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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 一節 参人の王
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1.生を奪い、身を蝕む呪いは消えることなく

《リオラ》

 おまえと出会ってからこの数か月、いろんなことがあったな。


 まぁ、いちばんすごかったものは王龍を入れた7頭の黒龍神とバカみてぇに多すぎた龍群との正面衝突。千年以上生きてきたけど、あれほどトンデモねぇことはそうそうない。身に刻まれるほど記憶に残ったよおかげで。ああ、順調……じゃねぇけど、まぁまぁってとこだな、怪我の方は。


 ああ、もちろん、それは二の次に印象に残っことだ。そのあとのこともしっかり記憶に刻まれてるよ。ったりめぇだ、今も同じ想いだ。……言わせんじゃねぇよ馬鹿野郎が。

 むしろそっちはどうなんだよ。あぁごめん、そんなわけないよな、ああ、ごめんって、痛いから物投げつけるのやめろって、はは……。


 雪が降り積もった外の世界の景色は、夏に訪れたときとは結構違っただろ。まぁオレがたくさん地形変えちゃうほどぶっ壊してきたけど、それは置いといて、どうだった?

 はじめてだろ、こんなにいい雪景色を見たのは。きれいだったか? それならよかった。

 ん? 寒かったって? オレは全然だったけど……。でもまぁいい経験じゃねーか。王宮の中じゃこんな寒い思いしないだろ。

 危うく氷漬けになるとこだった? あっはは、そりゃあ言いすぎだ。プリュートなら有り得るけどな。

 一番良かったとこはどこだった? あぁ、シェイダか。絶景は冬でも絶景だからな。あの景色見てなにも思わねぇやつはいねぇだろ。

 あそこの凍った河も良かったな。……おい、なに笑ってんだよ。湖の氷が割れて落ちただけだろ。オレは龍以上に重たいから仕方ねえじゃねぇか。ったくよ、湖蒸発して半分ぐらい減ったしよぉ……にしても、おまえ氷の上滑るの上手かったな。王宮でなんか習ってるのか? へぇー、じゃ才能だけなんだ。すごいな。


 で、夏のときに行かなかったとこも行ってきてどうだった? そうか、よかった。なんか嬉しいな。

 ……いや、おまえが嬉しそうな顔してるとこっちも嬉しくなるな……ってな。だから今、めっちゃ幸せだ。

 ――いたっ、だから物投げんなって、その照れると物投げつける癖やめろ。まぁ全然痛くないけどな。


 ……人間らしくなった? オレが? ……まぁ、おまえがそう思ってくれるなら、いいか。オレはそんな実感ないけどな。ま、初対面の時よりはマシになったとは思うけどよ。


 それで、王宮の方はどうなんだ? ふーん、楽しく過ごしてるのか。何よりだな。まぁあの召使によろしくって言ってくれ。ああそう、そういう名前のやつ。

 ……ん、どうした? ……そうか、ならいいけど。

 なんかあったら相談してくれ、力になれなくても話は聞くから。あ、いや、ごめん……こんな化け物が付け上がってたら駄目だよな。……え、そ、そうか……? ありがとな。でもそんな気ィ使わなくていい。ははは、まぁその通りだな。

 じゃ、そろそろ帰った方がいい。あの召使が心配するぞ。

 おう、また明日な!


     *


 ……――。


 薄暗い鍾乳洞。その中央にはぽっかりと飛竜一頭が入りそうな天孔があり、そこからしんしんとしっとりした雪が冷たい光と共に注がれてゆく。斧石の壁がありつつ、月長石が天孔から差し込む光を干渉し、青白いシラーが洞窟の中を仄かに照らす。月光のような虹彩に鍾乳洞と棚田のような階段河は幻想的な光に染まる。

 その宝石の月光に照らされるものがもうひとつ。この冷たいほどまでに寂寞とした世界に唯一息をし、熱を放っていた生命。斧石の壁や褐簾石の地面に鋭い爪が生えた指をやさしくなぞり、文字のようなものをゆっくりと描いている。指をなぞった後が溶け、削岩されたように抉れては跡として刻まれる。


 生命の名は災龍。人と龍の姿を持つ、神話の厄神ゲナが具現化したとされる竜人族である。

 災龍の真名はリオラ。見た目は紅蓮の髪と深淵の黒を混じり合わせた煉獄色の瞳を持つ青年。だが、彼の身体には無数の生傷があり、今もその傷から血が流れては瞬く間に赤い霧として蒸発し、光の照らされた虚空に消える。


「今日もそこにいたか」

 一人世界に入り浸っていたリオラは描く指を止め、陽炎を引き起こす熱い息を荒げては右を見る。

 山菜が入った籠を担いだ背丈4尺の小柄な老人。着込んだ服はとても温かそうで、福神のようなやさしい細目には真剣みを帯びている瞳があった。


「じいさん……今日は薬もってねぇようだな」

 ビギリ、と爪痕のような罅が、小人ともいえる翁の足元にまで瞬時に達する。胡座をかいていたリオラの地面に触れた右手の指から伝っていた。


「……そう威嚇するでない。今日は話をしに来ただけじゃ」

「話だと?」


 翁はリオラの元へ小さな歩幅で歩む。しかし、歩み進める程、行くのを躊躇い――否、近づきたくない感情が湧き上がる。

 肌を刺さんばかりの威圧。冬というにもかかわらず、汗が噴き出るような熱波。同族とは思えない違和感の塊が目の前にある、いわば何をしでかすかわからぬ獣でも見ているかのようだった。

(この神経を掻き乱されるような感覚……竜喰らいの猛獣の方がまだ可愛く見えるわい)


「アポラネスを討ち取った後、瀕死だった……いんや、心臓を潰され、脊髄や脳ごと神経回路が散り散りになったようなおまいさんは死んだに等しい。それでもこうやって生きているのは奇跡以上に、呪いとも言い表せる」

 そう言いながら、懐に掲げていた瓢箪と盃を取り出しては瓢箪の口から透明な液体を注ぐ。


胆藍酒たんらんしゅじゃ。苦味はあるが、竜人族ティエンレイが好む味じゃ。おまいさんに合うかは別じゃがな」

 眼球をぎちゅ、と動かし、リオラは注がれた盃を持っては翁の盃をカツン、と乾杯してはすぐに飲み干す。盃を地面に置くが、リオラの触れた場所が炭化し、パラパラと枯葉を握り潰したように粉となる。

(……これでも、抑えている方か)


「どうじゃ、口に合うか?」

 静かに翁は訊く。

「……すまねぇじいさん。味、なにも感じねぇ」

「……そうか」

 翁は少し悲しそうな顔をする。もはや感覚まで失ったか、と息を吐いた。


「だけど、ちょっと落ち着いた」

 重力にも似た威圧が軽くなる。ほんのすこし安堵した翁は、

「……それならよかったかの」

 ほっほ、と笑う。しかし、リオラは怪訝そうな顔をしたままだった。


「呪い、か……。じいさん、オレの病気たいしつは王龍と戦ったとき以来、日に日に悪化するばかりだ」

 リオラの体質は酷さを増していき、近づくだけでの草木の腐食は勿論、とうとう信仰地のアマツメの大樹でさえ枯れさせかけた。触れなければ済んだ問題が、近づいただけで命を奪うようになってしまっていた。


「じいさんの薬のおかげでいつものようにサクラと接することができていることには、本当に感謝している」

 リオラは翁に一礼する。しかし、翁は笑うことなく、盃の酒に口を付けては、


「じゃが、副作用リバウンドが激しいじゃろう」

「……ああ」うつむき、頷く。触れた頬。痛みを堪え、手のひらを見てみれば、肉の混じった血が付着していた。


「3つき……これでも長持ちした方じゃ。本来のお前さんなら、すぐに適応してわしの下品げほんもただの粉と化していた。あの娘さんには感謝せねばなぁ。あの女子おなごの存在が、おまいさんの精神と身体を安定させ、同時にリスクを伴う爆薬となっておる」

「……もう、抑制する漢方薬も効かねぇってことか。……あいつとはもう、会えねぇのか」

 悲しい声。虚しさを感じさせる弱い声は洞穴に響かず、消えていく。


「おまいさんは少々、薬をあてにし過ぎたようじゃな。弱さが出た。じゃが、それが悪いとは言わん。普通なんじゃ、それが」

「……」

「けどのぅ、おまいさんを処方する薬は世の万能薬でも最先端の医療医術でもない。あの娘さんか、自分自身の強さしかないんじゃ」


 リオラはサクラの笑顔を思い出す。それだけでも、十分幸せな気持ちになれるはずだったのに、今はどうしてか息苦しさと寂しさを感じてしまう。

「おまいさんの身体にとって、薬はただの食材の一種。医薬として頼ることすら弱さとなるようだの。甘んじることなかれ、委ねることなかれ。それが、おまいさんの生き方なのか」

「……結局は、自分自身の問題だってことかよ」


 本当は、誰かに頼りたかった。甘えたい自分だっていた。それが本能として拒まれるなら、どうやら自分は相当な時の間、遺伝子に刻まれるほどの孤独を味わっていたのだろう。そうリオラは目の前の壁と地面の文字を見つめる。


「そうじゃな。……まぁ、理解してくれるガールフレンドがおるだけでもええじゃないか。それも月に咲く三珠の華の如き美しいサルトの国の王女。おまいさん、恋の方では相当な贅沢をしておるぞ。世の男共は恋人すら得ることが困難だというのに」

「それは……よくわからねぇが、サクラといっしょにいられることは本当に幸せだと思っているし、感謝はしている」

「堅苦しいの~。本当にもったいないわい、といいたいとこじゃ。あの娘、今も可憐だが、将来は絶世の美女になるじゃろうなぁ」

 からかう翁に、リオラは溜息をつく。

「何とでも言ってろ。オレは見た目で惚れたわけじゃねぇんだ」

「ほっほ、嘘じゃな。一目惚れと見た」

「……うっせぇ」

 そっぽを向く。その様子に「まだまだ初心ウブじゃの」と笑いながら盃の酒を飲み干し、再び注ぐ。


「それで、この壁画……ではないのぅ。文字……竜人語の古語か」

「……あんまりじろじろ見るんじゃねぇよ」

「ほっほ、やっぱりあの娘のこと随分と惚れ込んでいるなぁ。あの7行目のとこなんか――」

「おいじじい! これ以上言うんじゃねぇ!」

「なぁに恥ずかしがっとるんじゃ。ここにはわしとおまいさんしかおらんぞ?」

「そう言う問題じゃねぇ!」

 必死に言い返すも、翁は嬉しそうにニヤニヤするばかり。すっかり弄ばされている。


「なるほどのぅ。この言語にしたのは、誰にも読めないように、あの娘とおまいさんしか読めないラブレター……ということじゃな? 壁に刻み書いたのは紙とペンを持てないからか」

「いちいち解説するなって! なぁじいさん、もうこれ以上口を出さないでくれ。夢中で書いた自分が恥ずかしくなる」

 紅潮した顔を片手で隠し、座っている場所が熱を帯び始める。「あちち」と翁は立ち上がり、2丈ほどリオラから離れた。


「その夢中こそが恋じゃよ。ほっほ、若者同士、もっとアツアツになってみればどうじゃ」

「オレが熱くなったらアイツ溶けるだろうが」

「あ、ホントじゃの。ウマいこと言うたな」

 そう言い、グッドサインをリオラに向ける。


「全然シャレにならねぇからな。あとオレは齢1600だ。爺さんよりは少し若いけどな」

「ほほー、こりゃびっくりだの。290しか差がないのか」

 驚いた素振りを見せるが、リオラにはわざとらしく見えた。

「ほっほ、面白い話も用件も言うたことだし、おいとまするかの」

 ほれ、お土産じゃ。と翁は筍をリオラの方へ放る。手で掴めば瞬く間に黒炭と化すので、リオラは口で受け止め、咀嚼する。


「話を戻すが、もうおまいさんに通用するような薬は提供できん。今さっき飲んだ薬酒で最後じゃ。あとは……自分で何とかなさい」

 ごくりと筍を飲み込み、リオラは翁と面を向ける。

「……あぁ。今までありがとな、じいさん」

「なぁに、こっちは礼をしたに過ぎん。王龍アポラネスを討ってくれなきゃ、今頃世界は原始時代に逆戻りしていたからのぅ。あんな龍が存在するのは"シェンリャン"の世界だけで十分じゃて。それ、わしはこれで」

 幸福と医薬の神"シュダール・ヴァラハン"のご加護があらんことを。

 そう告げては、翁は鍾乳洞の光ある出口へと向かっていった。影に混じり、見え無くなるまでリオラは見届けた。


「……オレ自身でなんとかするしかねぇのか」

 今のまま、頼っていちゃ駄目だ。

 そう実感したリオラは、「畜生が」と呟き、寝っ転がる。

(……あいつには頼ってもいいよな)

 そう自問するが、返ってきた自答こたえは当然でありつつ、認めたくないものだったので、リオラはただ彼女と過ごしてきた日々を思い返し、瞳を閉じた。

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