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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 一節 参人の王
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8.欺瞞

《サクラ》

 あれ以来、リオラの症状は比較的安定してきた気がする。半竜化は辛うじてし続いているが、ここ2,3日はなんとか人型を保っている。


 あれからは少し接することに支障がありつつも、大事なくリオラと過ごし、9日の時が過ぎた。病の悪化と王龍に与えられたダメージは深刻であり、明るくなりかけていたリオラはいつも暗かった。それでも、私と話しているときは何事もない様に明るく接してくれたり笑顔を見せてくれることはあった。でも、やっぱり悲しそうだった。

 それに、感情が安定しない時もあった。最後には必ず「ごめん」と謝ってくれるけど、私は謝れる度心が痛くなる。私の無力さに苛立つ時もある。

 リオラの哀しみを救えるのは私だけなんだ。だから、もっとしっかりしないと。


 大分先になってしまったが、リオラの精神も考えて、今日、リオラに大事なことを話した。アミューダ4国の災龍狩りと、ウォークが提案してくれたことを一通り説明したが、リオラは特に驚くこともなかった。


 ウォークがここに来た方が話は早かったが、ウォークはどうしてかリオラと会うことを躊躇している。断ることはないだろうが、同行を頼めば心底嫌がるだろうと思うので、勝手に一人で行くことにした。

 その提案に至っては――。


「行かない」

「え、どうして?」

 意外だった。

 てっきり、賛成するのかと思っていたけど……これは困った。


「ここに残らなきゃならねぇ理由がある」

「理由って?」

 そういえば、リオラは外からここに来て、何百年も住んでいると聞いた。どうしてここに住み始めたのか、理由を知ることはなかった。ちゃんとここに住む理由があったなんて思いもしなかった。


「オレは知り合いから、この場所に来るように頼まれたんだ」

 知り合い……。なんだ、ちゃんと関わりある人がいたんだ。少し安心した。

「知り合い、というよりかは、オレの親繋がりってなだけだけど」

「そうなんだ」

 リオラの親か。とんでもなく強そうなイメージしか思い浮かばない。リオラよりもっと強いのかな? 案外普通だったりして。でもリオラ似で恰好よさそう。


「それで、どんな頼みだったの?」

「アマツメ教を創った奴が残したこの社を守り続けてほしい、っていう頼みだ」

「アマツメ教の創始者って、祖人ティエラのこと?」

「確か、そんな名前の奴。そいつと親しかったらしくて、"安全な時"が来るまでそいつの形見を守ってほしいって言われたんだよ」

「その形見がこの社?」

「そう」

 それが、どういう意味なのかはよくわからない。安全な時、というのも漠然とし過ぎているし、形見を守らせるのは少しわかるけど、はっきりとはわからない。どういう意味なのだろうか。


「その『安全な時』っていつなんだろうね」

「さぁな。……ただ、知り合いに会うときから既にこの体質になっていた。ここは今までオレが生きてきた中でずいぶん落ち着ける」

「じゃあ、その人なりの優しさだったのかもね。そのリオラの知り合いってどんな人なの?」

「気になるのか?」


 ふと、小鳥のさえずりすら聞こえてこないことに気がつく。それどころか、風の音すら感じない。

 あれ、ここってこんなに静かだったっけ。


「うん、そりゃあ興味あるよ。リオラが昔に人と関わっていたなんて初めて知ったし」

 リオラは「ふぅん」とでも言いたげな顔だった。あまり触れてほしくないのかな?


「言わなかったか? まぁいいや。そいつはラオ・ラージャっつって、世間では『麒麟』って呼ばれてる有名な人らしい」

 ラオ・ラージャ――麒麟キリン

 この名前、どこかで聞いたことがある。どこかで――っ!


「……もう一回言って?」

「ラオ・ラージャ。人の間では麒麟キリンって呼ばれてる」

「……え~と……」

 まさかとは思うが、と一応確認してみる。

「神獣の麒麟じゃなくて、獣のキリンじゃなくて、まさかとは思うけど、あの『四天帝』の一人の『蔵王ざおう麒麟』?」

「ああ、それ。人間の方の麒麟」

「それって、本当なの……?」

「なんだ、知ってるのか」

 大したリアクションをすることなく、淡々とリオラは返すが、私の中では半ばパニックになっていた。


「知ってるも何も、その人物って世界神話に出てくる天帝だよね? 神様の王様よりも強大な超大国の帝王の内の一人だって……」

「らしいな」とリオラは興味なさげに言う。


 中央大陸――オブ帝國から発祥した世界神話。専属教師から教わったことで、話半分聴いていた程度だが、世界神話上、星の数よりもある世界の中には神様が実在する世界があるという。

 数多の世界群を領地とさせ、また天神や冥王が存在する世界で天上天下を支配し、神王さえも討ち取った覇王がいるという。その絶対覇者が計4人存在しており、蔵王麒麟ことラオ・ラージャは饗界王と云われた獣神だと教わった。

 どうせ神話だし、架空の話程度だと捉えていたが……。


「あの『四天帝』って実在している人だったの?」

「まぁ、そうだな。親父と仲が良くてさ、体質やまい治す宛てを求めてそいつんとこ行ってしばらく住まわせてもらっていたんだ。で、盃交わしたわけだけど……」

「治療法はなかったんだ……」

「ああ、なにもできないってな。その代り、ここアミューダの信仰地に行けとだけ言われた」

「それじゃあ、リオラはどこから来たの?」

「さぁな。どっか飛ばされた後、ずっと東進んでたらここに着いた」


 随分といい加減な……。

 でも、神話に出てくる覇王が実在するなら、この世界以外にもいろんな世界があるって言うことか。それじゃあ、リオラは別世界から来た人。

 じゃあ、異界の人間……? でも、竜人族ってこの世界にもいるよね。でも世界同士繋げて移動することができるなんてできないんじゃなかったっけ。魔術でさえも不可能な仮説って言われていたし。

 ちょっと待って。わからなくなってきた。


「へ、へぇ~なんかもう、なにも言えない……」

 結局なにも言うことはできず、唖然としてただ口をぽっかりと空けることしかできなかった。


「……」

「どうしたの?」

 じっと見つめていたリオラに問いかける。リオラから見つめるなんて珍しいな。

「いや、何も」

 そう言ってはそっぽを向く。この仕草はいつも通りだが……なんだか様子がおかしい。

 どうしたのだろう。やっぱり、さっきの話はしない方がよかったのかな。


「あ、ああ~、大丈夫だよ! 別にリオラが異界人でも異星人でもリオラはリオラだから!」

「そんぐれェ分かってる。別に気にしてねぇよ」

「あ、あれ……そう?」

話が空ぶった。

 気にしてないにしてはちょっとご機嫌斜めだ。体調悪いのかな。


     *


「じゃあ結局……」

「ああ。そんなわけだから、オレはここに残る」


 それから元の話に戻り、もう一度提案した。自分からしたら結構説得した方だ。

 それでも彼の意志は揺るがなかった。

「だ、だけど……」

「いいって。そんなの余計なお世話だ」

 リオラはいつもの不器用な笑顔を見せず、真剣な眼差しで断った。ちょっと怖かったけど、本当に余計なお世話なのだろう。


「でもそんな……リオラ殺されちゃうよ? 今もまだ怪我が酷くてまともに戦えないでしょ?」

 誰の目から見ても分かる。血は止まり、生傷も塞がっていては半透明の薄膜鱗が覆いかぶさるほどまでに再生しているが、それは表面だけの話。内部の損傷が激しいことはわかっている。


「別に、オレは戦わねぇよ。なんでも牙向いて立ち向かうほど馬鹿じゃねぇ。やられたふりしてとっとと逃げるだけだ。無事におさまったらこの社に戻るよ」

「で、でも……」

「結婚したくねぇのか?」

「え?」

 私はつい訊きかえす形で声を上げてしまった。


「あの三人と結婚したくねぇから、この話をオレにわざわざもってきたのか? で、一緒に逃げようって?」

「ち、違うよ!」


 つい否定する。本心を突かれたから。

 それもあるけれど、何か責められているような気がした。

 彼のその言動はなにか、いつもと違うような。

 まるで、リオラじゃないような……。


「ならいいだろ、あいつらのどれかひとりと結婚しろよ」

 社の階段から立ち上がり、背を見せたまま私から数歩離れる。


「リ、リオラ……?」

「よかったじゃねぇか、国の王族(トップ)と結婚できてよ。しかも結構若くて頼もしいんだろ? この先十分、幸せに暮らしていける」


 それは、私の期待していた言葉ではなかった。

 嫉妬? それにしては明るい声色。心の底から祝っているような、希望溢れる声。

 違う……私はそんなの求めていない……!


 初雪が舞い降りたあのときのことを思い出す。あれがあって、今もあるんじゃなかったの?

「リオラ……あのときのこと、覚えてる? 去年、初めて雪が降ったとき、信仰地で……その……想いを伝え合って――」

「あぁ? ……忘れたよそんなの」


 思考が止まった。

 真っ白になった。

 彼はただ、眼を逸らした。まるで私が勘違いしていると言わんばかりに。

 払拭された不毛地帯からコポリ、と水が湧くように、徐々に思考する頭を取り戻す。

 ……どういうこと?

 ……忘れた?

 ……なんで?


「忘れた……? あのときのこと……」

 確認する。間違いであることを信じて。

 だが、そんな思いも報われなかった。


「ああ、忘れた。何のことだっけ」

 私は声を荒く上げる。

「……っ忘れたなら思い出してよ! 今すぐ思い出して! ねぇ! ……ねぇ!」

 自分自身でも馬鹿らしいと思えるほど、剣幕になった。だけど、どうしても信じられなくて、不安になった。不安で仕方がなかった。それだけは、許せなかったから。

 早く安心したかった。早くいつもどおりに戻りたかった。

 突然、リオラは思い出したような仕草をし、口に出す。


「あぁ、あのときか。確かにオレは言ったな」

 私は一瞬の安堵感に浸った。

 だが、それも一瞬で崩れる。


「あれ嘘だよ」


「……ぇ」

 今なんて?


「あんなの嘘に決まってんだろ。なに溺れてんだよ。バカか」

「なんで……どうして……? どういうこと?」

「ああ、あと途中で冷めたんだわ」


 ……リオラ?


「リオラ、どうしちゃったの? と、突然人が変わったみたいで……ねぇ、リオラ。答えてよ……ねぇ、何があっ――」

「いい加減腹立つんだよ!!!」


 木々が揺れ、山脈全体に風が巻き上がる。静かだったはずの鳥の群れは一斉に空へ羽ばたいた。

 全身に鳥肌が立ち、硬直してしまう。


 今、なんて、え、今の、なに、どういう、こと?

「リオラ……?」


 あまりの威圧に全身が固まる。

 その表情は、私の見てきたものではない。見たことない。

 突然怒鳴り散らしたこの人は……リオラなの?


「テメェの存在にいい加減飽き飽きしてんだよ! もう我慢できねぇ……うんざりなんだよ! ……なんか文句あるか? おい」


 彼の心がわからない。

 だけど、歪みきっている。

 瞳孔が震える。

 眩む。

 問いかけた声も、精一杯だった。


「じゃあ、今までのことも、この間のことも――」

「全部全部ぜーんぶ! 嘘だ。今まで人間風情のクソガキ相手に我慢して我慢して我慢してきてんのに、テメェときたらバカみてぇにオレんとこに寄ってくる。鬱陶しかったなぁアレは」


 違う、リオラはこんなこと言わない。

 喧嘩したことは何回もあったけど、こんな風に傷をつけるような言い方はしなかった。

 こんな目はしていなかった。


「なんで……リオラ……?」

「なんで? なんでかって? ……ハハハハハッ! なんでだろうなぁ? 暇だったし、テメェを使って弄びたかったかな」

「もて……あそぶ……?」

「騙されて! それに気づかず! 一回ひっかけたら菓子を求めるガキみてぇに喰いつく。それが面白くてよぉ、滑稽だったなぁありゃ。あっはは! バッカみてぇ」

「最初から……? 私を見たときから……?」


 目が合ったときから、既に私は玩具扱いされてたの? あれは全部、演技だったの?


「わかりきったこと何度も言わせんな、学習能力のねぇ下等の猿が。ま、そりゃあサル相手にしては熱くなったときもあったが、もう冷めたな。飽きた」


 リオラじゃない。

 リオラだけど、リオラじゃない。得体のしれない何かだ。

 でも、私は信じたい。これが全部冗談だということを。嘘で終わって、笑って終わってほしいと。

 夢であってほしいと。


「そんな……ねぇ、嘘って言って。お願いだからウソって言って! ねぇ! 嘘だよねぇ! 嘘って言ってよ!? ウソって――」

「――っうるせぇ!!! ぶっ殺すぞ!」

 威風に押し倒され、社の階段に背を強くぶつける。真横から命を奪う龍の腕が頬を掠め、髪の一部を溶かす。木の板が壊れる音が鼓膜に響き、燻った臭いが鼻につく。

 目の前には、半ば龍と化した災龍の姿。眼前に映る紅蓮の瞳は、心臓を握り潰されそうなほど全身を圧迫させる。呼吸ができない。考えることができない。


「……ぅ……」

 私は押し黙った。黙る以外、選択がなかった。

「現実受け止めろよ、バーカ」

 離れ、そう見下しては吐き捨てた。

「――あぅっ!」

 胸ぐらを掴まれ、信仰地の中央まで投げ飛ばされる。4回ほど地面をバウンドし、入り口前まで転がった。土塗れになり、体のあちこちが痛い。呼吸ができない。苦しい。

「――ぅあふっ、ごぼっ、がふ……ぁう……ぁあ……」


 ねぇ、教えて。

 この人は誰なの?


「一度じゃ通じねぇようだから、もう一回言ってやるよ」

 もう……やめて……。


「オレはテメェの事が大っ嫌いだ。もう二度とそのツラ見たくねぇ。とっとと城に帰って、どっかの王子様とバカみてぇにお幸せになるんだな」


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