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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 一節 参人の王
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9.それぞれの想い

 アーク共和国。アミューダ地方南部に位置する広大なアーク海に浮かぶ島国で、商業に特化した貿易国。

 坂の街ないし白壁の街といわれ、真っ白な煉瓦でできた建造物が並ぶ。人々は活気溢れていて、船乗りも多いことから甲斐性のある人たちが多くいる。活発で温厚な国として知られるアーク国はアミューダ地方の中でも国際的国家として世界と繋がっている。

 アーク国の北東部に建つ教会の傍に聳える王家の居城の歴史は古く、海賊の襲撃や侵入に備えて要塞として建設されたという。そのため、城を囲む堅固な鉱物でできた外壁は高く、強固な作りになっている。その守備性は、高い山岳に囲まれたグリス国、50mはある頑丈なレンガ壁で守られたサルト国、強化ガラスのドームと最新のセキュリティ、電磁シールドが設けられてあるプラトネル国と比べればそこそこだが、ペリオネアス域の中ではトップクラスだろう。その要塞だった王城に10代目の若き王シーラス・マレアーノが住んでいる。


「で、どうだったんだ、そのサルト国のサクラ王女という御方は。僕はまだその顔を見たことがないからね、詳しく教えてくれよ」

 王城の広い一室でシーラスと同い年の親友、「エール・ロマーノ」が丸眼鏡をくいっと上げながら、爽やかな笑顔で訊く。

「美しさを深奥に秘めた、可能性広がる若い姫君だったよ。この壮大で美貌を体現するこの海にも収まらない女神の抱擁。広大な緑の地に咲く一輪華のような可憐さを優しい香りと共に漂わせていた」

 自分と語り合っているかのようなシーラスを絵画でも見るかのように見つめつつ、エールは頬杖をつく。

「で、つまりをいえば?」

「美しかった。惚れて当然だよ」

 途端、エールは大きく口を開けて笑いだす。口元を抑えながら、話す。

「あはははっ、シーラスってほんと、ロマンチックに例えるね。その言い癖治らないかな?」

「何を言っている。より伝えるためにこのような表現をしているのだ」

「普通に話しても十分に伝わるから大丈夫だよ」

 舞台公演なら良い方だけどここは現実だから、とグリス国産の豆でブレンドした珈琲に口を付ける。窓際にいたシーラスは指を口元に抑えては「そう言うなら、人生は演劇だよ」と頷く。「はいはい」とエールは返す。

「しかし、本当にそう表現したくなるほど可憐だった。何が何でも、その可憐な華を手折りたいものだ」


「はは、女性の理想ハードルが高いシーラスがそこまで評価するなんて、いったいどんな美女なんだろうね、気になるよ」

「奪うなよ?」

「既婚している僕がそんなことするわけないだろう」と呆れる。

「はは、そうだな。娘のルミは元気にしてるか?」

「あったりまえじゃないか! もぉーあの子は最高さいっこうに! 最高さいっこうに可愛くて可愛くてもう仕方がないよ! ルミは僕の――」

「もう良い、わかった。うん、元気なんだな」


 エールは自分の愛娘の話となると、興奮して熱説し出し、止まらなくなる。一度こうなると止めるのが難しい。

 そのとき、ひとつのドアが開く。海のように透き通った、蒼く長い髪に深海のように暗い藍色の瞳。首にかけてある碧いネックレスがとても似合う美しい女性が入ってくる。


「母上、やっと来ましたか」

 シーラスが笑顔で母上と呼ばれた女性を迎える。彼女の名前は「カイ・マレアーノ」。この国の前代国王の王妃、つまりシーラスの父上の妻に当たる。

 カイ王妃はさざ波よりも穏やかに、優しく撫でるような声で話す。

「ええ、待たせてごめんなさいね。エール君もずいぶん待たせてしまったようで」

「いえ、全然ですよ」

 エールにとってカイ王妃は親友の母親。特別緊張することなく他所の奥さんと談笑する感覚で会話する。


「仕事の方は順調?」

「勿論ですよ」

「流石、富豪財閥をもつ大商人ね」

「ありがとうございます」

 既にソファから立ち上がっていたエールは一礼する。


「シーラス、サルト国の王女はどうだったかしら?」

「はい、とても可憐で可愛らしい少女でした。絶世の美女……にしては少々幼いですが、それでも十分美しく、気高き存在でした」

「そう、ならよかった。そういえばなにか条件付きで婚約すると聞いたのだけれど」

「災龍討伐の件ですか? 大丈夫です。黒龍戦争対策のあらゆる武器を使えばなんてことありませんので。この海に誓って、災龍を討ち取ってみせますよ!」

 シーラスは誇り高く宣言する。その意志の声は空いた窓を通じ、この海に響いたことだろう。


     *


 グリス公国。ここはかつてひとつの広大な火山だった。だが、爆発的な噴火による火山体上部の陥没が原因で大きな火口状の窪地(カルデラ)が形成された。その窪地に人が住み始め、国家が立ち上げられたのが始まりである。

 溶岩の質がいいのか、風化して形成された土壌はとても肥沃で、多くの作物が育てられた。そして、カルデラの周りの外輪山に緑が栄え、津波をも守る堤防にして農地を豊かにさせる森丘となった。名をグリス山脈という。その山脈の窪地にできた都市は橙色の屋根でできたレンガ街が特徴であり、農業と漁業が盛んであることが有名となった。


 中央区に屋敷のように建つ王城にて。その敷地は広いものの、

「まぁ、そういうことだ。俺にしては結構分かりやすく言っただろ」

 誇らしく説明していたのは国王の息子エアリオン・グミニス。そばで彼の話を最後まで聞いていたのはエアリオンの弟ソラノム・グミニスだった。双子ではないが、顔がとてもよく似ており、区別が付くとしても髪型と声ぐらいだろう。


「へぇー、じゃあ何としてでも災龍を討伐しないとね、兄さん」

「あったりまえだ! ぜってー結婚してやるからな!」

 エアリオンは弟に向けピースをし、ニカっと笑う。弟のソラノムもそれにつられ、笑った。

「頑張ってね。でも災龍ってほんとに存在してたんだね」

「あ、ほんとだな。信じてなかったわけじゃないけど、普通にいたんだな」

「それに、災龍ってアミューダ地方に奇怪いろんな天災起こしているし、兄さんそんなとんでもない龍と戦って大丈夫なの? 何十年前だか忘れたけど、災龍討伐しようとしたら壊滅されちゃったって話もあるし。あの魔道軍も一瞬でパーンって……」

「それ聞いたら不安になるけど、昔の話だ。こっちにはそのときの何倍も戦力がある。他の国の軍力も利用すればいいし、黒龍戦争のときのが有り余っているから平気だって」

「まぁ……油断はしないでね」

「おうよっ」

 エアリオンはにっと笑ってみせた。「ホントに王子らしくないほど元気だね」とソラノムがからかったときだった。


「失礼します」

 部屋のドアから二人の召使が入ってくる。その青年召使の名はクレイト、もう一人は彼と同い年の女性エリスだった。ふたりはこの兄弟と幼い時からの仲だった。強いて言えば、この召使らとグミニス兄弟は先輩後輩関係に近い仲だった。

「お、どうした?」

 背は高めで好青年だが、その頼もしそうな顔に反し、もじもじとした様子でクレイトが話し出す。


「あの、どうでしたか、結婚相手」

「おっ、やっぱり気になってたか! お前も男だなぁ~」

「あ、あっははは、いえそんな」

「お前もサルト国に連れていきゃよかったんだけどな~、あとでじっくり話そっか。それで、エリスはどうした?」


 緑の髪を結んでいる、冷徹な表情ともいえるエリスが呟くかのように答える。

「もうすぐお食事の時間ですので」

「お、そうか、もうそんな時間か」

「はい」と機械のように返事する。

「いつも言ってるんだけどさ、そんな堅苦しくなくていいぞ? 俺みたいにゆったりしていけよ」

 そう言い、あっはは、と笑ったが、ぴくりともエリスの表情が動くことはなく、

「エアリオン様、従者である私の口から申し上げるのはおこがましいですが、そのように体たらくに過ごしていては、いつかぽっくりと逝きますよ?」

 ビュオ、と吹雪いたかのように差し迫った威圧。何故か殺気が混じったかのようだと感じたエアリオンは震える。

「うおぉ……なんか背筋が凍った……!」

「兄さん、とりあえずご飯食べて、早く災龍討伐の戦略考えないと。時間はないよ」

「まぁ慌てるな弟よ」

「その台詞好きだよねぇ。昨日も言ってたよね」

「災龍狩りに抜け駆けもフライングも駄目だと言われていたし、まぁ同時スタートして、隙みてサクッと討っちゃうから大丈夫」

「その大丈夫の根拠がわからないよ」


「あのソラノムさん、災龍って本当に実在していたのですか?」

 クレイトは何故か手を上げ、質問する。

「うん、何かそうらしいよ。どんな姿なのかは知らないけど、龍みたいな体型だと思うよ」

「存在していなければ、あの頻繁な天災の説明がつきませんしね」とエリスはぽつりと言う。

「じゃあ……"神殺し"もやっぱり災龍が?」

「そうなんじゃないかな。グリス山脈に穴を空けた原因はまだ解ってないけど、みんな神殺しによる天罰だと思ってる」

「作物も今年は不作ですからね。死んだ土壌が復活するのに何年かかるか……」

「そこは神様の力とプラトネルの技術に任せればいいよ。しばらく経済情勢狂っちゃうけど、まぁ前例はあるんだし、なんとかなるよ」

「弟様までそうお考えになられると、この先の国の将来が不安になります」とエリス。

「ははは、手厳しいね。口だけだよ口だけ」

「おい、おまえら、早く飯食いに行こうぜ」

 エアリオンは声をかけ、部屋を出ていった。「そうだね」とソラノムは兄の後を追い、二人の従者はその後ろを歩く。


     *


 プラトネル国。プリュート山脈とプラネル荒野の間にある、機械技術に特化した発展工業国。このクルム大陸の中で最も発達したテクノロジーを習得しているにとどまらず、この時代の中では1,2を争う技術力を誇る。

 優れた研究開発をしており、その例として、自動式電機車(俗にいう電気自動車)、無線連絡器(俗にいう携帯電話)など。

 国はドーム状のガラスに覆われており、街はある金属でできたビルが並ぶ。が、ビルの数よりも工場の軒数の方が多い。それだけ、機械開発に賭けているのである。国外の荒野も自国の領地であり、実験場として使われている。

 この時代において桁外れの未来的技術と発明、開発力、そして兵器力を持つこの国は未来的にして他の国と同じように身分階級があり、王城もある。プレイトンという首都自体がこの国の王城である。


 首都プレイトンのある建造物の一室でプラトネル国次期国王ランドスが話していた。

「で、どうなんだ、現在開発中のものは」

 それに答えたのはランドスの今亡き父親の親友のひとり、ランドスの友のひとりでもある、カナン・エックハルト科学長だった。

「あー、もう完成するってコールが言ってたわ。にしても坊ちゃん、いつからロボット工学にも手を付けてたんだい。機械開発だけじゃなくてそういうのも得意になるなんてな。感心するわ」

「ありがとな。でももういい加減"坊ちゃん"って呼ぶのやめてくれ。もう二十歳越えてんだ。恥ずかしいだろ」

「ンなこと言ってもねェ、癖だから治るかどうか……お、やっと来たか」


 広い王室に入ってきたのはランドスとカナンの友である軍隊長「エルドス・デュナント」と、カナンの兄であるコール工場長の友人「ダーム・ストローク」だった。

 カナンも含めランドス以外、皆3,40代をとうに越している。だが、年が離れていてもその関係は親しく、身分関係なく家族のように仲はよかった。


「遅いぞーふたりとも」

 ランドスが呆れた顔をして言う。ふたりは申し訳なさそうに苦笑して答える。

「いやーすまねぇ坊ちゃん、ちょっと指導と鍛錬に熱を入れてたらつい……な」とエルドスは頭をがさつに掻きながら言う。ランドスは呆れつつも、

「まぁいいけど――ってかエルドスも坊ちゃん呼ばわりしないでくれ」

「あ、すまねぇすまねぇ。へへっ、癖なもんでつい言っちまうんだよなー」

「はぁ~まったく、おまえもか……で、ダームはまた素材の仕入れ?」

 ダームは巨漢のエルドスよりは細いが、筋肉が締まっているがたいの良さをもっている。見た目通り力はあるものの、戦いにおいては経験が少ない。口数が少ない彼は、素っ気なく返した。


「そんなもんだ。さっきコールに仕入れた素材を提供しに行ってたとこだ」

「コールも区切りつけてくればいいのに。てか来ないと困る」

 ランドスの言葉に続きエルドスが豪快に笑って言う。

「まぁこの新兵器開発企画に一番必要なのってコールだしな。いくら天才的な発明力と開発技術を持つ坊ちゃんでも、さすがに苦労するぜ? がっははは!」

「だから坊ちゃんいうな」

 口を尖らす。慕いつつも、このようにいじられるのが日常茶飯事だ。

「話変わるけど、正直災龍討伐の鍵を握るのは俺らプラトネル技術じゃね?」

 半目のカナンがにやけつき、調子に乗った口調で言う。椅子にどっかり座っては足を組む。

「まぁな。アークやグリスの最新武器も俺らが開発したんだしな」

「開発ってより設計だったな。開発は補助程度だ」

 ランドスに続き、エルドスも答えた。

「なぁ坊ちゃん、即行災龍倒してサルトの王女ゲットして、俺らに紹介してくれよ?」とカナンはわざとらしい口調でからかった。

「ばっかかお前。紹介したら結婚の意味がなくなるだろ」

「あ、ほんとだな。坊ちゃんの言うとおりだ」

「だから坊ちゃん言うなって!」

 ははは……と笑い声が交わしたとき、部屋のドアがゆっくりと開く。全員がドアの音に反応し、振り向く。

「お、来たか」とランドスは椅子から立ち上がり、その人物――コール工場長を迎える。

「じゃ、戦略会議を始めようか」


     *


 サルト国。その中央区王都サンディーノに聳え立つ王宮のとある一室。その部屋には一人の少女がベッドに横たわり、茫然と目の前の白い壁を見つめ続けていた。


「失礼します」

 ノックの音とともに、ドアから召使のウォークが入ってくる。


「……」

 まるで命を失ったかのように横たわっている少女サクラを、召使ウォークは少し戸惑いつつ、見つめた。

「紅茶を淹れますね」

「……」

 返事がない。それでもウォークは会話を続ける。


「外を見てみてください、今日は快晴ですね。外も暖かくなっていますよ」

「……」

「もうすぐ春ですね。今年の桜もさぞかしきれいでしょうね」

「……」

「サルト春季名物の千本桜の桜吹雪も楽しみです。今年もレインたちと花見大会を開きましょうね、王女。レインとサニーとクラウのトリオ芸も、まぁ期待半分で楽しみにしましょうか」

「……」

「……リオラも一緒にいれば――」

「やめて!」

 しん、と静まり返る。だが、ウォークは苦心にも話し続ける。

「……リオラは、本当にそんなことを言っていたのですか?」

 いまだに信じられないような表情。ある一時を境に、サクラはずっとこの調子だった。無気力にして嘆いた表情。誰に対しても何も返してくれない彼女に、召使は為す術もなかった。

 事情はウォークにのみ話してくれたが、それでも慰めの言葉は傷のついた心をさらに抉るだけだった。

 召使の望みは叶ったのかもしれない。しかし、それは形だけに過ぎない。この結末は望んでいなかった。求めていたものではなかった。

 それならば、前のままがよかったと後悔した。事情や理由がなんであろうと関係なかった。これ以上、サクラの傷ついた顔は見たくはない。そうウォークは切に願うも、この息苦しくも離れがたい場所に漏れる嗚咽は収まることはない。


「――わかんないよ! もう、なにがなんだかわかんないよ!」

 サクラはベッドの毛布に蹲り、体を震わす。吐息のように囁き、声を捻り出した。


「なんで……あんなこと……もう、いや……っ、いままでずっと……! 騙されて、遊ばれて、裏切られて! じゃあいままでの楽しかったのもリオラが泣いてたのも笑ってたのもあのときのことも……なかった、こ、と……う……うぅ……ああぁ……いやああああああああああ!!!」


 羽毛に包まって泣き崩れる。

 部屋中に響く、悲哀。彼女は今まで過ごしてきた記憶が幻滅に変わり、虚偽へと崩れ落ち、虚無へと飲み込まれる。

 ウォークは静かに、その部屋を出た。一枚の紙切れを残して。


     *


《リオラ》

 今宵の夜はいつもよりも暗く、重く感じた。いつも痛む傷がさらに痛い。


 痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――。


 なんでこんなに痛い? なんでこんなに苦しい?

 理由は分かる。わかるけど、わかんない。もうわかんないんだよ。

 なんであんなこと言ったんだ。

 普通に言えばよかったはずだろ。なのになんで……。


 ただ、あいつを幸せにしてやりたかった。

 だってそうだろう。こんな未来のない自分より、未来のある人間についていけば幸せに、平和に暮らせる。だからこうしたんじゃないか。あんなバレバレの嘘で信じてしまうなら、なおさらだ。

 でも……本当は嫌だった。

 ずっと、ずっと一緒にいたかった。愛したかった。

 けど、それを自らの手で放した。突き飛ばした。


 ごめん、本当にごめんな。

 だけど、おまえの幸せを考えると、こうするしかなかったんだ。

 オレ……結局、あいつにとってのヒーローになれなかったな。

 やっぱり悪役は悪役だ。

「……ほんとに……っ! ごめんなぁ……!」


 つぼみが膨らむ木々の下、ひとつの声が大樹から囁かれた。

 その幹からあかい、あかい雫が滴っていた。

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