5.1000万対1 Surrounded by Enemies.
炎獄の大地が赤き草原のように燃ゆる中、災龍ひとりが佇む。視線の先は、オーバーヒートを免れた、後方の龍群。
その数は結構減ったが、それでも大群であることに変わりはない。一体何万、否、何百万単位でいるのか。
だが、その侵攻は今、ぴたりと静止している。人ほどの豊かな感情はなくとも、恐れをなしていることは目に見えていた。
「……」
しかし、変なことに黒龍神が一頭も見当たらない。どこかに紛れ込んでいるのか。
「何にしろ、この群は見過ごすわけにはいかねぇ」
龍群――獣竜、飛竜、海竜種が主。計82種。
平均全長――25m
平均重量――20t超
走行速度――51km/h
初期頭数――1890万頭
現在頭数――1000万頭
ざっと見積もりで把握した災龍は前方に群がる壁を見つめた。その生き残った1000万の大群の遥か先に――黒龍神がいることを確認した。
「……遠慮はいらねぇか」
腕試しとして、今発揮できる思い切りをぶつけるべく、右の拳を握る。
片足を引き、下向にした手甲の拳を胸部の横位置まで締める。もう片方の手は前に構え、腰と腕に力を加える。歯を食い縛っては踏み込む地面を砕き、拳を振るった。
正拳突き。引きて位置から拳を180度螺旋回転を加えて空を穿つ、人間でも体得する有名な全武術に存在する突き技の一つ。
だが、災龍の放った正拳は莫大な空間を対象にぶつけた。気相を伝い――否、大気すら熱へと換えるエネルギーを放射状に爆散させた。爆撃に等しい衝撃波という運動エネルギーと、一部変換された熱エネルギーの過多。その勢いの余り、エネルギーの流れは乱流となる。災龍の前方3マイル先にいる龍群を炎獄の大地ごと吹き飛ばした。
内撃だけでなく、衝撃波外部を覆う真空の風にも巻き込まれ、肉片を散らしながら彼方へと飛ばされゆく。
80マイル――128.75km先の地方外まで続いた衝撃波は大地ごと命を貪り尽くした。
「……」
だが、地平線の先まで見渡せる一本の扇状に広がる抉れた土砂道。夥しい数の竜が払拭された先の場所にいたはずの黒龍神は、いなくなっていた。共に骨と化して散ったわけではない。避けたのだと災龍は悟る。
「――シッ」
前に出た左足を踏み込む。
正拳突きに続く、右脚の横一線の薙ぎ蹴り。大気をも両断する、風をも凝縮された糸のように細い切れ目が、左前方の龍群の頑強な肉体を時間差で上下に分かつ。音速を越えた風の刃は摩擦で熱を帯び、より切れ味が増していた。
同様、放射状に広がるが、範囲と到達距離は先程よりは衰えていた。
少し浮いた身体と左足。上がった右足を降ろし、交差するように左脚を天へ上げる。右足は先に地面を掴み、その後から左脚を――踵を大地へ叩き落した。
たった一度の鼓膜が破けそうな轟音。たった一度の一振るい。それが一度融解し、凝固しかけた広大な大地を根こそぎ起こした。紙を折るように大地が崩れながら左右を分かち、起き上がる。その折り目には落とした踵があり、その踵の地点から真っ直ぐ一線、地割れを超えた1mほどの幅・1kmほどの深さの渓谷を作り上げた。
天地返し。トランポリンのように天へ舞い上がった表土と数多の竜。膨大な質量の焼けた土と融解しかけた岩が遡りの滝のように空へと昇り、そして熱纏う土砂の雨が再び大地に還る。死した竜は墜ち往く大地と共に惑星の基盤に埋まり往く。
残りの頭数――250万頭。
息を深く吐いては呼吸を整え、加減の調整を行ったリオラは「いきなり無理強いしたか」と呟く。もう容易く先程の3撃は出さない方がいいだろうと己の病体の異変を感じつつ判断した。
そのとき、頭上からとてつもない大きさの火球が何発も降り注いでくる。先程の宣戦布告の隕石よりはまだ小さいものの、それなりの大きさの火山弾が災龍に向かってくる。
あちらもそれなりの戦略があるのだろうか。そうリオラは考える。
火山弾が地面に落下し、めり込んだ途端、噴火のように爆発する。周囲の地面が熱で赤く溶け、爆発で深く抉れる。
そのうちの一発を蹴り返し、直線状に飛んだそれは、3マイル先の上空にいた飛竜群の肉体に風穴を空け、討ち落とした。
「ざっと30頭」
それを合図に、怯んでいた大小様々な竜の群れが炎獄と化していた崩壊の國へ再び侵攻を開始した。
赤炎の開幕。火山弾だけでなく、隕石のような速さで降り注ぐ熱を帯びた岩塊、炎や溶岩を纏った火球、炎熱線が正面や空から、雨のように避けられる隙間がないほど降り注いでくる。
まさに火の雨とはこのことだろう。否、煉獄の嵐とも表現できる。
「懐かしい赤さだな」
慣れた景色だ、動じることはない。
そう災龍は思い、左拳を握りしめる。
燃焼し続けている腕を振るい、その拳を前方へ撃ち出した。
大量の空気が凝縮し、熱膨張し、一気に解放したかのような音。
それを発生させた拳は発火。爆裂ともいえる一瞬の激しい光熱の刹那、火の雨は払拭される。
それは熱波と化し、地を抉らんほどの衝撃波として龍群を後方へ押し詰める。その風圧のみで、強靭な竜の身体は骨と化す。
「流石に一人だけでこれはきついか」
情けない話だが、ある程度は人間に任せるとしよう。そうリオラは甘んじつつ、煙が出ている左拳を降ろした。
変貌した溶岩地帯は更に赤みを帯び、噴火現象まで起きては火の粉と灰と硫化水素や四フッ化ケイ素などの火山性ガスを天へと舞い上がらせる。灰は直ちに日を遮る暗雲となる。
大地の一部が隆起沈降を繰り返し、小さな山や谷を作り出してゆく。地面があまりの熱さで溶岩と化す。外部から来る風により、水分が流れ込み、空気は膨張し続ける。人間であれば肌が火傷し、骨の髄まで溶けていくことだろう。
「さすがに戦法を変えるか」
だが、ここで龍群の攻撃性が一変した。
焦熱地獄の次は極寒地獄。先程の隕石のような火山弾ではなく、雷の豪雨が襲い掛かってくる。
ブリザードと雷の猛威。天候はここまで大地を破壊できるのかというほど凄まじく、普通の人ならばこの環境に耐えられないと確信した。
さっきまで溶岩地帯と化していた場所も今は冷えて凝固し、玄武岩や斑糲岩へとなる。直に低温地帯へと変貌していた。
「……はぁ」
思わずため息が出てしまう。あくびにも近い。
これだけ竜が揃えば、いとも簡単に青天の霹靂を成し遂げることができる。
低酸素、マイナス80℃前後の極圏地帯。10メートル級の雹や数千万ボルト級の雷、弾丸の如き速さで降り注ぐ粒状の雹、風速60メートル毎秒の超低気圧地帯。まさにこの世界の積乱雲の内部に匹敵する環境だが、その規模は明らか普通の積乱雲より遥かに越えている。
「……黒龍神の為にも、少し喰っておくか」
全筋肉繊維に備えてある発電板から発生させた電磁波を表皮へ放出させる。
避雷針のように降り注ぐ落雷のすべてを自分の身体に纏い集め、2里先にいる龍群――敵陣の中に突入する。
その速度は、まさに稲妻の如く。大地に注ぐ雨や雹を絶え間なく稲妻が走り、その中の一体へと災龍は溶け込んだ。
大地に撃ち付ける雷と共に、龍群の目の前に厄災の神が降臨す。
「祈れ」
それは、一瞬の出来事。時間にして、1秒にも満たない。
纏った電撃を駆使することで短距離だが亜光速で移動することを可とし、次々と龍の群による攻撃を避けては、一瞬で上空、海上、地上関係なくその生体の命を奪っていく。
そして、できる限り亡骸と化した龍を目に見えない速度で肉片を捕食してはエネルギーを蓄積させる。
龍数体すべてを亜光速で倒す。龍の身体には大穴が貫通していたり、斬られたかのように無残にバラバラになっていた。
それでも、龍群は怯まない。災龍の速度が落ちた瞬間を狙った。
「――クソッタレが、やっぱり慣れんことをするもんじゃねぇな」
稲妻――電荷や素粒子に分解してしまう前に、災龍は元の姿に戻る。雷を纏った神々しい光を放ちつつ、両の拳を握っては目の前に来たる群を打ちのめす。連続した殴打は流星群。
たちまち数十の竜は消えたように吹き飛び、奥に聳え立つ2000mの巨山――否、山龍の巨大な肉体に豪雨のように激突する。総重量970億トンを誇る山龍の頑強な甲殻に無数の穴を空け、そして瞬く間に破裂しては共に塵と化した。後から爆風が災龍の赤い髪を靡かせる。
「まだいるか……多すぎだろ」
晴れた景色を一望し、もう一度放電しては天を翔ける。
地上のみならず、そばの接している海、それらを覆う上空までも密林のように密集する龍の群。そこから繰り出される各属性の攻撃や、物理的襲撃から逃れる術はないほど、回避ルートは皆無だった。
ただ殴り、ただ蹴る。それがこの危機を回避する唯一の術だった。
極寒の上空に浮かぶ岩や飛竜を蹴り、弾かれるように飛び移る。重力も平衡感覚も無視した、自由電子的な脚飛翔。
そして、翼無き体を浮遊させるかのように風と化し、空を蹴っては跳び続ける。氷点下の世界で雷に衝突しながらも、裂く大気を翼として天を駆け、目に捉えきれない速度で次々と自分より何十倍も巨大な龍の命を奪っていく。
その身体の使い方は、とても人体的観点から見れば歪。骨格としても捻じれ、あまりもの速度故、不恰好な型での戦闘体術をこなしている。だが、見た目が人体であれ、その内部構造は遥かに違う。まさに次元の異なる、神がかりな肉体だからこそ、滅茶苦茶な体勢・動きであれ天災の一撃を放つことができる。
己の肉体の何倍もの大顎に食われようとも、牙を砕き、口腔から脳天まで風穴を空ける。大海から火柱の如く飛び出てきた蛇竜の牙から身を反転させて避け、大地へ埋めんばかりに拳で叩き潰す。空を滑空する飛竜の毒尾を脊髄ごと引きちぎり、牙を剥き出し喰らいつく230m・8万tの山龍の口唇を片手で掴んでは半弧を描かせ地に叩き落す。
まるでその男が強い重力を持つ惑星の如く、夥しいほどまでの竜の群はたった一人の男に向かって襲い掛かる。人間大程の大きさから数百メートル、km級の巨躯を誇る龍の群れ。だが、悉く吹き飛ばされ、肉塊と化していく。その骸は地平線の先にまで及び、空へ殴り飛ばされた竜は血と成り赤い雨として降り注ぐ。
地に降り立つことなく数多の巨龍を薙ぎ倒した竜人の男――災龍は骸の山にて遂に足をつける。
万夫不当。鎧袖一触。剛強無双。
まさにこの男の為に有るようなうな言葉。災龍の放つ一撃で、突発的なジェット気流を巻き起こし、殴った竜を弾丸として周囲を蹴散らす。
彼の一撃一撃が、言葉の通り必殺となっていた。
「……」
こんなに多くの龍を従えさせる王龍ってのはどんな奴なんだ。
そう災龍は少し興味を持つ。
王龍の姿を一度も視認していない。王龍と思わせる無機質な鳴き声しか聞いていないのだ。
地面を砕かん勢いで、凍土と化した地面に天より降り立った瞬間、それを狙ったかのように80m級の6体の二足歩行型山龍種が囲う。その距離は格50メートルの等間隔。どうしてこんなに距離を置いているのか、それを把握した時、すでに遅かった。
6体の巨龍の口から何かが大砲のように勢いよく吐き出された。囲っているエリア全土が、球状の爆発と共にドーム状の閃光を発した。
一瞬遅れて空に伝わってきた爆音が、大地を揺るがす。その次に訪れた爆風が、舞い上がった砂埃を、岩や木々ごと吹き飛ばした。
爆発を起こした光のドームがスーッと消える。クレーターとなった地面には災龍の姿がなかった。
すると、6頭の山龍の全長100mもの巨躯に、剣で斬られたような刻み跡がつき、切り口に沿って血液が勢いよく吹き出る。再び、空を切るかのようにどこからか剣を振るような音が響き、山龍の巨躯がブツ切り状で崩れ落ちる。
クレーターとなった場所の中央にリオラは空から降り立つ。その体からは、どす黒いマグマや毒性の噴煙が汗や蒸気のように流れ出ていた。
「大分減ったな」
先程のオーバーヒートによって、熱耐性の無い竜は骨一本すら残さずに融けた土に還った。それでも、奥からまた群が向かってきている。先程よりも、威圧がある。
「オレは黒龍神目的に来てんだ。邪魔すんじゃねぇよ……餌共」
そうつぶやき、地を蹴り割っては群れの中へ踏み込む。
腕や脚――四肢は4の巨剣と化す。速度はマッハを突破、故意的物理変化による細胞質の状態変化――半液状化によって、その一振るいは鋼鉄の鎧鱗をも斬り裂く。また、遠心力で、触れるもののみならず、飛ぶ斬撃の波をも繰り出すことが可能であった。
間接的な技だが、その切れ味は鉄を容易に両断するほど。ビッカーズ硬度2000を越える鉱石を食し、自身の一部とする山龍の鋼玉甲殻が果実のように斬れる。
災龍が海岸沿いに着地した時、指示を受けていたかのように、海中から海竜や魚竜、水獣竜の群が地上へ飛び出てくる。
その口から放出される水撃や電撃に向かい、リオラはただ殴る動作をする――ように普通の人ならば見えるだろう。
だが、それの動作は空間を殴って空気を圧迫し、大砲のように圧縮させた空気の塊を飛ばしたのである。素手で作った大砲の材質はいうまでもなく空気だが、その目まぐるしく流動する圧と音速を越えた速度による気弾の威力は、黒鋼でできた砲弾を遥かに超えていた。
一回殴った動作に見えるも、実際は50発を超える撲殺拳を繰り出していた。そんな1発50回分の空気砲を130体もの竜、つまり130セット繰り出したのである。あくまでリオラが疲れた時に取る攻撃態勢。リオラにとって、一撃必殺の方が連続撃よりも体力を使うようだ。
空砲を喰らった竜はすべて身体を欠損させながら宙を舞い、硬い地面に叩きつけられる。
「――ッ、ゥラアアァアアアア!!!」
内一頭の海龍の硬い頭部を指がめり込むほど掴み、目の前に突進してきた獣竜に向け、横一線に薙ぐ。あまりの振り捌きに、海龍の顔面は剥がれ、剣と化した巨大な肉体は獣竜を地平線辺りまで吹き飛ばした。その際に発生した突風が、十数頭の霊長竜を薙ぎ倒す。
リオラは回復力、再生力が異常に優れている。が、百万を越える多くもの強靭な攻撃を1コンマの隙も逃さず受け続けているため、完全に再生する余地がほとんどなかった。
致命的な傷は今のところないが、傷は増えていくばかりだった。それとは反比例し、攻撃力は徐々に弱まっていく。少し疲れが出てきたのだろう。リオラの限界が垣間見れた。
それでも確実に1匹残さず倒している。一撃の威力が弱くなっていても、その破壊力は絶大であることに変わりはなかった。天災の象徴ともいえる古の龍5体を同時に、熱膨張破裂したかのように拳ひとつで木端微塵に吹き飛ばす。
「鬱陶しいんだよさっきからよぉっ!」
一瞬だけの竜巻を起こすほど体を猛回転させ、龍群を蹴散らしていく。そして少しでも回復するために竜の死体を咥えては飲み込むように食す。
それでもキリがなく襲い掛かる龍群。リオラは海の方へ空間を裏拳で殴り、盛大な爆音を奏でる。まるで大気を砕き割るような音が、ケイオス地方に響き渡る。
すると、見上げんばかりに海が盛り上がり、爆発のような海震を起こした。その高さは数百メートル。ひとつの山が海を渡っているようだった。
海震は水平線へと去っていく。
*
「あいつは――」
地鳴りと共に、こちらに向かってくる白き針山。大海を泳ぐ鯨のように、極圏を突き進む砕氷船のように、地表を崩しながら潜り進んでくる。
龍でさえ怯むほどの地震と共に顔を出したのは、かつてリオラの記憶に残っていた龍種のひとつ。
全長40mは下らん巨大な龍。体格の割に重さ10万トンは越える故の、鈍重な四足歩行動作。しかし、巨大な黒い爪と牙を持ち合わせ、爛れる覇気は並ならぬもの。その山の如き静寂から疾風の如き激動の靭撃を繰り出すことは過去の記憶より理解していた。
生きるためだけに放浪していた時代。若き頃の災龍が敗北し、死の淵に追いやった古の龍。古来より授けられた名は「崩界の覇王」。人類がまだいなかった時代、黒龍神に並び、大陸を支配していた老王である。
「老王……テメェもあの青二才に時代を託したってことか。衰えたもんだな」
まるで戦艦が向かってくるような迫力。だが、リオラは片腕を伸ばし、ラシオンの突進をズドン、と止める。一切引き下がってはいない災龍の両の足。だが、地面には無数の罅が刻み込まれていた。
刹那、爆発的な反応が起きたかのように、ラシオンの神がかった速度による剛腕の一撃が繰り出される。脱力からの全力へのギャップ。その差が大きいほど、切り替えが早いほど、爆発的な筋力を発揮できる。
かつては、その静から動へのギアチェンジについていけず、何度も喰らっては死に追いやられていた。しかし、今はスローモーションのようにみえ、容易に躱すことができた。
流石のリオラでも、己が成長したと実感できた瞬間。それでも、大して満足はすることなく、
「テメェに会ったら、懐かしいこと思い出しちまった。……あれやってみるか」
かつて故郷にて学んだ体術。だが、リオラにとっては小細工程度でしか捉えてはおらず、力の解放こそが純粋な強さだと悟っていた。しかし、この際に置いて、先人たちが編み出した肉体を最小限にして最大限発揮できる技術に委ねてみても構わないと感じていた。
風を切る速さで避け、幹を通したように腕を伸ばしては、その雪銀色の堅殻に拳をぴたりと当てる。
ただ、当てるのみ。
その万の武を体現する手。四肢。器官。不可視の武具として、神具として、今ならば最大限発揮できるかもしれない。
竜人族ならではの気道体術を今ここで放つ。
竜道術、獣竜拳。一角伐倒。
速度は零。寸も零。しかし、姿なき信念の矛に防げぬ盾なし。
――"鐡犀"!!!
それは、南山の竹に磨きを極めた鏃を突け、犀の皮を貫き通す不屈の槍の如く。
腕の筋肉の過剰な膨張収縮を利用し、拳にその衝撃的振動を伝える。質実剛健な黒光鎧甲を打ち砕いた。周囲の堅殻はコンクリの壁を火薬で壊したかのように粉砕し、バラバラに破裂した。
その身を震源とし、流動する筋肉を地球の中を巡る莫大なエネルギーとして、拳から地震に匹敵する波動を発生させる業。筋肉は貫通し、血は沸き立ち、内臓をかき混ぜる。
呻き声すら出せるはずもなく、老王の巨体は横に転がり倒れる。
だが、ラシオンは死することなく、その巨躯で転がりながら体勢を調えては、咆哮す。その鎧ともいえる鋼剣山の巨体は雪のような白色から、暗雲の如き黒へと変色する。
体表面の成分の変化。筋肉の構造の速変化。活動電位の増大。
それらをすべて五感で察したリオラは、相手が戦闘態勢を変えて挑むことを理解する。明らかなる攻撃性の増幅。あちらも全力を出す気だ。
地面を壊しながら轟波の如くラシオンに斬波を脚から放つ。その巨躯は真っ二つになることはなかったが、その衝撃でソニックブームに匹敵するスピードを逆手に取られ、回転しながら宙に浮いた。
その隙をリオラは逃さなかった。
吹き飛んだことによって空中に浮いているラシオンの腹部に捻りながらの蹴りを入れる。
すると蹴られた腹部の衝撃が錐のようにギュルギュルと回り、腹を貫通させた。錐で木板に穴を空けるように、一度の蹴りで何回転もその蹴りの衝撃が一点集中して繰り出される。
それでも、着地し、なんとか体勢を調えようとする老王ラシオン。だが、再駆動するのに、あまりにも隙が露呈していた。
竜道術、牙竜拳。無刀千龍。
両の脚は地を踏み躙り、肉を握り裂く爪として。両の腕はかみ砕き、引き裂く牙として。
――"貘赫"!!!
その大地と肉を抉り、貪る腕は龍の咢。斬り裂かれ、轢き潰された老王の肉体はいとも無残に両断された。拳や指についた鮮血は熱により酸化しては蒸発していく。
――ゴゴゴゴ……と、心身を震わし、不安を煽らせる地鳴りが起きる。不気味に響く唸りは龍の目の色を変え、怯ませる。唯一動じなかったのは災龍のみ。
「やっと来たか」
先程起こした海震。それが何倍ものある津波となって帰ってくる。
標高数百メートルの津波は自然災害の規模を越えている。薄暗い大地をその津波の影でさらに暗くさせた。
引き寄せられるように、津波はゆっくりと、大地を覆っていく。まるで、巨大な海龍が、大陸を喰おうとするように。
「――ぬん!」
迫りくる厚さ10m以上の津波の壁を殴り、人ひとり分の大きさの穴を空ける。
途端、ケイオス地方の3分の1の地表が津波に飲み込まれた。
勢いを緩めない津波の激流。それはあらゆるものを削り、破壊していく。大地の高熱による蒸発が生じている中、海水は瞬く間に濁流へと染まり、遂には何もかもを奪い去っていく。
長いようで、短い侵食。
粗雑な痕跡を残し、水浸しになりつつも、その大地には何一つ残っていなかった。
数え切れないほど密集し、襲い掛かってきた竜群は、一頭も残っていない。
「……向こうだな」
津波の侵食範囲外。何とか逃れたのであろう群の熱を感じ、災龍は体温を上昇させ、発汗、蒸気、ついには炎熱を陽炎のように漂わせる。体勢をバネのように屈めては、空爆圧と共に姿を消した。




