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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第二章 一節 一人の友
17/99

6.誕生日

《サクラ》

「おめでとうございます!王女!」

 ある日の朝、ウォークに起こしてもらったとき、いきなりそう言われてびっくりした。おかげですっかり目が覚めた。

「な、なな、なにが?」

 私何かしたっけ。

「え?」

 ウォークは唖然とする。そっちがそんな顔したら余計わからなくなる。

「今日ってなんかあった?」

「……今日が何の日なのかを一番わかっていらっしゃるのは王女のはずですが」

「え? ええっと……」

 全く思い出せない。本当に何の日だったっけ? 

 それどころか、今日は何日なのかも思い出せない。ついでに昨日食べた朝ごはんも思い出せない。この若さでまさかの認知症。


「お忘れですか?今日はあなたの御誕生された日ですよ」

「――あっ!」

 そうだ、今日は私の誕生日。今年で17を迎える日だ。いろんなことがあってすっかり自分の誕生日が今日であることを忘れていた。

「やっと思い出せたようですね」とにっこり。

「すっかり忘れてた。もう17歳になるんだね」

「そうですよ。もう立派な若き女王になるまであと少しです」

「そんなプレッシャーかけないでよ」

「ははは、申し訳ございません。あ、王女、些細なものですが私からのプレゼントです。誕生日おめでとうございます」

 ウォークは手のひらサイズの箱を渡した。


「開けてみてください」

 毎年、ウォークからいろんなものをプレゼントされている。髪留めだったり、高級チョコだったり、ネックレスだったり……それも全部手作りだというのだから驚きだ。

 今年は何だろう。

 ウォークの言う通りにその箱に結んであるリボンをほどき、箱を開ける。

「……? ……っ!?」

 中身には指輪が入っていた。

「……っっっ、えええええええええええっっっ!!!」

 おそらく王宮中にその声は響いただろう。もちろん比喩表現だが。

 私はつい声を上げてしまった。

 これ結婚指輪だよね。指輪ってことはそうだよね。

 今は私とウォークふたりっきりで、指輪。

 プロポーズじゃん!

 なんて返事を返せばいいの?

 そもそも心の準備ができてないし。

 ウォークは赤面しているし。もういきなりすぎるって。ウォークにしては大胆すぎるって。

 ウォークは可愛らしいほどまでに顔を真っ赤にしながら口を小さく開き、話し始める。私は改めて向き合い、彼の台詞を待つ。

「あ、あの、そんなに驚かなくても大丈夫ですっ、ごご、誤解ですから」

 私が予想していた愛溢れる台詞とは全く違い、意外な言葉に私は「へ?」と間の抜けたような声を出してしまう。

「その指輪は、え、えっと、そ、そういう方向の指輪ではなくてですね、そ、その、なんというか、つまり、指輪の形をした、お、御守りです」

「……お守り? け、結婚指輪じゃなくて?」

 そういうと、ボンッ、と爆発したようにウォークはさらに顔を赤く染めた。

「はい……御守りです」

「……」

 まさかのお守りです発言に、私は拍子抜けした。そして、さっきまで考えていたことに恥ずかしさが吹き上がってくる。私はその恥ずかしさを紛らわすためにウォークをどついた。

「まっ、紛らわしいもの渡さないでよっ!」

「す、すみませんっ」

「もうっ、勘違いしちゃったじゃん。てっきり、その、あれかと……」

「し、失礼ながら、わ、私もそういうことを意識してしまいました……申し訳ございません」

「……」

「……」

 気まずい雰囲気が続く。何を話せばいいのか。ウォークもきっとそんなことを考えているだろう。そんなつもりはなかったのに、なぜか意識してしまう。互いにそう感じてしまう。

「え、えっと、このお守りってどんな効果とかがあるの?」

 とりあえず思い浮かんだことを口にする。

 ウォークは少し気恥ずかしさを沈め、落ち着いて答える。

「あ、ああ、はい、それは幸福と自由を象徴する御守りです。その指輪についている桜色の宝石は、護石という特殊な効果を持つ石です。パワーストーンと同じようなものですが。健康、平和、笑顔などの幸福を意味する桃色の鉱石『パラルチウム鋼』を基盤に、アーク海に住むペリオネアス域の中でいちばん美しい深海魚『ヴィゼル』の洸角、特定の地域にしか育たない稀少な『水晶の樹』の樹液、長寿を象徴する不死鳥『ヒナケリス』の彩羽、加護の意味を持つ聖獣『ラオファット』の背骨、そして、アマツメ龍の龍玉の粉末を調合して作り上げました。

 その石を包む銀の輪は煌陽鋼こうようこう鑛金武埋石こうきんけんうせきを錬成して融合させました。ですので簡素に言いますと、いろんな御利益でいっぱいの御守りなのです。実際、どんな効果が出るかはわかりませんが」

 詳しすぎるご説明ありがとうございます。さっぱりわかりません。

 ウォークの説明を無視し、話を変える。

「これも、ウォークが作ったの?」

「はい、知り合いの鍛冶職人のお爺さんに作り方を教えてもらいながらですが」

「す、すごく完成度が高いんだけど……」

「ありがとうございます。私としてはもう少し巧くいけたらよかったと思いましたが」

「どう見てもプロ級でしょ! 最初見たとき買ったものかと思ったくらいだもん。毎年手作りだから予想はしてたけど今年はすごすぎでしょ」

「そ、そこまで褒めてもらえるとは嬉しい限りです。あ、では、早速指に嵌めてみてください」

 私はその美しい指輪の形をしたお守りを右手の薬指にはめた。ウォークはソワソワとこちらの様子を窺っている。

「おぉ……」

 私はつい感嘆の声を漏らす。

「……いかがでしょうか?」

「うん! とってもいい! サイズもぴったりだし、きれいだし、ずっとつけたくなる気分! 今までのプレゼントの中でいちばんいいかも! ありがとう、ウォーク!」

 ウォークの畏まった顔が緩み、笑みがこぼれる。頬を赤くして、かなり照れているようだ。嬉しさと感動が込み上がって涙目になっている。相当努力して、頑張って作っていたに違いない。

 私はハンカチを彼に渡し、「男が泣いてちゃダメでしょ」と少しからかってやった。

 今日の朝はいつもよりとても幸せなひと時を過ごせたと私は感じた。


     *


 いつものように私はウォークを連れ、朝食をとりに王族大食堂へと向かう。

「もう17歳かー。なんか今までいろいろあったね、ウォーク」

「ええ、そうですね。楽しかったことも苦労したこともたくさんありました」

「今年のサプライズはどんなのかな?」

「もうそのようにお考えになられた時点でサプライズとは言えなくなりますよ」

「でも今までずっとあったじゃん。大げさなパーティーがメインだったけど」

「私は何も聞いていませんが、今回も何かあるそうですよ。パーティーだけでなく、何かの祝式らしいものもあるそうで」

「祝式?」

「ええ、国王直々の話があるそうですよ。確か今日の朝十時に行われるそうです」

「なんだろう、一体」

 お父さんから……。なにがあるのだろうか。

「まぁ、それまでのお楽しみってことにしましょう」

 相変わらずの笑顔。やっぱり安心する顔だ。


     *


 大食堂の中央、テーブルクロスがきっちりとかかってある長いテーブルの上には、いつも以上の豪華な料理が並べてあった。壁際には数十人の使用人やウェイターが軍人のように身動き一つ取らず、びしっと並んでいる。その中にウォークがいた。

 私が座っている席の向かい先にはエンレイ国王――私のお父さんが、口に含んだものを礼儀正しく咀嚼していた。今この場所で食事を行っているのは私とお父さんだけだった。

 私は今日行われる祝式のことについて、数メートル先の席に座っているお父さんに聞いてみる。


「ねぇ、お父さん」

 お父さんは物を飲み込んだ後、聞き返す。

「どうしたんだ?」

「あの、今日の10時から祝辞みたいなのが行われるって聞いたけど、どんな内容なの?」

「それはその時までのお楽しみだ」といたずらに笑う。

「もうっ、お父さんまでそんなことを言うんだから」

 ははは、と楽しげに笑う。私も笑った。

「なんだ、ウォークもそう言ったのか」

「うん、まぁね。少しだけ教えてもいいでしょ?」

「ハハハハ、相変わらずせっかちだな。そうだな、サクラにとってとても嬉しいことだ。まぁ私からの誕生日プレゼントだといってもいいだろう」

「え~なんだろう? 気になる~!」

「ハハ、気になるなら早く食事を済ませなさい」

 お父さんはそう言い、再び料理に手を付けた。私も再び食べ始める。


 お父さんは本当はとても優しい。常にみんなの事を考えていて、平等に優しくしていた。一番尊敬していた人と言ってもいい。本当に偉大な人と言ってもいい、はずだった。

 けど、10年前にお母さんを亡くしてから性格は時折狂い、決して人前に出すことはなかった怒りを表すようになった。大臣の話によると、その原因は災龍にあるのだという。

 災龍にお母さんは殺されたと聞くけど、私はそう思わない。そう信じたくない。自然を誰よりも愛していたのに、その自然から生まれたものに裏切られて死ぬなんて、私は信じない。

 でも……いや、考えないでおこう。

 今は目の前のことだけを受け止めればいい。今はこの誕生日で起きることを堪能すればいい。

 私は食事を終え、このあと行われる祝式への準備へと急いだ。


     *


 祝式は案外30分もかからなかった感じがした。というより、気が付いたら式が終わっていた。私は時間を忘れていたのだ。それだけ衝撃的なことを式で言われたのだ。しかし、私にとってその衝撃的なことは最高に嬉しかったことだった。


 外の世界を自由に出入りできる。


 お父さんが確かにこの許可をくれたのだ。これ以上ない最高の誕生日サプライズプレゼントだ。

 お父さん、本当にありがとう!

 心の中で叫んだ。もう感謝してもしきれない。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 そして、私は自由になれたんだ。ついに、憧れた自由というものになれたんだ。


「やっっっったぁあああああ!!!」

 私は王女室の部屋で喜びの叫びを響かせた。私は小躍りする。喜ばずにはいられない。じっとすることもできない。くるくると部屋の中で回り続ける。


「随分喜ばれていますね。それだけ外に出ることが嬉しかったのですね」

「ぎゃわわっ!」

 突然の声に変な驚きを上げる。

 部屋には私一人だけだったはずなのに、なぜかウォークが壁際にいた。彼の無垢な笑みを見る限り、今の喜ぶ姿を見られてしまったようだ。


「ちょ、ちょっと! ノックしてよ!」

 私は恥ずかしさで顔が赤くなっている。ウォークは焦っている私とは反面に冷静に答えた。

「申し訳ありません、ノックは10回ほどしたのですが返事がなかったので何かあったのかと思い、失礼ながら勝手に入ってしまいました」

 そんなに喜んでいたのか、と自分に呆れてしまう。


「絶対聞こえていたよね、私の声」

「はい、部屋の外から『やったあ』という声ははっきりと聞こえました。それ以外は聞こえませんでしたが」

「いつから部屋にいたの?」

「いまさっき入りました」

「じ、じゃあ、今私がしてた――」

「はい、王女の喜び溢れる可憐な舞いはこちらも一緒に喜んでしまうくらいでしたよ」

「や、やっぱり見てたのね……」

 悪戯っぽい彼の微笑みの前にガックシと私の頭と肩は下がった。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。王女にとってはそれほど嬉しいことなのでしょう。私も同じ立場だったら王女のように踊り舞うと思います。たぶん」

「『思います』を強調しないでよ……あと小声で『たぶん』って付け足さないで……でもまぁ、本当に嬉しいよ。だっていつでも王宮を出られるんだもん。自由と言ってもいいくらいよ」

「ええ、国中歩き回れるどころか、サルト農村やサルタリス山脈の範囲までなら国外へ出てもいいですしね、本当に自由だと思いますが、メリットだけでなく、デメリットも承知の上で行動をしてください」

「デメリット?」

 椅子に座り、首を傾げる。ウォークは真剣な顔つきになっては口を開く。


「王宮と違い、街は危険なことばかりです(特にレウという男が)。馬車や鳥車、最近ではプラトネル国の開発した自動機車などの衝突をはじめ、盗人や通り魔など、危険なことがたくさんあります。国外なら尚更です。凶暴な猛獣や竜がいますからね。それに、あの山脈は比較的危険な生物が多くいますから入ることは望めません。あと落石や滝、土砂崩れもありますから――」

「わかったって! 大丈夫だよ!」

 やっぱり口うるさい。余計な心配し過ぎだよ。

「しかし私は心配なのですよ。何かあってからでは遅いのです。あなたは一国の王女ですから、何かあれば軍を要請することもあります。それだけの責任は持ってもらわなければならないのです」


「でも大丈夫! こう見えて注意力は高いんだから!」

 そう胸を張って答える。なぜかウォークは得意の溜息をついた。

「……はぁ、私がどれだけ言っても、実際に体験しない限りあまり意味がないようですね。そういうところもあなたのお母様と似ていますね」

 実際に体験してるんだけどな。それもあの迦雷獅子カラジシ月食命ツキハミノミコトに襲われたっていう奇跡のコラボで。


「イルアもそんなこと言ってた」

「それだけ似ているということです。果たしてそれが善いのか悪いのか……」

 そう頭を抱える。将来はげそうだな。


「あーもう! そういうことは考えない! とにかく、外に行くときは気を付けるから!」

「はぁ……そうですか……」

「そんな不安そうな顔しないのっ、そこまで心配ならウォークも同行すればいいじゃない」

 するとウォークは心配そうな顔から誇り勝ったような顔へと変貌した。

「その言葉を待ってましたよ」


 それを聞いた瞬間、私は見事にハメられていたことに気が付いた。

「いや、今のはナシ! それに許可するという意味で言ったわけじゃないし!」

「それでも言ったことに変わりはありません」

「う……」

 正直、私は一人で誰にも邪魔されずに見たことのない世界を走り回りたいという理想に近い願望がある。だから同行するとなると監視されている感じがするので自由とはあまり言えないことになる、というのが私のポリシーというか鉄則というか。


「それとも……私と同行するのは嫌なのですか?」

 ウォークがうるうると悲しそうな顔をする。男がそんな乙女しか使ってはならない切札ひょうじょうをしちゃダメだ。女々しくて精神的に辛い。

「い、嫌じゃないけど、一人の自由を楽しみたいっていうか……」

「一人の自由ですか……では、その時間もちゃんと確保しますから王宮外での警備として同行させてもらいます。王女の許可も貰ったことですし♪」

「……あ! お父さんの許可は貰ってないでしょ」

 私は一筋の光が差し込んだかのように突破口を見つけた。国王の許可がなければ私から許可を貰っても無意味になる。


「あ、それはあらかじめ許可をとっておきました。国王様は大賛成どころか、当然だろとお叱りを受けたぐらいでしたよ」

「うぅ……」

 撃沈。

 というかなんでもう話つけてるの?

「言っておきますが、国王は最初王女を国外に出入りさせることに猛反対でした。しかし、17の年は『旅立ちの年』なので、伝統として自立、つまり自由にしてもいいという法がありましたが、国王にとってあなたはたった一人の愛娘。その上、今は黒龍神発生の危険性があるので、まず外に出す許可は出ないでしょう。それでは王女が可哀そうだと私から国王に話をつけてきました。話し合いの結果、色々な条件のもとであなたを自由にすることを許可してくれたのです。それを承知の上であなたのお父様に十分感謝をしてくださいね」

「……うん」

 私は素直に言葉を返した。

 私を自由にしてくれたお父さんをさっきまで感謝し続けていた。だけど、自由にしてくれるきっかけを作ったのはウォークだとは思ってもいなかった。本当はウォークにも感謝するべきではないのか。

 それに、ウォークは常に私の事を心配してくれている。私はそれにこたえるべきではないのだろうか。


「――ウォーク」

「はい、何でしょう」

「……ありがとう」

 ウォークは微笑む。まるで天使のように。

 そのあと、夜7時に開催された私の誕生日を祝う舞踊会が行われた。

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