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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
空と地上の攻防戦
72/261

高度1万メートルの攻防 ~暗闇の貨物室で~

 孔の通じていた場所は、多分貨物室だろう。

 多分、というかこの広さと、機体の構造上から推測すると最早絶対と言いたいところだが、多分、等という曖昧な言葉を使わざるを得ないのはそこら一帯が暗闇に包まれているからだ。

(……どこにいやがる)

 銃を構え、それを下から支えるように懐中電灯を持ちながら、テロリストの男は先を進む。

 所々にあるごつごつとした物体は恐らくコンテナ類だろう。

 段々眼が慣れてきたが、それでも暗闇という条件の前では、懐中電灯を使ってやっと半径ニメートルが見える程度だ。

 懐中電灯を使うという事は自分の場所を示すようなものなので、あまり使いたくは無いところだが、暗闇という条件も重なり、やむを得なく使っているという状況だ。

「そっちはいたか?」

 小声で肩に装着した無線機に問い掛ける。

 ザザ、という音がして、

『いや、いない』

 と返ってきた。

 男は先に進みながら、通信する。

「ここにいるのには間違いないんだろうが……どうするよ。これじゃ何も見えねぇよ」

 ザザ、

『探すしかないだろう。敵はこの暗闇と懐中電灯の明かりを頼りに接近してくる可能性が多大にある。油断するなよ』

 ズズ、

「油断なんかする訳ないだろ。相手が虫みたいに馬鹿正直に寄ってくるならともかく、さっきのあの動きから見て只者じゃないことぐらい分かる。こりゃ下手すれば生きて捕まえるのは無理かもしれないぜ」

 ザザ、

『殺しても良いと言っていたから、そうなったときはそうなったときだ。ところで、これ以上通信をするのは控えたほうが良い。敵に話し声が聞こえちまうし、何よりも注意力が低下してしまう』

 ズズ、

「そうだな……そう考えると、やはり離れるのは危険だ。よし、一度合流しよう。孔の場所へ戻」

 その時だった。まだ話の途中なのに、相手が送信用にスイッチを切り替えたのは。

 ザザズザ、という砂嵐が発生し。

『――が、なぁ! グアアァァ!!』

 突然トランシーバーの向こう側から、悲鳴のような声が流れ始めた。

「おい、どうした!」

 焦りながら、男は必死に呼びかける。

 ドドドドド、と、トランシーバーのスピーカーと、男の居る場所の反対側の方から、機関銃の乱射音のような音が聞こえた。

 男はすぐさまに振り返る。反対側がかすかに明るい。きっと乱射した際に発生したマズルフラッシュだろう。 

 ジジジザザ――プツン。

 トランシーバーから、音が消えた。送信用のボタンを何度押しても反応がない。

 理由は簡単だろう。

 恐らくは相手側のトランシーバーに何らかの支障がきたされ、電波が届かないのだ。

「――くそが、舐めやがって!」

 強気を吐いたが、敵に場所を覚られぬよう懐中電灯の明かりを消す辺り、いかに恐怖心が芽生えているかが窺える。

 ゆっくり、ゆっくりと、物音を立てぬよう細心の注意を払って、先ほど確認できた明かりを頼りに、距離を縮めていく。

 いつきても対応できるように、銃を構えるのはもちろん忘れない。

 だが、

「ッ!?」

 ガン、と何かが足に引っ掛かった。暗闇で断言は出来ないが、どうやら食料の入った一斗缶らしい。転びはしなかったものの、これでは今までの忍び足が台無しだ。

 とはいえ、懐中電灯の灯りを自重している今、それは致し方ない事だった。

(……くそ)

 銃を握る手にも力が入る。

 これではどちらが敵を追い詰めようとしているか分からない。

 男は考える。

 敵はこの暗闇の空間で、目が見えているのだろうか。

 それとも声の音源を頼りに近づいたのか、はたまたヘビの様なピット器官を用いているのかもしれない。

 どれにしても、このまま動かなければ何も始まらない。

 そう結論付けた男は決心した。

 小さく深呼吸する。神経を尖らせ、周りに敵の気配がないかどうかを確認する。

 ……少なくとも、自分の感覚ではいない。なので、男は自重していた懐中電灯の灯りを――もう一度付けた。

 男の付近が照らされる。

 ここで気づいた事だが、ここら一帯はなにやら地面に物が散乱していた。恐らくは機長と揉めたときに発生したいつかの揺れによるものだろう。

 己の進む道にある障害物を足で払い除けながら、男は先ほどマズルフラッシュと思われる現象のあった場所へと向かう。

 そこには。

 無残にもコンテナに詰め込まれ、また気絶している同胞がいた。

 それを見て始めに抱いた感想は『情けない』などではない。

「……」

 自分もこうならないようにせねば。

 と、その時。

 後方を気配が通り抜けた。

 咄嗟に振り返った男は機関銃を乱射した。だがすでに、そこには誰もいなかった。あるのは薬莢の匂いと凹んだコンテナだけ。

 とりあえず、むやみやたらに乱射して胴体に孔を開けることだけは気を付けなければ。

「ちょこまか動き回りやがって――隠れてないで出て来い!」

 不安を誤魔化すように、男は強気で打って出る。見えない脅威に苛立ちを感じているのは事実だが、そこはプロ。

 頭はクールに、ハートは熱く。

 銃を構え、ゆっくりと歩み始める。

 今しがた誰かが横切った場所へと近づいていく。

 そんな彼を嘲笑うかのように。

 すぐ真横で、ガタン、という音がした。

 機関銃の銃口を即座にそちらへと向ける。

 懐中電灯でそれを照らす。

 上方から落ちてきたと思われるそれは一斗缶だった。

 多分、偶然などではないだろう。敵であるあの女が、反応を窺う為に仕立てたのだろう。

 もしくは鼠を玩ぶ猫のように、ただ単に面白がっているだけかもしれない。

「……舐めやがって」

 馬鹿にされていると感じ、不安は怒りへと変わった。足を打ち抜いて涙しながら許しを請う姿を見るのもまた面白い。

 最早私的の感が強くなってしまっているが、本質的な意味では変わらない。

 形どうあれ、結果が全て。

 別に善人を気取るつもりはない。

 男はそしてある一点で、その足を止めた。

「……」

 立ち止まったのはとあるコンテナの前。 

 神経をそこに集中させる。

(……居る)

 もしかしたら罠かもしれなかったが――そうじゃないのかもしれない。

 そこに標的がいると想定し、男は銃口を構え、懐中電灯の灯りを頼りに、ゆっくりとコンテナの裏側へと近づいていく。

 そして後一歩の場所へ迫ると一気に――コンテナの裏側へと銃口を向けた。

 だがそこにはいなかった。

 居なかった場合の処置は考えていた。男は慌てて後方、左、右と敵がいないかを確認する。

 上を確認するのを忘れていた。 

 その事に気付き、すぐさまに上方に銃口を向ける。

 幸い、そこに敵はいなかった。

 男は銃を元の位置に戻す。

 そこにはいつの間にか女がいた。

 咄嗟に引き金を引くが、相手は既に攻撃の初動に入っていたため、弾丸が女を撃ち抜くよりも先に、相手の拳が脇腹にヒットした。

 人間、予想外からの攻撃に弱い。

 端からある程度来る場所が分かっていれば力を入れれるものだが、暗闇で、しかも今回に至っては相手を撃ち抜く事ばかりに気を取られていた。

 それもあいまって、型だけは完璧な女の攻撃は予想以上に効いた。

 銃を握る腕の力が、緩まるくらいには。

 狙っていたのだろう。

 女は一目散に銃を持つ腕を攻撃して来た。

 脇腹を殴られた時の反動で伸びきった手首を掴み、女はそれを捻った。

 力はそんなに入れていないだろうに、簡単に腕は捻られた。

 腕――特に肘辺りに痛みが生じる。

 まさに保安官による逮捕術の手際だった。

 それでも男は銃を必至に握り締める。力みにより、その際に図らずと銃を乱射してしまったが、決して手放そうとはしない。

 そこに女は追撃を加える。

 捻られている事により伸びきった肘の靭帯を――下から突き上げるように掌底で殴打した。

 腕がブリッジのように折れ曲がる。

「――ぐゥ!」

 と思わず口から呻きを洩らすが、それでも銃を放そうとはしなかった。

 であるからに、女は攻撃法を変える。

 男の銃を持った腕に、その細い脚を絡み付かせ――反転しようとする。

 すぐに、それは腕ひしぎ辺りを狙っているのだろうと、男は気づいた。試しに引き金を引いたところで、銃口よりも内側に位置取る女にはもちろん当たらない。

 銃を手放すわけにはいかないが、動きを封じられるのはもっと都合が悪い。

 瞬時にそう判断した男はやむなく銃を手放し、器用に手首を捻り、するり、と女の脚から腕を引き抜く。敵は銃を踏まえて固めようとしていたので、銃を放せば簡単に抜け出せる。

 間を取り繕うために、数歩後退する。

 そして――懐に用意していた小型銃を構えた。

 瞬間。

 ドン! という、なにやら噴流が発生したかのような音が発生した。

 只ならぬ何かを感じ、感覚で銃を発砲する。しかし、あくまでも相手を射抜くのは弾丸なので、本来そんな事は分かる由しもないのだが、それでも、着弾した様子はなかった。

 左手に持っていた懐中電灯で前を照らす。

 いつの間にか接近していた女はすでに、攻撃の動作に入っていた。

 宙を跳んでいる。いや、それは浮いていると表記したほうが適切なのかもしれない。

 重力をものともしていないような身軽さ。跳躍は身長百七五センチを誇る男の顔付近にまで達し、身体を折りたたみ、こちらに背を向けている女は――後ろ回し蹴りを繰り出した。

 防衛反応が働いた。男は戸惑いながらも腕を上げ、なんとかそれをガードする。しかし、その衝撃で、手に持っていた懐中電灯が弾き飛ばされた。

 不運な事に、懐中電灯は近くにあったコンテナの下に滑り込んでしまう。

「しまった」

 暗闇と相手の力量が、追い込まれていく男の口からそんな言葉を紡ぐ。

 ドゴッ。

 鈍い音だけが空間に響く。

 多分、男の顎に女の殴打がヒットしたのだ。

 鑑みるに、敵はこの不可視な空間でも男の位置が分かる様だ。

 堪ったものではない。

 見えない恐怖。

 恐れをなした男は闇雲に銃を発砲する。単調的な音と連動して、マズルフラッシュが虚しく発光する。

 その唯一の武器すらも、女は奪い取る。

 バシッ、と最早発信源がどこからすら分からない衝撃に、銃を払い落とされた。

 こうなってしまえば、防御に徹するしかない。

 男は腕を目一杯縮め込み、亀のような防御体勢を取る。特に当たり所が悪ければ一発でのされてしまう可能性のある顔付近は厳重に固める。

 思った通り、この程度では抜本的な解決にはならなかった。

 脇腹、鳩尾、脛――人体の急所、人間が嫌がる、ダメージが大きい場所を的確に容赦なく突いてくる。

 まさにワンサイドゲーム。

 姿すら捉えられないまま、敵の攻撃が自分の身体を蝕む。

 このままいけば間違いなく敗北だ。 

 一度ならず二度までも。

 それに、相手は女。

 とはいえ。

 男はこのままやられる気は毛頭ない。

「――っざけんなヨ」

 準備が整った男は、声高らかに宣言する。

「今度はさっきのようにはいかんぞ!」

 プシュー! という、空気が抜けるような音がした。

 直後、辺りには煙が立ち込めた。

 半径五メートル圏内にされた化学物資。その影響力は密室と空気に乗り更に拡大する事だろう。

 催涙弾。

 吸い込めば目や鼻に痛みが奔り、強烈な嘔吐を催すという化学兵器。

 腕を縮めガードしているうちに男はガスマスクを装着し、それのピンを抜いたのだ。 

 思惑通りか、女の攻撃は止んだ。

「……」

 相変わらず周りは窺えなかったが、それでも別段問題はないだろう。

 ゴホ、ゴホ、ゴホ、と、どこからかが聞こえる。

 男は懐からもう一丁拳銃を取り出す。

 ゆっくりと、咳の音源へと近づいていく。

 催涙弾からは、いまだ煙の噴出が続く音が鳴っている。

 おえぇぇー、と、咳に嘔吐する音が加わる。

 しかし、

(……どこに居る)

 それが女のものでない事など、男には分かっている。

 では誰かと問われればそれもそれで分からないのだが、それでも女のものでないのは確かだ。大方、一緒にいたあの変な鳥だろう。

 今は無視して構わない。

 肝心な――警戒すべきはあの女のみだ。

 きっとどこかに隠れているのだろう。途中で攻撃の手を止めたという事は、利かない訳ではないのだろうが、それでも一向にそういった類の音が耳に入ってこない。

 人間である以上、ガスを吸って症状が出ないなんて有り得ないはず。

 となると、

(どこに隠れて嫌がる)

 この煙を吸い込まない様に、どこかに身を伏せているはず。

 しかし、それも長くは続くまい。

 プシューという、効果音。

 室内を巡回しながら、男はまた、催涙弾のピンを抜いていく。

 追い詰める。

 最低でも出口へと追いやる。

 この空間から正常な空気を圧殺する。

 ――逃げ場など、与えない。

 これぐらいで満遍なく放散されるだろうと推測し、男は四個目のピンを抜いたところで、相手の出方を窺う。

 立ち止まりガスマスク越しに、辺りに視線を巡らせる。暗闇に描かれる害のある白煙が今は何よりも幸福の霧に見える。

 が、

「……」

 動きがない。

 いくら無呼吸で運動できるといっても、何事にも限度がある。それに催涙ガスの成分は皮膚からでも侵入できる。

(すでに外へと逃げ出したか?)

 いや、それは考えにくい。

 もし外へと抜け出せば、無線で連絡が入る予定だ。さっきみたいに意識を断絶されればそれも出来ないが、しかし、出所が分かっていれば何らかの抗戦は出来るはずだろう。

 ギャレーの待機組みが素直に無線を入れてくるかは疑問だが、ここで戻るよりも、まずは周りを探ったほうが幾分か能率的だ。

 男はそう結論付けまた捜索を再開しようと一歩踏み出した。

 その時。

 ギュオア! と、唐突に上昇気流が発生した。

 明らかに不自然なその風力は中々のもので、巨躯に分類されてもおかしくない身体が、少しぐらつく。

 何事かと思い、男は風が集約していく場所を見上げる。後方を振り返り、その先にあるコンテナの上だった。

 そこに誰か居る。

 見えるわけではない。汚染された白煙たちがそこに集められているのが分かった。

 ギュンギュンギュンギュンと集約されていき、ビュンビュンビュンビュンと、見る見るうちに汚染された空気が一掃されていく。

 男は山勘で発砲する。四発ほど放ったところで、不毛感を覚えた。

 軌道は合っているのだろうが、風に揉まれているのか、その弾丸は敵には届いていないようだ。

(どうなってやがる!)

 訳が分からず、最早呆然と立ち尽くす男。

 その間にも辺りの風は一掃されたらしく、上昇気流は緩やかに止んでいった。

 闇に染まった空間に浮かぶ、白煙を集約したと思われる球体。周りの空気を一箇所に集めるものだから、その規模もバスケートボールほどの大きさを誇り、中を巡り巡る。

「……何者だ、お前」

 堪らず男は問い掛けた。防音効果がここにまで行き届いているのか、割かし静寂な空間のお陰で声は響く。

 それに対しての女の答えは、的確で納得のいく、しかしがさつで不愉快な、極めて短いものだった。

「あなたの敵よ」

 寄せ集めた毒性の球体が、男へと射出された。 

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