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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第三章 二節 人と龍の想い
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2.不穏と焦燥

 緑が生い茂るサルタリス山脈も今となれば色鮮やかな紅葉となり、世界観を一変させる。季節の流れというものは早く、この大自然の世界はこれからの静――冬――に向けてこの紅く燃えゆ、動の季節へと移り変わっていた。新緑だったはずのサルタリス山脈はこの目に溶け込む雫のように、気づかぬ間に紅葉の色に染まり切っていた。

 その霊峰の奥地に鎮座するアマツメ教の開祖地――今の名を信仰地という古の社がある自然の舞踊場――広地に降り立つ。


「リオラ―ッ」

 ナウルから降りた王女は途端に災龍の真名を叫ぶ。

 すると、奥のアマツメの大樹からだろう、すぐに大樹と一体化したに等しい社の屋根の上から人ならざる人が出てくる。


「――っ!!!」

 この時僕は一瞬のみの疑問を抱いた。

 本当に王女は『あれ』と親しく接してきたのか。

 ここからの距離でもわかる、信じられないほどの威圧。見た目ではない。外見の威圧ならコーダ軍帥やエンレイ国王の方が勝る。……その人の身の内に潜む鬼以上の悍ましい何か。化物、いや、そんな生ぬるいものではない。もっと恐ろしい何かだ。

 殺気は無いはずなのに、その存在だけで全細胞が震えあがっている。逃げ出したいけど、硬直している。治まったはずの全身の怪我が急激に疼きだした。

 僕が今まで狩ってきた竜の数は数えきれない。しかし、ここまで戦慄することはなかった。

 傍に居るだけでも気が狂いそうだ。こんな奴と王女は何事もなく接してきたというのか。

 そして、それは僕らの目の前に降りてきた。赤黒い短めの髪が揺れる。

 見た目はただの青年だが……。


「ウォーク、もう知ってると思うけど、この人がリオラね」

「ええ……」


 リオラ。

 こいつが、災龍。

 僕がその存在に魅かれ、何か月も調べ続けた憧れの龍。

 同時に、僕の身体を障害に陥らせ、ハンターを辞すことなった元凶。

 友人セトを危篤に陥らせた元凶。奇妙な災いを起こし続けて多くの人の命を奪った元凶。


 《神殺し》を犯した《人類の敵》。


 だが、何故だろうか。そんなことをするような人にも見えなかった。

 改めてみると、若くて男らしい。年は僕と同じくらいに見える。人間の中ではかなり整った顔と言えよう。

 しかし、それでも隠しきれていない悍ましい覇気。それだけじゃない、なにか、負のオーラを感じさせる。

 本能が危険対象として無意識に刻まれる。

 これが、厄神災龍。

「……」

 深く、静かに息をつく。


 災龍リオラは王女に気安く話しかけた。

「サクラ、この人が……」

「うん私の召使のウォーク。一番仲が良くて、一番関係の深い人」

 その言葉に心臓が少し高まった。なにかと嬉しい発言だ。

 災龍リオラは不思議そうに僕を見る。仕方ないだろう、召使と紹介されたにもかかわらず、その容姿は全身真っ白の包帯と純白の患者服に身を包まれた怪我人。転んだだけでも昇天しそうな、か弱い(瀕死な)天使みたいだからな。

 全身骨折と筋肉損傷。これが僕の病名(怪我)です。


「……よ……」

 リオラがぎこちなく僕に話しかける。サクラ以外対話していないのか、他の人と話すのには慣れていないようだ。かなり緊張している。

「よろしく……」

「あ、うん、よろしく」

 握手はしなかったものの、あちらからぺこりとお辞儀をしたので、僕もナウルの上に乗ったまま会釈した。


 何か友好が少し深まった気がして複雑な気持ちになる。しかし、恨み云々あれど、それとは矛盾して災龍に惹かれていたために研究していたことは変わりない。直に関われたことに対しては少し嬉しく感じていた。鳥肌は治まらないが。

 それにしても、標準語がかなりペラペラだと感じた。まさか王女が教えたのか。だとしたら彼女は教師に向いているのかもしれない。


「王女、あの、私をここに連れてきたのは……」

「リオラといっしょにいるため。ここなら絶対安全だから」

「……え」

 そういうことか。だとすれば、サルト国民はどうなるって話になるのだが。

 災龍を防空壕代わりにするとはな。いや、プラトネル国の『ニュークリアシェルター』という防壁よりも頼もしいかもしれない。


「それに、ウォークも傍にいれば、怖いことなんてない。ね!」

 そう言い、軽くウィンクした。心臓がとくん、を越えてどくんどくんとさらに高鳴る。血流の変動で身体がズクズク痛むのもそうだが、聞こえたらどうしよう。そう思うばかりだった。


 リオラが僕らに話しかける。その言葉が、僕の煩わしい心臓の鼓動を静めさせた。

黒龍群あいつら、中央大陸で3つ国を滅ぼした。このままじゃこの地方も同じように滅ぶ」

「――っ、中央大陸は何もできなかったのか!?」

 頼みの綱がこうもあっさりと。絶望感が眩暈として現れる。いや、これは重体によるものか。せめて輸血パックごと連れていかれるべきだった。


「……あっけなくな。ただ中央大陸の首国の軍は頑張った方だ。勢力は衰えさせることができた。それでも、台風と津波に対抗できる人間はいないだろう」

 その喩えで理解できた。彼ら黒龍神は天災そのもの。ひとつの災害でさえ太刀打ちし難いというのに、それが複数も来てしまっては、もうお手上げだろう。

「……そうか」

 それしか言えなかった。軍事国でもある首国でさえ討伐できなかったとは。


「ねぇ、黒龍群は最終的にどこへ向かおうとしているの?」

 王女の素朴な疑問。そういえばそうだ。今どうして、サルト国方面へと向かってきているのかは分かっていない。


「あいつらは、故郷とここまでつながっている河を辿ってきている」

「故郷って、『神域エスカドラ』の事か」

 神域。大陸続きだが、遙か遠くに位置する、北方の独立した比較的小さな大陸にある未開地。近辺の国による神話や伝説がそれなりにあるが、実際にそこに訪れた人はいない。詳しいことは知らないのも当然、それに関する文献がほとんどなかった。冥界と喩えられるほど、その地帯はトップレベルの危険地帯だということぐらいしか、僕も知らない。

 一説では古から存在する竜の王の国だという。黒龍神は勿論、新種である王龍アポラネスもそこから生まれ育ってきたのだろう。


「確か、あそこから流れる河の終着点ってサルト湖だよね、偶然にも」

「ということは真っ先にサルト国が狙われているってことか、偶然にも」

 王女と僕は顔を見合わせる。互いの顔は不安そうだった。


 その神域を源泉にして、流れゆく川の数はいくつかある。その内のひとつの河の終着点がサルト湖だった。ちなみに流域面積はサルト湖方面の河が最も大きい。特殊潜在能力を持つ情報屋のキケノさん曰く、群は分かれることなく、すべてアミューダ地方面に来ているとのこと。


「でも、そこに何があるの?」

「母体――アマツメのもとへ行くんだろう。サルト湖の底の先にはアマツメの巣がある。豊神の名は伊達じゃない。竜側の繁栄にアマツメは不可欠らしい。そもそもアマツメは神域に住む近似種から進化したものだ。ある意味、黒龍神や巨神龍とは深い関わりがある」

 さらっと饒舌に説明してくれたが、いろいろ知らなかった衝撃事実をポンポン言ってきたので、整理が追いつかなくなりそうになった。厄神の名は伊達じゃないな。それだけ遥か昔からこの大陸のことを知っているのだろう。


「……本当なのか、それ」

「ああ、本当だ」


 重たい一言に対し、躊躇なく返してくる。

 これはまずい。かなりまずい。

 サルト、アーク、グリス、プラトネル。

 もう、4国の戦力を信じるしかない。


 ――天龍の絶命の刻、彼の者は天と地を覆い尽くす。


 ふと、ミラネスの竜神伝記の一文を思い出す。

 神殺し。母である天龍アマツメを殺したことで、天災である黒龍神が怒ったのだろうか。しかし、その前から黒龍神の侵略は考えられていた。矛先がこっち側になったか否か。いや、どちらにしろ運命は変わらない。たかが神話だ。一致する方が珍しい。


 そのとき、リオラが話す。腹をくくるような顔つきに、妙な重たさを感じる。

「あと、もう一つある。これは誰も知らないこと」

「……なんだ?」

 興味を注がせる言葉だ。どんなことだ。

「ちょっと面倒なことになった。こっちに来る黒龍神は視察てきた限りは7頭だったが――」 


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