
「ダメです! 展開しても貫通してきます!」
「そんなバカな……」
先行していた者たちが次々と氷漬けにされて絶命していく様を見ていた先行部隊のリーダーは、これが現実のものであると理解することが出来なかった。
きっかけは同僚のマクダネル家の三男から声をかけられたことだった。
『新しい領地を共に統治してみないか?』
当初は何を馬鹿なことを言っているのかと耳を疑った。現在王国では貴族が勝手に領地を広げることを禁じている。国内の土地はすべて王国が管理しており、一介の伯爵家が勝手に領地を広げるなど出来るはずがないのだ。
しかし話を聞いていくうちに心が揺らいだ。狙うは特別市街地域、迅速に占領して占有権を主張、そして複数の貴族家による後押しを受けてなし崩し的に領地として認めさせようというもの。特別市街地域は王国外であり、原則的には領地として主張しても問題はない。だがそこはかつての敵国の地であり、現在併合により同じ国民となった元敵国の住人達の神経を逆撫でしないようにとの配慮により手出ししていないだけである。
当然ながらそこを占領すれば様々な方面との軋轢は避けられないだろう。だが自分たちの領地というものはとても魅力的な響きを持っていた。
彼はメイスンの地方貴族の次男であり、父親の爵位は男爵。次男の彼は兄に男児が生まれたことで既に爵位の継承の望みは絶たれており、このままではいずれ平民落ちする可能性すらあった。だがもし狭いながらも自分の領地を持つことができるとなればどうだろうか。
父親のコネをフルに使い、警備局にねじ込んでもらったおかげで現在職についている。しかも階級は貴族なので金である。普通にまじめに働けば、それなりに出世は出来るだろう。だがそれは一介の警備局員としてであり、決して貴族としてではない。それに警備局員になったとてそこでも貴族家の上下関係は存在する。明らかに自分より無能と思われる上司は爵位が上というだけで仕事を丸投げしてくる。そんな理不尽が彼の心を蝕み始めた時にこの話が舞い込んできたのだ。
特別市街地域は貧困層の集まり、いても破落戸程度。そう軽く考えていたからこそ、今回の話に乗ることを決めたのだ。こちらは正規の警備局の装備を使えるという利点、そして賛同する同僚たち、制圧は簡単に思われた。
だが現実は違った。姿の見えない敵から放たれる攻撃は仲間たちを次々に絶命させてゆく。頼みの綱の魔導補助術式は意味を為していない。ただ翻弄されているだけだ。
「ど、どうしま……」
「お、おい!」
指示を仰ぎに来た警備局員が彼の目の前で頭部を氷漬けにされて絶命する。突然起こった出来事に思考が追いつかなくなっていた彼は自分の周囲の状況を全く把握できなくなっていた。だから気付かなかったのだ、既に自分の周囲にいた仲間たちは皆氷漬けにされていたことを。
「ど、どうして……」
何故こんなことになったのか、そんな彼の正直な感情は最後まで紡がれることはなかった。どこからともなく飛来した極小の魔力弾は寸分たがわず彼の眉間に命中し、瞬時に氷漬けにになってその場に崩れ落ちる。そして動く者は誰一人としていなくなり、ただ氷漬けの死体だけがその場に転がっていた。
**********
「ふぅ……これで最後ですね」
アイリーンは魔導筒に取り付けられた遠見筒から顔を離すと小さく息を吐いて呟く。傍らには彼女がつけていたアクセサリーの三分の二ほどが無造作に置かれていた。置かれたアクセサリーにはある共通点があった。
「もうこんなに使ってしまいましたか」
アイリーンが首から提げていたアクセサリーを手に取って確かめると、ペンダント状のアクセサリーの中心部には透明なガラス状の何かがあった。そしてもう一つのアクセサリーには鮮やかなルビーのようなものがはめ込まれていた。置かれたアクセサリーにも透き通ったガラス状のものが埋め込まれていた。
「魔力を使いすぎましたか……」
『アイちゃん、聞こえてる~?』
「はい、聞こえてます」
通信機から聞こえてくるローズの声に応対するアイリーン。その声は非常に落ち着いたものである。
「こちらは全員沈黙しました。後続については付近に姿を確認できません」
『おつかれさま~、もうそっちには行かないと思うわよ~』
「私も魔力の残量が三分の一を切りましたから、ここでの戦闘継続は無理そうです」
『ならこちらに合流して~、補給と同時に皆の護衛もお願いしたいの~』
「了解です、春楼閣に向かいます」
通信を終えたアイリーンは魔導筒を分解してケースに収納し、アクセサリー類をポケットに押し込むと屋根伝いに走り出した。大きな尻尾でバランスを取りながら夜の街を疾走する彼女の目に飛び込んでくるのは石の彫像と化した街の住人たち。その中には何度か街で見かけた程度ではあるが面識のある住人達もいた。アイリーンは血が滲むほどr強く唇を噛み締めながら、速度を落とすことなくいつもより照明が少ないために暗くなった街を進んでいった。
「ローズ副隊長、今向かいの建物の屋上です。接近してくる敵勢力は距離およそ五百です」
『了解~、今結界に穴を開けるわ~』
ローズの通信が切れると同時に数本の包帯が建物の前の地面から伸びると、何もない空間に向かって伸びてゆく。と同時に魔力がぶつかる時に発生するスパークが生じ、何もないはずの空間に魔力的な何かが存在していたことを明らかにした。そして建物の陰からローズが顔を出した。
「おつかれさま~、屋上にトモエがいるから補給してもらって~」
「はい、副隊長はどうするんですか?」
「私は久しぶりに愉しませてもらうわ~」
「隊長は?」
「一番厄介そうな連中のところよ~」
「……酷いですね、無差別ですよ」
「隊長が何とかしてくれるわよ~。隊長の実力はよく知っているでしょう~?」
「……そうですね、魔力の補給が終わったら援護に回ります」
「お願いね~」
ローズが結界に開けた穴から春楼閣に入るアイリーン。それを確認したローズは穴を塞ぐと春楼閣を背にするように立つ。ゆるやかなウェーブを描く翡翠色の髪が風も無いのにゆっくりと舞い上がり始める。相変わらず笑みを崩さない彼女ではあるが、その口元からは妖しげに動く舌が見え隠れしていた。まるで舌なめずりするかのように……
**********
「お疲れ様、アイリーン」
「あ、トモエさん。こちらに被害はありませんでしたか?」
「まだここまで到達してないからね。それより補給が必要でしょ、ほら早く出しなさい」
「すみません、お願いします」
アイリーンは建物の屋上に着くと、そこで待っていた春楼閣の主人トモエに促されて懐からアクセサリー類を取り出して手渡した。そのすべてが透明なガラスのような石が埋め込まれている。
「随分使ったわね、残りかすも無いじゃない」
「ついやりすぎまして……」
「気持ちはわかるわ。こっちにも情報は逐次入ってきてるから街の被害も大体把握してる。あ、魔法の心得のある子たちはこっちで手伝って」
トモエの指示に数人の女の子がトモエの傍にやってきた。主に妖狐種と呼ばれる狐人種に近い魔族の女の子たちである。種族特徴は魔法に長けているという点がある。
「魔石に魔力のチャージをお願い。これが無ければここの戦力が半減するかもしれないんだから気合入れなさい」
「「「 はい! 」」」
接客用の少々露出の大きな服からたわわに実った双丘の谷間を垣間見せながら、ふさふさの尻尾を揺らしてアクセサリーを手に取る彼女たち。と、手に取ったアクセサリーに埋め込まれていたガラスのような石が次第に赤い色を帯び始めた。
「火属性ですか……できれば水か氷属性をお願いしたいんですけど」
「どうして火じゃダメなの?」
「火属性だと建物に飛び火するかもしれませんので。氷ならばぶち撒けたもので汚すこともありませんから」
「なんて健気なの……可愛い!」
「うわ!」
伏目がちにそう言うアイリーンに感極まった女の子たちがアイリーンを抱きしめる。本人曰く『まだ発展途上』の体型の彼女とは正反対の女の子たちの豊かな双丘に埋もれるアイリーンはじたばたともがくが、そこから抜け出せる気配は全く見られない。もちろんアイリーンも本気で嫌がっている訳ではない。
そもそもアイリーンは獣人種であり、獣人種の特徴はその身体能力の高さにある。当然ながら彼女の身体能力も非常に高く、純粋な戦闘要員ではない女の子たちを振りほどくことなど容易い。しかし敢えてそれをしないのは、彼女たちもアイリーンが護るべき住人達だからである。そして彼女の生命線ともいえる大事な魔石の埋め込まれたアクセサリーに魔力を供給してくれる大事な大事な協力者でもあるからだ。
「獣人族なのにこんな方法で魔力が少ないという欠点を補うなんてね」
「その方法を教えてくれたのは隊長ですよ、トモエさん」
「ちゃんとアイリーンの能力を把握してるってことよね。あの方が入れ込む気持ちが理解できるわ。さすが帰還者ってところかしら」
「隊長は別格ですよ。それはトモエさんもよく知ってるでしょう?」
「そうよね、だから私たちは安心して暮らせるんだから。さて、補給もそろそろ終わるけどどうするの?」
「ここで皆さんを護りながら副隊長のサポートをします。まぁ私程度のサポートが必要になるとは思えませんが」
「頼りにしてるわよ」
「もしここの皆さんに何かあったら隊長がショックで仕事してくれなくなりますから」
「確かにそうね」
特に表情を変えずに淡々と話すアイリーンだが、決してキャラミアのことを貶している訳ではない。魔力に乏しい獣人族でありながら魔法の知識に長けるというピーキーな能力のアイリーンのことを深く理解し、かつ受け入れて重要な役割を任せてくれるキャラミアのことを信頼しているのだ。若干の言葉の悪さや対応の素っ気なさは彼女なりの照れ隠しなのだろう。
「今回も何とかしてくれるのかしら」
トモエが魔力の補充が終わったアクセサリーをアイリーンに手渡すと、彼女はそれを慣れた手つきで身体の各部分に装着しはじめる。だがそこに焦った様子は全く向けられない。心配そうに問いかけるトモエに対し、アイリーンは小さく微笑みを見せて言った。
「大丈夫ですよ、あの人は底が見えませんから」
この状況において仲間に微笑みを浮かべさせることができる存在。トモエはその存在をよく理解している。トモエにそう言ったアイリーンは建物の縁まで進むと魔導筒の準備を始めた。
「そうよね、あれから何度も助けてもらってるから」
戦闘準備を整えているアイリーンの背中を見ながら小さく呟くトモエ。その呟きはアイリーンに届くことなく、微かに血の匂いを乗せた夜風に吹かれて消えていった。
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