2.召使の過去の一頁
《サクラ》
「っはぁ~……なーんにもわかんないっ」
私は王城の図書室で大きな独り言を言った。幸い、この時間帯は図書室に誰もいないため、独り言を聞かれることはなかった。いや、司書の人には聞かれたかもしれない。
災龍に出会ってから5日が経つ。けれど、進展がここのところない。
王城の図書室は呆れるほど広い。貴族の豪邸がすっぽり入りそうなほどだ。そもそも5日で読み切れるはずもない。
今日は棚の上の本を読んでいこう。
そう考えた私は、使うのがめんどくさかった梯子に足をかけ、何冊かの分厚い本を一冊ずつ机に運んだ。
「はぁ~重たかった」とつい口に出す。
さてと、どれから読もう。
私は時間を気にせずに本を読み続けた。しばらく読んでいると、ある項目が目に入った。
「……『竜人族』?」
そう声に出す。ふと周りに誰かいないか確認したが、相変わらずしんとしている。司書の人も近くにはいなさそうだった。
竜人族。幼いころ、聞いたことがあったような。
その項目の文章を読んでみる。
『竜人族:異人種族の一種。耳が鋭く、肌に薄く鱗が見えるのが外見的な特徴。しかし、あくまで比較的上記の特徴が多いだけで、鱗もない、人間と何ら変わらぬ姿や、上半身か下半身が竜の姿の個体もいるなど、外見的特徴は多岐にわたる。「獣人族転換型」と同じように人型、人竜型、竜型の3タイプに分かれるが、人竜型のみ、人型と竜型のみなど、例外も同様、多岐にわたる。そのため、生物学的な区分が難しい種族のひとつとされる。
腕力的に非常に強く、その力は平均して人間(一般成人男性)のおよそ2~30倍。身体能力も高く、戦闘に向いた血を持つ。知能も優れ、多くの文明を遺している。
しかし、その異質な人種に対し、人間は差別し続けている。時には虐待されたこともあった』
「……思い出した」
昔、お母さんが教えてくれたんだっけ。
お母さんは竜人族の事を褒めていたけど、他の人たちはみんな差別していた。どうしてなのかは、今になればわかるけど、それでもよくないことだとは思う。
私はページをめくった。
「『竜人語』……」
『竜人族の公用語。発音が獣の鳴き声に近い。文字は「華戉国」言語を筆記体で書いたような、独特な文字。現在では竜人語も時代と共に変化していき、かつて使われていた古語はほとんど見られなくなったが、地方によっては未だに使われている』
「……そっか! じゃあ災龍は竜人族なのかもしれない!」
思わず大きめの声で言ってしまう。はっとした私は口を押さえ、周りをみる。声は響いていなかったので、司書には気づかれなかったようだ。近くにいなかったのが幸いか。
根拠はないけど、一理あるかもしれないと考えた私。
竜人語を話せるようになれば、災龍との会話ができるかもしれない。竜人語についての本はないのか、探してみる。
「あ~もう、ぜんぜんないじゃん」
探し続けたが、結局見つからなかった。司書に聞いても、そのような本は置いていませんと一言。
それもそうだ。差別種の公用語なんて置いてあるわけない。どこかにないかな。
「あ! ウォークの部屋にあるかも!」
私は早速ウォークの部屋がある召使専用室に無断で入ることにした。
部屋に入ると、誰もいる気配はなかった。みんな仕事をしているのだろう。
ウォークっぽいとこはどこだろうな。
「……あっ、あった!」
その内部には大きな部屋があり、そこに続く寮みたいな小さい廊下にいくつかのドアがあった。そこに貼ってあるプレートに4つの名前が書かれており、そのひとつに『Walk』の名が書いてあった。ここの部屋にウォークの寝室があるのか。
「おじゃましまーす」
入ってみると、4人が少しは快適に過ごせそうなスペースと設備が設置された部屋だった。奥にはベッド、その横に机と棚が置いてあり、それらが4つあった。その中でいちばん整っている机があり、その机の横のベッドについているプレートにはウォークの名前があった。
性格が生活に出るって本当だったんだなと感心する。あんな真面目な性格がここでも発揮されているっていうぐらい、ウォークのベッド、机の上、本棚は完璧なくらいに整頓されていた。
「さーてと」
ウォークは竜好きだから竜人語の本も当然あるはず。
「……あった!」
びっしり詰まっている本棚に『竜の言霊』といういかにも言語系らしいタイトルが書かれた本が置いてあった。
「なんだろうこれ……あ」
サブタイトルには「竜人語読解参考書」。
「これだ」中をパラパラと見てみると随分使い込まれているようだ。しかし、その本は店で販売されているような本とは違い、手で書かれたような感じの本だった。誰かから貰ったのかな。
よく考えれば、差別人種の言語集の本なんてこの大陸で売るはずがない。そう解釈する。
本の中を読んでみると、とてもわかりやすい内容だった。竜人語はかなりの難易度を誇る言語らしいが、この本はそれを簡単に表記している。持っていきたいところだが、几帳面なウォークのことだ。すぐ気付くだろう。
最後のページに発行者や発行日が書かれてあった。
「……え? 発行国……『龍國』? あの龍國に売ってる本なの……?」
「いえ、それは著した文を翻訳したものです」
突然の声に私はつい声を上げた。後ろを見ると毎日見る召使の姿があった。
……呆れているどころか表情がない。これ怒っているよね。
「王女、いくらなんでも勝手に人の部屋に入らないでほしいですね」
稀に見る無表情の威圧。目を合わせることができない。
「ウ、ウォーク、これには訳が……」
「訳? いいでしょう、たっぷりと聞きますよ」
彼の目をちらりと見る限り、問答無用な気がしてきた。涙目になってきた。
「うぅ……えっと……ね……」
「早くお答えになってください。時間の無駄ですよ。それとも、大した訳ではないのですか?」
「ごめんなさい、許してください」
「……」
「もう勝手に入らないから、怒らないで……」
「……」
「ごめんなさい! もうしませんから! だから黙らないでぇ!」
「……はぁ、普通はそのような謝り方では通用しませんが、仕方ないですね。今回は特別ですよ」
「ウ、ウォークぅっ!」
思わず飛び上がり、ウォークに抱き着いてしまう。
もとのウォークに戻った気がして、安心した。
「わっ! 飛びつかないでくださいっ」
この焦った声もウォークらしい。胸の音がすごいドクンドクンいっていて可愛らしい。
正直、王女の私にこんな言動ができるのはウォークとレインぐらいだろう。普通は冒涜罪とかなんとかで罰がくだされるらしいが、私は別に友達として接していることだと思うので罪までにはならないと思う。身分っていうのは本当に不便だ。
「だって、人が変わった気がして怖かったんだもん」
私がそう言うと、ウォークは少し呆れながら微笑んだ。ウォークは離れ、私がもっていた本に目を向ける。
「ところで、王女はどうして竜人語を学ぼうとしたのですか?」
「え? ええと、ちょっと別の種族だし、言葉とか違うのかなーって」
「……」
まずい、嘘ってばれるかな?
そう不安になったが、「すばらしいです! 他国の言語まで学ぶ気になるとは!」と輝いた目で感心された。
「う、うん、まぁね」と苦笑する。
「でも、ウォークはなんでこの本持ってるの?」
「これは友人から貰ったものです。竜好きの私の為に、竜人語の学習本を私にわかるように、翻訳版をわざわざ自分で著してくれました。今でも愛用していますが、なぜか竜人族は差別の身。この本をこの国の人たちになんて見せたら国外追放されるでしょう」
「そんなのおかしいよ」
「それが世界です。世の中は理不尽なことばかりですよ」
「そっかぁ……。あ、ウォークの友人ってどんな人なの?」
そう言った途端、ウォークは少し沈んだ表情をした。聞いてはならないことだったのかな。
「……彼は――「テイル」は竜人族でした。僕がまだアーカイドたちと一緒に暮らしていた頃、素材採集のとき、彼は森で倒れていました。その傷は人間たちに虐待された時のものらしいです。私は彼を治療しましたが、彼の意識が戻った時、私は敵とみなされ、襲われました。私は抵抗することなく、彼の感情をすべて受け止めました」
「っ! だ、大丈夫だったの?」
「ええ、そこからは意識が朦朧としていてあまり覚えていませんが、私は君の敵じゃないと、決して傷つけたりしないと訴え続け、武器や防具をすべて捨てた気がします。そのとき彼は心を開いた、そんな感じがしました」
「す、すごいねウォーク……もやしなのに」
「それはちょっとひどい言い草ですよ」
つい言ってしまった。結構傷ついた顔をしていたので軽く謝る。
「それで、私たちは親友としてその森で何日も過ごした気がします。本当に、あのときはいろいろ楽しいことがありました。一時期、彼は故郷に行く用ができたので1か月後にまた会うことを約束した後、彼と別れました。私はアーカイドたちのもとへ帰り、いつも通りの生活を過ごしました。まぁアーカイドたちにはあらかじめ伝達はしておいたので心配されることはなかったです」
私はウォークのベッドに座る。ウォークは立ったまま、話を続けてくれた。
「それから約束の1か月後、その森で彼と再会して、その時にこの本を貰いました。本当に嬉しかったですね、あのときは。私は彼との過ごす日々がずっと続くと思っていました。しかし……」
一度、話すのをやめる。そしてもう一度、口を開く。
「彼は人間に殺されました」
「……え?」
「後に知ったのですが、当時賞金稼ぎと同じようにハンター狩りというものがこの地方の国外で流行っていたそうです。犯罪者を殺すのとは違い、ハンターを殺しても賞金は出ませんが、金目になる装備や武器、道具などを沢山持っている故でしょう。ハンターがハンターを狩る、実に醜いことでした」
「……」
「そのときの相手の数は十数人で、全員はかつて何頭もの巨大な飛竜を討伐してきた実力を持つ、ハンターだった犯罪者。丁度お金が欲しかったそうで、そんなときに私たちハンターと、売れば高値で引き取れる竜人族を発見し、襲おうとしたそうです」
「ひどい……」
「不意をくらった私はそのまま意識を失い、彼一人で戦わせてしまった。あのまま逃げてもよかったのに、彼はその身を滅ぼしてまで、襲ってきた奴らを皆殺しにしました。目が覚めたときには、テイルは力尽きて、還らぬ人となりました」
「そんな……」
「彼は私を守る為に……それなのに、僕は……っ!」
ウォークの瞳は潤んでいた。いまにも涙をこぼしそうな。
「ご、ごめんっ、もういい、もう大丈夫だから」と、私は話を切る。
ウォークは私の眼を逸らし、右下に向けた。彼の眼は悲しみに沈んでいた。
「ご、ごめんなさい……思い出させるようなことさせちゃって」
「いえ、王女が謝ることではありません」
顔を上げ、にっこりと笑うウォーク。目は潤んだままだった。
「その本、持っていっていいですよ」
「え、いいの?」
「そのかわり、誰にも見せびらかさないこと。ちゃんと私に返すこと。いいですね」
「……うん! わかった! ありがとう!」
「では、ここに留まるのもあれですし、もう出ましょうか。私は忘れものを取りに来ただけなので」
唐突に話を終える。早く気持ちを切り替えたいのだろうと考えた私は、
「うん、そうだね」と言っては部屋を出ようとすると、
「あ、王女、ひとつ言わせてほしいことがあります」
「なに?」
振り返る。涙を拭ったウォークは、やさしく、しかし真剣な声で告げた。
「友とは、何よりも大切な、重要な存在です。時には友を支え、時には友に支えられ、時には楽しく、時には悲しく、いろんなことがあります。一緒にいて両方が幸せなものが友達といいますが、何よりも、自分の本当の"姿"を受け入れられる人こそが本当の友です。例えどんなことがあったとしても……」
ウォークの表情は緩やかだったが、眼は真剣だった。本当の友ってどういうことだろう? 今のテイルって人と関係があるのかな。
「では、後ほどお会いしましょう。私はこれで失礼します。あと、やる気になっているところ申し訳ないのですが、竜人語を学んだとしても、その言語は古語ですので、通じる竜人族は今の時代あまりいないと思います。今の竜人族は、私たちの言語も理解していることですし。それでは」
ウォークはドアの傍にいた私にそう言い、先に部屋を出た後駆け足で行ってしまった。
この本、古語のテキストだったのか。だけど、私は災龍と話すつもりだから、あまり関係……古語で通じるのかな。
それにしても、今日は竜人語の本を貸してくれたり、ウォークの過去を聞けたりと、収穫がたくさんあった。早速部屋に戻って竜人語を学習するか。
ウォークがこの本を大切にしてるってことは竜人語話せるのかな? だとしたら是非教わりたい。
「……」
ふと、思い返す。
ウォークが最後に言ったことはどういうことだったのだろう。過去の話と関係があるのかな。
本当の友……親友の事じゃないの?
友なら、例え人種や種族が違っても関係ないってことなのかな。
その夜、私はいつもは10時に寝るのに今夜は12時まで読みふけてしまった。




