明かされた事実
「ちょ、ちょっと待てよ!」
まばらな人混みの中、前を走っているアテナに対し、龍樹は声を荒げる。
女は不満そうに足を止め、龍樹に振り返った。
「何をしているの。もっと速く走れないの?」
「無茶いうなよ、お前がもっとペースを落せ」
膝に手を付き、息を切らす龍樹。
彼達は帰宅する人々が行き交う通りを疾走していた。
理由は、雫が電話に出なかったからだ。
別にそれほど慌てる程の事でもないと龍樹は思う。
電話に出れない、なんてのは結構よくある話だ。
気がつかなかったり、他に色々と用事に取り掛かっていると手が離せない事だってあるはずだ。
現に、雫が電話に出なかった事は今回に限った事ではない。
なので、龍樹はアテナに、
『なんか、今電話に出られないみたいだから、また後でもいいか?』
と言ったところ、なぜかアテナは焦った様に、
『その子の家に行ってみましょう』
と言ったが為に、現在、雫の家に向かう途中であった。
当然ながらアテナは雫の家を知らない。
なので、道案内役として龍樹が付いて来た訳なのだが……
アテナの進むペースが、まあ速い事。
道も知らないくせに、やたらと走る走る。
だから仕方なく、アテナの後方で付いていくのにやっとながらも、龍樹は口頭でその道を右だの、左だのと説明していたのだが、流石に家からずっと走りっぱなしだと息が上がる。
という訳で、現在に至る。
「彼女の家までは後どれくらいなのかしら?」
もはや言葉を発せないくらい息を上げる龍樹とは対照的に、表情はおろか、アテナは息すら乱していなかった。
無感情な表情といい、もしかしたらこいつはサイボーグか何かなのかもしれない、と龍樹は半ば本気で思いつつ、質問に答える。
「あいつの家までは後……一キロぐらいかな」
遠くもなければ近くもない、微妙な距離だった。
とは言ったものの、そこはやはり価値観の問題が出てくるだろう。
「……一キロ、か」
表情はやはり変えず、呟くように、アテナはそうぼやいた。遠いと感じているようにも、近いとも感じ取れるような感じだった。
ほんと、何を考えているのか分からない奴である。
「……ん?」
ふと、龍樹は顔を顰める。
理由はアテナが立ち止まり、どこかへと視線を向けているからだ。
「なんだよ、どうしたんだ?」
彼女が視線を向けているのは路地裏へと繋がる道だった。
ここら一帯は狭いくせにやたらとビルが多い。
どうも採算が取れると勘違いした人間がむやみやたらに建てた名残らしいが、結果としてはその半数が空きテナントだ。
そんな地域の癌という様相を持っている路地裏を、アテナは見ている。
抜け道になっている訳でもないので人もまず通らないであろう、その場所を。
おもむろに足を進め始めた。
自然と龍樹もそれに倣う。
道を二十メートルほど進むと、そこでアテナはまた立ち止まる。
なにやら地面を見ている。
釣られるように、龍樹も視線を下ろしてみた。
そこには穴みたいなのが無数空いていた。
「なんだこれ? なんかの巣か」
一つの直径は四十センチほど。
どれも丸が集まったような歪な丸で、どことなく不気味だ。
そしてアテナは、ある一点へと歩み寄った。
おもむろにそこで身を屈めると、何かを拾い上げる。
路地裏に差し込む僅かな光を反射したそれは、金色の髪飾りだった。
「それ……もしかしたら雫のかもしれない」
彼女がいつも肌身離さず身に着けている髪飾りに酷似している。
もちろんただ同じ種類なだけの可能性はあったが、状況を考えればなぜかその可能性は低いと断言できた。
全身を這いあがってくる嫌な予感。それが何なのか見当もつかない龍樹の口からは、ただただ不安だけが放出される。
「何でだよ。何であいつのがここにあるんだよ。優等生ならここには来ないはずなのに」
アテナは何も答えない。
だがそれは事象が理解できないからではないだろう。
「……パートリッジ」
自分の頭に乗る鳥を呼ぶアテナ。
たったそれだけで何もかも伝わったらしく。
「あいよ」
と短い返事を返し、パートリッジはアテナの頭から飛び立った。段々遠のいていくそれを、しばらくの間呆然と見上げる龍樹。
「……何処にいったんだ?」
「あなたとその子が別れたのはいつ?」
「え?」
アテナの急な質問。
彼女の傍若無人とも言える行為はこれが初めてではないので、今更気にせず、龍樹は答えた。
「えっと、今十八時だから……十七時過ぎぐらいだと思う」
「別れた場所は?」
「さっき通った商店街だよ。一緒に帰ってる時はいつもあそこで別れるんだ」
「一緒に帰路に付いていた時に不審な、どんな些細な事でも変だな、と思うような人物は居たかしら?」
「そんなもん分かんねーよ。いちいち周りを気にしながら生活してないからな」
「そう、では、その――友達の女の子の様子がおかしかったとかは?」
「確かに今日はどこかいつもと違う感じがしたが……それはあの奇天烈な一部始終を見ていまだ信じられない、っていう類のもんだと思う」
そう、とアテナは変に相槌を打ち、踵を返した。
龍樹は隣を通り過ぎ、また表参道へと戻り始めた彼女の背に、
「おい、どこ行くんだよ」
「付いてくれば分かるわよ」
「付いてくればって……大体パードリッジはどこ行ったんだよ」
「相変わらず質問が多いわね」
「その割には答えが返ってきてないけどな」
食い下がる龍樹に、また睨みを利かすアテナ。
もう慣れたのか、ややびくついたものの、龍樹がそれで退くという事はない。
こりゃ駄目だ。
そんな事を言いたそうな目をした後、アテナは前を向き直り歩みを再開させる。
「探しにいったのよ……私達は下から探すわよ」
一応触りの部分は教え、不満の緩和を図るアテナ。
もちろん、龍樹には何がなんだか分からない。
「どういう意味だよ?」
「この際隠しても仕方が無いから端的に言わせてもらうけど」
アテナは歩きながら言葉を綴る。
「あなたの友達のその女の子、きっと攫われたのよ」
「え!?」
攫われた。今確かにアテナは攫われたといった。
予想外すぎる答えに狼狽する龍樹。
誰に? どうやって? なんの目的で?
いまいちピンとこない。くるはずがない。そんなワードは遠い世界のモノだと思っていた。
「ちょ、ちょっと待てよ」
慌てて、龍樹はアテナの背を追う。
路地裏を抜けた頃だった。
明確な答えをなにも語らないアテナは、一方的に質問してくる。
「友達と別れた時間帯、この辺りは人気が少ないの?」
「そりゃ小路だから多くはないけど、別に皆無って訳じゃないぜ。現に、今もああやって人が何人か行き来してるし」
龍樹は路側帯の向かい側を見る。中年男性が歩行していた。数メートル後方には幼稚園帰りか、手を繋いで歩く母子も見受けられる。確かに人の通りは多くは無いが皆無ではない。
アテナは、質問を続ける。
「この辺りで人目につかない場所は?」
「人気の少ないところ? そりゃ結構あるよ。路地裏もそうだし、この辺は場所によっちゃ森みたいな所もあるんだぜ」
「そう、じゃ、この街で一番高さのある建物はどこかしら?」
なぜか分からないが、アテナは路地裏という意見を等閑視した。前提として、路地裏へは深くは入ろうとしていない。
恐らく、現場の様子から何かを察しているのだろう。
龍樹は流されるまま質問に答える。
「少し歩くけど、街までいけば巨大なビルの鉄骨が組み立てられている。それも結構な大きさだ。……ああそれに、防音シートが掛けられているから、外から中の様子は今の時間帯なら見えにくいと思う」
「その付近には他にそういった高層建築物が他にもあるのかしら?」
「ん? んーっと……ちらほらとあるぞ。街に出れば結構都会だから」
「……なるほど」
そう言うと顎に手を添え、何かを熟考するアテナ。
ここまでの何の情報も得られなさそうな会話からでも、彼女はなにかを弾き出したのかもしれない。
なら、今は声を掛けるべきではない。
そして数秒の沈黙の後、アテナは口を開く。
「とりあえず、その付近に行ってみましょう」
不満があろうとも文句一つ言わず、まるで従僕のように龍樹はその背に付いていく。
そして二人は、帰宅や夕飯の食材を調達せんとする人々が行き交う街並みに足を運ぶ。
午後六時半。この時間帯、やはり結構な人波である。
高層ビルが競い合うように立ち並び、車などの排気ガスが宙を漂っているのも目で確認出来る。
もう少し港に近づけば、そこに密集する工場地帯から、地球温暖化はそこ一つ無くなれば随分と楽になるんじゃないかと思えるほどのおぶたたしい煙が上がっているはずだ。
そんな空気が悪く、広大な街並みを、たった一人の少女を探すために練り歩くアテナと龍樹。
アテナは空き家や廃墟を中心に物色していく。
別に明らか居ないだろう、という訳でもないのだが、
「もっと他の所にいるんじゃないのか。例えばさっき言った建設中のビルの中だとか」
「居ないわよ、そんなあからさまな所。少なくとも今はね」
早足で進みながら、アテナは次の探索現場を探す。その判断材料となっているのは龍樹の土地勘である。
「次は?」
「……次は、って言われても、そんな条件、当て嵌まる場所が多すぎて切りがないぞ」
条件。
アテナは雫を探すに当たって、ある条件に該当する場所ばかりを当たっていた。
それは、
『人目に付きにくい』
『入り口が分かりにくい』
『入り口が複数ある』
第三は該当しなくても構わないらしいが、それを差し引いても、不景気という波に呑まれているのか、この辺は空きテナントが多い。さっき行った場所も前はコピー会社の事務所だったらしく、いまだ机やらの事務用品や大量のコピー紙が取り残されていた。
そして次の場所もやはり、似たり寄ったりな場所だった。
閑散としていて、表現が変だが、死んだような印象を受ける。
日も暮れてきている事だし、場も目を凝らさないとよく見えなくなってきた。
もちろん、そうはいってもそこは所有地である。
そのほとんどに鍵が掛かっていて大々的には探せないし、中には不審な目を向けてくる人間や、入っちゃ駄目だと怒鳴る管理人もいた。
「……ここもハズレか」
ほとんどシャッターが下りた遊休地を出てそう言ったのは龍樹だった。
アテナは何も語らない。それが肯定だという事に、龍樹は気づいている。
「なあ」
その背に呼び掛ける。アテナは振り向かずに、
「なにかしら?」
と言った。
龍樹は訊く。
実のところ途中から思っていたが、それを口にするのはなんだが縁起が悪かったし、きっと、アテナならその見解に至らない訳がないと思っていた、それを。
「誘拐犯はすでにこの付近には居ない、って可能性は無いのか?」
考えてみるまでもなく、それが一番有り得る可能性だった。
危険を冒して、わざわざその場に止まる理由なんてない。
それに対してのアテナの答えは、
「そうでない事を祈りましょう」
という、なんとも投げやりなものだった。
「……」
そうでない事を祈りましょう。
そんな神任せな、曖昧な考えで本当にいいのだろうか。
それとも色々とぶっ飛んでいる彼女のことだ。そうでないといえるような何かを掴んでいるのかもしれない。
だがそこはやはり、分からない。
はあ、と龍樹は溜め息を吐く。
携帯を取り出しコールするも、やはり駄目。
幼馴染が誘拐されただなんて今でもにわかに信じがたいが、先程から何度掛けても繋がらない電話。
何かの間違いであってくれと願う気持ちも空しく、段々とアテナの言ったことが現実味を帯びてくる。
「次は此処?」
アテナが五階建てのビルを見上げる。
「ああ……下層部は昼間使ってるらしいけど、夜ともなれば人気は皆無だ。あ、おい! 気を付けろよ、もしかしたらセキュリティとかに入ってるかもしれないぞ」
「大丈夫よ、そんなヘマはしない」
そう言うと、アテナが視界から消えた。
跳んだのだ。ビルとビルを踏み台にし、およそ人間とは思えないような超人的な動きで、高さ二十メートルほどのビルの屋上に至り、その姿が見えなくなった。
ポカンと、その超人的な身体能力に、いまだ空を見上げる龍樹。
しばらくすると。
ジリリリリリリリリリ!!
という、耳を劈く音が鳴り響いた。
恐らくはアテナが何処からか無理やり中に進入し、警報装置が作動したのだと思う。
龍樹は慌てて逃げる事にした。
そして、少し離れた広間で合流。
噴水に腰掛け、頬杖を付く龍樹は少々ご立腹だ。
「……なによ。ちゃんと謝ったでしょ。それに多少のリスクはやむを得ない」
「お前のそれは謝ってるんじゃなくて開き直りって言うんだよ」
「本当に悪いとは思っている。ただ、こうなってくるとなりふり構っていられないのは事実。本来はこうして休んでいる時間も惜しいくらい」
「そりゃそうなのかもしれないけど」
言葉の途中で、またアテナはどこかへと歩み始めた。
マイペースも程々にして欲しい、と龍樹は思いつつ、その重い腰を上げる。
「次は?」
先を促してくるアテナ。
本当はこれ以上付き合いたくないというのが龍樹の本音だったが、日頃お世話になっている知り合いが関わっているともなれば、手を貸さない訳にもいかない。
「次、ねぇ……空き家があるかどうかは分からないけど、この先に閑散とした通りがある。でも、そこにもいないと思うぞ。こんな同じ事の繰り返しで本当に見つかるのかよ」
「捜索というものは地道な作業の繰り返しがものを言う。ゲームとかみたいに、御都合的に発見できるようなものではないの」
「そりゃ分かってるけどさ……」
龍樹は携帯の時計を見た。
午後八時半。
周りには帰宅の人々も増えてきた。雫に初めの電話を掛けてからもう二時間ほど経っている。
正直、かなり心配である。
拉致されたと聞かされれば尚更だ。
「……なぁ」
何せ今朝から色々とあり過ぎた。捜索に費やしている時間以上に憔悴している龍樹は、弱々しくアテナの背に声を掛ける。
当のアテナは振り向かず、何? と相変わらずドライな感じで応じた。
「その雫を攫った奴等の目的って何なんだよ。あいつ、頭はいいけど別に家庭が裕福って訳じゃないしさ。むしろ、困窮とまではいわないと思うけど、親がいなくなって色々と大変なんだぜ。金なんて」
「そんなんじゃないわよ」
聞いていられないと言いたげに、龍樹の発言を断つアテナ。
「……じゃ一体なんだよ。あいつの優秀な頭脳か」
「そうかもしれないわね」
やけにあっさりとした返しに、あ、面倒臭くなって流しに来たなこいつ、と龍樹は思った。
それは当たりだろう。彼女からすれば、今はそんなどうでもいい話をしている場合ではない。
なによりも、きっと今は色々と考えを巡らせているのは間違いない。
それは龍樹にだって分かっている。
分かって入るのだが。
事が事だけに、どうしても心配だ。
「……本当に無事なんだろうな、あいつは」
「ええ、その点は大丈夫。ただ、早くしないと手遅れになる」
「どういう意味だよ?」
「逃走の手順が揃ってしまうという事よ」
「……さっきからそうだけど、なんで誘拐犯が圏内を出てない前提で話が進んでんだよ。なにか決め手があんのかよ」
「まあ、ね」
その先の言葉は、無かった。
という事はそこで終わりなのだろう。
まだ圏内を出ていないという推測に基づく理由とやらを教えるつもりは、ないのだろう。
「そういえば、そもそもお前、何で雫の事知ってんだよ? 昔どっかで会ってんのか?」
「いいえ。会った事もないし喋った事もない。それならここまで苦労する事もなかったのにね」
「だったらなんで……もしかしてお前が日本に来た理由って、あいつが関わってるのか?」
「それについては随分と前に教えたはず。無作法だとは思うけど、この件ばかりは教える訳にはいかないの」
「なんでなんだよ。いいじゃねぇか知るくらい。別にそれでどうこうする訳じゃないあるまいし」
「模範的な短絡思考ね。ずっと言ってるでしょ。あなたが思っている以上に、情報というのは恐いの。特に今回の様な隠匿性の強いものわね」
アテナはそそくさと足を速めた。
「おい、ちょっと待てよ」
聞こえているはずなのに、アテナは聞こえていないフリをする。
少し頭に来た。
なので、龍樹は彼女の前に走って付き、通せん坊をした。
「ちょっと待てって言ってんだろ」
少し怒り気味に放たれた言葉。
もちろん、アテナがそれに圧されることは決してなかった。
持ち前の無感情で言葉を放つ。
「あなたは自分が何をしているのか分かっているのかしら?」
「大切な友達が危険な目に遭ってるかもしれないんだ。その原因を聞いて何が悪い」
「悪いわよ。悪い事だらけ。悪い事しか無いと言っても過言ではない」
彼女の抑揚に、苛立ちが混じる。
「あなたが今やっている行為はただ自分の欲を満たす為だけのエゴイズムに過ぎない。いえ、そうね。言い方を変えようかしら。あなたが今やっている行為は、その大切な友人の探索を妨害している」
「それは間違ってると思うぞ。なんでそんな風に手伝える事はなにもないだなんて決め付けるんだよ。なにかあるかもしれないじゃないか。現に今だって俺の土地勘に頼ってるんだし」
「……あったとしても駄目なのよ」
「どういう意味だよ?」
「本当に察しが悪いわね」
「なんだよ回りくどい。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「あなたに危険が及ぶかもしれないと言っているの」
やや声を張り上げたアテナ。
皆まで言わせるな、という事なのだろう。
ここまでしてようやく彼女の真意に気付いた龍樹。
ここまで邪険に扱われていたその理由は、ずっと単純な事だった。
「もしかして……心配してくれているのか」
「違うわよ。自分が嫌な想いをしたくないだけ」
表情はやはり無愛想なままだったが、どこか面倒くさそうに、アテナは顔を逸らした。
だがすぐに向き直り、
「とにかく、そう言う訳だから」
と短く言い、龍樹を見据える。
彼女は首を動かすのも億劫なのか眼球だけしか動かさないので、上目遣いのようなそれはそこだけ見れば小動物の様な蠱惑的な視線だった。
己の察しの悪さにいまだ戸惑っている龍樹。
それにそんな眼で見つめられてしまうと、別の意味で尻込みしてしまう。
その時、救いかどうかは分からないが、とりあえず、この件がお流れになる出来事が起こった。
少し前ににどこかへと飛んでいったパートリッジが、バタバタと翼を羽ばたかせながら戻ってきた。
アテナの頭に乗り、なにやらひそひそ話し。
凄く気になる。というか、この場合、きっと聞かれたくないのは自分なんだろな、と疎外感を覚える龍樹。
「そう……分かったわ。――龍樹」
アテナが、目前で呆然としている少年の名を呼んだ。
龍樹はなにもいわず、眉を曲げ返事をした。
アテナはそれを承知したようだ。
身を翻し、龍樹へと顔だけで振り返りながら、
「あなたは先に帰ってなさい」
子供に告げるように、そう言った。
龍樹もまた子供のように、えぇー、と残念そうに言葉を漏らした。
「わがまま言わないの。大丈夫。あの子は絶対に救出する。だから家で大人しくして待っていなさい」
言うと、アテナは龍樹に完全に背を向け、彼の意見を待たずそのまま走り去ってしまった。
その背が段々、遠ざかって行く。
アテナの真意を知ってしまった手前、追いかけるのもどうかと思う。
もしかして、これも狙ってのものだろうか。
龍樹はそんな気がしてならなかった。




