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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
空と地上の攻防戦
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高度1万メートルの攻防・終

「ちょっと龍樹さん、何してるんですか。縛るものを探しにいったかと思うと全然帰ってこないし。仕方なく意識を断ちましたよ。他の連中が気絶していたからいいものの、もし多勢だったらどうするつもりだったんですか。今頃私死んでましたよきっと。もぉ、ほんと龍樹さんって一本抜けている部分が――ってなんじゃこりゃ!?」

 ファーストクラスのドアを開け放ち龍樹の背を見つけ、ずけずけと詰め寄ろうとしたところで、雀はやっと床に広がる羽の絨毯に気づいたようだ。

 羽達の明滅は失われつつあった。しかし、風前の灯にしろ、ずけずけと進行してくる最中その存在に気づかない方が難しいと思うのだが。

 流石は雀。

 レベルが違う。

 足元一帯に広がる羽を見ながらぶつぶつと言い、龍樹達の元へと至った雀。

「なんですかこれは?」

 と龍樹へと向き直った時、リクライニングシートに座るアテナに気づいた。

「なんだ、アテナさんもいたんですか」

 平然とした様子の雀。

 この時すでにアテナは従来の無表情に戻っていたので、先刻までの息切れや頭痛を汲み取るのは到底不可能だろう。

 それでも椅子から立ち上がらないのは、やはりまだ完全という訳ではないという事か。

「ところで他のテロリスト達はどうしたんですか? あそこで気絶してた連中じゃ数が合わないですけど」

 雀の疑問に、龍樹はしばらくの間無言だった。やがて前方のある一点を指差す。そこには黒い染みのようなものが広がっていた。半径五メートルほどの空間が焼け焦げ、物資たちもその形をなぞるように妙な焦げ方をしていて、地面にはミルククラウンの様な謎の波紋があった。

 何も語らず、雀はそちらへと歩み寄った。上体を屈め、顎に手を添える。

「ふむ」

 雀は己の見解を口にした。

「爆発痕……ですか? しかしなんでまたこんなところに」

「雀」

 とそう呼んだのはアテナだ。未だシートに腰を下ろしながら、口元だけを動かす。背もたれに全てをゆだね偉そうに踏ん反る姿は高慢ちきにも見えたが、この場合は違うのだろう。

 反応を示す雀に、アテナは発言を続ける。

「機長に脅威は沈静化と報告を。それから乗客への開示はもうしばらく待つようにとも」

「……なんでだよ」

 龍樹の疑問にアテナは答える。

「丁度大人しくなっているしね。一刻も早く安堵したい乗客には悪いけど、妙に騒がれても面倒だし」

 という訳で、テロリストを打倒したという件は、機長とクルー達にのみ伝えるという方針になった。

 雀は早速行動に移った。機長が操縦しているであろう前方の方へと走っていく。

 ファーストクラスには龍樹とアテナ二人きりになった。

 龍樹は訊く。

「で、あの煤みたいなやつはなんなんだ?」

 雀は爆発痕と言っていたが、真意がそれとは限らない。恐らく当事者はアテナなのだろうが、彼女はそれに対してまだ口にしてない。

 始めに訊こうと思っていたが、流石に苦しそうなあの場面では躊躇われていた。体調が戻りかけてきたのでいざ、と思った矢先には雀が現われたし。

 そこで、この機会に訊いた次第だった。

 アテナはまた口だけを動かす。

「残骸、といえばいいのかしら」

 予想打にしない答えに、龍樹は疑問符を提示した。

 ざんがい。

 なんだそれは。

「爆発による煤と、爆発に巻き込まれた人間と物資の残骸。そういえば察しがつくと思うのだけれど」

 人間の残骸。

 今確かにアテナは、そう言った。

 脳内で整理がつかないながらも、龍樹は更に訊く。

「な、なんだよ人間の残骸って」

「なんだよもなにも、言葉の通りよ。あそこにあるのは空間摩擦により原型をとどめなくなった人間の成れの果て。便宜的に言わせてもらえば、死体よ」

 シートに首すら預けて、むしろ見下す様な視線を当ててくるアテナ。口調は極めて平坦だ。彼女にとって人の生死など、俎上に乗せるまでもないという事なのだろうか。

 恐る恐る、振り返る。

 確かに。

 原型を曇らせるほどの煤を被った物資の中に、どこか人間っぽいものがあった。

 比喩抜きに口を開けっぱなしにする龍樹。

 先程まで生きていた人間の死体がすぐそこにあるというのに、やけに落ち着いている自分が不思議だった。

 きっとそれも持ち前の愚鈍さのお陰なのだろう。

 だが全く驚きが無いわけでもない。

 その証拠に体の底から段々と得体の知らない悪寒の様なものが昇ってくる。

 それをごまかすように、龍樹はアテナへと訊く事にした。 

「テロリストか?」

「ええ」

「一人?」

「まぁね」

「って事は、もうテロの脅威は去ったのか」

「……先ほどそう言ったと思うのだけれど」

 それからはしばらくの沈黙。

 あまりに彼女が朴訥と話すという点もあるかもしれないが、なによりも軽々しい。

 テロなどという稀有な出来事に遭遇。

 人が死んだという変事。

 少なくとも日常を甘受してきた龍樹には、素直に受け入れられるものではない。

「一つ訊いてもいいかな?」

 しかし、そんな彼でも、質問は出来る。思うものが決してない訳ではない。テロリスト達はあの男と同じに見えたのだ。

 日本にいる時に目前に現われた脅威。

 ――褐色の男。

「あいつら、日本にいた奴の仲間なのか?」

 アテナの碧眼がじろりと、龍樹へと向けられる。中々鋭いと感じているのか、そこはやはり億劫と感じているのか、それとも彼女なりの都合があるのかはいざ知らないが。

 勘繰る様な間を空けたアテナは口を開く。

「さぁ、どうでしょうね。その辺の事実関係はもう少し後になるわ。ただ、|これはあくまでも

推測《’’’’’’’》でしかないけれど、全く関連がない訳ではないでしょうね」

「……というと?」

 顔を顰める龍樹に、アテナは言う。

「結局連中は似たり寄ったりなの。今しがた言った関連性の話をいまいちえないのも、それが原因。世の中に勢力なんてものは大小数えればごまんと存在するから。それだけあれば似ない方が難しい。そこに三大宗教が根幹に絡んでいるともあれば尚更よ」

「ふーん」

 確かに。

 テレビ等で拝見するテロ関連のニュースは、それ一つ紹介するのにやけに情報を詰め込んでくる。

 それこそどこの誰がどんな組織でどんな目的の為に騒動を巻き起こしたのかを報道すればいいものを、やれ宗派だの、やれ思想だの、やれ経緯だの小難しい事を並べ立てる。

 まあ、それはただ、龍樹のような教養が低い人間だけが抱く気持ちなのだろうが。

 だが彼はこれで納得した。

 見えないところで蠢く何か。気づかないうちに広がる世界。結局その到達点となったものが報道されるだけであって、言うなれば大会の決勝のみがメディアにさらされる訳であって。

 現地に赴く人間ならいざ知れず。ただ日常を謳歌する人間の目には、それまでの経緯だとか発端なんてものは知る由もないのだ。

 メディアにさらされる情報が多いだなんてとんでもない。むしろ詰めに詰め込んだものしか公表できていないのだろう。

 規制だとか。報復だとか。

 聞けば素因は同じだという話もよく聞くし。

「もういいかしら?」

 一丁前に考え耽る龍樹に、ふとそんな声。

 龍樹はそちらを向く。

 もちろん、アテナだ。

「あ、ああ。悪いな。体調が振るわないのに変な事聞いて」

 返事は無かった。

 ただでさえか細い目付きが、更に細まる。それからまるでロボットのように、アテナは動かなくなった。

 こうなってしまっては、話しかけづらい。

 もしかしたら今は治癒につとめているのかもしれないし。

 質問には答えてくれたし。

「……」

 いや、もしかするとこれも作戦なのかもしれない。

 辛そうな彼女に対する負い目。

 障りだけでも取り繕えたという充足感。

 なにげにいつも段階という段階は踏んでいるような気がする。

 アテナ。

 彼女は案外、人間掌握がうまいのかもしれないと龍樹は思った。

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