4.超越者の特異点 ―Generation Singularity―
王女死去から一時間が経とうとしていた。
刻で示せば逢魔が時の終わり。しかし、目の前の悲劇は積み重なり、肥大化していく一方。災龍の暴走も治まることを知らない。
国は砕け、地形をこの世のものとは思えぬほどまで歪に変えては血の世界に染まる。燃え尽きた図書館にばら撒かれた無数の書物。地面に打ち付けられ、開かれた聖書の一頁に描かれた地獄絵図。それすらも燃やし、炭に変える。
「こいつ……ハァ、息すら切れてねぇ……」
一方、災龍の一次災害を食い止めていたのは4人の国兵と2人の若き国王。
全員の息が荒れていた。一瞬たりとも気を抜かず、全神経を集中させて全力で闘った故、疲労がピークに達しようとしていた。これ以上挑めば、敗けて殺されるのが目に見えていた。
「っ、その場から離れろ!」
災龍の僅かな動きを察知し、それが何を意味するのかを肌で感知したエアリオンは叫ぶ。
災龍が空気を大きく蹴り上げた瞬間、地面がナイフで切ったケーキのように簡単に裂け、深い渓谷ができる。サルト国の領域を超え、それはどこまで続いているのか見当もつかない。
「ま、マジかよ……」
サニーは唖然とした。ベルフは恐怖でガタガタと震えている。
だが災龍は猶予を与えず、咆哮と共に周囲を振動させ、瓦礫を粉砕する。熱で溶けては流体と化し、災龍の足へと呑まれていく。鉱物の成分を身体の一部として吸収していると見たランドスは、いつもなら好奇心になるはずの感情を憎悪に変える。
しかし何かを察知したのか、災龍はレインたちとは別の方角へ突如殴打を仕掛ける。
――ドォン!
大気が大きく歪み、無数の光の屈折が罅の形で現れる。莫大な衝撃波が街ごと地面を抉り取った。突いた拳の方角は虚無に等しい。サルト砂漠の茶色い地平線が僅かに見える。
その余波として国中がまたも震度7を超えた大地震に襲われる。
「何かにしがみ付けぇ!」
「足場が無くなりそうだ……っ」
地面は崩れ、平坦な街は高低差をつけ、浮島のようにぐらぐらと傾く。
レインはバランスを崩すも、プラトネル兵の持っていた光線砲を片手に災龍へ撃ち放つ。距離は10m弱と銃を扱うには大した距離ではない。
当然、それは避けるまでもなかった。自分がここにいると知らせる発煙筒にしか役割を果たさなかった。災龍はレインを紅蓮の目で睨みつける。なんとも悍ましい瞳だ。
「マズい……」
遠くからでもその赤い目からは自分の死に様が映し出されているようだった。
瞬きをし――目の前にそれがいた。いつ動いたのか。そんな挙動すらなかったというのに。
(……ああ、こりゃ死んだな)
案外……俺らとそう変わりない大きさなんだな。
覚悟も何も、諦めしかなかった。記憶を振り返る暇もなく、死神の手が差し伸べられる。
「先輩っ!」
声が出なかった。
一瞬に一瞬の出来事が重なる。
ベルフが。声。人の姿。散った。溶けた。消えた。血が。熱い。臭い。吐き気。ベルフは? どうなった。庇った? 俺は。何が。死んでない。じゃあ死んだのは?
思考もろくに整理されなければ、感情すらも出なかった。あまりに突飛で理解するには――その一瞬が早すぎたから。
今の一瞬がなかったかのように、災龍は目の前の青髪の兵の顔面へ手を伸ばした。
地盤から根こそぎ起こされた巨岩が不自然に動く。それだけではない。地面がある方向へゆっくり流れている。――災龍が先程殴打し、サルト砂漠へ通じさせた国の風穴からだった。
ひとつの笛の音。重く響いたそれは、災龍の耳に届き、視線をそちらへ変えた。
「――っ!?」
途端、災龍の姿が吸い込まるように視線の先へ――砂漠の地平線へと吹き飛んでいった。風のように早く、落下するように瓦礫ごと飛んでゆく。風に似てるも、体内から引き寄せられるような重い感覚をその場の誰もが感じ取っていた。
「なんだ今の!?」
「いや、それよりもベルフが……嘘だろ畜生……!」
「……おい、蒼髪の兵。無事か」
「……あ、ああ、俺、どうなって……」
「おまえの部下が命を救ってくれたんだ」
「ベルフが……そうか、やっぱり……」
「……そいつの回復はしばらく待った方がいいな。にしても今のって、災龍の仕業じゃなさそうだ」
「ああ、強い磁力に引っ張られたような……」
サニーはレインを担ぎ、立ち上がろうとしたとき。
「……ふたりはサルトの兵じゃないから知らないんですね」
クラウが2人の王に話しかける。
「どういうことだ?」
「ありゃあ、おまえらサルトの造った兵器か何かってことか?」
「いえ、プラトネル国に勝る技術はサルトにありません。魔術師でもありません」
ですが、と続ける。
「それらに勝る人間ならいます」
まさか、とランドスは察しただろう。ふたりの王もその存在について知っており、かつ数か月前の黒龍戦争にて、直に己の目で見てきたのだから。
だが、同時に疑惑も抱いた。あの戦争で見せた彼の実力はまだ、人間の範疇にあった。
「あれはコーダ軍帥の力です。……聞いたことありませんか、"超越者の特異点"」
*
超越者は、人類と人類が変異した何かの間――特異点に存在する、いわば異常という病気に侵された疾患者である。神話でもこのことについては顕著に示されており、いつだって時代の境目の起点に位置付けられている。
とはいえ、人間的な範囲内での一点の能力が超越しているだけであって、決して神の力には及ばず、原理不詳の魔術にも劣っていた。
しかし。
その超越者の中でも、神の力に匹敵する"異常"を宿す者が存在している。世界の可能性を人為的かつ技術化させた魔術と、人間の可能性を過剰発展させた超能が交わった――"義神体"と称される人間。
それは神の悪戯か、起こるべくして起きた運命なのか。それは、未だに判明していない。
"神望の軍王"コーダ・サルヴァン。彼こそが、人類の特異点に立っている唯一の存在だった。
「災龍……」
己の引き起こした部位的超重力。砂都に他の都市のさまざまな材質の瓦礫や木片、先程まで自律して動いていた肉塊が撒き散らされている。やがて流れる砂が覆いかぶさり、渇いた空気が熱気として流れる。
その中央に重力で垂直に押し潰されている災龍。赤と黒の絵具をぶちまけたような体色と漏れ出るヘドロのような体液に、ある芸術家が描いたとち狂いそうで理解ができない絵画をコーダは思い出す。
風が荒れているも、まだ災龍の影響は少ないようだが、災龍がこの場に来た以上、それも時間の問題だろう。
「おまえも同じく、歴史の特異点に立たされた異常だ。だが、貴様は道を誤った――いや、道標通りに歩んでしまった。何故それほどまでの力を得ておきながら、己の運命を変えることをしなかった」
王女が災龍を庇い、また災龍が王女を抱きかかえ涙を流したのを、あのときコーダは見ていた。災龍の真意が何なのかも。それがどれだけ単純で、愚直で、人間臭かったのかも。
だからこそ、コーダは問うた。これほどまでの真っ直ぐな想いを持っておきながら、誰にも到達し得ない境地――運命をも時代をも変える力を持っておきながら、何故自分の思い通りにしなかったのか。
「……っ」
その答えに言葉など要らなかった。
紅蓮の鋭い眼光は、突き刺さる程の思いが込められていた。直感でありつつも、コーダは荒れ狂い、自我を失った災龍の僅かな意を知る。
――"邪魔だ"
己の道なら、いくらでも変えてきた。抗ってきた。それでも、邪魔が入る。すべてを変えるのは力ではない。そのような概念を変えることができるのは、目に見えるものなどではない。そんな簡単なものではない。
――"貴様は解っていない。解ろうとも、貴様はあまりにも若すぎる"
負荷をかけていた空間が押し返され、砂漠諸共コーダも重力の波に押し流された。砂に重力波の波紋が浮き立ち、その中央に立ち上がった災龍が君臨する。
「災龍。貴様の辛さは誰にもわかり得ない。理不尽極まりない思いも死ぬほどしてきただろう」
砂を薙ぎ、茶に濁った景色を晴れさせる。その手に持つは竜の牙の如き巨大な剣。彼の覇気は一頭の巨大な龍を災龍の瞳に映させた。
想起される、王の龍の姿。真とは違えども、その影を感じさせ、災龍は毛を逆立たせ、すべての鱗を逆鱗に変える。
「だが、我々にも譲れないものがある。それを護るためには、貴様が今すぐ正気に戻るか、死ぬしか道はない」
咆哮。災龍から放たれる膨大な熱気は上昇気流を巻き起こし、天を沸騰させる。砂漠は無数の竜巻に地を抉られ、あらゆるものが重力に逆らう。
万物が舞い上がる中、不動の存在がふたつ。神望の軍王は背に掲げたもうひとつの大剣を引き抜いた。
「その二択に抗うようなら、私も全力で抗おう」
*
ぶつかり合った剣と爪。その残響はどこまでも甲高く響き、どこまでも重く轟かせた。天地に一閃が走り、亀裂を生む。
首を伸ばし、喉に喰らいつこうとする災龍。それよりも速く、軍王はもうひとつの大剣を災龍の心臓に突き刺しては背中を破り、砂漠に穿つ。
「――ッ、ォオオオオ!」
軍王から発せられた強大な重圧が災龍を推し潰す。地殻ごと裂けた砂漠の切口を境目に大地が傾き、大きく伸し上がる。
追撃。剣から衝撃波が生じ、傾いた大地が凹み、災龍は飲み込まれるように地の奥へ押し込まれては、隆起した傾斜地の底を突き破る。災龍の居場所は砂都を越えたサルト砂漠。砂嵐に支配された砂の海は大きく荒れている。
途端、災龍の身体が胸部から引っ張られ、せり上がった傾斜地ごと引力点――軍王の手中へと吸い込まれていく。
だが、大地ごとその場の砂漠が溶解する。渦の形として災龍の肉体へ飲み込まれ、軍王と災龍の互いの目が合う。
再び交し合う剣と手腕。人の目ではその捌きは決して視認できない。ただ、火花と金属音が鳴り響くのみだった。
竜巻をも、砂嵐をも両断しては、天災をその手で打ち壊していく。災龍が地を蹴る度、大地が砕けては無数の岩を砂漠から砂と共に巻き上げる。軍王はそれを視線のみで操り、災龍の身へぶつける。また大地を水のように湧き立たせ、災龍の身体を捕えるも底が知れない力は大地如きに縛られることはない。紅色に沸騰した砂礫が飛沫のように軍王に襲い掛かる。大剣を盾に防ぐ行為が目くらましとして機能する。
その隙――災龍は身を浮かし、両足を振りかざした。
「!」
軍王はすぐさま横に転がり避ける。災龍の蹴った空が地面ごと延長線上に深く両断される。斬撃が飛ぶ現象など、自身が起こした業以外で見られるとは。軍王はそう感じ、砂の地に足を踏みつける。
ふたつの地の切れ込みの間に立たされた軍王。一瞬の危機感を覚え、双大剣を十字型に交わしては盾を作る。
災龍が口を大きく開け、濃密度の高熱ガスを漏らす。瞬間、斬波で作られた狭間の地が連続して大きく爆発した。それは数千キロ――サルト砂漠を越えた高原の先――プラトネル国へと続いた。国境でもある硝子のドームは砕け散り、耐震性の町々は壁から吹き飛んでいく。
しかし災龍はそれで満足しなかった。今の一撃の半分しか手ごたえはない。残りの半分は――背後から感じた。
衝撃ごと空間を切り取り、別の位置へ転移した軍王。衝撃のエネルギーを速度へと利用し、音速の如き速さで災龍の背を斬りつけた。
――が、怯むことなく、体勢を調えたと同時に回し蹴りで軍王の横腹を蹴り飛ばす。
――ドゴン! ボゴン! ズドン! ドガン! ボガァン!
軍王の身体は荒れた風を突き破り、国の国境壁を打ち破り、猛スピードで幾つもの建造物を貫通しては飛ばされていく。
「ごふっ、がはっ」
ガラガラと瓦礫が崩れ、軍王を覆う。
ぞくっと悪寒が走るそれは死を連想させた。起き上がるよりも先に剣を正面へ突いた。
「考えない行動だ」
まんまと大剣に突き刺さった災龍。
「なっ!?」
だが、勢いを殺すことなく、身体を捻っては自ら大剣に斬られに行く。腹部から右肩にかけて裂けた災龍の肉体。右腕と右肩が繋がっているのは最早横腹だけであるにもかかわらず、そこから繰り出された右腕の一撃は――
「がはぁっ!」
二発目を喰らい、血が吐き出る。またも街を壊し、貫通して吹き飛んでいった。
それでも尚、軍王は死なない。明らか、花のようにあっけなく散るそこらの命とは格が違う。
それは先進国の武装だからか。超越者を越えた義神体の身だからか。その両方だろう。
「こんな恐ろしい奴が、サルタリスに何百年も棲んでいたとはな……」
やはり、本物の神に我々人間ごときが触れるべきではなかった。
だがもう遅い。
倒壊した建物の瓦礫山から出てきた軍王は道端の街灯を握る。
「ああぁあああぁああああぁあああ!!!」
街灯が握り潰され、地面ごと引き抜き、
「ァアァアアアァアァアアアァアァ!!!」
空から襲ってくる災龍に振り降ろした。
災龍は打った球のように吹き飛び、民家に激突し、崩れる。瓦礫となった民家が溶岩のように赤く溶け、そこから溶岩まみれの災龍がダーツのように飛び出てくる。
コーダは再び街灯を振りかぶるが、先端が酸化し、ボロボロになっていることに気づく。
「っ、あいつに触れたからか」
冷静に解析したコーダは地面に突き刺さった双大剣を手に取ることなく、拳で対抗した。災龍と同様、軍王は空間を殴り、拳より発した重力と爆発よりも重い衝撃が災龍を撃つ。反対方向に吹き飛ぶも、ズザザ、と着地する。
効いていない。そう思わせる相手の無反応さだが、確実にダメージを与えている。軍王はそう思い、一切の猶予を与えず、銃のように何発も拳を虚空へ撃ち続けた。その度、空気が爆発するような音が強く響き渡る。
潜り抜ける、という表現が正しいか。だが、喰らっても尚、無理矢理突き進んでいる災龍の体勢に余裕はない。
無数の不可視の群撃に耐え抜いた災龍が眼前へ来たとき。
(――今だ!)
双大剣を手に持ち、身体を捻っては災龍を切り刻む。すれ違う互いは背を向ける形となる。
当然、災龍は胴や腕を深く斬られ、関節や骨が切り口でちらちらとその白い姿を現していた。
「っ!?」
瞬間、ブシャアッ、とコーダの右腰から左肩にかけて血が噴き出した。いつのまに斬られたのか。だが、コーダは全く動じず、双大剣で災龍を斬り続けた。
そのとき、双大剣に異変が起きる。
「――!」
溶けていた。
鋭く光る白刃もすっかり黒く濁り、まるで泥に覆われた棒を持っている様。
血。災龍のそれが金属を酸化し、瞬時に溶かす性質をもつ強酸性。その血の前ではどんなに強力な武器もただの溶ける氷の刃に過ぎない。
「くっ」
コーダは双大剣を地に刺し、すぐさま手をかざす。魔術師特有の魔法陣も魔晄も何も発生しない。唐突に神の力は腕から放たれる。
気体分子を分裂させ、原子核をも分離させる。それから得られた莫大なエネルギーを形容化させては災龍へ解き放った。
曇天に届く爆炎は都市をも呑み込む。マグニチュード4の地震を引き起こし、周囲100km先の場所をも激しく地面を揺らした。爆風は森や平野を越え、アーク海を揺るがす。
「がふっ、ぉうえ……っ、つくづく俺も、災龍に似たようなものだと思えてくる」
初めて使ったが故に、コーダの身体に多大な負荷がかかっていた。目は充血し、激しい鼓動に肺が圧迫される。かざした腕は複雑骨折しており、いくつもの白い破片のようなものが剥き出た筋肉から突き出ている。
「はぁ……はぁ……」
目の前に立ち昇る爆炎の壁。その熱を前に残るものなどないだろう。
「……だろうとは思ったが」
その姿は見るに堪えない。まるで皮膚を溶かし、筋肉や骨をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような真っ赤な人型。しかし軍王が戦慄したのはそのような表面的なことではない。先程の攻撃が内部までに至らなかったことだった。
その姿はここから見れば点に等しかった。そうだったはずだ。
それがどうして、事実を書き換えられたかのように目の前にいるのだろうか。抽象的な神の存在よりも顕著な災龍の覇気が軍王を支配しているからか。いや、幻覚ではない。
現実。
「ぎぐ、ごが、は……」
そう叩きつけられた時には、コーダは王都サンディーノの中にいた。視界が眩しすぎるのは、脳幹と大脳を繋ぐシナプスが途切れつつあるからか。朦朧とした意識の中、自分が今どのような状態にあるのか皆目見当がつかない。
その中で唯一見える、紅蓮の風。意識が途切れつつある今でも、その色は真っ白な視界に濁りのように映っていた。
ここまでも尚、その存在を証明したがるか。
軍王は立ち上がり、拳を構えるつもりでいた。しかし、感覚がない。何がどうなっているのか、肉体が恐慌に陥っている今、この耳だけが頼りだ。
――パァン!
一発の乾いた音と共に災龍の胸に小さな穴が空く。
その音を合図に、コーダの背後から何発もの爆発が災龍の正面にぶち当たる。
音に反応し振り向く。しかし、コーダの目はまだ回復しない。
「大丈夫ですか! コーダ軍帥!」
「その声……っ、ライタリスか!」
四英雄"神撃"ライタリス。大砲のような大柄な銃を構えており、その銃口から煙が漂っている。
爆煙と共に災龍は十数メートル先へと吹き飛んでいた。
数秒の滑空。災龍が崩れかけた地面に到達する瞬間、その腹の半分が斬られ、鮮血と共にぱっくりと裂ける。同時に災龍が目にしたものは、四英雄"剣聖"サハドの蒼い眼光。
「――っ」
無理な体勢でありつつも地面に脚を着け、それを喰おうと駆け出そうとした瞬間、突然の引力が全身を縛り付け、身を倒した。その周りには魔方陣のようなものが妖麗に光りながら浮かび上がっている。何かを唱えている声を追い、見上げる。
倒壊した民家の上。手を合わせ、唱える四英雄"魔霊"スイサンがいた。。
突然、大きな影に覆われたことに気づく。しかし、それが何なのかも把握することなく、頭上からの大きな衝撃が降りかかってきた。
崩れかけの地面が大きく罅割れ、災龍は地に埋もれる。それを一瞥し、その場を去っていったのは四英雄"鬼神"フルトラスだった。
「ふぅ……あぶねぇとこ間に合ったようだな」
ライタリスが巨大な銃を構えるのを止め、独り言を呟いた。
「ご無事で、軍帥」
「フルトラス……おまえも生きていて良かった」
軍王であれ、全身の気が抜けることはある。一気に迫ってきた死。冷静に対処してきたつもりだったが、本心、何も思考することができなかった。
「おい、また来るぞ」
こちらへ駆けるサハドが告げる。
刹那、災龍が深く埋め込まれた地面から極太い雷が天へと柱のように突き上がった。
「随分と派手なこと」
ライタリスが苦笑交じりで呟く。
その雷柱から何かの影が見えた瞬間、その雷の柱と同じように光る柱がこちらへ向かって飛び出てきた。
声すら出せず、全員はその雷柱を避ける。
天へと突き上がる雷柱から災龍が這い出てくる。爛れていた身体はほぼ治っている。かつ、全身から赤い電流が走っていた。
「こいつは神なのか、悪魔なのか……どうなんだろうね」
冗談交じりに呟くライタリスにサハドがただ一言、冷たく言い放った。
「ただのバケモンだ」
フルトラスが悟る。
「天災の名に堕ちた者。災龍と云われども、こいつもひとりの人種に過ぎない」
だが、と付け加えて、静かに吐き捨てた。
「少々、度が過ぎたな」
厄神の怒声がこの地に悲鳴を上げさせる。
「一旦離れろ! 足場が無くなる!」
周囲が破裂し、粉砕する。地面が捻れ、山のように凸凹な地形へと変貌する。まるで生きているかのように足元の地面は蠢く。
「ここにいたぞ!」
「四英雄も軍帥もいる!」
「援護をしろぉっ!」
サルト、アーク、グリス、プラトネルの国軍兵が兵器や自動人形と共に災龍の居場所へ駆けつける。今の奇声と地盤変動の際の轟音が彼らをここまで辿りつかせたようだ。
「やっと援軍が来たか……プラトネル王のおかげもあるな。おい! そいつを絶対逃がすんじゃねぇぞ!」
サハドが叫ぶ。
「いや、その心配はない」
瞬間、援軍の中心で爆発が起き、軍の一部が吹き飛ばされる。災龍は頬まで裂けている口を大きく開け、真っ黒な喉奥から血肉のような色の煙が漏れていた。
「最初から逃げるつもりはないらしい」
スイサンは冷静に言う。
「はは、逃げてくれた方がまだ迷惑じゃないのにな」ライタリスは苦笑する。
「気を引き締めるぞ。ここからが本番だ」
フルトラスは災龍へ一切の視線を逸らさぬまま、武器を握りしめる。
灼熱の炎が森や草花のように盛り、瓦礫や岩石の群集が空を覆う。
そして、正常に意識を取り戻した軍王は再び血滾る熱い大地に君臨し、厄神に布告する。
「――再戦といこうか、災龍よ」
今ここに、4国軍全軍が天災の前に集結した。




