4.酒場とハンターと召使と
王都にある酒場のひとつ「ワンズ・バー」に僕らは入った。昼なのにもかかわらず、客は多くいて賑わっている。
アーカイドとはカウンターの席に着く。僕はその隣の席に座る。
アーカイドは昔から気に入っているメニューの『好紅酒』を頼んだ。僕は生業的にも年齢的にもお酒は厳禁なので、店おすすめの『カプリアルジュース』を頼んだ。口内に広がる4種のフルーツの絡まり合う味を舌の上で楽しみながら、右隣でほろ酔いになっているアーカイドの話を聞く。
「おまえも成長したな」
「な、何だよ突然」
予想だにしない言葉が聞こえてきた。感慨深く、懐かしむようにアーカイドは僕を見ることなく、話を続ける。
「おまえがこの国に来たのは確か……まだ10歳にもなってないころだったな。雨の中、濡れ雑巾みたいに路地裏のゴミ置き場で倒れていたのを"レウ"が見つけて、拾ったんだよな」
「そして、ハンター生活を送った」
「てことは2回拾われたんだな、おまえ」
そういっては肘を立て、手に頭を乗せる。
「つらいよなぁ孤児ってのは。1歳のとき親に捨てられて、どっかの教会の人に拾われたんだろ?」
「……うん。でも、教会の人たちはみんな優しかった。神父様には感謝してる」
「で、おまえは俺らと暮らしてからたった一年で最年少のS級(英雄的実力)ハンターになったんだ。お前マジですごいと思うぜ? 天才少年って噂されていたし、あの神がかった身体能力も、ある意味怪物の域だ」
そう言われると、複雑な気分になる。
しかし、そんな秀でた身体能力も、今ではすっかり障害者の身体になった。日常生活には問題ないが、もう一度激しい運動でもすれば、全身が悲鳴を上げる。包帯で3か月ほど固定した関節を無理矢理動かすような痛みが襲い掛かってくる。心臓も、肺も、そのような痛みに見舞われる。
「毎日の訓練が地獄だったからね……なぁ」
「なんだ?」
「ここで僕の過去を晒すのはやめてくれ。酔ってんのか?」
酒臭い。ハンター時代とは違い、普段お酒に触れないので、慣れない酒のにおいを強く感じる。
「ん、ああ、わりぃな。酔うと口軽くなるんだよ。いい加減本題に入るか」
「早くアーカイドの『話したいこと』ってやつ話してくれ」
アーカイドは酔い覚ましに水を一杯飲みながら生返事をする。水を飲み干し、表情を引き締める。
「まず、"黒龍神ミラネス"のことについてだ。お前の事だからもう気づいているはずだろ」
少し驚く。もう知っていたのか。
「ああ、いつかはわからないけど、あれが復活するんだろ。そのことについては国王様にも一応伝えたし、いつかはわからないけど、後に国中に公表されるみたい。国家会議は数日前に行われたし、もうそろそろだろ」
「そうか……あの龍は本当に恐ろしかった。いろんな地方からランクS級ハンターが25人とA級30人、どっかの遠い地方に派遣されて、みんなで協力して討伐したよ。俺とタキトスと、セトもその中に加入していた。軍の兵器や兵隊も支援としてきたけど、死人は大量に出たし、怪物扱いのハンターも55人の内41人やられて、8人が消息不明になった。知り合った人を失うのは辛かった」
アーカイドはそのときの記憶が蘇ったのか、少し涙目になっていた。
「……もう止めようか、辛いだけだ」
彼は申し訳なさそうな顔をしては、
「そうだな、わりぃ。……さっき、俺はお前にいいたことがあるって言ったよな。ここだけの話だが、今回『凶暴期』ともいえる『成熟期』を迎えて、復活する黒龍の種がわかった」
「本当に? どの種が来るんだ?」
「黒龍の祖先種『ルデオス』だ」
「祖先種!?」
よりによって一番出てきてほしくない名前が出た。僕はつい席から立ち上がってしまった。
ルデオス――全身を神々しいまでの白一色に染めた黒龍神ミラネスの祖先種。成熟・老化による"シルバーメイン"とは異なり、アルビノともまた異なる。
100年以上前になるが、その龍は全ての龍の原点とされ、当時は『祖龍』と呼ばれたこともあった。
しかし現在、生物学的に龍の種とは生態系列的に大きく離れた道で独自に進化してきた生物であり、祖先種のルデオスと子孫種のミラネス、その間の中間形態バルアスの3種が確認されている。
その祖先子孫関係を持つ生物の中間形態を持つ個体の産出は、多くは短期間で、すぐに祖先種から子孫へ種が変わることがふつうである。
しかし、中には長い時間をかけて徐々に形態が変わっていく系統が存在し、それを進化的種と呼んでいる。黒龍神の他に、放散虫もこの種に分類されている。
話を戻し、祖先種ルデオスのその見た目から、白龍と云う別名ももつ。文献より、西洋龍の姿をした典型的なスタイルの龍だが、その力は計り知れずとも云われる。ミラネスやバルアスの能力を遥かに凌ぐらしい。その神とも畏れられる力は、世界を滅ぼすとも云われている。
そんな稀少で最強の古の龍が目覚めるなんて。
僕の目は絶望へと陥った。
「まぁ大陸中央区による情報らしい。このことは国内ではまだ誰にも知られていない。俺ら4人……いや、3人の秘密だ。打ち明かしてもいいが、今は時期が早すぎる。言うのはもう少し後にしよう」
「なぁ、その情報何処から拾った」
「この国にいる情報屋、『キケノ』という人物から。オレのダチだ」
「この国に情報屋なんていたのか」
「まぁな。2、3年前、中央大陸からこの国に来たやつだ。あいつのことは、さすがのお前でもどんな奴か教えることはできん。特にこんな人がいる場所ではな。にしても、情報網のお前が知らんこともあるんだな」
「別に情報網と呼ばれるまでのことはないよ。で、そいつから他にも何か聞けなかったのか」
「全然。あいつ多忙だし、性格的に大事なことはペラペラと話さんやつだからな」
「じゃあ僕はそのキケノっていう人の所へ行く。住んでいるとこわかるんだろ? 教えてくれ」
目を少し丸くする。「本気で言ってんのか?」
「ああ。国の為に有力な情報を知らないとな。まずは本人に直接会わないと」
「ったく、お前ってやつは……言っておくが、ダチっつっても住所は知らん。待ち合わせ場所で会ったり、あいつの仮住居にいたぐらいだ。仮住居っつってもただの契約や客人のおもてなし専用のようなものだし、それに仮住居は複数ある。あいつが住んでいる場所なんて誰も知らんだろ」
「じゃあ探す。まず、その待ち合わせ場所と仮住居の場所全部を教えてくれ」
「あいつに会ったとしても、何も話さねぇかもしんねぇし、本当にそれ以上の情報を持っていないかも知れねぇぞ」
「だったら情報を吐かせる。持っていないならそれはそれで仕方がない。少しの可能性でも掴み取らないと何も切り拓けないだろ。頼む、教えてくれ」
アーカイドは深い溜息をつき、ウォークの方を見ずに話し出す。
「……はぁ、お前はほんっっと昔から呆れるぐれぇ変わってねぇな。何も収穫がなくても知らんぞ。……しゃあねぇ、オレが会わせてやる。詳しいことは今度話す。えーと、とりあえず手紙とかで伝えるし、それ貰ったら俺の店に来い」
アーカイドは頭を掻きながら少し困った顔で言った。
「ありがとう」
「おう。じゃ、そろそろ店出るか」
真昼間の街並みへ出る。支払いは何故か僕が払うことになったけど。




