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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
それぞれの決着
46/261

 

 一方的な展開だった。

 狭い路地などお構い無しに動き回る展開。


 ローズはツタを振るう。

 アテナが予想した通り、もう一つの『種』は昨夜の戦闘で損傷したので、当然数は減少していた。

『種』は配合して発芽させるのには結構な手間隙が掛かる。それこそ昨日今日で誂える訳ではないのだ。

 有刺鉄線に使っているツタを攻撃防御様に持ってくるわけにはいかないので、その数は五本程度のものだった。

 それでも、高速で鞭打つツタ五本をかわしながらなおかつ攻撃を展開できるのは、やはり彼女が達者だからだろう。

 しなったツタをあしらう様にかわしたアテナは、ローズの顔面に拳を――と見せかけ、それに対処せんとローズがガードを上げた事によりがら空きになった腹へと、質量を帯びさせた蹴りを減り込ませた。

 ぐっ、と息を吐き出されるローズ。

 なんとかツタを振るう。地面から生えたそれはアテナを串刺しにせんとするが、今まで同様、後方に跳ぶ事で簡単にかわされた。

 このままでは埒が明かない。

 前提として、やはり、まともにやりあっても勝ち目はない。

 ローズは早速あるものを利用しようとする。

 もちろん、それは弱者二人だ。

(流石のあの女でも、これは対処できないはず)

 少し離れた場所で怯える小動物のような二人を取り囲む様に、地面から四本のツタが円形に生えた。それはさながら獲物を狙うハイエナの様な動きをしながら、その距離を縮めようとする。

 そのまま一気に距離を縮めがんじがらめにしようとしたのだが、その渦中に素早く金髪碧眼の女が飛び込んだ。

 なら纏めて絡めてやる。

 ローズはそう思ったのだが、

「私の足元に避難を」

 そう簡単に、アテナはやられない。

 その言葉はローズに聞こえなかったが、それでも言葉を受けた龍樹達がアテナに寄り、身を屈めたのには顔を顰めた。

(何かしら?)

 更に金髪碧眼の女が、回転し始めた。

 まるで周囲の風を巻き込むように。

 何か妙な事を仕出かす前にと、ローズは急いでツタ達を向かわせたのだが、

「風たちは寄り添い蜜になる(riunione bil vento )」

 回転しながら呪文を紡ぎ、

「やがて各々は世を翔ける(si disperde)」

 腕を広げ急に立ち止まり、

「大風域(vasto vento)」

 そう唱えたアテナにより、思惑は無残にも砕かれる。

 柔らかい風が、周囲へと波状した。


 それから数秒の遅れを経て、

 ズゴゴゴゴゴゴンッッッ!! という轟音を伴いながら、辺り一体が悲鳴を上げる。


「――く、が!」

 その攻撃が及ぶ範囲は約二十メートル。

 当然、距離十メートルほどにいたローズもその影響を受けた。

「が、ふぅ、……くそ」

 範囲から逃れようとしたものの、間に合わなかった。壁に存分に背から叩き付けられたローズは、すぐさまに前方を見据える。

 最前にいたツタ達はやはり威力に耐え切れず、無残にも引き裂かれ息絶えている。敵の後方に展開されている有刺鉄線代わりのそこにも範囲は及んだらしく、引き裂かれてはいないものの表面が抉られていた。

 静穏域は広げられた腕の内側らしく、その足元に守られるようにしゃがみ込む弱者二人。

 本当に守りながら、闘われている。

「……上等よ」

 女の心に火がついた。笑い声すら乗せられて放たれる言葉。

「考えても見れば、こちらがやりすぎてもその娘が死ぬ事はないんだったわ」

 前屈みになっていた身体を起こし、髪を掻き分ける。その顔には邪悪な笑みが張り付いていた。

 ローズは凶悪な目付きで敵をねめつける。女の碧眼の焦点はすでにこちらを向いている。

 あの女は強い。

 恐らくは自分以上に。

 しかし、相手に足枷がある以上、負ける気はしない。

 足枷――弱者二人。

 それをいかに効率よく利用するかで、この勝負は決まるだろう。

 いや前提として、勝たなくてもいい。

 目的の物を手中に収めれば、それで全て治まる。

 


  一方その頃。

 空野宅の庭園でもひと悶着あった。

 

 高さ三十メートルを誇る神木の意味を持つ樹齢百年の常緑樹は、その抗争に影を落す。

 距離を置くため下がった十與に、二羽の鷹が交差しながら向かう。

 それに憚るはニ頭の狐。

 鷹の接近速度はかなりのものだが、それを物ともせず、狐達は的確に鷹の数秒先の到達点を予想し、襲い掛かる。

 ぶつかり、押さえ込みまで後一歩のところで、鷹はその難から逃れる。

 触れられた代償に、上等の羽根が乱れ飛ぶ。

 鷹達はいじめられた子供のように、主へと戻っていく。

「くそが」

 荒い言葉遣い。

 したのは二頭いる内の一頭。

「あの鳥舐めやがって……一見して紙一重に見えるけど、この分だと百回やっても捕らえられんぞ」

「そやなぁ、あない忙しい動き回られたら、流石の右近はんでもきついもんがある。それこそ焼け石に水やで。どないしはる? 十與はん」

「そうねぇ……」

 足場で足を流す様な座りをしている狐に対し、十與は頬に手を当てしばらく考える間を空けこう返す。

「やはり本体を叩くしかなさそうね」

 つまりは茶髪の男。

 不気味な事に、男は直立不動で全く動く素振りを見せない。

 その双肩に乗る鷹たちも鋭い眼光を解かない。

 いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくない緊張感を漂よわせている。

「とりあえず、高みの見物しているあの男を追い詰める必要がある。幸いか奇縁か、戦力は丁度三対三」

「となると、うちらがあの鳥を止めとったらよろしんやな」

 すぅ、と、その身を立ち上がらせる。

 手入れでもしているのか実に美麗な三本の尾が、それぞれ独立して蠢いている。

「聞こえはったか右近はん?」

「ああ、ようするに動物は動物とじゃれあってろって事だろ」

「捻くれてますなぁ。ま、それがあんさんでもあるんやけど……とにかく、そういう訳やから気ぃ引き締めていかんと」

 二頭の狐は身を屈め臨戦態勢を取った。

 それを視覚したであろう茶髪の男は、

「……来るか」

 ぼそりと呟く。

 予想通り。

 二頭の狐が一直線で茶髪の男へと向かう。

 言わずとも、鷹が狐二頭を相手取るため、双肩から羽ばたいた。

 相まみえの過程でダガーへと変貌する。

 そんな脅威を、狐達はあしらうようにかわし、なお驀進する。鷹など眼中にないといわんばかりに、茶髪の男を左右から攻める。

 茶髪の男は瞬間バツが悪そうな顔をし、指の関節を鳴らした。

 腰を落し、迎え撃つ。

 まずは右側。飛びついてくる狐の鋭い犬歯が届くよりも先に、長い腕を活かしたフック気味の攻撃。

 左フックを受けた狐は飛んでいったが、感触はイマイチだった。きっと尻尾か何かを咬ませ、威力を半減したのだろう。

 そして、攻撃を繰り出したことにより体勢を立て直すそれを狙ったかのように、今度は右からの攻撃。

 茶髪の男は長い足をなんとか伸ばし、それに対応する。力を入れにくかったが、相手側が中々のスピードを出していたのでダメージが全くないわけではないだろう。

 蹴りが当たり、右から迫った狐は飛んでいく。

 もちろん、そこまでは見通していたのだろう。

 一番厄介な人物が、茶髪の男の前に現われる。

 十與は拳を繰り出した。

 立て続けに攻撃を展開したため、回避するのは困難を極める。

 なら、威力の緩和を図る。

 茶髪の男は腕をたたみその攻撃に備える。

 しかし、やってきた感触は思っていたのと違ったものだった。

「!?」

 茶髪の男の顔が強張る。

 攻撃を繰り出した十與。

 彼女は折りたたまれたその腕を、掌を開け掴んだのだ。

 そして引っ張る。

 バランスが悪い精もあるのか、茶髪の男は張力に従い前のめりになる。

 当然、無防備になった。

 ズボッ、という、抉り込むような音がした。

 あれほどクールを気取っていた茶髪の男の顔が、わずかに歪む。

 腹に蹴りが突き刺さったのだ。 

 明らかになにかしらの格闘技を習っていたであろう、本格的な前蹴りが。

「偉大で荘厳な神木様」

 いまだ痛みが残る男の耳に、そんな唱えが入ってきた。

「その身を尽くす従者ゆえ、どうか」

 まずいと頭では分かっているのに、身体が動かない。

 結局、

「矮小で醜く卑しい私めに力を」

 進言を言い終えた女の拳が、顔面に突き刺さった。

 ただの一撃では無いと、すぐに気付いた。

 重いとか、速いとか、そんな一般常識とは画されたもの。

 威力とも呼べない。

 引力とも呼べない。

 精神を直接叩くような、そんな未知なる神秘な力。

 茶髪の男はおぼつかない足取りを取る。

(……馬鹿な)

 自分でもなぜそんな事になるのか分からなかった。

(なんだこれは)

 震える足を見て、茶髪の男は訝しむ。

 無防備の顔を叩かれれば、例えそれが一般の女のものだろうと確かに痛みはある。

 だが我慢できない程では――足に力が入らないほどではない。

 そもそも千鳥足は意識が朦朧とするからなるものであり、頬がひり付く程度の痛みでは起こりえない現象。

 にも拘らず、足元が定まらない。

 ずっと震えっぱなし。

(なにが起こっている)

 茶髪の男の脳内は疑問で満たされていた。

 しかし、横目でみた敵の女は、すでに拳を握り接近してくる。

 とりあえず、真意の分からないそんな攻撃を立て続きにもらうのは只でさえ危険だ。

 ありったけの力を足に集め、茶髪の男は後方へと跳んだ。

 どうにか攻撃はかわせた。地に足を再び付けたとき、その体重に支えられなく倒れそうになったが、なんとか地に手をつける事で踏み留まった。

 それを見て十與は少し驚いたらしかった。

「あら? 凄いわね、そこまで動けるなんて」

「……何をした?」

 鋭い眼光が柔和な笑みの女を捉える。

 十與がそれに気圧されることは無い。

「それはあなたも理解しているはずよ。家の大事な一人息子にちょっかいを出すからじゃない。親はね、新たな命を生んだ以上、見届ける責任と守る義務があるの。それに従っただけの話」

「答えになっていないな。なぜこんな事になっているのかと聞いているのだ」

 その問いに十與は瞼を少し開け、あら、と取ってつけたように驚いた。

「特にこれといって特別な事はしていませんよ。あなたと話し合っても無駄そうだったから、代わりに心霊を介して身体に語りかけただけ。思った通り、話の分かる素敵な身体だったみたい」

 言う。

 元凄腕の巫女として、いち母親として、十與は茶髪の男に語りかける。

「大人しくお縄に就きなさい。これ以上の不品行、惟神かんながらが許しても私が許しません」

「……やれやれ、親馬鹿か」

 振るえが引いてきたのか、茶髪の男は立ち上がった。

「自分の息子が正しいと、いままで自分が育ててきたのだから間違いないと、そんな根拠のないものに縋るような人間が道理を説くとは倭の国も廃れたものだな。……覚えておけ、道理など個人を救えても万人は救えん」

「そうでしょうね。間違いではないと思う。ただ、個人が助かればそれでいいじゃない。誰にでも可能性はあるという事なんですし」

「ふん、初めて巫女らしい事を言ったな」

 十與の後方では、使役組が庭の事など考慮にいれず交戦を繰り広げている。

 ……あまり長引いて欲しくないところだろう。

 それは茶髪の男も同じはず。

「さて」

 心配性かせっかちなのか、一刻も早く応援に駆けつけたいようだ。

「こちらとて用があるのはあなたではない。そしてその息子でもな。用があるのは一人の少女。つまりは他人……どうだ?」

 互いの利益を合理的に汲み取った上で、男は持ち掛ける。

「大切な息子とやらは無傷で返す。聞いていると思うが、彼等を追ったものは達者だ。私だって出来れば血を流さずに完遂したい。時は一刻を争う、ここで下手に争って手遅れになってもつまらぬだろう」

 ようするに何が言いたいか。

「他人など捨てろ。物理的に考えて、たった一人の人間が人間を保護するなど、所詮限界がある」

「それは出来ないわよ」

 言い終える前にはもう、答えを返していた。

「私は腐っても巫女。どちらが悪かだなんて、行動いぜんに人を見れば察しがつくものです。……それに道を誤った人を導くのもまた巫女の職務だと、思っているので」

 その言葉を聞いた茶髪の男は顔を顰めた。

『道を誤った人』といういわれように、不快を覚えたのだ。

 茶髪の男は柔和な笑みの十與を見据えながら、

「……なるほど、お前にはなにか見えているみたいだな」

「見えてませんよ。ただ感じるだけ、人の内に眠る想いを。……種明かしすると、さっきあなたに加えた攻撃は神霊の力を借りて精魂に干渉したもので、本来そこに痛みがなければなにも起こらないものよ」

 まあ悩みのない人間なんて見てきた限りいないんですけど、と、柔和な笑みで、自棄に重い言葉を十與は吐く。

「とにかく」

 と、十與は語調を険しく変えた。

「相手がどうあれ、あなたも見たところ立派な成人。力で脅し子供を追い立てるなんて下種行為は止めて、穏便による解決を選ぶべきよ」

 まるで非行に走った親戚にでも悟らせるようにそう言った十與に対し、

「先程からなにか勘違いしていないか?」

 茶髪の男は反抗する。と言うより、確認。

「あなたは私に『道を誤った』といった。それを否定はしない。しかし、選択を誤った気は毛頭無いぞ。ましてや正義でいるつもりなど皆無だ。行いが間違いといわれてそれを認めようが認めまいが――私のやるべき事は変わらん」

「まあ、開き直り……ではなさそうね」

 またわずかに開かれた双眸から、茶髪の男の屈強な眼を見て、十與はどこか物憂げな表情を取る。

「なにか辛い事があるんだったら相談に乗るわよ」

「憂慮か? ならこれ以上この件に首を突っ込むな、それが一番の優しさだ」

「それは優しさではなく甘やかし。ましてや、どんな理由があろうと、これ以上あの子達を苦しめるというのなら、私は然るべき対処を取るだけ」

「巫女を取ったり母親を取ったり忙しいものだ」

 危険になると思ったのか、茶髪の男は懐から眼鏡を取り出し、それを無造作に横合いへと投げた。扱いを見るに、どうやら伊達眼鏡だったようだ。

 上着も脱ぎ始め、スーツの下に潜んでいた軽薄で動きやすそうなシャツが露になる。

 眼鏡同様、スーツも横合いへと投げた。

 それが意味するのは、戦闘態勢。

「我が子を守りたいという親の気持ちは十分分かっているつもりだ。子は親の全てを詰め込んだ結果であり、この上ない相続物だからな。それを壊されるとあっては、それは自分の今までの努力を壊されるに等しい」

「……相続物?」

 十與に取ってその捉え方は、あまり気分の良いものではないようだ。

「子というのは親に生きる意味と苦労と幸せを与えてくれる唯一無二な存在。相続物だなんて、そんな例えはあまり感心できないし、全く同感できないわね」

「そうか」

 そして、茶髪の男は指の関節を軽く鳴らして、

「あなたは母親としては一流かもしれんが、残念な事に、この世は正しいから報われる、間違いだから報われないではないのだよ。常識なんてものは所詮人間が築き上げたものだ。悲願を成し遂げる上での大前提は行動を起こすか起こさないか。出来る出来ないではない、やるかやらないかだ。例え〇、一パーセントだろうと、あればそれは可能性になる」

 その心情はぶれない。

 今までとはまた一段と違った鋭い目付きで、風格で、その男は高らかにこう宣言した。

「そのわずかな希望を守る為に闘う私の前に立ちはだかり邪魔をすると言うのなら――悪いが殺すつもりでいかせてもらうぞ」

 それに対しての返事も待たず、茶髪の男は動いた。

 言葉通り、今までとは違う、軽快な動き。

 間近にまで距離を縮められた十與も身構えた。いつも笑みを崩さない彼女でも、この時は流石に険しい顔付きである。

 茶髪の男は手首の関節を鳴らす。

 それは彼が育った一派で大々的に伝えられた中国武術の一つ。

 鳳神流という名の流派。

 鳥類の生態行動学を模範し、台に添えた武術。

 茶髪の男は、それはさながら鳥が地上の獲物を狩るような低姿勢で接近し、足元から崩そうとする。

 左手で足首を掴もうとする。

 それに気づき、十與は軽く足を上げた。

 逃れる為でなく、逆に、向かう。

 手首目掛けて蹴りを放つ。

 見抜かれた、茶髪の思惑――いや、思惑通り。

 それはデコイだった。

 弾かれた左手首には電気が奔っている。だが、それも一時的なもの。本命の動作に措いては、さほど支障はない。 

 足を上げたことにより、意識をそこに少なからず向けているであろう十與。

 そんな彼女の顔面に、茶髪の男は下から突き上げるように右の手刀――鳥の嘴に見立てたそれを放った。

 速かった。

 それでも、隙を衝かれたはずの十與は反応した。

 腕刀部わんとうぶで滑らすようにその攻撃の軌道を逸らす。

 それだけでは飽き足らず、十與はそのまま上に向かいつつある茶髪の男の右肘を固めに入る。

 男の右肘にまで沿うように腕を滑らせる。

 十與は背中合わせになるように入身転換いりみてんかんさせそして――茶髪の男の右肘を脇で挟み、腕十字固めを極め込んだ。

 男の掌を上に向くよう捻る。

 痛みからか、茶髪の男の身体が浮く。その腰部に、十與は自分の腰を乗せるような感覚で置き、彼を持ち上げ――払い投げた。

 後はそのまま、地面に彼を投げ伏せられた男の動きを立合掌固たちがっしょうかためで封じ、勝負は決まるはずだった。 

 しかし、その型に持っていく前に、十與の身体に異変が奔る。

「!?」

 驚きから、目が開く。

 異変が奔ったのは、立合掌固を決め込むために、茶髪の男を掴んでいる手からだった。

 全身の神経を一時的に麻痺させられたような感覚。

 茶髪の男だった。

 彼は宙を投げられながらも、十與の掌の『一時的に動きを押さえ込む』ツボを指で圧迫したのだ。

 一種の合気道的なものの場合、『円転の理』や『転換』といった体捌き理論からも窺えるように、もっとも恐れるべきは自分のペース――合気道や少林寺に限った事ではないが、つまりは己の思い描いた動きを止められるという事だ。

 もしそうなるとどうなるか――

「遠距離攻撃しか脳がないとでも思っていたか?」

 一時的に力が入らなくなった十與の手から難なく抜け、遠くの地面へと着地した茶髪の男の声が、十與の耳に入る。

 答えを返す気も間もないが、茶髪の男は勝手に話を進める。 

「なら、あなたも愚か者だ」

「……」

 ゆらりと、膝をついていた状態から、立ち上がった十與。

 邪魔になるのか、膝元まであるポニーテールを、より一層短くなるように結いなおした。

「しょうがないわねぇ」

 そして言う。

 いつも通りの笑みを浮かべ、双眸を淡く開けた女は、

「ひさびさに本気になっちゃおっかな」

 極めて軽快な口調で、そう言ったのだった。

 それが聞こえたかどうかは定かではないが、相変わらずの難しい顔をしている茶髪の男は、

「……」

 身を低くし、即座に十與へと接近した。

 容赦ない右のミドルキック。空手でも嗜んでいるかのような重みある美技。

 なんとかそれを、腕を十字させガードした十與。

 だが、

「――、」

 完全にダメージを緩和できたわけではない。

 その威力は結構なものだと、腕越しに伝わってくるもので充分分かる。

 よろける十與。

 別に痺れている腕意外にダメージはない。

 半減させてなお、圧し負ける威力なのだ。

 そして、考えなければならない。組みなおさなければならない。

 次の一手を、そのまた次の一手を。

 相手がどう動くのか、もし狙いが外れればどう攻撃方を転換するのかを。

 もちろん、それを考える間を相手は与えてなどくれない。

 茶髪の男はここぞとばかりに攻め立てる。

 恐らくはいくつかの格闘技を下地に敷き、そこに鳥の生態学を混ぜたであろう――鳳凰流とやらを行使し。

 となれば、防御に徹するしかない十與。

 己の流れを止められるという事は、こういう状態に陥る可能性が高いという訳だ。

 それでもなんとか、十與は反撃に打って出る。

 例の如く、手刀のような形で放たれた相手の突きを潜り込むようにかわした後、掴み、外側へと反した。

 合気道では小手返しと呼ばれている技。

 本来ならここで動けなくなり、勝負有り。だが、十與も思った通り、茶髪の男はそうはいかなかった。

 空いている左手を強引に放った。そんな無茶な事をすれば捻られている右腕の骨が折れる可能性もあるはずなのだが――というか痛みが先行して放てないはずなのだが。

 それでも、茶髪の男は拳を十與に向け、放った。

 よほど執着があるのか、それとも癖になってしまっているのか。 

 こんな時でもその形は手刀だった。

 顔の位置を低くし、十與はそれをかわした。

 そして今しがた自分の顔横を通過したその腕に腕刀を当て、相手の足を払い――回転させる。

 常人ならまず目を回すところだが、茶髪の男はそうなるどころか、器用に態勢を立て直し、地に手を付け――さながらアクロバティックな動きで距離を取った。

「やるな」

 そして称賛。

「正直ここまでやるとは思っても見なかった」

「あら」

 空手家のように構える十與。

「決め付けるのはまだ早いですよ。私の力はまだまだ序盤だというのに」

「……末恐ろしいな」

 

 話などしている場合はないと言わんばかりに。

 

 二人はまた前へと出向き――激突する。

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