3.失望
《サクラ》
「えっ?」
あまりの驚きに、声すら出なかった。
お父さんが嬉しげに話した内容。
結婚、と言った?
それも今から見合い?
サプライズにしてもそれは計画の一環だから事前連絡は必要だろう、と考えても仕方がない。
本気でいっている? 今はそれしか言葉が出ない。
「婚約者は3人。アーク国国王シーラス・マレアーノ、グリス国王子エアリオン・グミニス、プラトネル国王子ランドス・プレイトン。王子ふたりは世代的に国王と任命されているから、若き国王3人、だな。その3人の内ひとりを、サクラと結婚させる予定だ」
許嫁の制度を知らなかったわけではない。しかし、お父さんはお母さんが亡くなって以来、頑なに許嫁や求婚は悉く断ってきていた。それなのに突然、しかも3人選ばせるなんて。
なにかあったのか。それとも、気が変わったのか。気分屋の正反対であるお父さんにはあまり考えられないことだが。
「え、と……え?」
「すまんな、こちらで勝手に決めてしまって。だが、おまえも18歳だ。少し考えてはくれぬだろうか。シーラスは24と若く、国民に信頼されている頼もしい好青年だ。エアリオンとランドスは同じ21歳だ。エアリオンという男は剣術に長けている心優しき騎士で評判らしい。ランドスという男は機械の最新技術の開発に励んでいる情熱的な青年だと聞く。まぁ最後に決めるのはサクラだが、とにか――」
「ちょちょ、ちょっと待って! なんでそんなこと……え? いきなり? なんで3人同時に?」
「結ばれる歳は生まれてから18年。サクラの年齢に合わせて、3人同時に求婚してきたのだろう」
せっかちな奴ばかりよ、とエンレイは呆れたように言う。
そもそも、許嫁の制度自体、せっかちなようなものだが、そんなことはどうでもよかった。
「そんな……」
気が進まない。
今まで他人事のように考えていた結婚。他の誰かと結ばれるつもりなどなかったし、今はお互いに想いを通じ合えた人がいる。
私にだって、好きな人はいるんだ。
「そんな顔をしてどうした? 嬉しいことではないか! 優秀な3人の王の中から選べるのだぞ」
「うん……でも……」
お父さんは嬉々として話す。ここまで嬉しそうな顔をした父は本当に久しぶりだ。
――違う、この笑顔は昔のお父さんのものではない。あのときと同じ、嬉しそうな感情を表しているのだったら、どうしてこんなに不安な気持ちが湧き上がってくるのだろう。
「だが、本当にサクラと結ばれる男に相応しいのか、私からある条件を3人に与えた」
条件、という言葉を聞き、私はほんの少し安堵した。
言ってしまえば親バカな父親のことだ、やはり3人には無理難題を突き付けたに違いない。それも、誰にも成し得ないような理不尽極まりない依頼を。条件を達成することなど不可能。ちょっと性格が悪いが、確勝的な笑みと考えれば、まだ説明はできた。それならば何故、3人を持ち上げるようなことを言ったのかは謎になるが。
お父さんの突きつけた条件って何だろう。興味を持ち、少し話に食いついた。
「え、なに条件って?」
嬉々とした父は、口を開く。
「災龍の討伐依頼だ」
――……。
「……え……?」
視界が眩む。思考が一気に真っ白になり、真っ黒に塗りつぶされる。
いま、なんて言った?
サイリュウヲコロスッテイッタ?
「お、お父さん、今なんて……」
聞き間違いであってほしい。その願いを込めた上でもう一度聞いた。
だが、現実は通用しない。
「災龍の討伐だ」
悪寒が走る。まだ冷える時期なのに冷や汗がにじみ出る。
嗚呼、そういうことか。父が嬉々とした表情の意味が、やっと解った。
酷いどころではない。狂っている。
それでも世間一般では当然の考え。だけど、父の嬉しそうな声にはやはり、狂気がある。
狂喜の裏にある憎悪。その奥に蠢く、得体の知れない、気持ちの悪いもの。
いや、それよりも吐き気がするほどおぞましいのは――。
今の父の目に、私の姿など映っていないことだった。
「どうして……そんな条件を……」
精一杯の声を振り絞ったつもりだった。
だが、父の空っぽの笑顔は今も続く。
「数百年も続く天災を止めるためだ。死傷者もいない訳じゃない。それに、神殺しの一件で町の損壊はさらに激しさを増した。今は落ち着いているが、だからこそ、今の内にその元凶を抹消しなければならない」
なんとも正統派な意見だ。正論。常識。善行。偽善であろうと、その意見は民を救う案として確立する。
それでも、私には建前にしか感じられなかった。側近召使や4英雄が言うのとはわけが違う。
「いい加減、危険因子と隣り合わせは御免だろう。だから、その危険に対する恐怖を終わらせおうと思ってな。それに、今はプラトネルやグリスなどで先進的な開発が進んでいる。容易に災龍を打ち取れるはずだ」
まずい。今はまずい。
リオラはまだ療養中だ。冬を越したとはいえ、王龍との戦いからまだ日は浅い。あの出来事によって刻まれた無数の傷と身を侵す毒に未だ蝕まれている。辛うじて再生はしていて、冬の間色々なところへ連れていってくれるほどの元気はあったが、まだ完治していないし、顔には出さなかったものの、かなり無理をしていた。
それに、この間はかなりひどかった。外見も直視できないほどまでに変わり果て、毒素で近づけないほどまでに体質が悪化していた。心配だったのは当然。だけど、リオラに怒鳴られて帰されたっきり、信仰地に行っていない。
とにかく、この星の全人類が死んだ時の苦痛よりも大きな傷をつけられたのだ。流石の彼でも、4国の全戦力を相手にできる程の力は、今はない。
タイミングが悪すぎる。狙っていたかのようにさえ感じてしまう。
「だ、だけど災龍って別にそんな怖くもなかったし、危険とも思わなかったし……」
「サクラがそう言えてしまうほど、災龍の実態について知らなくても仕方ないことだが、文献や年代史以上だ、災龍の恐ろしさは。それに、現に被害は数百年にわたりいくつも発生している。この国はたまたまその破滅的な被害に遭わなかっただけだ」
「それはそうだけど……」
「いつかこの国が襲われ、滅んでしまう時が来るだろう。そんなことが起きる前に、その危険因子を摘み取る――いやあ、消し去らねばな」
「で、でも災龍はそんなワザとやってるわけじゃ――」
途端、怒号が部屋と私を揺るがした。
音の圧力。押し潰されそうになった私は肩を縮め、目をつむってしまう。
「お前は何が言いたいんだ! そんなに災龍を庇いたいのか? 昨年の初夏から何を無我夢中で調べていた? あれだけ時間を費やして何を学んだんだ!」
「……っ」
「いい加減目を覚ませ! あれはバケモノだ! お前の母さんを殺し! 罪なき民を殺し! 神殺しを犯した人類の敵だ! この世に生きていてはならない存在なんだ!」
筋肉が硬直してしまう。口元が震える。涙腺が緩みそうになる。まるで深海に放り込まれたように、全身から水圧が圧し掛かり、委縮してしまう。
だけど、最後の言葉で私の感情はひっくり返る。押し潰されそうな水圧を押し返した。
「そんなに言うことないじゃない! リ……災龍の中身を知ってるわけじゃないのに! それにおかあさんが死んだのは災龍って言える確信はあるの!?」
「煩い! お前こそ災龍の事なんか知るはずもないだろ!」
「私は! ……な、ないけど……」
危うくリオラと関わっていることが知られるとこだった。冷静に戻る。
だけど、父の怒りは収まらない。
「知らないのなら何故そんなことをほざく! バケモノはバケモノだ! とっととゴミのように始末されてしまえばいい! 醜く死ぬことしか人を喜ばすことができないクズそのものだ!」
説教ではない。今まで怒られることはなかったわけじゃないが、必ず私の為に厳しくしかってくれていた。大らかで厳格な父の優しさだった。
だけど、この父の怒号は説教という幻覚。見せかけにすぎない、ただ感情をぶつけるだけの行為。
「とにかくお前はこれ以上口を出すな! 決めたことを変更するつもりは微塵にもない! ……わかったか!」
「……はい」
父の怒りの前では、問答無用だった。
日に日に怒り、狂いを増す王。本当の父親ならば先入観だけで捉えない。なのに、自分の妻を殺した疑惑があるだけで、完全に抹消しようとしている。
愛の深さは憎しみに比例すると、誰かから聞いた。それだけ、両親の愛は深かったのか。
そうだったとしても、結局は自分の為じゃないか。人々の為、娘の為とか言っといて、本当は自分の妻に対する恨み晴らしや、この狂いかけている精神病を抑える為ではないか。
人間は結局自分の為に動く。自分のプラスになることを求める。人の為になっているって言われるのは自分の都合が他の人と重なっただけ。迷惑な人がいて、自分が邪魔だと思うから消した。自分と同じように迷惑だと思っていた奴らがその迷惑な奴を消した自分に感謝する。これで人の為に何かをしたことになる。
人の喜びが見たいために頑張る。自分がすっきりしたいから頑張る。それが人の為にやったことへと変換され、繋がってしまう。
結局は人の為に見えても根本的には自分の為。そうウォークから教わったことがある。とても歪んだ考え方だと、そのとき言ったっけ。
「……」
ウォーク。ウォークなら、なんとかしてくれる。助けてくれるはず。
お父さんが部屋から出ていったあと、少しの時を待って、お父さんの案内で3人の王との見合いをした。見た目も中身も魅力的だと思うには思ったが、好きになることとは別。結婚するつもりはなかった。
3人の王らは災龍討伐の戦力を立てるため、意気揚々と一度自分らの国にそれぞれ帰られた後、私はある召使に会いたくなり、14日間に一度の肉体点検で専門の病院へ外出している彼の帰りをただ待った。




