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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
序章
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千石雫という女

 

 千石雫せんごくしずくという女は、両親を亡くした。


 それは局地的にみれば多くはないだろうが、大局的にみればさして珍しい事でもないし、だから、こんな事をいうのは甚だ思慮に欠けるのだが、両親が亡くなったというたったそれだけの事なら、彼女はそこまで気苦労はしなかったはずだ。


 海外で仕事をしていた際、不慮の事故に巻き込まれて客死したという。


 三年も会っていなかったらしいので、最早客死という言葉そのものが適切かどうかも分からないが、とにかく、二人は異国の地でその短い生涯を終えた。


 なぜそこに居たのか、なにをしていたかなどの微細な情報は一切知らされず、当時幼かった彼女を考慮してだろう、二人の死因はしばらくは伏せられていた。

 

 先の爆破事故という情報も、賢しい彼女が自ら辿り着いた情報だ。

 

 どんな気持ちだったのだろうかと、思わず考えてしまう。

 

 年端もいかない少女にはあまりにも残酷な現実。

 

 大好きだった両親が亡くなって、真実を知ってしまい、それでも他に想いを吐き出せない境遇というのは、辛かっただろうなというのはなんとなく分かるものの、結局それはなんとなく分かるだけで、その悲しみを理解してあげることなど、究極的には出来やしないだろう。

 

 恐らくは泣き崩れ、悲観に暮れ、虚ろな目つきで日常を過ごしていたであろう当時の姿が目に浮かぶ。

 

 彼女は幼かった当時の事を――もとい、両親の死については話そうとはしないし、ましてやこちらから訊く気もない。

 彼女自身その件とは割り切ったといっていたし、繰り返しになるがこちらから訊く気はないので、もう事それに関してはなにかしらの拍子で話題に上ろうとも、深入りする事はないだろうと踏んでいた。

 

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。

 

 過去と決別し前を向いていると言えば聞こえはいいが、嫌な事から目を逸らし逃げているといえば、それはそれで蔑ろにできない部分もある。

 

 目を瞑れば暗闇が落ち着くが。

 目を開けなければ光は見えない。 

 

 しかし、どちらを選んだにせよ、如才ない彼女の事。

 

 正解かどうかは別として、きっとそちらの方が、先に進んでいく上でのストレスは少なくて済むのだろう。

 

 以前、答えは自分の中にあるという言葉を受け賜った事があるが、当初はちんぷんかんぷんだったその言葉も、彼女を見ているとほんの少しだけだが理解できたような気がする。

 

 あらゆるものを見極め、淘汰する。


 千石雫という人間に限らず、それは俗にいうところのデキる人間に備わっている一種のキャパシティーのようなものだろう。

 

 しかし今回に至ってはそんなもの、一切合財関係ない。

 

 これは別に嫉妬心やら猜疑心からくるものではなく、ただ単に抽象的な意見としてのものだ。

 

 向き合いたくなくても、向き合わなければならない。

 

 決別したはずの過去と。

 もう終わったと思った事柄と。

 

 千石雫は今、その運命と向き合う境地へと立たされている。

 

 それを不快と取るか好機と取るかは本人にしか分からない。

 

 だが、それでも、決して短くない月日を過ごしたであろう立場から、千石雫という極度の博愛的で利他的な人間性を知りうる一人の人間としての見解を言わせて貰うと、それはやはり、どう転んだところで、良い気分は、しないだろう。


 複雑で、残酷で、希望にありふれていて、絶望にも満ち溢れている。


 それでも、勝気で、前向きで、頭の良い、千石雫という人間を知りうる一人の人間として結論付けさせてもらうと――彼女なら大丈夫だ。


 多少は手古摺(てこず)ろうとも、きっと乗り越えていけるはずだ。

 

 確証を得ているなにかがある訳でもなければ、そう推測しえる要素もある訳ではない。

 

 だが、所詮は他人など上っ面でしか評価しかねないのだろうけど、それでも、千石雫なら、生き方が達者なその女なら、なんだかんだで越えていくはずだ。

 

 いつも通りそこから何かを学び、次に活かすのだろう。

 

 授業料、と、全幅で底知れぬ向上心はそう甘受するのだろう。

 

 千石雫。

 

 お喋りで人好きで、それは裏を返せば寂しがりやで恐がりで、恐るべき利他的な性格の持ち主。


 これは常日頃彼女を見ていると思うことなのだが、千石雫という女は自分の幸せというものを考えた事があるのだろうか?


 まあ、くさい台詞を平気で、そして本気で言うあの女の事だ。

 おおよその予想は付いている。


 正義なら誰でも一度は口にするような。

 そうでなくとも、恥ずかしくて言えないだけであって心には秘めているような、その言葉。

 彼女ならなんの淀みもなく、なんの迷いも恥じらいもなく、きっとこう言ってのけるだろう。


 他人の幸せな顔を見るのが、私の幸せなんだよ、と。

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