俯瞰する者
食堂から噴き出す煙は、いまだ留まるところをしらない。
といっても、増幅しているわけでもなさそうだ。
現状維持。
消える煙と生まれる煙の割合がほぼ均一だった。
吹き抜け構造なため二階にも届かんとしているそれは、そこまで至ると火事などの激しい感じではなく、どちらかというと霧のような穏やかな感じになっていた。
そこには数人の影がある。
好奇心旺盛な年代だ。
幾人かの生徒は野次馬と化し、なんとかその現象の把握を試みようと必死の様子だった。
しかし煙の濃度は高く、内部には光すら通さない。
目を細めたところで中の様子を窺うのは難しいだろう。
不満そうに口を尖らせる生徒や、危ないから早く避難しようと他の者に勧告する生徒。
方向性は違えど、誰も彼も突如現れた非日常に興奮気味だった。
そんな中で一人。
容姿も、服装も、風格も様変わりした人物が居た。
性別は女。
紫のカーディガンはそのグラマーな体型を決して邪魔せず、全体的に大人のお姉さん的要素を強調したようなファッションだった。
慌てふためく周りと違い、その女は平坦な調子で手摺りに肘を当て、頬杖を付いていた。
「可哀想に」
端麗な面に微笑すら浮かべ、煙の奥を眺めている。
見えている訳ではない。
今何が起こっているかを理解しているので、別段騒ぐ必要もないと判断しているのだ。
「己を知らねば、己が死ぬ――まさにその通りの結末」
女は愉快気に独り言を呟く。それほどまでにその現象は笑えるものだった。
「悪魔に身体を乗っ取られ自滅。……死に方一つ取ってもつまらない男ね」
耳たぶのピアスが風圧で揺れる。
女は動く素振りを見せない。
まるで古代コロシアムでの闘技を観戦するような位置取りで、その行方を見届けている。
「……それにしても」
微笑から一転。
今度は険しい顔付きを取る。
原因は褐色の男と対峙する者の存在。
一言で言えば、強い。
あの褐色の男がまるで歯が立っていなかった。
悪魔の力を使っているというのに、あれほどまでの明確な差が空いているという現状に、正直、畏怖すら覚えていた。
相手がかなりのやり手とは聞いていたが、正直ここまでとは予想していなかった。
まともにやりあえば自分だって分からない。
それほどまでに、厄介な相手。
と、
「君も早く逃げなさい」
誰かが女へと声を掛けた。
頬杖をついたまま、女はそちらへと振り返る。
見返り美人とでも言うのだろうか。
視線を向けられた男――教員は女に底知れぬ色気を感じ、どぎまぎした。
それでも場合かと自分に言い聞かし、すぐさま用件を言う。
「見ての通り、今なんらかの異常が起こっている。原因が判らない以上、今後どのような展開が起こるか予測できない。だから一刻も早く君も避難しなさい」
女は頬杖を止め――体勢を立ち上げた。
教員を見つめる。
耳のピアスがその動きに連動し、鈴の様な音を奏でた。
「ご忠告どうも」
女は微笑を崩さない。
「だけど大丈夫よ。この煙は元々存在しえないものだから、人体に危害を加える事はない」
「?」
教員は謎の言動をした女に眉を寄せた。
そしてよくよくその女を考察してみると、身なりは学生服でもなければ教員の正装であるスーツでもない。保護者か何かと考えるのが妥当だが、それにしては若すぎるような気もする。
「……失礼ですが、あなたは一体どういったお方ですか?」
すると女はこう言った。
「そうねぇ」
煙に覆われた食堂を見下げなおし、微笑を浮かべたまま、
「次にやりあうかもしれない相手がどれほどのものか見に来た偵察者、ってところかしら」
また意味の分からない事を言った女は、そのまま動く気配を見せない。
不審に思う教員。
本来なら、力尽くでも外へと連れて行くべきなのかもしれない。
だが見たところそれ相応の年齢なので、然るべき判断力ぐらいあるだろう。
それにまだ他に野次馬たちがいる。
好奇心旺盛な生徒達が。
「と、とにかく一刻も早く避難するように、分かりましたね」
立場上、一人の人間に時間を食っている場合ではない教員はそう言い、他の者達に避難勧告を喚起するためにその身を揺らしながら生徒の元へと向っていく。
女は危険を全く感じていないのか
戦禍に見舞われる煙の中を、微笑を浮かべながら眺めている。




