訪れた異変
「どうしたんですか、その顔?」
三時間ほどで起きてきて、龍樹の顔のちょっとした異変に気づいた雀は、心底不思議そうな顔をする。
お前だよ、と本当は言いたいところだったが、もうなんだかしんどくなって、
「……なんでもないよ」
頬杖を付き、窓から雲たちを眺めながらふくれっ面で龍樹はそう言った。
「そうですか」
と雀はなんら疑わずに寝起きの背伸びをする。どうやら自分がやったとは到底思っていない様子だ。
「今どのあたりでしょうかね。確か、一度ドバイを経由してからローマにいく航路でしたよね」
「……ああ、もう離陸して結構な時間が経つから、半分はいってんじゃないの。下を見ればなんか大陸みたいなのがあるけど、俺、地理に弱いからどこだかは全然分かんねー」
「にしてもお腹が空きましたね。機内食はもう出ないんでしょうか?」
「振ったのお前なんだから人の話を聞け」
全く。
相変わらずだよお前は、と龍樹は内心で毒づく。
「もうちょっと待ってろよ。きっと軽食を出してくれるだろうから」
「軽食? 夜ご飯じゃないんですか?」
「違うよ。まあ軽食っつうより間食かな。カップラーメンやおにぎりなんかの軽い食事だよ」
「……なんでまた中途半端にそんなものを」
「知らないよ。機長にでも聞いてくれ」
とはいえ、飛行機を運転する立場である機長に訊いても、分からないのだろうけど。
雀は眉間に眉を寄せ、頬を膨らませながらぶーぶー言う。多分、軽食程度で抑えられる空腹ではないのだろう。
昼の機内食だって半分近くあげたのに。
小柄なくせして、燃費が悪い。
「……それにしても、アテナの方は大丈夫なのかな」
その問い掛けに雀は目をぱちぱちさせた。反応を窺うに、どうやら忘れていたようだ。
「え、あ、ああアテナさんですか。はいはい覚えてますよ、ちゃんと」
「……いや、俺は何も言ってないぞ」
とにかく。
思い出してくれれば話は出来る。
「で、大丈夫なのかな、あいつ」
「そりゃ大丈夫でしょう。なにせアテナさんですから」
「なんだよそれ、理由になってないじゃん」
「いえいえ、あの人は実績がありますから――もちろんもこれが初めてではありませんので、万が一にもばれるようなへまはしないでしょう」
「へー……そうなんだ」
そりゃ確かに、大丈夫そうだ。あの超柔軟な身体を用いるアテナの事だ。きっとエスパー伊東よろしく。どこぞの荷物にでも紛れて忍び込んだのだろう。
でも、前観たテレビでは、その方法は難しいと言っていたなと、龍樹は思い出した。
ああいうのは輸送会社か何かの手引きがなければほとんど成功しないらしい。
しかし今の話を聞く限り、アテナはそれらを打破できるなにかを持っている様だ。それがなんなのかは、見当も付かないが。
ただ、龍樹が心配になったのは――彼女がこの機にちゃんと乗れたかどうか、というそこではない。
もっと個人的なもの。
貨物庫の中は基本的に寒いらしい。これまたあまり詳しくは知らないが、一部をのぞけばその気温は〇度近くまでいくそうだ。
それに食料。
十何時間も食事を取らなければ、死ぬ事はないだろうがお腹は空くだろう。
悪辣な環境で空腹と孤独と戦う。
自分には到底出来そうもないと、龍樹は思う。
(……いや、パードリッジもいるんだっけ)
恐らくは彼女が唯一心を許しているであろう、口達者な鳥。彼がいるというのが、せめてもの救いなのかもしれない。
「あれー、ひょっとして心配なんですか?」
考え耽る龍樹に、雀は意地悪な笑みを浮かべる。
そんな彼女の顔を見ながら龍樹は、
「ん? ああまあな。だって考えてもみろよ。もし貨物庫の中で変死でもしてみろ。後味悪すぎだぜ。知り合いが死ぬだなんて、気持ちが良いわけないだろうし」
「ふ、っふん。分かりました。そういう事にしておきましょう」
意味ありげにそう言い、膝の上に両手を置き、雀は目を瞑り今にも鼻歌でも歌うかのような感じで、口元に微笑を浮かべる。
「……なんだよ」
なんだよ、その反応は、と、少し龍樹は気になった。
「まあなんにしても心配はご無用という訳です。私が言うんですから間違いありません」
柔和な笑みのまま雀は龍樹へと向き直り、そう言った。
「……ああそうだな」
気持ちをほぐされた龍樹も頷く。
雀の言葉を信じるというより、あのアテナの事を信じて安堵したとは、ここは敢えて言わない方が良さそうだ。
「それより、他人の事より自分の事ですよ、龍樹さん」
「……俺の事?」
雀の言ってる意味が理解できず、顔を顰める龍樹。
「なんだよ、俺の事って」
「んもう。忘れっぽいんですから――悪魔ですよ。あ・く・ま」
「……悪魔?」
それがどうしたんだろうと思う龍樹に、そうです、悪魔です、と雀は語気を強くして言う。
「身体に異常とか、囁き掛けられるとか、なんとも無いんですか?」
「……まぁ」
龍樹は自分の両の掌を眺めてみる。
「今のところは」
「……そうですか。確かに今のところそういう場面には遭遇してませんしね」
そんな風に妙に納得して、雀は息を吐いた。それが安堵によるものか杞憂によるものかは、龍樹には分からない。
分からないから――訊く。
「身体の異常とか囁きとか、一体どういう意味だよ?」
「どういう意味も何も、そのままの意味ですよ。やっぱり悪魔なんてものがずっと身近に居るだなんて、身体に――いや、心に悪影響ですから。そうですね。簡単に言えば、『負』のエネルギーですよ。『負』の、ね」
「腐?」
「違います『負』です――よく言うでしょ、負の連鎖とか、負のオーラとか。それです」
「ああ、それか」
納得した龍樹。
「で、それがどうかしたのか?」
「……はぁ、龍樹さんってほんと頭悪いんですね」
額に手を当て、やれやれといった感じに首を振る雀。
流石の龍樹も、こいつにだけには言われたくなかったセリフだ。
しかし、ここで反論しても仕方がないので、
「で、何なんだよ、『負』がどうしたってんだよ」
少し急かすように、龍樹は雀に話の続きを促す。
雀はその要求に答える。
ちょっと上から目線で。
「あのね龍樹さん。人はなぜ悪魔や霊を取り祓うと思いますか」
「そりゃ……悪い事が起きるからだろ」
「そうです。悪い事が起きるんです。正確には――悪いものを呼び寄せるんです」
「……ニュアンスがちょっと違うだけじゃん」
「いえいえ、全然違いますよ。何言ってるんですか。起きるのは自然。呼び寄せるのは故意によるものですから、その意味は全くの間逆です。――とかく、悪魔の周りってのは、常に放射線や二酸化炭素なんかと同じ、人間に取って有害なものが放出されている環境なんですよ」
「そうなの?」
「ええ。といってももちろん、原子やアレルギーみたいな人体に直接害を及ぼす肉的なものでなく、それは生気や希望を蝕む、極めて霊的なもの。それが――『負』のエネルギーなのです」
「……マンガとかではよく聞くけど、まさか本当にそんなものがあったとはな」
「驚きましたか? 私は逆に無いと思っていた方に驚きですけど――知ってます? 人間の体の構造って、案外仕組み自体は単純らしいですよ。脳への酸素供給、電気信号の仕組み。心臓細胞の収縮、および血液の圧力運動による筋肉の自在。生きる理由も死ぬ理由も、生物学的な分野ではほぼ解明されているんですよ」
では、なぜ人は死ぬと思います、と、時たま見せる真剣な表情で、雀は言う。
「やはりそこには、霊的な存在が邪魔をしてしまいます。邪魔って言い方もなんですけど――蔑ろにはできません。そこからも窺えるように、やっぱり究極的に霊的エネルギーってものは人間では解明できないエネルギーであり、また、解明してはならない存在でもあるのです」
「……神の腹積もりってやつか」
「そういう事です」
話し疲れたのか、雀は頭の後ろで手を組み、
「まあ人間に限らず、生き物の感性なんてものは、元々が矛盾してますから」
と、やけに重いセリフを吐くのだった。
「なんか難しいけど……大変そうだな、悪魔に取り憑かれるのって」
「なに他人事みたいな言い方してるんですか。龍樹さんですよ、悪魔に取り憑かれているのは」
そうでした。
いやでも、ここまで不思議というか不気味というか、本当に何も起こらないので、もしかしたら悪魔なんてそもそもいないんじゃないの? と思ってしまうのも、仕方がない。
仕方がないのだが――そんな都合の良い話でもないんだろうな、とも、龍樹は思う。
「でもあれだよな。確かに人間の枠組みを超える悪魔の力、ってのは魅力的なものがある」
「……龍樹さん。さらっと言いましたけど、それ、凄い発言ですよ。悪魔に取り憑かれている本人がいうと、ほんともう笑えません」
「違うよ――いや、違わないのか? いや、多分だけど、お前が思い描いている様な解釈ではないと思う」
龍樹は照れくさそうに言う。
「ほら、世の中にはあるじゃん。道徳的に許されないけど、手にしたい何か、ってのが。冨とか名誉とかじゃなくて、お金で買えないというか、机上の空論というか――そういう風に、全てを失ってでもいいから手にしたいもの、ってのが。頂点以外なんてものは皆同じものなんだと思う。ほら、結局二番目で満足してしまう奴に取ったら、そこで満足してしまう奴に取っての一番なんて――所詮、二番に負けた一番なんだろうからさ」
「……龍樹さん」
雀は感化されているかのように、呟いた。
構わず龍樹は、続ける。
「そうやって自分を誤魔化してこられた奴の前に突然悪魔がやってくる。変な言回しだけど、希望と絶望を伴って――そりゃ魅力的以外のなにものでもないだろうよ。モラルを守って断ったとしても、後に残るのは後悔だけだろうからな。端から天秤にかけるのが不公平な選択だ。絶対に手に入らないものが手に入る。人間にとってそれは神様に勝つ、って事に匹敵するんじゃないかな。そう考えてみると、悪魔はその人にとっては本当に神様――いや、それ以上の存在なのかもしれないぜ」
「……確かに光に打ち勝つ唯一の力は闇だとは言いますけど」
ここまで黙って聞いていた雀は、口を挟むのを申し訳なさそうに、しかし口を挟む。彼女は無邪気な笑顔で、しかしですよ龍樹さん、と言って、
「大半の人は、そうやって悪魔に飲まれるんです」
そんな言葉を、龍樹に贈った。
身も蓋もない返しだった。
その柔和な笑みは嫌味だろうか。
多分、さっき呟いたのは感化されていたのではなく、哀れんでいたのだろう。
返す言葉もないとは、この事だ。
「……あ、ああそうだよな」
羞恥を覚えながら、龍樹は抗弁に入る。
「そうそう。やっぱり思った通り、そうやって皆呑まれていくのか。いやーそのなんだ。言ってみれば確認だよ。これではっきりした。いやほんと良かったよ。ありがとな雀」
「? はて、なぜ今私は感謝されているのでしょう」
龍樹の歪曲行為にも、そもそも気づかなかった様子の雀。可愛らしく小首を捻り、不思議そうな顔をしている。
ちょっと肩透かしを食らった気になる龍樹だったが、工程がどうあれ、結果的に丸く治まればそれでいい。
治まったかどうかは不明だけど。
そう思い、その件は忘れて、暇なのでここは与太話に花でも咲かせようと、雀が今しがた口にしているドラゴンフルーツジュースという飲み物から話を広げようと考えた龍樹――だったが、そんな矢先。
突然雀が、
「!?」
がばっと、何かに気づいたように立ち上がった。
本当に急だったので龍樹は驚いた。また何か忘れ物でもしたのかなと思ったが、雀のその驚いた表情は今までとはどこか違う。
なので龍樹は、立ち上がった雀を見上げるような形で、
「ど、どうしたんだよ」
内心どきどきしながら、そう訊いた。
すると。
「……あ、いえ、なんでもないです。あはははははは、まさかね」
「?」
苦笑とも取れるように笑って、雀は着席した。それに最後の言葉はなんだか気になる。
つーか。
基本的にいつも一言余計なんだよなこいつ、と龍樹は軽く息を吐く。
でも。
本人が何も無いというのなら、何もないのだろう。
先刻のくすぐり事件の二の舞になるのも嫌だし。
同じ轍を二度踏むわけにはいかない。
という訳で。
龍樹は座り込んだ雀と与太話を始め、時間を潰すのだった。
PM6:00
離陸して七時間が経った。
さすがにこの辺になってくると、周りには睡眠を取る人たちが大半を占めていた。
周囲に影響を受けたのか、さっき寝損ねたというのもあり、龍樹の瞼も重くなってきた。うつろ眼で、首をかっくんかっくんと縦に揺らす。
が。
「……なんだよ」
人の顔をじーと見てくる雀に龍樹は気づいて、そう言った。それに対しての雀の答えは、
「いいえ、別に」
という、なんとも素っ気無いものだった。
そう言われてしまえば、これ以上の追求を敢行する必要もなかろう。
龍樹は雀に背を向けた。邪魔されずに睡眠を取る為だ。
適度な明かりと静寂に包まれた空間が眠りを誘う。促され、すやすやと眠りに付き始めた龍樹だったが、
「……」
ゆっくりと、閉まっていた瞼を開けた。
端的に見ずとも分かる。
きっと振り返れば雀が、『え、私が起きているのに寝るつもりなんですか?』とでも言いたげにこちらを見ている事だろう。
(つっても、構ってられないよ)
気にしないように心がけ、龍樹はもう一度睡眠を試みる。
すやすやすやすやと、また眠りに付き始めた。
やや暗くなった室内に響くエンジン音。普段は騒音になるはずのそれすらも、今に限っては子守唄の役を担っていた。
そして、完全にまどろみに沈もうとした、その時だった。
とんとん、と雀が肩を叩いてきた。
まどろみに片足を浸けていた龍樹は、機嫌が悪そうに振り返った。
「……今度はなんだよ」
声色も不機嫌そのもの。返答の次第によっては、文句の一つでも言う心構えだ。
かくして、雀が口にしたのはこんな言葉だった。
「やっぱり変です」
「?」
訝しの面を取る雀に、龍樹も眉を寄せる。
変? 何が変なのだろうか。
まさか今更自分の抜けた性格に気づいたわけでもあるまいに。
意味が分からないので、不機嫌そうな声色のまま、龍樹は訊く。
「何が変なんだよ」
「針路がですよ。いやね。今ふと外の景色を見ていたんですけど、日本からイタリアに行く経路から少しずれているような気がするんですよ。天候が悪いわけでもないはずなのに、おかしいなと思って」
「……そりゃなんかあったんじゃないの。個人的な事情が」
「だったらアナウンスの一つでもあるはずですよ」
何がそんなに腑に落ちないのか。
雀は訝りを通り越し、険しい表情になっていた。その眼は先ほどまで無邪気な言動の数々を取っていた彼女とは別人のように思えた。
龍樹は真剣な雀の表情に、若干の胸騒ぎを感じながらも、
「……まあなんにしても、いいんじゃない、無事たどり着ければ。どこをどう通ろうが、なにか事情があろうが、俺には関係ないし」
言いながら雀に背を向け、ずれかけたブランケットを被り直す。
「関係ないって……自分たちが乗ってる飛行機ですよ。なにかおかしな事があったら気に掛けるのが当然でしょ」
「だから考えすぎだって。お前も今言ったじゃん。なにかおかしな事があればアナウンスがあるって。無いって事は、何もおかしな事が――」
眠ると決め込んだ龍樹は、背中越しに言葉を飛ばしていた訳なのだが、
その時だった。
ぐおん、という音と共に、機体が傾いたかのように揺れた。
いや、傾いたかのようにではない。
実際に傾いたのだ。
「!?」
龍樹は即座に起き上がった。
ジェットコースターに乗った時のようなGを体感し、それは未だに続いている。目の前に広がる光景が、人が、荷物が、前のほうへと落ちていき、代わりに悲鳴が後ろへと流れていく。
もしかして墜落――かと思ったが、
「……止まった」
その動きは、やがて治まった。
「機体に何か不具合でも生じたんでしょうか?」
隣にいる雀は前のシーツに掴まって体勢を低くして、身体を支えていた。自棄に落ち着いている様子だった。その顔は驚きというよりも訝り。もしかしたら裏世界ではこのような体験、日常茶飯事なのかもしれない。
「それともパイロットが体調でも崩して倒れたとか」
「……なんだろな」
雀の推測に否定も肯定も賛同もせず、龍樹は前の状況を確認しようと、少し腰を浮かす。
ざわついている。
皆きっと、先程の揺れはなんなのかを知ろうとしているのだろう。
キャビンアテンダントさん達が動揺を隠しきれない人達に、落ち着くように促していた。
不安に駆られ、中には怒鳴りだす人も現われる始末。
なんだかキャビンアテンドさんが可哀想に見えた。
そして。
そんな光景を少し遠いところにいるかのような客観的感覚で龍樹が見てると。
前方の扉から――その先にはエコノミーよりもちょっと豪勢なクラスがあるそこから、数人の人が慌しく現われた。
性別は分からない。全員がターバンと口元をバンダナや布で覆っていて素顔が窺えないし、体型も全身が厚いローブで包まれている為、身体の線が分からない。
それでも良心的でないのは確かだ。
なにせその者達は皆、首から軽機関銃をぶら下げ、こちらへとその銃口を向けているのだから。
まるで訓練でもされた軍隊のような無駄のない動きでそれぞれが左右に散らばり、三席ワンセットが横三列、縦十列の配列に着座しているざっと百五十近い乗客達を、たかが六人程度で制圧できるような配置に位置取った。
乗客たちも驚くので精一杯だ。逃げ出そうとした人も何人かいたが、どこの国か分からない怒号と機関銃の銃声を向けられれば、すぐに席へと戻っていく。
そして乗客たちは、牧羊犬に誘導された羊のような格好で、大人しくなった。
しばらくは沈黙の間。
静寂の空間に、機関銃を構えなおす音だけが響く。
やがて。
前方の扉から、他の者とは明らかに違う風格を漂わせた人物が現われた。
格好は似たり寄ったりだが、歩き方、落ち着き、武器の構え、雰囲気、他の者とは一線を画したそれは、間違いなくリーダー格のものだろう。
その人物は周りの同胞に特有の言語で何かを話した後、
「諸君、せっかくの空の旅を堪能しているところ申し訳ないが」
ほとんどが日本人の乗客たちへと、流暢な日本語で語り始めた。
「我々は偉大なる神に仕えるものの代弁者。現在飛行している空域の下では本来敬われるべき存在が、あろう事か無学の高慢者によりその身を拘束されている。全てを牽引する者が醜悪の手により今、世界を救うその救済を遂行できぬ状態にある。こんな事はあってはならない。正義が悪に負けるような事はあってはならない。故に、例えそれが正当でなくとも、我々はその道しるべに取って代わる覚悟はある」
その言葉には覇気があった。
今しがたの内容からは、例え道徳を誤ろうと、それでも手に入れたいという覚悟が窺える。
他の連中もそうなのだろう。
それぞれの意思の元、それらは合致し、一つの大きな集合体になっていた。
そして。
リーダー格の男は、こう言った。
「愚かで意地の悪い人間どもに己の犯した罪を気づかせ、それを購わせる為。誰が悪で誰が正義かを明白にする為。現時点を持って、未来の栄光と過去の清算を目的に――諸君等が搭乗するこの便は、我々が占領した」
最早その発言に意見はもちろん、驚く声すらなかった。
PM6:13
空がほんのり暗くなり始めた時間帯。
こうして。
ドバイ経由ローマ行き。
龍樹達の搭乗した便は、ハイジャックされたのだった。