2.3人の国王と1人の父親
長く、厳しい寒さの中にも、春の足音が感じられてきた。
アミューダ地方は4ヶ月にわたる冬に終わりを告げようとしていた。積もりに積もった雪原も溶けはじめ、土や草が芽のように現れ始める。残雪は残りつつも、風は温かさを増してきている。鳥のさえずりも聞こえ始め、冬眠していた動物も、土の中で身を潜めていた虫も地面や樹から顔を出す。
そんなある日、サルト国の王宮に来訪客が訪れる。どこかの貴族でもなく中央大陸の政府の役人でもなかった。軍を引き連れている。それも3つ。どこかの国の王族のようだ。
3国同時の来訪。偶然重なったのか、予め設定した計画なのか。
アーク海にある島国「アーク国」。
カルデラから形成された、グリス山脈の谷内部の緑あふれる森丘国「グリス国」。
プリュート山脈の雪原地帯とプラトン荒野の間にある先進国「プラトネル国」。
それらの王と王子らの王族が王宮に訪れる。
鏡の間という王族専用の大会議室。アミューダ4国のトップが顔をそろえ、会合が行われる。黒龍神対策会議以来だった。
「3国方々が、ここまで直接来たということは、やはりあの文の返事が納得いただけなかった、と捉えていいのだろう」
カツカツと、壮年の男は彼らの後ろを歩き、空へ語る。
「だが、そう決めつけてはならない。別件もあるだろう。それを踏まえて、あなた方に問おう」
空いた席の前に立ち、彼らを一望する。
「――どういった御用で?」
サルト国国王、エンレイは厳格な表情で、しかし呆れた目で本題に入ろうとする
喋らせないという鎮圧。問ているのに解わせない矛盾。
沈黙が走る中、最初に口を開いたのは青い髪をしたアーク国の若き王、「シーラス・マレアーノ」だった。
「では僭越ながら単刀直入に申し上げます。貴国の王女を私の妃にしたいのです」
言葉通り、単刀直入。よく言えたもんだとエンレイは眉を寄せ、目を細める。重たい口が開いた。
「……ほぉ、これはまた随分と直入に言ったもんだ。しかし、言葉に気をつけろ」
「エンレイ国王! 私からもお願いがある」
横から言葉を割ってきたのは、グリス国の王「レンブラント・グミニス」だった。
エンレイよりは年をとっているだろう、その50代後半に近い風貌をし、老いたグリス国の王は、今までの会議での偉そうな態度とは異なり、エンレイに頭を下げ、頼み込む。
「……なんでしょう、レンブラント王」
「私の倅のエアリオンをそなたの娘と結婚させてほしい」
そう言った途端、隣に座っていた緑の髪をしたひとりの青年が椅子から立ち上がる。
「国王様、恐れながら申し上げますが……どうかわたくしとサクラ王女の婚約の許可をお願いします」
グリス国王子のエアリオン・グミニスは、緑髪越しにぎらつく真剣な眼差しで、エンレイに頭を深く下げる。
「そちらもか。では……ん、おまえはドラーグ・プレイトンの子だったか。ドラーグの王はどうし――いや、すまん。そうだったな」
赤い髪をさっぱりと短く切っている青年「ランドス・プレイトン」はエンレイの察しに応え、少し沈んだ表情で小さく口を開く。
「はい。先月、病で……」
「……もういい。では、一応聞こう。そちらはどんな用件で来た?」
「はい、そちらの2国と同じく、わたくしランドスをサルト国王女と婚約してほしいのです。必ずや、お幸せにしてみせますので」
深い礼。赤い髪の若者のランドスも力強く頼み込む。
要望を聞いたエンレイはわかりやすいほどまでに深い溜息をつく。本人にとっては、胃が痛くなるような、そんな顔をする。
「3国揃って求婚か……私の一人娘を……そんなに欲しがるとはな」
低く、ハッキリした声で話す。その声から放つ重圧に、その場の全員が息を呑む。
そして、タガが外れたように、エンレイの表情――否、雰囲気が豹変する。
「まったく、呆れた奴らだ。そもそも言葉の礼儀がなっておらん。本当に我が娘と結ばれたいのか? 馬鹿馬鹿しい……百年早いわ!」
制圧された空気。重力が2倍、3倍へと重くなる圧覚。全員が弾圧される。いつものエンレイ王じゃない。深くかかわってきたグリスの王はそう感じた。
沈黙。だが、しばらくの後、エンレイから語り出した。
「……と言いたいところだが、婚姻の許可を下そうかと思う」
二人の王子は一瞬だけ喜びの安堵を表した。アーク王シーラスは真剣な顔つきのまま。
ただで許可が下る訳がない。そう考えたシーラスの予測は案の定、当たる。
「――だが、条件付きだ」
「なんでしょう、その条件とは?」
シーラスがすぐに訊く。
エンレイは全員を見、この鏡の間に響かせるほど、重圧のある声で言い放つ。
「災龍の討伐だ」
その場の全員が驚く。目元に深い皺ができるほど、エンレイは不気味なほどに笑っていた。
「エンレイ国王! 一体どういう――」
「災龍を討伐した者をサクラの婿にしてやろう。何、そんな驚くことはない。そちらには黒龍戦争で作り上げた十分な兵力や戦力が有り余っているではないか」
「確かにそうだが……」
「それらを活用しても良い。兵器で討伐した場合、その兵器を所持している国の王を婚姻対象としよう。この地方の英雄にもなり、懇願の結婚も実現する。一石二鳥ではないか!」
まるでどこかのおとぎ話。災龍がどれだけ恐ろしいかも、どれだけ発見が困難なのかも、3国は知っている。だが、唖然としたのはそのようなこと以上に、あのエンレイ国王がそんな条件で自分の娘を引き渡すと言っていることだった。
我が娘の言い方が――扱い方が、家族の一人としてでなく、まるで道具として利用しているような。そう察したのはレンブラント王のみだった。
「エンレイ……やはり貴様は災龍に……」
レンブラント王は奥歯を噛み締める。だが、それは悔しさゆえではない。古くからの友が呪われたように変わってしまったことに対して、憐れんでいる。災龍のせいで、狂ってしまった友に何もしてやれないことにもどかしさを感じていた。
「どうなさいました、レンブラント王よ。何かご不満でも?」
「いや……何も……」
「しかし、災龍の実在自体を疑うわけではないが、それ相応の情報が要る」
アーク国王シーラスの言葉に、エンレイは思いついたように返答する。
「ああ、それなら問題ない。災龍に詳しい者がこちらにおる。信憑性は保証する。後に紹介するとしよう」
「それなら良いが……」
「あぁそれと、3国同士で奪い合おうとするでないぞ? 協力せねば、到底災龍を討伐することは不可能だからな。期限は問わないが、迅速に対応しなければ、私の気が変わってしまうかもな」
にやりと微笑むエンレイ。この男から災龍に対する狂気的な執着が垣間見れた。3人の王は顔を見合わせる。
「……どうだ? この条件に乗るか乗らないかは貴様ら次第だ」
三人の王が黙り込む。見合うこともなく、見つめていた先は、自分の数か月後の未来。そのビジョンに光があったのか否か。
だが、その目に一切の迷いがなかった。
「――必ずや、災龍とやらを討伐し、その首を持ってきましょう」
代表としてシーラスが、芯の通った声で叫ぶように宣言した。




