3.災厄の神、出陣
その頃、アーク、グリス、プラトネル、そしてサルトのアミューダ4国は、地方東に位置するプラトネル国に隣接するプラネル高原にて、全軍待機していた。
そこには木の一本もなく、小麦色の草原が延々と広がるのみ。
天候は晴れ。しかし、異常なほどまでに冷たい風が唸り声を上げている。大気のうねる音。太陽の温もりなど、この大地には感じられなかった。
空が曇り往くのも、そう長くはないだろう。
だが、寂寞の寒空の下は、夥しいほどまでの『熱』が地脈から噴き出す溶岩の如く、煮えたぎっていた。
『いいかァ! 黒龍群はいつ来るかわからぬが、今日この日! 確実に来る! 我が国の為に、生まれ育った故郷の為に、4国の力を合わせ、黒龍の邪神共を倒すのだァ!』
――うおおおおおおおおおおおおお!!!
各々4色の鎧の軍が一斉に咆え上げる。己の国の為に、家で待つ家族の為に。志気を挙げる。
声とは思えぬ声を大噴火よりも大きく、強く轟かせる。
*
「ふぁ~」
「おい、あくびするな! 気を引き締めろ!」
ある兵が大きな欠伸をし、それを隣の兵士が注意する。
その周りも、士気はあるものの、退屈故の疲れが見え始めていた。
「でもよ、深夜12時からここにいるんだぜ? 交代で仮眠取ってたとはいえ、体がなまっちまう」
「いいから集中しろ!」
「はいはい」
「ったく、少しは緊張感ってものを……」
そのとき、警報音が全軍の耳に響かせる。
『全軍に報告する! 黒龍らしき飛行物体を確認!』
地方外の監視局から4国軍へ通じて全体放送される。先進技術大国プラトネルが開発した放送機による音響。放送越しの報告兵は遙か遠くの地方――中央大陸の北西地にいるのだろう。兵士の眠気や気怠さをそれは一気に吹き飛ばしてくれた。
「お!」
「とうとう来たようだな」
誰もが放送の音声に耳を傾ける。雑音が混じるものの、しっかりと報告兵の言葉は聞き取れた。
『黒龍神の数は6――。……』
「……? おいどうしたんだ?」
「さぁ?」
「電波切れたか? 勘弁してくれよ」
少し騒めき始める。しかし、すぐにそれらを打ち破るような、割れるように声が響く。
『――かっ、数え切れんっ! かなりの数だ!』
「何!?」
「どういうことだ! 目標は黒龍神数頭って話だったはずだ!」
あちこちでざわめきが起きる。動揺しているのは自分たちだけじゃないようだ。
「想定外ってパターンがここで出るとはな……」
「想定外どころの騒ぎじゃないぜ。どうしてこんな事態を予測できなかった」
最悪の想定外。人と龍とでは戦闘力が桁違いすぎる。ましてや黒龍神が複数いる時点で、兵器も歯が立たないに近い。普通の軍ならば、誰もが諦め、死を覚悟する。
「そんな……くそったれが……!」
誰もが絶望で膝をつきかけたときだった。
『全軍、よく聞くんだ』
さっきとは違う声がスピーカーから流れる。ブツッ、と放送の接続回路が切り替わる音が鳴ったので、別の誰かにつながったことになる。
威圧ある、太い声。そして、鬼気ある重い声。身が引き締まりそうになる厳格さの中に、頼もしさのある勇敢なそれが含まれている。
『この声って、サルトの……』
『コーダ軍帥か』
アミューダ地方はおろか、ここクルム大陸の中で、その名を知らぬ兵士はいない。
軍帥コーダ・サルヴァン。またの名を『神望の軍王』。彼の声に、4国全146万8千人の軍兵が耳を傾けた。
『私から言うことはひとつ。全力で迎え撃て。こっちには頼れる武器も兵器も、仲間も、己の心もある。この大志が折れん限り、我等は滅びぬ』
傍から聞けば、なんと単純で、質素な言葉だろうか。しかし、彼の言葉には力があった。電波によって音声として変換され、スピーカー越しで届けられても、衰えることの無い言霊。
その声は勇ましく、逞しかった。兵士たちは覇気ある声によって希望を、闘志を抱く。再び剣や銃を強く握り、前を向く。
戦場の軍王は哮る。スピーカー以上の声を噴火の如く爆発させては、国の境界問わず、全兵士に告げた。
『立ち向かえ! 大いなる志を持つ戦士よ! 今ここで伝説を! 歴史を滅ぼすのだ!』
――ォオオオオオオオオオ!!!
『全軍戦闘体勢――迎え撃つぞ!』
*
《ウォーク》
「――こっちに来るのが黒龍神だけじゃない!?」
王女は驚愕の声を上げる。僕は残酷な真実のあまり声も出なかった。
「ああ。いろんな地方から連れてきた飛竜や獣竜、海竜の大群が攻めてきている。もう千や万どころじゃない数だ。しかも、かなり強い」
「一体一体がハザードランクA以上ってことか……」
これは兵士の数ではない。野性の竜の個体数。兵士千人と竜千体とでは当然、人間が敵うはずがない。
よくそんな強い個体を集められたものだ。竜も人間同様の知能はあるという説が、痛いほど理解できた。
「それじゃあ、全軍みんな負けちゃうじゃない!」
いや、アミューダ地方の4国軍はそう簡単に敗ける程やわではない。中央大陸に位置する帝国や軍事大国ほどではないが、襲撃を受けず、戦争を仕掛けられない程度の強さは兼ね備えている。ましてや竜狩りに特化したハンター職の人口が大陸一多いこの地方にとって、相手が竜となれば多少なり有利なはずだが……数が150万ほどであれど、戦力となると桁違いなのか。
「いや、多少持つはずだ。中央大陸国の軍もそれなりに勢力を削った。黒龍神にも2,3頭はある程度のダメージは受けている」
そこまで言えるのは、おそらくその千里眼で観たからだろう。しかし、それだけの勢力ならば、全人類が軍人となって対抗しても厳しいものがある。首国の軍が墜ちてもおかしいことではない。
「ただ時間の問題だ。いずれにしても、このままだとこの地方と大陸は滅ぶ。そして奴らは他の地方へ移動して、多くの竜を従えさせてどんどん勢力を作っていって、世界はあいつらのものになる」
「つまり、人類が滅ぶ……」
「ああ、そういうことになる」
人類の世界を――いや、人類の時代に終止符を着ける気か。
「そんな……」
絶望に浸る静寂。
そんな中、ひとつの希望とも、非望ともいえる言葉が耳に引っ掛かる。
「――オレがいけば、何とかなる」
「……え?」
その言葉を発したのは他でもない、リオラだ。
「それはどういう……」
「そのまんまの意味だ。あの数は人間の軍がいくら揃おうとも敵わねぇ。全部とはいかねぇかも知んねぇが、オレが相手する」
「それは……本気で言っているのか!?」
「こっちに来る龍の大群は王龍が原因。王龍を呼び起したのはアマツメが原因。けど、宗教とかなんかでアマツメ殺したら駄目だったんだろ。ごめんな。でも、こうするしかなかったんだ」
「リオラ……」
「それに、黒龍神は親、いや、愛人に近い豊神を殺した厄神にも用があるはずだ。こっちに来る前に、オレからちゃんと出向かねぇとな」
「それって、つまり……」
半分の期待と、半分の不安。
災龍は、遙か先の地平線の空へと見上げては、穏やかな声で言い放った。
「だからよ、自分の落とし前は自分でつける」
「――っ、ダメだよ! そんなことしたらリオラが……死んじゃうかもしれないんだよ!?」
王女は咄嗟に止めに入る。優しい彼女なりの、とても心配している顔。それに対しリオラは無垢な笑顔で明るく振る舞い、笑い飛ばした。
「バカ野郎、オレはあいつらごときじゃ死なねーよ。数がなんだ。まとめて喰ってやるさ」
僕にとってそれは、強がりの言葉にしか聞こえなかった。
心配かけさせないように、不安にさせないように選んだ言葉なのだろう。
だが王女は必死にリオラを止めようと言葉を並べる。
このとき、僕は思い出す。
数か月前。そう、黒龍神が来ると知った時、後に彼女は「災龍に協力してもらう」と僕に言っていたことがあった。
それなのに、今はこうしてリオラが災龍が黒龍を倒しにいくのを王女は否定している。心配している。
それだけ災龍と密接に関わり、大切な存在へとなったということなのか。
タイセツナ……ソンザイ……?
「……」
いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。あとで考えるとしよう。
王女はまだ行かないようにと説得していた。
しかし、彼の気持ちが揺らぐ気配は微塵にもなかったように見える。いや、誰の目から見ても、それは明らかだった。だから王女はしつこく止めているのだろう。
「でも流石にリオラでも――」
「うるせぇ大丈夫だ! 大丈夫といったら大丈夫だ! いいからお前らはここで安全にしていろ」
そう言うと、リオラは信仰地の中央に足を運ぶ。どこかへ移動する動きだと判断した王女は急いでリオラを止めようと走り出す。
「リオラ待って! ひとりじゃ――」
「――いってくる」
その姿は一瞬で消えた。あとから来る強風が、彼のいた場所から吹いてくる。
静まり返ったこの地で、僕はナウルから降りて、歩けもしない脚と身体を無理矢理動かし、王女のもとへとフラフラ歩む。そして、俯いた彼女に向けて口を開く。
「王女、彼を信じましょう。彼は、とても強いから……」
自分よりも、とウォークは心の中で呟く。こうやって自分が体を張って誰かを守る為に戦う姿――彼が戦場へと飛び立つ瞬間の背中は偉大で、勇敢だった。一言でいうなら、かっこよかった。
王女は僕の声を聞き、しばらくした後に上を見上げ息を大きく吸った。
「リオラ……絶対に生きて帰ってきて!!!」
サクラ王女は力いっぱい叫ぶ。リオラに聞こえるように、心に届くように精一杯に伝える。
僕も同じことを強く心の中で願った。
人々から嫌われても、憎しまれても、恐れられても。
世界の命運はあの男に託されたのも過言ではない。そう僕は思った。
次回から(とてつもなく長い)戦闘です。
戦闘がくどくなりますが、敢えてそのようにしておりますので、ご了承ください。




