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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
空と地上の攻防戦
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高度1万メートルの攻防 ~明らかになる異変~


ゴアァ、と、またしても可動式のドアが開かれた。


そこから今度は四人の男達が現れた。発砲音のようなものを聞きつけ、準備を整えて駆けつけたのだ。

リーダー格の男を除き、他の三人は辺りを隈なくチェックし始めた。

その捜査の手はギャレーにまで伸びる。

「……おい、これを見てくれ」

 第一発見者の男の呼びかけに、他の二人、リーダー格の男の順に、その場へと集まった。

 そして見る。その場の壁に寄りかかっている、同胞達を。

「……死んでいるのか?」

 男の問い掛けに、第一発見者の男は壁に寄りかかる同胞の頚動脈を触れてみる。

「……いや、死んではいないようだ」

 頚動脈は微弱ながらも動いている。どうやら、眠っている状態に陥っているようだ。 

「う……く……ぁ、くそ」

 その声に、一同が振り返る。縄で縛られ、そこに這い蹲っていたのは、一番先に様子を見に行った男だった。

 リーダー格の男はその男へと歩み寄った。

 そして高圧的な物言いで、訊く。

「どうした。一体何があった」

「ああ?」

 男は顔を上げ、リーダー格の男を見上げる。

「……ああ。俺もよく分からないんだが……女。そう女だ。正体不明の女に不意を衝かれちまって、気を失って……」

 曖昧な記憶をなんとか鮮明にしようとする男。そこでようやく、手足を縛られ、身動きできない状態だと気づいた。

「な、なんだこれは。くそ、解けない――早く解いてくれ」

 じたばたと、何とか解こうと暴れる男。

 そんな彼を見ながら、リーダー格の男は溜め息を吐いた。それから仲間に、こう命令した。

「解いてやれ」


 

他の二人も目を覚ました。 

二人はまだ完璧に感覚が戻らないのか、首や肩を確かめるように回す仕草を取った。

その後、

「何が起こったんだ」

 リーダー格の男は、すぐさまに訊く。

 出会いがしらで意識を断たれた男とは違い、二人にはまだ概要を説明できるだけの記憶がある。

「女だよ」

 忌々しそうに、男は話始めた。

「西欧人らしき女が居たんだ。そいつにやられた」

「……女、だと?」

 縛られていた男もそう言っていた。恐らくは同一人物なのだろう。

 リーダー格の男は胸ポケットらしき場所から、無線を取り出した。そして客達を見張っている連中へと通信する。

「おい、誰か席を立っている奴は居るか?」

 ザザザ、と、回路が変換され、

『いや、こっちは全員居る』

 ジジ、と別の場所も、

『こっちもだ』

 どちらも、乗客は全員席に着いているという。

「……そうか、分かった。引き続き注意を払うように」

 了解、という返事があって、無線は切れた。

 そしてリーダー格の男は、不審な女を取り逃がすどころかやられてしまった男達に視線を向けた。

「情けない奴等だ。仮にも国を相手取っている身だぞ。女相手にのされている場合じゃない」

 呆れすら感じさせるその言葉。

 しかし、リーダー格の男のそれに、のされてしまった二人は反発する。

「もちろん普通の女じゃないさ。あの動きと地形適応力。あれは相当の手だれだ」

「ああそりゃ凄かったさ。あの動きは今日昨日で身につけられるものじゃねぇ」

 それによぉ、と、一番最後まで記憶がある男は、一連の流れのやり取りを、リーダー格の男へと伝える。

「あいつ、俺達の事を探ろうとしていた。まぁ支障のない程度の概況は喋っちまったが、知りたいのはその先、とかなんとか言ってたぜ」

「……知りたいのはその先」

 一瞬だが、リーダー格の男の顔が曇ったように見えた。しかしすぐさま、まるで――話題を逸らすかのように、話を推し進める。

「で、その肝心な女はどこへ行ったんだ」

「……」

 ぐい、と顎で、男は孔の方を指した。

 それをリーダー格の男は眼で追う。そこにあったのは直径三十センチほどの、人工的に創作されたような孔だった。

 近づき、そして訊く。

「なんだ、この孔は?」

 それについて男は、さぁな、と言葉を濁した。

「真相は分からねーが、風が吹いている、という事はどこかへと繋がってるんだろうよ。……多分あの女、その孔を通ってきたんだ」

「……」

 その人っ子一人入れるか入れないかくらいの孔を、リーダー格の男はしげしげと見てみる。

 確かに、わずかだが風が吹いている。どこかに通じている様だ。機体の構造から考えると――この孔の行き着く先は、貨物室だろうか。

「……なるほど」

 一応の辻褄が合う。乗客が皆席に着いたのを見計らって行動に打って出たのに、そんな不審者がいる事はおかしいと思っていたが、きっと正体不明のその女は、正規の乗り方でこの便に乗っていないのだろう。

 どういった目的があってそういう事をしているのかは分からないが、ただの密入国者ではなさそうだ。

 なによりも気になるのは、女が放ったという、『知りたいのはこの先』という発言。

(……その女、まさか)

 仮にそうだとすれば、このまま野放しにしておくのは少々まずい。

 リーダー格の男は、そう感じた。

「どうするよ?」

 側にいる男が訊いてくる。

「妙な真似をしたからこの機を落すか」

 馬鹿いうな、とリーダー格の男はその提案を否決した。

「まだ下の部隊からも連絡が無い。それに、言っただろ、この機を爆破するのは窮余の策だ。どこの馬の骨とも知らぬ人間一人の為に計画を前倒しにする必要など無い」

「じゃどうす」

「行って見て来い」

 男が言い終える前に、リーダー格の男は不特定的に、そう言い放った。

 孔に向けていた視線を、後方の仲間達へと変える。

「誰か行って探ってくるんだ。出来れば情報を聞き出したいが、最悪の場合殺しても構わない」

 誰と言うでも無し、強いて言うなら、全員に語りかけていたリーダー格のその言葉に、

「俺が行こう」

 一番後に落とされた男が、名乗りを上げた。

「リベンジだ。このままやられっぱなしじゃ気が済まねぇ。幸いにも軽機関銃は殺傷性が低い。足の一本くらいなら死にやしないだろう。あの女を引っ張り出してくる」

 がしゃ、とコッキングレバーを引いて、排莢不良(ジャム)を起こさないよう初弾を装填する。

 少し遅れて、

「……俺も行こう」

 連れ添っていた男が、少し躊躇いながらも後に続いた。

 次いで、一番初めにのされた男が名乗りを上げるのかと思いきや、

「俺は……パスだ」

 半ば言いにくそうに、そう言った。息がしにくかったのか、顔を覆っていたバンダナを外し、続けざまにこう言う。

「どうやら肋をやられたらしい。情けない話だが少し動くだけで痛みが奔る」

「……」

 数秒、何も言わずに、座り込みながら肋が折れたという男を見るリーダー格の男。

 その視線はまさに『使えない奴だ』とでも言いたげだった。

「……まぁいい」

 何が良いのかは分からないが、そう言ったリーダー格の男は他の連中に視点を変え、陣立てを言い渡す。

「今の二人は分かっていると思う。他の三人は内二人が後見として残り、一人は俺につけ。何か異常があったなら逐一報告しろ」

 ああ、分かった、と選ばれた二人のうち一人がそう言った。

 その言葉を受け、謎の侵入者を追う役の二人は孔へと入っていった。

 それを見届け、そして、差し当たり方針が決まったので、持ち場に戻ろうとしたリーダー格の男だったが、

「待てよ」

 先ほど名前を呼ばれなかった男が、思わず不満を口にする。

「……なんだ?」

 分かっているくせに、リーダー格の男はとぼけるような態度を取る。

 その態度に不快を覚えながらも、男は述べる。

「俺はどうすればいいんだ」

 忸怩たる思いで放ったそれを、

「さぁな」

 とリーダー格の男は冷たく対応した。

「動けない人間に頼める仕事など、少なくとも今はない。それでも指示して欲しいのならしてやろう――そこで寝ていても構わないぞ。ただし、邪魔だけはするな」

 言い終えると、男の反応も見ずに、リーダー格の男は出て行ってしまった。それに続く様に、随伴役の一人も部屋を退出した。

「……」

 最早役立たずのレッテルを貼られた男。

 そんな彼の気を、後見役の一人――二番目に意識を断たれた男が更に逆立てる。

「よぉ、女に肋を折られる気分はどうだ? 大方油断してたんだろうよ。それともひさびさに見た女に見蕩れちまったのか?」

「おい。下劣な言動は慎め。俺達は仲間なんだ。無駄な確執を生んで何になる。忘れるな。今は『聖戦(ジハード)』中だという事を」

「……ふん、ああ、分かったよ」

 お堅い奴だ、と言いたげに、揶揄していた男は鼻を鳴らした。

 その一連を見た座り込む男は、

 情けなさか、リーダー格の男への不満か、

「くそ!」

 拳を握り、床を叩いた。

 肋に響き苦しみもがいた。



 

 ついさっき、どこか遠いところで銃声の様なものが聞こえた。それを聞いて軽い悲鳴を上げた乗客を、テロリスト達は銃を突きつける事で鎮圧した。

 しかし、妙なのはここからだった。

「……なんか騒がしくなった」

 というより、どちらかと言うとそわそわし始めたテロ集団達に、龍樹は何事かと思った。

 四方を決められた陣形で固めていたはずなのに、今は落ち着きがなさそうにエコノミークラス内をうろついている。

 乗客の顔を一人ひとり、窺うように。

 先ほどの発砲音と関係あるのか無いのかは知らないが、その魔の手ならぬ魔の眼は、もうすぐ龍樹達の元へと差し掛かる。

 別に彼等の機嫌を損ねるような事はしていないので、気を張る必要は無いのかもしれないが、

 銃片手に体格の良い男が歩み寄ってくるのだから、気を張るなというのが無理である。

(なるべく優等生を演じておかないと)

 背筋をピン、と張らす龍樹。彼に取っての優等生の模範像とは、そういうものなのだ。

 んが、何気なくふと隣を見てみると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 目を見開く龍樹。

 そこには、どこから持ち出したのかアイマスクを掛け寝ようとしている雀がいた。

(何やってんだこの馬鹿はぁぁぁ!)

 声に出せない怒りにも似た感情を内で叫び、近づいて来るテロリストとの距離を確認してから、

「(おい、おい)」

 小声で、龍樹は雀へと呼びかける。

 雀はすぐに反応を示した。

 親指でアイマスクを額まで押し上げ、

「なんですか?」

 と普通に訊く。

 なんですかじゃねーよ、と龍樹は思った。

 声は出せないので、顎で近づいて来るテロリストを指し、その後、雀の額に押し上げられているアイマスクを指し、それを取るよう促す。

 始めは眉を寄せていた雀だったが、やがて理解したのか、笑顔で首を縦に振った。

「心配しなくても、龍樹さんの分もちゃんと座席に付いてますよ」

「そうじゃないよ」

 思わず、少し声が張ってしまった。

 それを聞き取ったのだろう。

「うるさいぞ!」

 また、アラビア語らしき言語で、怒鳴られた。

 再度黒光りした銃口を向けられ、今度こそマジでやばい、と龍樹は焦った。

 さっきと同じ手を使えば、こいつは向上心の無い奴だ、射殺しよう、という展開になってしまうかもしれない。

 なので龍樹は、手を合わせ、誠心誠意込め、なにとぞご勘弁を、と謝る。

「……またお前か」

 怒るというより、どちらかというと呆れたように、その男は溜め息を吐いた。だが銃口は下ろさない。トリガーにも指が掛かった状態だ。指先に少しでも力を加えれば、馬鹿の蜂の巣の出来上がりだ。

 その時、不幸か幸いか、テロリストの肩付近に掛けた無線らしき物から通信が入った。

 ズザザザ、という砂嵐のような音を経て、そこからは声が漏れた。

『ど――した』

 それもアラビア語ぽかったので、龍樹には聞き取る事が出来なかった。

 出来なかったが、

「いや、ちょっと態度の悪い乗客がいてな」

 送信用に切り替えるためか、肩の無線に手を伸ばした事により、トリガーから指は離れた。

「ふぅ」

 と、本日幾度目かの溜め息を吐く龍樹。

 その後もテロリストの一人は、無線で幾度かのやり取りをしたらしかった。ただ、よくよく考えても見ればトリガーから指を外したのはあくまで無線を使うためであって、という事はその通信を終えると再度銃口を向けられる可能性も大いにあり得るわけで。

 その事に気づいた龍樹は内心ドキドキだ。眼もあちこちに泳いでいる。額からは汗も出現し始めた。

 もちろん、冷や汗。

 そして。

『……了解』

 テロ集団の男は、通信を終えた。

 内ポケットらしき場所にトランシーバーを仕舞い込む。

 問題はこの後だ。

 もう一度、銃口を向けられるか。

 今の一連が緩衝になって、このままスッ、とどこかへ行ってくれるのか。

 男は――今龍樹の命運を握っているであろう男は。

 黒光りした銃口を、龍樹へと向けた。

「……」

 終わった。

 龍樹だけでなく、誰もがそう思ったのかもしれない。

 何せ彼等は始めに言っていたのだから。

 妙な挙措を取った人間は、容赦なく排除する、と。

 しかもこれは、二回目なのだから。

 しかし。

 どういう訳か、銃口を向けてくるテロリストがその引き金を引くことは無かった。

「立て」

 アラビア語は相変わらず分からないが、なにやらジェスチャーで立ち上がれと命令された。

 訳が分からないが、ここは言う事を聞くに他ならない。

「立て」

 状況がいまいち掴めず立ち渋っていた龍樹に、もう一度、男は言った。

 仕方が無く立ち上がった龍樹。

 なにをされるんだろうと考えていると。

 くい、と顎を動かし、男は付いて来いと促した。

 拒否できるものなら間違いなくするが、残念ながら今その権利は無いだろう。

 促されるがまま、先導役の男に付いていこうとする龍樹。

 そして彼が通路側へ一歩踏み出した時だった。

「待ってください」

 割かし大きな声でそう言い、雀は龍樹の腕の裾を掴み立ち上がった。

 恐らくは龍樹を連れて行く行為に対しての反応だったのだろうが、ジャキ、と先導役の男と、それとは別の男に銃口を向けられ、動きを制された。

 歯噛みしながら、銃口を向けてくる両者の顔を交互に見る雀。それでも、男達の『座れ』というジェスチャーに素直に応じず、いまだ立ち尽くす雀を見ると、それは決して怖いなどという保守的なものではなく、どちらかというとどうすればこの危難な状況を打破できるのかを、思案しているようでもあった。

 彼女にも彼女なりの使命を感じているのかもしれないが、

「雀」

 このまま下手に抗えば、その銃口が火を噴く可能性だってある。

 そう思い、龍樹は彼女の名を呼んだ。

 雀は二人の間を行き来していた視線を、龍樹へと当てる。

「……なんですか?」

 龍樹へと言葉を投げ掛けながらも、他の二人から注意は外さない。

 そんな鋭敏な感覚状態の雀を見ながら、龍樹は言う。

「し、心配すんなよ。ちゃんと戻ってくるからさ。とりあえず、ここは妙な挙措は取らない方が良い。こいつらの言うとおりにしておくのが良策だろ」

 心配させまいと頑張っては見たものの、やっぱり素人では、内に抱いた不安を隠し通す事は出来なかった。

 それでも、残念というかなんというか、龍樹の言ったその料簡は一理ある。

 雀もそう感じたのだろう。

 やりきれないといった風に目を細め、自分に銃口を向けてくるテロリスト達を見た後、

「……気をつけて下さい」

 掴んでいた手を放し、雀はゆっくりと席に付いた。

 それにより先導役の男は銃口を降ろしたが、もう一人はまだ油断できないと感じているのか、雀に銃口を向けたままだった。 

「行くぞ」

 なにか言葉を放ち、また付いて来いと促す男。

 雀の事が気がかりだが、いくら彼女が重度の天然とはいえ、本当にやって良いことと悪い事の区別ぐらいは(多分)付けられるだろう。

(……というか)

 よく考えてみれば、こんなややこしい状況に陥ったのは雀の精だと思う。

 まあ過ぎた事をぐちぐち言っても、仕方が無いのだろうけど。

 それに、例え雀の事を心配したところで、どうこうできる状況ではない。

 実力者のアテナ辺りならまだしも、なんの変哲もない高校生の龍樹には、生きるためにはおのずとテロリストに従うという道以外ない。

 という訳で。

「早く来い」

 最早時に身を任せ、龍樹は男へと付いていく。

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