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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第三章 一節 革命の灯が消える刻
31/99

2.扉一枚、その壁はとても厚く

《ウォーク》

「レイン、それ本当か」

「あったりまえだろ! あのサハド殿が仰っていたことなんだぞ!」

 夕食の時間が終わった後、王宮内の誰もいない図書室の隅っこで僕はレインと話している。

 

 中央大陸の3分の1を占領する「オブ帝国」の裏で開発されている「H・A――ヒューマン・アーム――」。そんな虐待的な兵器があっていいのか。黒龍を倒すためなら手段を択ばないのがオブ帝国政府の真意なのか。それとも、別の目的があるのか。

 そして、僕の義兄であるレウがそのH・Aのプロトタイプだとは思いたくもなかった。確かにあの破壊力と生命力はかなり人間離れしているが、それでも僕は彼が人間兵器のひとりだってことを知りたくもなかった。この現実を受け止めたくない。


 レインはすぐにこのことを伝えたかったそうだが、お互い忙しかったのでしばらく会えなかった。だからこうやって話せるのは結構久しぶりだった。


「……で、レウを国軍にいれてほしいと」

 都一番の歩く爆弾兵器。人間離れした僕の義兄は、気性は荒くても闘いは好まない。国が管理しつつも一般市民と同じ扱いという異例。しかし、国が放し飼いしている番犬が手に負えないから、僕に協力する他なかったのだろう。


「一時期だけでいいんだよ。国軍や王族から頼んでも、そいつ断り続けて一向に首を縦に振らないんだよ。頼むウォーク、レウを一時期だけでいいから国軍に入れてやってくれ」

 国軍の意図もいまいちわからない。確かに戦力にはなるけど、一般市民の徴兵召集の制度はこの国にはないだろう。


「……まぁ話はつけてくるけど、黒龍対策は何とかなっているのか? レウだけを当てにするなよ?」

「んなわけあるかっ、俺ら国軍だって何個も対策を兼ねてるさ」

「『軍兵強化制度』っていう富国強兵に黒龍種全般の弱点属性とされる龍属性の武器や携帯兵器の開発と大量生産、あと防具の最大限強化、と言ったところか?」

「サルト国ではな。けど、グリス国では兵の増大制度、軍戦能力強化、アーク国では竜を大量に捕まえて戦力化させてる上に竜や獣のドーピングとかしているし、プラトネル国じゃあとんでもねぇ兵器の開発や、なんかの薬やすんげぇ防具も作ってるぞ。正直プラトネルが一番頼りになるぜ」

「それらの対策を協力して組み合わせていけば、なんとか黒龍神の群れは倒せそうだな」

「だろ? 黒龍なんか余裕だぜ!」

「でも、従来もそうだけど、今回の黒龍を甘く見ない方がいいよ。それに、得体のしれない新種の王龍もいるそうだし」

「あのランクX(変異種・不明種・能力値測定不能)のやつのことか? 大丈夫だって! サルトのオールスターもいることだし、中央大陸区の国々も協力してくれるし、鬼に金棒だぜ! ランクXって不明対象として扱う場合もあるんだから意外に弱ぇ奴かもしんねぇぞ」


 ハザードランクXが実は弱かったという前例は一度もなかったけど。こいつはサニーほどではないが、本当にお調子者だ。


「レイン、調子に乗るのは良いけど、本番は真剣に頼むぞ」

「わかってるって! 人の心配なんかしないで、お前は愛しいサクラのお守りでもしてろよ」

「よっ、余計なお世話だ!」

「はははは……ってあれ? サクラ?」

「え!」と、びっくりして背筋を凍らせながら後ろを振り向くと、いつのまにかそこにサクラ王女が何かの分厚い本を持ってこちらを見つめていた。今の会話、聞こえていただろうか。


「あ、サクラ王女……」

「よっ、王女様っ」

「ねぇ、ふたりで何してるの? もしかして面白い話?」

 安堵の溜息をつく。

 よかった、いまの話は聞かれてないようだ。


「そうなんだよ! どんな面白い話かっていうとな、ウォークにおぅふっ!」

「いえ、黒龍対策の話です。ですよね、レイン」

 レインは腹を抑え、よろめいていた。元ハンターとはいえ、使用人のパンチに軍隊の腹筋が負けていいのかと思うが、どうやら相当力が強かったようだ。気持ちが籠ってたからか。


「ところで、王女はなにをするおつもりで」

「まぁちょっといろいろね」

 と無垢に笑う。ああ、やっぱり癒される。

 そういえば、まだ注意していなかった。レインもいるが、彼も知っていることだし、この場で言おうか。


「なんだよ、気になるじゃねぇか」

 レインは何事もなかったかのように振る舞った。立ち直りの早いやつだ。

「龍の事だよ。黒龍の事について少し……」

「そうですか、頑張ってくださいね。ですが王女、ここのところ勝手に国を出てもらっては困ります。僕たちとの同行がないと大変ですから。万が一何かあったらどうします?」

 言葉の通り、驚きを隠せなかった顔。手に持っていた本を落としそうなほどだった。

 

「な、なんで、国から出てることが分かったの?」

 まさかバレてないつもりだったのだろうか。とはいえ、僕自身が知ったわけでもないが。

「目撃証言があったからですよ。乗竜に乗ってサルタリス山脈へ飛んでいっているとのことでした」

 前から知っていたレインも呆れた様子で、今まで溜めてきた言葉を吐き出すように話し出した。


「サクラ、お前の母さんのように外に出て自然と触れ合うこともダメとは言わんけどよ、正直一人でいるとひょんなことからお前、死ぬことになるかもしんねぇぞ。そのことぐらい自覚しろ」

「……ご、ごめん――」

「お前の母さんと同じ目にあいたいのか? あんな無様な死に方してぇのか?」

「レイン、少し言い方ってものが……」

「別にいいだろ、幼馴染だし。それに事実だろ、こいつが人の気も知らないで勝手なことばっかして迷惑かけるし、その責任もない。こいつの母さんが自然と戯れたから死んだってのにそれを学習せずにおんなじことを繰り返してる始末。

 こいつはあの山に行って何をしてるのかはしらねぇが、俺らの事も考えてほしいよ。自分の事ばっかで人のことなんか上の空。それどころかその自覚もないただのバ――」

「レインっ!!」


 その声は図書室中に響いた。レインの声が途切れる。

「……わり、言い過ぎた」

「幼馴染とか関係ないだろ! 身分以前にお前は言い過ぎだ! 王女の事と立場を考えろ! ましてやキク王妃のことまで口に出すとはどういう了見だ!」

「……っ」


 ばつが悪そうにレインは黙り込み、頭を掻いて僕との視線を逸らす。僕もついカッとなってしまったことに気付き、少し恥じる。

 王女の方へ恐る恐る目を向けると、顔は俯いていて、持っていた本を両腕で抱きしめて固まったままだった。俯いた顔から何かが零れ、床へ落ちた。

「も、申し訳ありません! 言い過ぎました」

 自分が言ったわけではないが、それでも王女を泣かせたのは自分のせいだ。僕は必死で王女を慰めようとするも、何をすればいいのか分からず仕舞いだった。

 王女は俯いたまま体と声を震わせた。彼女の泣く姿は久しぶりに見た。


「……やっぱり、みんなに……ひぐっ……めいわく、かけてたんだね……グスッ……ごめんなさい……ひぐっ……」

「王女……」

 この状況の中で思うのもなんだが、彼女がこのように反省するのは初めてかもしれない。成長したな、とつい考えてしまう。が、彼女を泣かせたのは僕らのせいだ。なんとかしないと。


「サクラ……その、ごめんな。俺、冷静じゃなかった。ほんとに、ごめん。こんぐらいしか言えねェけど」

 レインもさっきの態度とは一転し、謝っていた。


「お、王女……」

 僕がなんとかフォローしようとして彼女に近づくと、何も言わずに駆け出して、涙を流しながら図書室から出ていった。


「――王女っ」

 僕はとっさにそのあとを追いかける。レインも僕の跡をついていく。



 着いた先は王女室だった。内側についている鍵が施錠されているのでこちらからは開けられない。

「王女っ、サクラ王女っ!」

 僕らが必死にノックしながらドア越しに声をかけても聞こえてくるのは彼女のすすり泣きだけだった。

 僕は一応こちらからでも開けられる鍵を持っているが、さっき、それを使おうとした時、「一人にして!」と彼女の悲鳴のような声が聞こえたので、敢えて使わないでいる。鍵を使ってドアを開けたとき、また飛び降りてしまっては困るから。

 僕とレインはただドア越しで彼女の啜り泣く声を聞くしかなかった。

 夜の暗い廊下の中、僕らは夜が明けるまでそのドアの前にいた。

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