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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
空と地上の攻防戦
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高度1万メートルの攻防 ~孤独な叛逆~

気絶させた男を縛って、近くの更衣室らしき場所に隠す。

「こいつも姐さんに縛られたんなら本望だろうよ」

「馬鹿言ってないで、早くその鍵を渡しなさい」

 はいよ、と言って、パードリッジは嘴で加えた南京錠をアテナへと渡す。受け取ったアテナはそれで、かちゃり、と男を容れた更衣室らしき場所の扉を、外側から施錠した。

「これで大丈夫だな」

「油断は大敵よ。この男、さっききょろきょろ辺りを見回していたから、多分音に気づいて此処に来たんでしょうね。他の連中が戻ってこないのを不審がるのも時間の問題」

「って言ってる割りに、進んで時間を食う道を選ぶんだもんな。縛るなんて面倒臭い事……殺せば楽なのに」

「無駄な労力は使いたくないの。さっきの『風勁』だって準備運動もせずに放ったものだから、なんだか身体が重く感じる。それに、人を殺すのって後味が悪いじゃない」

「ほいほい。優しいんだな、姐さんは」

「違うわよ、自分が嫌な思いをしたくないだけ」

 言いながら、アテナ達はまず機内の情報収集に取り掛かる。

 ギャレーから出て進んでいくと、第一関門のドアが現われた。この辺になると、流石に会話などは無かった。ゆっくりと、慎重に、アテナ達はドアへと歩み寄る。

 ドアとの距離十メートルほどにある凹部に、身を屈め隠れる。

「……どう?」

 頭に乗るパードリッジへと、アテナは訊いた。持ち前の超越的な聴力を発揮したパードリッジは、

「……ああ、聞こえるぜ。奴等、何やら話し込んでやがる」

「その内容は?」

「ちょっと待ってくれ。……駄目だ、どうやら会議はもう終わっちまったらしい。連中が離れていく」

「何人いる?」

「四人……いや五人か。で、全体的には今の男で六人。あと、後方の部屋にも何人かいるみたいだからそれで十ちょいだ」

「……乗客を見張っている役が七人ほど。策謀者か交換要員か、その他の人間が六人、か」

 ああ、そんなところだ、とパードリッジは言った。

 その言葉を受けたアテナは、ただでさえ細い目を更に細め、何か考え事をするかのように黙り込む。

 そんな彼女に、

「やばいぞ姐さん」

 使い魔の鳥は、声を掛けた。

 普通ならこういう場合に話しかけないのが常なのだが、パードリッジが得たそれは主人の考えを遮ってまで伝えなければならない事がらだったので、この場に限っては何よりも先に伝えなければならない事がらだったので、

 羽毛を逆立て、耳をそばだてるパードリッジは、聴き取ったその重要事項を主たるアテナへと伝える。

「奴等、こっちに来る」


 

 ゴアァ、と、可動式のドアが開かれた。 

 そこから現われたのはテロ集団の二人だった。

 用向きは見回りだった。どちらもぶっそうな機関銃を肩から掛け、もしもの為に常に手を添えている徹底振り。

 こつ、こつ、こつ、こつ、とゆっくり、しっかり足を踏みしめるように、占領し、閑散とした通路を闊歩していく。

 仲が悪いのか、それほど緊張感を持って仕事に当たっているのかは分からないが、会話などはなかった。

 だが、二十メートルほどの通路の中盤にまで差し掛かったその時、

「……?」

 一人の男が、異変に気づいた。

 それは素通りしたギャレーの中にあった。

 立て直された痕跡のある小型冷蔵庫――の下にある、なにやら孔らしき痕跡。

 隠そうとしているのだろうが、その直径が大きく、完全には隠し切れていなかった。

「……」

 眉を寄せ、男はその場へと近づいていく。近づいていき、冷蔵庫をのけて、改めてその孔を確認してみる。

 するとより一層おかしな事に気付いた。

 その孔にはまるで修復された後がなかった。パラパラ、と断面部から零れ落ちていく欠片は、まるでついさっきこの孔が出来たかのような印象さえ与えてくる。

 隠し方にしても、布など被せるわけでもなく、冷蔵庫で蓋をするというそれこそ俄仕立てのような隠蔽工作。ましてや、航空会社が、開いた孔をそのままにしておくなどという、お粗末な事をするだろうか。

 百歩譲って、さっきの揺れで発生したとしても、いくらなんでもこんな不自然な孔の開き方はしない。

 中でも一番気になるのは冷蔵庫。

 恐らく、先に状況を見に行った男が無線で言っていた倒れた冷蔵庫とはこの事だろう。となると、この孔に蓋をしたのも彼だと思うのが妥当だが――だとしても、その理由が分からない。

 あの男がこういうのを見ると許せない几帳面な性格だったのかどうかは知らないが、例えそういう事で話を進め、この孔の件に一応の納得をしたとして。

 では。

 あの男はどこにいっているのだろう?

 帰ってくるのが遅すぎだ。ましてやここの通路は一通。それで会わなかったという事は、後方の見張り連中の下に向かったのかも知れないが……

「どうした?」

 ギャレーに入り、不可思議な行動を取り始めた男に懐疑を覚えたのか、連れ添いの男が歩み寄ってきた。

「……いや、少し疑問に思う事が」

 歩み寄ってきた同僚に振り返り、返事をする男だったが、

「……」

 そこでまた、別のおかしな物を見つけた。

 歩み寄ってきた同僚に振り返ったその時――同僚の男の背後にある、なにやら更衣室のような場所が気になった。

 同僚の男を通り越し、男はその場へと歩み寄る。同僚の男はそんな彼を、無言のまま目で追う。

 更衣室とおぼしきドア前に至った男は、そのドアを吟味するように見る。

 外側から、似つかわしくない鍵が掛かっている。本来の鍵の代わりという可能性は低いだろう。内側からしか掛けられないので、この鍵を掛けた人物はどうしても外から鍵を掛けたかったのだろうか。

「……下がってろ」

 考えるよりもまず行動。

 男は南京錠を銃で撃つ。跳弾に倒れないよう、少し身体を傾け、横から引き金を引く。

 南京錠はすぐに壊れた。それを足で蹴り飛ばし、そのドアを開くと、

「!?」

 中から、拘束された人間が倒れ込んできた。

 もちろん、見覚えがあった。先に様子を探りに行き、音の発生源は冷蔵庫だと言い放った男だ。

 その男が縄で縛られ、気絶している。

 と、そんな男に視線を集中させていると。

 ギャレーの外の通路を、誰かが遮った。

 気配を感じた二人は、急きながら機関銃を構え、壁に背を預けながら慎重に――通路へと身をやった。

「……誰か居るぞ」

 男の手にも力が入る。

「……よし、俺が行く」

 そう言い、同僚の男が先に進みはじめた。

 どちらも銃を構える臨戦態勢。一人がギャレー付近を、もう一人は背中をギャレー付近の男に任せ、辺りを探りながら進んでいく。

 ゴミ箱を乱暴に蹴り、ネズミ一匹逃さないといわんばかりの神経質を伴って辺りを探っていくその男は――すぐさまに、距離十メートル程にある凹部へと、その銃口を向けるに至った。

「……」

 そこには誰もいなかった。

 だが、長年の感か、研ぎ澄まされた感か、男はすぐ傍にあったキャビネットが、どうも気になった。

 高さ六十センチ。横は百センチほどだろうか。常識的に考えて、人が入っているとはまず思わないだろう。

 しかし――入れないことも無いそこが、どうしてか気になった。

 男は片手で銃を構えつつ、そのキャビネットに手を伸ばす。

 そして、空けようとした、次の瞬間。

「やーん。エッチ」

「!?」

 どこからか、声がした。神経を尖らせていた二人は敏感に反応を示した。反動で引き金を引きそうになるがなんとか堪え、言葉を放ったそれを凝視する。

「……鳥?」

 銃口を向けるその先には、一羽の鳥がいた。シロフクロウの様な、そうでないような、言葉を喋る、へんてこな鳥。

 そんな間違いなく場違いな生物を見て、驚いたのか、不思議に思ったのか、気を緩めたのか、先を進んでいた男は銃を下ろしてしまった。

 途端、待っていたといわんばかりに、

 キャビネットから腕が飛び出す。

「――ッッ!?」

 胸倉を捕まれ、引き摺り込まれる男。

 その音を聞いたギャレー付近の男は、

「な、どうした!?」

 起こった状況が把握できないながらも、引き金に指を掛ける。

 ダダダダダダダダダダン、と、機関銃特有の連射性に富んだ音が鳴り響いた。硝煙のようなものが微かに窺え――静かになった。

「お、おい」

 ドア付近のその男の問い掛けにも、返事はない。ごく、と男は唾を飲み、もう一度問い掛けてみる。

「おい、どうなってんだよ。何が起こったんだ。返事しろ」

 踏み出すその足も、少しだけ震えている。彼からは、その凹部だけは丁度死角になり、状況が窺えない。

 まぁそれを見込んで、彼女もその場所を選んだのだろうが。

 一歩一歩。

 男は近づいていく。何らかの出来事が起こった、その場所へと。

 そんな彼にちゃちゃをいれるように、

「おースゲーな。まさかこんな事になってるだなんて……ほら、あんたも早く見たほうがいいぜ」

 謎の鳥の横槍に男は、

「うるさい、黙れ!」

 と機関銃を射撃した。殊のほかその鳥は機敏なようで、

「おほっ」

 と人を嘲るような声を発し、その銃弾から逃れた。追い撃ちを掛けようと思えば掛けられるが、今は他に優先すべき事柄がある。

 そう思い、即座に銃の矛先を戻す男だったが、どうやら今の一瞬の間が、勝負を分けたらしい。

 構えなおそうとしたその時には、敵はもう懐に忍び込んでいた。

「くそっ!」

 銃口を向けようとするが、いくらそれが近距離用のタイプとはいえ、拳銃などに比べれば明らかに使い勝手は変わってくる。

 敵はすでに銃口よりも前へと潜り込んでいる。

 銃を、下から突き上げるような形で払われた。手を放さなかったものの、機関銃の重量も手伝ってか、身体が後方へと大きく反らされる。それでも何とか反撃に打って出たい男は、距離を取ろうと一歩下がる。その過程で弾丸を薬室に送り込む機能を持つコッキングレバーを引き、撃つための準備を整える。そしていざ発射、というところで、

「!?」

 トリガーが引けない。その原因を調べてみると、トリガー部に棒状のものが詰め込まれていた。すぐさま引っこ抜こうとするが、皮肉にも外からの干渉をさけるトリガーガードがそれを阻んだ。

 焦る男。最早本来の目的を忘れ、銃の再起に全力を注いでしまっている。

 その間に、すっと、敵は男の背後を取った。

 そこでようやく本来の目的を思い出した男は振り返る。しかし、その振り返る時に生まれた運動エネルギーを利用されて――身体を独楽のように回された。

 男は驚きの声を発する。出来事に驚いているのではなく、こうもいとも簡単に大の男が回される事に驚いたのだ。

 気づけば――地面へと突っ伏され、後ろ手を取られていた。

「が、あ……」

 抵抗を試みる男に、

「動くな」

 アラビア語で、冷たい声が、掛けられる。

 発生源はもちろん、立ちながら男を脇固めしている、敵である女だった。

「言語はこれで分かるかしら? 動くと折れるわよ」

「ぐ……あっ」

 ミシミシと、肩から先に掛けて痛みが奔る。

 そんな最中、男はふと横を見た。取っ組み合った今の場所なら窺える、凹部のその場所を。

 そこで倒れこんでいたのは、先を進んでいた男だった。

 ぐったりとしている。傷を負っているかどうかは、顔から全体を覆う服装の精で分からない。

 男はアラビア語で訊く。

「……殺したのか?」

「さぁ、どっちかしら」

 ぎぎ、と、女は男の肩に置いている足に力を加えた。その苦痛に、男も顔を歪めたらしかった。

「状況を把握しているかしら? 私の質問に答えなさい。あなた達はどういった経緯で、なんの目的があってこんな事をしているのか」

「そうそう」

 そんな風に相槌を打ちながら、さっき逃げた鳥が男の目前に降り立った。

「ここは大人しく話といた方がいいぜ。こんな可愛い顔してるけど、姐さん、職責を全うする上で邪魔な奴には容赦ないからよ」

「――、」

 なんとか顔を上げ、身体を起こそうとはするものの、どういう原理が働いているのか全く動かない。むしろ動けば動くほど、関節が決まっていき、痛みが増すだけだ。

 なので。

「ぐ……ふははは、舐められたもんだな。……ああいいぜ、教えてやる。それを知ったところでどうこうできるわけじゃないからな」

 苦笑いを浮かべ、あっさりと男はしゃべり始めた。

「俺達はイスラム原理主義の理念を念頭に置いて結成された派生勢力。この機を乗っ取ったのもその活動の一つさ。インド政府に捕らえられた我等が指導者の解放。それを目的に現在、この機は天秤に掛けられているのさ。解放して穏便に事を収拾するか、それとも、断って経済発展目覚しい情勢に孔を空けるか、な。……もちろん、政府が解放の条件を飲まなければ俺達の命は元より、お前達の命も」

「そんな事は分かっているわよ」

「?」

 要望通りせっかく答えていたのに、女はその話を途中で断った。それを不思議に思い、眉を寄せる男の耳には、こんな言葉が入ってきた。

「私が知りたいのは更にその先よ」

「……?」

 更に、眉を寄せる男。しばし、女の放った言葉を脳内で咀嚼して、

「どういう意味だ?」

 真剣に、そう訊いた。

 それを受け、脇固めされているので表情は窺えないが、金髪碧眼の女はしばらくの間を経て、はぁ、と溜め息を吐いたらしかった。

 そして、男そっちのけで、鳥と会話し始める。

「どうやらこいつもハズレのようね」

「だな。やっぱ中核部分の奴じゃないと知らないんだろうな」

「それにしたって隠匿過ぎる。国連も相当動いているみたいなのに何も出てこないだなんて……下手をすれば、この機にいる連中、全員知らないかもね」

「まぁ、例えそうだとしても、ハイジャックされてるんじゃ、やる事はそう変わらねーだろ」

「それもそうだけど」

 と、そんな感じで、勝手に進んでいく二人の会話に、

「おいおいちょっと待てよ」

 会話の言語がイタリア語だったので内容が分からないながらも、男は口を挟んだ。

「あんたらが何者かは知らないが、悪い事は言わない。ここは大人しくしておいたほうがいいぜ」

「……それはなぜなのかしら?」

 意味ありげに鼻で笑って、男は女からのその質問に答える。

「なんだ、あんた聞いてなかったのか? この機には爆弾が仕掛けられているんだよ。……妙な真似してみろ。スイッチ一つで、この機は乗客もろとも海の上へ真っ逆さまだ」

「その爆弾はどこにあるのかしら?」

「はっはっはっは――言う訳ないだろ」

 女の言葉を受けた男は一笑し、言う。

「だいいち、仕掛けたのは俺じゃねーから、はっきりとした場所なんて分かんねーよ。残念だったな」

「……そう」

 特に追求する様子もなく、あっさりと諦めた様子の女。ここで拘泥しても口を割るのには時間が掛かると判断したのだろう。

「なら次の質問」

 よって、より口を割りそうな事柄へと、焦点を変える。 

「あなたや他の連中も携えているその銃器、どうやって機に持ち込んだのかしら?」

「……」

 押し黙ってしまう男。そんな彼に痺れを切らしたのか、女は言葉ではなく、足に力を入れ、ぎしぎし、と男の肩への負担を加重して問いかけた。

 早く話せ、と。

 増す痛みに呻く男は、もがきながらも言葉を放つ。

「し、知らねーよ。ただ俺らの中にいる一人の男がなんらかの形で持ち込んだんだ。それが何処でどうやったのかは分からねーよ。嘘じゃない、本当だ」

 痛みから解放されようと、必死で訴えかける男。その狼狽ぶりをみるに、どうやら嘘は吐いていなさそうだ。

 この男、口を割らせるのは簡単そうだが、その情報量は少ないと見たほうが無難だろう。

 彼女がそう判断したかどうかは不明だが、

「……そう」

 と、今にも消え入りそうな声で、女は呟いた。

「……」

 うまくいかない事態に落胆でも感じているのか、今、女は消沈気味だった。腕を固めるその力も、どこか緩まっている。

 この隙に、と男は懐に腕を伸ばす。

 それに気づいたのだろう。

「!? 姐さん!」

 前にいる鳥が、その行動を女へと知らせた。

 こうなってしまっては一気呵成。半ば力任せで強引に動いた男は――やっとこさ脇固めから抜け出せた。

 そして懐から取り出した刃渡り十六センチほどもあるミリタリーナイフを女へと向ける。

 そんな刃を向けられる状況に陥っても、

「やめときなさい」

 女はあくまで、冷静だった。

「危ないわよ、そんなもの振り回しちゃ」

「うるせぇ!!」

 まるで馬鹿にされた感じだった。男は今までの鬱憤を晴らすかのように、

「ぶっ殺してやる」

 敵の女へと、刃物を振るう。

 接近して斬りつけようとする。だが女はこれをなんのことなくかわしていく。

(くそ、なんで当たらない!)

 彼だって訓練を受けた戦闘集団の端くれだ。ナイフの扱い方だってそれなりに熟知している。

 なのに、掠り傷一つ負わせられない。

 逆に、敵の放つ攻撃は面白いほど的確にヒットする。

 狙い澄ましたかのような――そして狙い澄ましているであろうカウンター。

「風勁(Movimento di Vento)」

 ドン、と、何かと衝突したかのような衝撃が、腹部から発生した。

 息が出来なくなる。死ぬかと思った。いつごろか分からないが――いや、後になって、そういえばそんな感覚があったと男は気づく。

 手にしていたミリタリーナイフが奪われるという、そんな感覚が。

「か……え……せ――」

 いまだ息がうまく出来ず、かすれた声を漏らす。前を向きなおし、手を伸ばすそんな男の顎に――女は絵に描いたような放物線を描き、胴廻し回転蹴りを減り込ませた。

 ごり、という歪な音。

 攻撃を受けた男は脳を揺らされ、くずおれた。膝から落ち、次に顔を地面へとつける。

 胴廻し回転蹴りは捨て身ともいわれている。そんな技を繰り出したにも関わらず、女は持ち前の柔軟さで猫のように身を捻り、地面に手を付け、一回転して着地した。

 柔軟な身体が可能にする力の伝達力の高さと、絶妙なタイミング。

 例え筋力がなくとも、彼女の場合は何不自由しないようだ。

「全く」

 屈めていた体勢から立ち上がった女は、手の中でミリタリーナイフを弄びながら言う。

「米国なんかに比べれば日本のセキュリティー基準は劣るらしいけど、それにしたってこんないかにもな物を持ち込ませるほど低いとは思えない。一体どうなっているのかしら」

「やっぱ手引きした奴がいる、って考えが一番有力なんじゃねーのか」

 女の頭に位置取った鳥は己の見解を述べる。

「そもそもこんな怪しい連中、普通なら厳密にチェックするぜ。ましてや今この辺りは厳戒区域なんだから」

「……そうね」

 尤もだ、と言いたげな間を空けた後、女はこう言った。

「とりあえず、他の連中も一掃するわよ。あなたの言った通りなら残りの数は十。別段難しい話でもない」

「油断するなよ。他の奴等もこううまくいくとは限らない。それに乗客が人質に取られてる上に、この機には爆弾が仕掛けられてる、って事を忘れるな」

「……分かってるわよ」

 言葉では軽く言ったものの、それはかなり難しい状況だ。

 ようするに彼女は、相手を刺激せずに、なおかつ相手を倒し。乗客乗務員達を守りつつ、しかしその中にいるかもしれない工作員を探り。爆弾を使用させるまで追い込まないように、そして勢力を削いでいかなければならない。

 そんな、、こうもり家業のような振る舞いで、事を進めていかなければならない。

 当然そんなもの、面倒臭がりの彼女からすれば堪ったものではないないだろう。

「……はぁぁ」

 ここまでクールを決め込んでいたが、その全てを台無しにするような、極めてぞんざいな溜め息。

 そして女は、これまたぞんざいな態度で、口癖を放つ。

「億劫な」

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